act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】13
2130年、人間と《天使》(てんし)の大規模な戦争が起こった。
《天使》とは、”超常の欠片” ランクEX、『存在が及ぼす影響が未知数または測定不能な”超常の欠片”』と位置付けられた、膨大な魔力を持つ有翼の人型生命群のことだ。一体で一つの国家を消滅させることが出来るとも考えられており、それが百体程度の群体を形成して一つの社会を形成しているのだ。人間を遥かに凌ぐ知能を持ち、更に強大な力を持ちながらもそれに驕ることなく自然や他の命に慈愛の心を持つ。
これまで人類と敵対することなくいた《天使》達だが、ある時一体の《天使》が言った。
『ーーー人間は、果たしてこの地球に必要か?』
《天使》が慈しむものは地球に生きとし生けるもの、全て。人間も勿論、その一つに含まれる。だが、人間はその他の生命を余りにも蔑ろにし過ぎた。
《天使》の一体がそう言うと、次々と賛同する《天使》達が現れた。そして、地球の調和を護る為に人間を滅ぼす事を決意したのだ。
だが、それを良しと思わない《天使》もいた。人類も護るべき生命、と考えたある《天使》が、同じ考えを持つ《天使》達を集め、人類を滅ぼそうとした《天使》と戦った。
この戦争は、正しくは人間を危険因子と見なして排除しようとした《天使》達と、それらから人間を護ろうとした《天使》達と人類の連合軍の戦争だった。
二つに別れた《天使》達の勢力はほぼ拮抗していたが、僅かに反人類派の《天使》の力が上回っていた。
徐々に旗色の悪くなっていく親人類派、新人類派の敗北は、人類の滅亡を意味していた。
人類も参戦したが、膨大な魔力を持つ《天使》同士の戦いだ。
天を崩し、地を裂き、地図を書き変える力の奔流の中、人類の叡智の結晶である科学はほぼ無力だった。
戦闘機が、戦車が、戦艦が。
大いなる魔力の渦に飲み込まれていく。
人口は見る見る内に減少し、都市機能はそれを上回る速度で低下した。
いよいよ窮した人類は、起死回生の一手を繰り出す。
”超常の欠片” 。
”超常の欠片”には”超常の欠片”をぶつける。
人類が保有するもう一つの刃。神造機。
神造機は、単体での戦闘能力は《天使》には及ばなかったが、これまでの戦いから《天使》の攻撃力、攻撃範囲、攻撃速度などの情報を収集し、共有することで戦術面で《天使》を上回ろうとした。一方《天使》は、同胞との戦闘で手一杯、神造機など、そもそもとして関知している余裕はなかった。
神造機はこれらの情報的優位を利用し、奇襲、撹乱戦法を仕掛ける。一手一手は、ほんの小さな綻びであった。
小さな綻びをきっかけに、《天使》同士の戦闘の結末に楔を入れる。神造機の横槍によって、発動するはずだった攻撃が中断される。神造機の介入によって、命中するはずだった攻撃が回避される。
そのような小さなきっかけが集合し、一つの局地戦の結果を変える。一つの局地戦の結果が変わると、戦況が変わる。
神造機を投入した後の戦況は、親人類派が僅かに盛り返し拮抗を続けていた。開戦から半年程経過したが、《天使》同士の戦闘は苛烈を極め、双方の陣営は徐々に数を減らしていった。
残った《天使》達も疲弊し、戦況が停滞し始めた頃、人類は更なる一手を繰り出した。
人類が温存していた神造機の中でも、特に戦闘力の高い七体。《戦乙女》と呼ばれる人類の切札だ。
《戦乙女》の投入により、戦況は再び変化する。
これまでは奇襲や撹乱戦法に過ぎなかった神造機の攻撃は、《戦乙女》を中心とした連携戦法へと変化した。
《戦乙女》の戦闘能力は他の神造機と別格であった。ある程度のサポート込みで《天使》と渡り合える能力を有していた。ましてや長い間戦争を続け疲弊しきった《天使》である。《天使》は更に数を減らしていった。
そして。
反人類派《天使》の最後の一体が倒された。
人類は生き残り、親人類派の《天使》もその数を四体まで減らし、《戦乙女》のうち、黄昏の戦乙女、紫雲の戦乙女を始めとして多くの神造機を失い、戦争は終わった。
終わった、かのように思われていた。
人類は、恐れたのだ。
人間を護る為に同胞を屠った《天使》を。
仲間を喪いながら隣人を斃した《天使》を。
いつか再び、人類に牙を剥かないと言い切れない《天使》を。
人類は、恐れたのだ。
最後に残った《天使》は、一つの家族だった。
友好的に近づいてきた父を屠り、それを咎めた母を屠り、その身を賭して妹を逃がした兄を屠った。
彼らの抵抗で、太陽の戦乙女が戦死、海原の戦乙女が再起不能と考えられる大怪我を負った。その他にも多くの神造機が命を落とし、多くの人間が命を落とした。
人類は共通の脅威を打破した高揚感から協調し、文明の復興に取り掛かる。
特に被害の大きかった日本は、一部の都市機能を他所に移転させ、復興を開始した。
その移転先が、兼ねてより開発の進んでいた人工列島-アロイ・アイル-である。
そして、一部の都市機能を移転した日本は『日本』『東京』の名前を残し、その他の行政区画の名前を管理番号として再登録、管理の方針とした。
故に、現在の日本で、名称として地名が残っているのは『東京』のみである。
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『東京』P.o.r.t.a.l.から東の方角へ電車で2時間、海洋に面した小さな町、カルカヤはそこで小さな診療所を構えている。
町は静かながらも退廃的な空気はなく、住人には笑顔が溢れていた。
駅近く、町の中心にカルカヤの診療所はある。ウテナと美羽がカルカヤの許に着いたのは日が高くなってからだった。
「ちなみに、どんな方なんですか?」
「えーっと、なんて言うんだろうな。俺の……主治医?」
「主治医、ですか?」
「昔の、ね。小さい頃は色々身体弱かったから、その時の」
「そうなんですね」
「ああ、後ね、ちょっと怖くて、ちょっと乱暴で……」
その時、診療所の扉が勢いよく開いた。
「ウテナー! 生きてるかー!」
「とても優しくて素敵な人です」
「はあ」
危ねえ。
ウテナと美羽の来訪を察知したのか、カルカヤが飛び出してきた。ウテナのカルカヤへの評価は間一髪のところで聞かれずに済んだようだ。
「久し振りじゃんかー、ウテナー。ええ? 痩せたんじゃないの? 萎んだ? ちゃんと飯食ってる?」
「ちょっ、あんまりベタベタしないでくださいよ」
ちなみにこの時、ウテナ自身は気づいていなかったのだが、前回カルカヤと会った時、一年前と比較して1.5kg痩せている。
「なんだよー、もっと有難がれよ。発情期だろ?」
「思春期って言ってください」
「ほら、おっぱいだぞ、童貞のウテナは見たことないと思うけど」
「それ去年もやってます」
「なんだよー、ウテナ、ノリ悪くなったんじゃないの?」
「カルカヤさんは酔ってますか?」
「お、こちらがウテナの神造機? はじめまして……じゃないな?」
カルカヤは美羽を見て少し目を細め言った。
「えっ、そうですか?」
「アタシは診た患者は忘れないよ? うーんと、でも結構前かな……」
そう言うと、カルカヤは美羽の首すじ匂いを嗅ぎ出した。
「あの、ちょっと……?」
「カルカヤさん! 何してんですか!」
「くすぐったい……ですっ」
「……思い出した! アンタあれだ! 空斗と一緒に来てた子だ! え、妹だよね? お人形さんみたいで可愛い子だなって思ってたけど、そっか、その子がこんなに育つんだね。アレ? って事は、あれから何年経った? え、こわ。月日こわ。光陰矢の如し? 矢? でも矢ってそんな速くなくない? まだアタシ大丈夫……? イケる……?」
「一人で何言ってるんですか」
「……それより、あんまり首元で喋り続けないで貰えると、嬉しいんですけど……」
「ああ、ごめんごめん、テンション上がっちゃって。そっかー、あの小生意気な兄貴にこんな可愛い妹がいるんだね、そっかそっか。なんだ、ウテナがアタシの色気に惑わされないのはそういうことね。こんな子がいるんだからそりゃそうよね」
「何考えてるんだ」
「で、もうヤったの?」
「昨日会ったばっかりだって言ってんでしょうが!!」
「……あの、アレだぞ? 出会って五秒でみたいなのは幻想だからな? そういうビデオを鵜呑みにするなよ?」
「もう本当黙ってくださいよ!」
(五秒? ビデオ?)
「美羽もそんなところに食いつかなくていいから!」
会話中に出てきた知らない単語に気を止め、眉間に皺を寄せる美羽。
「まあ、それはそれとして、中に入りなよ。疲れてるでしょ? お茶でも出すからさ」
「あ、はい、ありがとうございます」
会って五分でドッと疲れている自分がいる事に気づくウテナ。『嵐』が人の姿を持ったら、恐らくこんな感じなのだろう。
「ウテナ、ウテナ」
暫く静かだった美羽が話しかけてくる。
「結局、五秒って何の事だったんですか?」
「その話はいいから!」




