act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】11
「日本に行きたい? そりゃまた何で」
次の日、ウテナと美羽は、S.H.I.P.本部の空斗の元へ来ていた。
「空斗さん、カルカヤさんに話しましたよね? 俺が《花婿》(グルーム)になるって」
「ああ、うん。話したね」
「そうしたら、『早く紹介しろ!』って昨日電話が……」
「まあ、そんな事だろうとは思ったけどね」
「多分ですけど、空斗さん、こうなるって分かってましたよね」
「まあまあ。それで、えーと、何だっけ。日本に行きたいって話だよね?」
「はい、それで急遽日本に行くことになったんですが、人工列島から日本とか他の場所へ行きたい時、みんなどうしてるのかなって。兄さんならその辺りの事情に詳しいだろうと思って聞きに来ました」
人工列島-アロイ・アイル-は、太平洋上に浮かぶ、文字通り人の手で作られた島々の総称。ガラパゴス化している、とかそういうことではないが、どの国土とも隣接しておらず、ある意味では隔絶された国家群なのである。
「そうだねー、一般の人だったらフェリーだったり、あと剣の島には空港もあるから、そこから空路を取ったり、とかかなあ。せっかくS.H.I.P.職員なんだし『P.o.r.t.a.l.』使わせてもらう方法もあるね」
「ぽーたる?」
聞き慣れない単語に、ウテナが少し間抜けな発音で返す。
「うん、prototype organized trancing position another locationで、頭文字をとってP.o.r.t.a.l.ね。地点転移装置試作型、って名前なんだけどダサいでしょ? だから横文字にしたんだ。用途は名前通り、離れた二点間を多次元的に接続して、三次元的な空間の距離を限りなく0まで近づけて……」
ぽかんとするウテナと美羽。
「……まあ、要するにワープ装置だね」
「なるほど」
「日本だったら東京にはP.o.r.t.a.l.繋がってるからね。折角だし使ってみたら? S.H.I.P.の地下にあるし」
という事で。
ウテナと美羽は空斗に連れられS.H.I.P.地下、site:P.o.r.t.a.l.にやってきた。
厳重に警備された扉を抜け、部屋に入るとそこには、伽藍とした広い空間、そこに一人の女性と思しき人型のシルエットが立っていた。
「……この部屋で合ってますか?」
「うん、合ってるよ」
「この部屋、何も無いですけど。ほら、例えば転送装置みたいなのは?」
「……ウテナ君、もしかして形から入るタイプ?」
「いや、そんな事は無いんですけど……」
「まあ、そうだね。イメージとは少し違うだろうね。大方ゴテゴテの透明な筒みたいなのを想像してたんだろう? SF映画の見過ぎだよ、ウテナ君」
「私もちょっとイメージとは違いました」
「おや、美羽もSF派かな?」
「いえ、大きいトランポリンみたいなのを想像してました」
「いいね。ちなみに地下からどうやってワープするんだろうね」
「着地無理だろうなあ……」
「そこまで言わなくてもよくないですか」
「まあ、ちょっとおバカな二人は置いといて、正解発表といきましょうかね」
そう言うと空斗は、部屋の中央に近づく。閉眼していた女性のようなものは、それに呼応するかのように目を開いた。
「いらっしゃいませ。P.o.r.t.a.l.へようこそ。転送先を指定してください」
機械というには流暢な、生物というには無機質な声で、その女性のようなものはアナウンスした。
「……えっと、この方って」
「父さんの研究をベースにして、僕が作ったアンドロイドだよ。いや、アンドロイドって言うのは不適切か。彼女は生きているからね。ある程度の生命維持器官の代替には成功したけど、神造機の構造については依然として判明していない部分が多い。父さんの研究成果を継ぎ接ぎのパッチワークした結果、彼女は産まれたんだけど、彼女には、例えば感情だとか、個体としての生命として必要な物がいくつも欠落している。それはそれとして、彼女が創造られた生命だと言うことは変わりない。僕は、一番最初に出来た彼女に《エヴァ》と命名した」
エヴァ、と呼ばれたそれは、笑顔とも、そうでもない表情のまま屹立している。口元には笑みを浮かべているが、眼には全く感情の宿っていない、そんな印象だ。そのアンバランスさが尚更、それの異常性を引き立たせていた。
それにしても、だ。
自分が創造した命に、エヴァと名付ける。それではまるで、あたかもーーー。
「神さま気取りだ、なんて思ったかい?」
「……ええ、少しだけ」
「正直な所は君の美点だよ、ウテナ君。そうだね、僕は神さまの振りをしたかったのかもしれないね。……いや、正確に言えば、『神さまになろうとした父さんの代わり』になりたかったんだよ。殆ど父さんの研究に乗っかってるだけだけどね」
「美羽と空斗さんのお父さんって、とんでもなく凄かったんですね」
「そうだね、僕もそう思う。ただ、能力があったが故に苦しんだ。太陽に近づきすぎて、地に堕ちたイカロスの話を知っているかい?」
「ええ、蝋で作った翼が、太陽の熱で溶けて海に落ちた神話ですよね」
「そう、父は人間という枠に収めるには余りにも優秀すぎたんだ。って、こんな話をすると美羽が辛くなるよね、ごめん」
「……いえ、なんだか、少し嬉しいです」
「美羽?」
「だって、エヴァさんは、父さんの研究から生まれた方なんですよね。そうであるならば、エヴァさんの中に父さんが生きているみたいじゃないですか。私、父さんの最期にはお会い出来てませんから。でも、父さんの生きた証がここにあるんだ、って。そう考えると、少し嬉しいんです」
「……ウテナ君、うちの妹、いい子だろ?」
「……ええ、すごく、思います」
「ちゃんと幸せにしてやってくれよ」
「え、恥ずかしい。やめてくださいよ」
「少し話が長くなったね。エヴァ、おはよう」
耳まで紅潮させた美羽を尻目に、空斗がエヴァに話しかける。
「ーーー声帯を認証。来栖空斗様、ようこそおいでなさいました」
「日本までよろしく」
「オーダーを受諾。P.o.r.t.a.l.起動します。座標指定を開始、対象地点名称、日本。準備中です。
ーーーオールグリーン。接続します」
エヴァの後ろに縁が金色の円環が出現した。円の内部は星空のように、黒い背景にキラキラとした光が散りばめられている。
「ここに飛び込むと日本に行けるよ」
「マジすか」
「本当にごくたまーに時空の迷子になるけど、確率は低いから安心して行っておいで」
「それ聞いて安心しろって言う方が無理でしょ」
「ウテナ、いきましょうか」
「マジすか」
美羽は乗り気のようだ。……まあ、高揚感がないか、と言われると嘘になるのだが。時空の迷子ってどんな感じなのだろうか? そもそも助かるのか? うーん。
「ウテナ君、ウテナ君」
空斗の声で現実に戻る。
「もう美羽いないよ」
「マジっすか!?」
ウテナが逡巡している間に美羽は先に行ってしまった。覚悟を決めるしかないようだ。
「〜〜〜ッ! 行ってきます!」
「うん、頑張れー」
「ゲスト様、いってらっしゃいませ。貴方の行く先に、幸せがありますようにーーー」
空斗の間抜けな激励と、エヴァの形式だった祝福を受けつつウテナは異空間へ足を踏み出した。