act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】18
「おーい、若人共。立派に不純異性交遊してるかい」
髪をボサボサにした、いかにも『二日酔い』と言った様相のカルカヤがウテナと美羽の部屋に向かう。
「アンタら、一緒の部屋で寝ろとは言ったけど節度は大事だから……って何だこの状況」
ドアを開けたカルカヤは、その光景を見て口を噤む。それもそうだ。そこにいたのは、ベッドの上に正座のまま眠る少女。そして、その太腿に顔を埋めるようにして眠る少年の姿だった。
「……え、事後?」
カルカヤもどうにかこの状況を理解しようと努めるが、全く理解できない。
「おい、アンタら起きな」
考えるのが面倒になったのか、うつ伏せで眠るウテナの横腹に蹴りを入れるカルカヤ。『おごっ』と、身体の中身を絞り出したような声を上げながら転がるウテナ。
「……カルカヤさん」
「おはよう、発情期」
「朝からなんなんですか」
「うら若き乙女の柔肌はさぞ心地よかった事でしょうねえ。童貞が一晩で随分偉くなったもんだ」
「マジで何のこと……」
そこまで言って、昨夜の出来事を思い出す。悪夢のこと、美羽に見られたこと、慰められて泣きそうになったこと、太腿に顔を埋め寝たこと。
顔面が冷たくなる。意図せずして汗が頬を伝う。
「やっとハッキリした?」
「……ちょっとは」
「んで、何があったのよ」
「……何もなかったです」
「嘘つけや」
「いや、マジで何も」
「ヤッたの?」
「ヤッてないです!」
そこまで話したところで、正座で眠っていた少女がゆっくりと覚醒する。
「……あ、おはようございます。ウテナ、カルカヤさん」
「美羽ちゃん、昨日何かあった?」
「昨日、ですか……?」
少し考えた後。
あっ、と何かに気づく美羽。
(昨日のことは、きっとウテナはあんまり誰かに公開したくないはずですね)
「昨日は、その、……言えません」
顔を少し赤らめて、カルカヤから目を逸らしながら言葉を濁す美羽。その様子を見たカルカヤは更に勘違いを深めた。
「やっぱりヤッてんじゃねえか! 空気が事後の男女なんだよ!」
「誤解です! 誤解です! 折れる折れる!」
コブラツイストを極めるカルカヤと、悶え苦しむウテナ。
そして。
斯く斯く然々と、誤解を解く。
ーーーーーーー
「……まあ、何となく事情は分かったけど」
「出来ればボコボコにする前に分かってほしかったんですが」
顔を腫らして正座するウテナと、その正面で胡座をかくカルカヤ。美羽はウテナの少し後ろでまごまごしている。
「カルカヤさん、すみません。私が悪いんです」
「いいよ、こういう時は無理矢理押し倒されたことにしとけばいいの」
「最低だなホント」
「んで、結局何もなかったんだね?」
「何もないですって」
「それはそれで面白くねえな」
「マジで何?」
小さく舌打ちをするカルカヤ。
「まあいいや、ほら、その怪我治してあげよう。感謝してな」
「こういうのマッチポンプって言うんですよね」
カルカヤがウテナの頬に掌で触れる。触れた場所から小さな光の粉が舞い、ウテナの顔の腫れが引いていく。
「……やっぱりすごいですね」
「でしょ? 尊敬して?」
「本当一言が余計なんだよな」
「これがカルカヤさんの機能ですか?」
「そ、もう4〜5分もすれば元通りに治るよ」
「あ、本当だ。見る見るうちにウテナの顔が小さくなっていきます。これってケガだけじゃなくて病気も治せるんですか?」
「そうね。あくまで自然経過で治るものであれば何でも」
「すごい、便利な機能ですね」
「何言ってんの。アンタの機能の方がすごいよ」
「え?」
「昨日も言ったけど、アタシの能力は対象そのものの自己治癒能力を高めているに過ぎないのよ。治せる対象の程度には限りがある。でも、美羽ちゃんの能力は違う。昨日のを見た感じ、即時的な治癒ね。対象が傷を負った、って事実すら無かったことにしてしまう、ってことかな?」
「ええ、概ねそんな感じです」
美羽がカルカヤの質問に答える。
「やった事はないですけど、極端な話、デメリットに目を瞑ればだけど、生きてさえいればどんな損傷も修復できると思います」
「やっぱり規格外の機能だわ。でも、相応のデメリットはある訳ね」
「そのデメリットっていうのが、美羽が傷を請け負う、って事ですね」
「そういう事」
「私が受け取った傷は、私自身の治癒能力に依存します。仮に不可逆な損傷を治したとしても、私自身がその傷を負う訳です」
「やっぱり、気軽には使わせたくないな」
「その方針でいいと思うよ。美羽ちゃんは歯痒いと思うけど、私はウテナの考えに賛成だわ」
「残念ですけど仕方ないですね。分かりました」
口惜しそうにな言葉ではあるが美羽の表情に落胆はなかった。
「ま、今日はアタシは普通に仕事するけど、アンタら今日帰るの? 空斗には今日一日は休み貰えるように言ってあるから、ゆっくり観光でもしてきたら? アンタら日本に来るのも久し振りでしょ?」
「ええ、まあ、そうですけど」
「折角ですから、ウテナ」
確かに、カルカヤの言うことも最もである。こういう機会が次にいつ有るか。ウテナの日本での思い出は全てこの町にある。少し思い出に耽るのも悪くないだろう。
「じゃあ、そうしようか」
「私、海の見える場所に行きたいです」
海、か。生憎の曇り空ではあるが、それも良いだろう。だったら天気が崩れる前に向かうべきだ。
さっと身支度を済ませ、診療所を出る。入り口の両開きの扉を開く。幼い頃、何度も観た景色が変わらずそこにあった。
うん、いい気分だ。
悪夢もすっかり霧散した。
なんだか、今日はいいことがありそうな気がする。
「行きましょう、ウテナ」
悩みを解消してくれた少女に呼ばれ、ウテナは育った町へと足を向けた。




