act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】20
町へ到着したウテナと美羽は、その光景に言葉を失った。
崩れた建物、倒れた人、そして悲鳴。
「……なんだよ、これ」
呆然と立ち尽くしていたが、スマートフォンの着信音で我に帰る。画面に表示されていたのはカルカヤの名前。電話に出てスピーカーをオンにする。
「……カルカヤさん!」
『ウテナ、無事? 怪我してない?』
「俺も美羽も大丈夫です。カルカヤさんは?」
『アタシも大丈夫。ただ怪我人が沢山出てる。応急手当ての心得がある人をアタシの診療所に集めてる所よ。申し訳ないんだけど、アンタらは町の人の避難を手伝ったり救助したりしてほしいの』
「ええ、分かりました」
「カルカヤさん。私もそっちに行った方がいいですか?」
『いや、美羽ちゃんの能力は多人数の治療には向かない。だったらそっちで救助に加わってもらった方がいいと思う。ごめんね、力仕事もあるけど大丈夫そう?』
「問題ないです。力仕事も得意ですから」
『心強いわ。瓦礫の下とかにも救助を待ってる人がいるかもしれないから、頼むわね。もう少しで消防団も到着すると思うから、合流して事に当たって』
「はい」
「……ウテナ、あれ、何ですか?」
「ん? あれは……」
そこに居たのは、青黒い肌をした四つ足の狼。こちらからは凡そ五十メートルほど離れた位置で犬歯を剥き出しにし、こちらを見つめていた。
「……どう見ても、誰かのペットってわけじゃないですよね」
「……ないね」
『ん、何かあった?』
「……カルカヤさん、皮膚の青い獣です」
『……本当に言ってる?』
「残念ながら」
スマートフォンの向こうでカルカヤが溜息をついた。
『作戦変更ね。アタシが出る。アンタらは町の人の避難に当たって、と言いたいところだけど、まずそっちを何とかして。敵の数も分からないし』
「分かりました。気をつけて」
『誰に向かって言ってんの』
そう言い電話を切るカルカヤ。ウテナもスマートフォンを仕舞うと、皮膚の青い獣の動きをよく観察する。
どうやら向こうもこちらを警戒しているようだ。距離を詰めてこようとせず、ぴんと立てた耳を忙しなく動かし周囲の情報を拾っている。
「ウテナ、あれは」
「《怪腕》、って聞いたことある?」
「……名前だけはありますけど、実物を見るのは初めてです」
「怪腕は、”超常の欠片”の一種だよ。あんな感じで肥大した身体の一部を持つ青い肌の凶暴な獣だ」
「あんな生き物が、現実にいるんですね」
「ああ、こんな所で見る事になるとは思わなかったけど、何で現れたのか、とかは考えてる暇は無さそうだ。この騒ぎの原因は間違いなくアレだろうし、アレ一体だけしかいないとも考えにくい」
「だったら、早めになんとかしないとですね」
(とは言え、俺も美羽も武装は無し。本来なら完全武装した一個小隊で対応するような相手だ。美羽の戦闘能力もまだよく知らないけど、少なくともさっき見た能力……機能だっけか、が、戦闘用とは思えない。クソ、銃くらい持ってくるんだったな)
「ウテナ、ここは私が」
ウテナの懸念を察してか否か、美羽が戦闘の意思を示し、少し前に出る。
「でも美羽、銃も何も持ってきてないだろ」
「ああ、私、銃苦手なんです」
少し罰が悪そうに笑い、懐からナイフを取り出し、逆手に構える。黒曜に鈍く光る刃を持ち、一見すると祭礼用の短剣のように見えた。
「私、実はアウトドア派なんですよ」
美羽が短剣を構えたのを見て、怪腕は犬歯を剥き出しにし、弾き出された弾丸のように猛然と突進した。
五十メートルの距離を二秒かからない程度の時間で詰め、美羽に襲いかかる。
飛び掛かる左の前脚の爪をナイフで受け、その勢いのまま身体を回転させながら怪腕の下に潜り込み、攻撃を躱す美羽。
怪腕は美羽のすぐ後ろに着地し、体を翻しながら再び美羽に飛び掛かった。
二度目の爪の攻撃を受けながら、美羽の身体は後方へ吹き飛ばされ転がった。
「美羽!」
「大丈夫です!」
転がった勢いのまま体勢を立て直し、迎撃の姿勢を取る。怪腕の爪牙の猛攻を、自分から後方に飛ぶ事で何とか受け切った。
(動きは単調ですが、疾くて重い。対応するだけで精一杯ですね。何とか反撃のタイミングを見つけなきゃ)
右に左に飛び回り、立体的な動きで美羽を翻弄する怪腕。爪で、牙で、腕力で美羽に襲いかかるが、美羽はその怒涛の攻撃をナイフ一本で凌ぎ続ける。
ウテナは少し離れた場所でその様子を見ていた。なんとか美羽の援護に回りたい所ではあったが、何も武器を持って来ていない状態で出来ることは限られていたし、何よりウテナ自身。美羽と怪腕の戦闘を目で追いかけるのが精一杯であった。
(それでも、何か出来ることはあるはずだ)
辺りを見回し、何か使える物がないか捜す。今から罠を作って仕掛ける時間はない。可能であれば武器になりそうな物、活用できるかは分からないが飛び道具が理想ではあるが。
「でも、こんな村に銃なんかないよな……」
それもそうである。犯罪もほぼ無いような辺鄙で小さな町。拳銃は愚か、鉈以上の大きさの刃物を探すのも骨が折れそうだ。
「……だったら、逆にこういう奴の方がいいかもだな」
崩れた家屋から何とか角材を見つけ、引き摺り出す。一定以上の鈍器としての用途は望めるだろう。
「あとは、付け入る隙があるかどうかだな」




