act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】⑨
リコリスとセルゲイが去って行った後、自宅に戻ったウテナと美羽は食事の時間を迎えていた。
初日ということもあり、ウテナは何か外食か出前かで済まそうと考えていたが、今日は私が作ります!と、張り切る美羽。
同年代の女子の手料理というものに憧れがあったのも事実、折角だから任せることにした。
……だったのだが。
「ウテナ、あの、食材が……」
もともと一人暮らしの、普段から料理をする習慣がある訳でもない 17歳男性の家から持ってきた冷蔵庫と、その中に眠っていた食材である。当然、その実力は高が知れている。
「ベーコン、バター、卵……。消費期限とかちゃんと見なきゃダメですよ。あ、お米もちゃんと冷蔵庫に入れてるんですね。えらいえらい。この方が長持ちするんですよね」
「そうなのか」
「知ってた訳じゃないんですか」
米はキッチンに置く場所がなかったから冷蔵庫に詰め込んだだけであった。
「とりあえず無事な食材で作れるものを考えます。まずお米を炊きましょう。ウテナは遠慮せずに寛いでください」
何か手伝おうとしたが、そもそもの食材が少なく、美羽も特にやる事がない様で手持ち無沙汰の様に人参をクルクルと回している。
部屋に目を遣る。引越して初日の部屋は、自分が生きた痕跡が希薄だ。その代わりに、すっきりとした空間の所々に、でも控えめに、来栖美羽を構成する雑貨が散りばめられていた。
ふと、棚の上の写真に目が止まる。雰囲気から察するに家族写真。それもきっと、10年以上前の物だ。写っていたのは、一組の夫婦と四人の子供、そして、一人のメイド。
「この写真……」
「あ、すみません。勝手に飾っちゃいました。私が5歳くらいの頃の写真ですね。これが私です」
手前にいる快活そうな女の子。今の美羽よりも少しやんちゃそうな印象を受けるが、来栖美羽という少女が童顔なこともあり、この時点で完成されていると言っても過言ではない顔立ちであった。
「へえー、この頃から目大っきいんだね。顔の半分以上、目じゃん」
「そんな大っきいことあります?」
多少大袈裟な表現にツッコミを入れられつつも写真を眺め続けるウテナ。
「って事は、これが空斗さん?」
「そうですね、兄は私の6歳上なので、11歳くらいの兄です。可愛いですよね」
「この頃は髪の毛、染めてないんだね」
「それはそうですよ」
写真の空斗は、美羽と同じく暗い緑色の髪をしていた。
「いつから髪の毛金色にしてるの?」
「えーと、確か父が亡くなったくらいなので、この3-4年後くらいでしょうか」
まずいことを聞いてしまった。
「……ごめん」
「あ、あ、違うんです。全然そんなつもりはなかったんです。本当に気にしないでください。……せっかくなので、少し私の家族の話、聞いてくれませんか?」
写真を手に取り静かに語り出す美羽。
「私の父は、医者でした。それなりに裕福な家庭で、恵まれていたと思います。父も母も穏やかで、喧嘩しているところなんて見たことありませんでした。兄がいて、姉がいて、妹が産まれて……うん、幸せな家庭でした」
少し含みのある言い方をする美羽。
「普通の家庭と少し違っていたことは、母が神造機だったことです。神造機から産まれた女児は神造機になる。兄を除く私たち三姉妹は全員神造機でした。……ウテナ、神造機の寿命って、どれくらいか知ってますか?」
「……寿命?」
「だいたい35年前後、と言われています。人間が本来持っている生存に必要な身体の機関が、戦闘用、能力発動用に置き換わっているため、その分永くは生きられない」
身体全体を、強く打ちつけられた様な衝撃。この少女は、そんな運命を背負って生きていたのか。
「神造機から産まれた男児も、寿命は同じくらいとされています。それ故に、母は次第に弱っていきました。幼い私たちにも目に見えて分かる様に。父は何とかして母を延命させようとしました。本来人間が持っていて、神造機に欠けている器官を補おうとしたんです。そこから父の研究が始まりました。父の研究について、私はよく知りません。兄は父の研究を手伝っていた様です。父は寝る間も惜しんで研究を進めていました。……そして、父は間に合わなかった」
次第に美羽の表情に悔しさの色が混ざる。
「母が亡くなってからも、父は研究を続けました。私たちのためです。私たち3姉妹も母と同様に神造機ですから。父は母を救えなかった悔恨から、前にも増して研究に取り組みました。その生活は、父の身体も蝕んでいった」
写真の父親の顔を指でなぞり、美羽の話は続く。妻を守れなかった男は、せめて娘たちを守ろうとしたのだ。
「中でも三女、私の妹は身体が弱かったんです。それは尚更、父の焦燥感を駆りたてました。父は殆ど家に帰らなくなり、妹も父の病院へ入院し、姉もそっちへ掛かりきりになりました。その間、私の面倒を見てくれていたのが、そこに写っているネーネカさんです」
「……あ、これネーネカさんなの!?」
確かによく見てみれば、そこに写っていたのは、S.H.I.P.本部で見た改造制服メイド、ネーネカであった。
「え、これ、本人?」
「うーん、恐らく……?」
「え、だって今と全然見た目変わらないじゃん? これ、12年前の写真でしょ? ネーネカさんって何歳なの?」
「それ以上はダメです、ウテナ」
話が逸れたが。
「父はそのまま、研究所で息を引き取りました。母の死から1年、最後の半年は、私は父の顔を見ていません。……姉も、妹も、それ以来会っていません。私を迎えに来てくれたのは、髪の毛を金色に染めた兄でした。そこから兄と私はS.H.I.P.に入り、今に至ります」
「……すごく、大変だったんだ」
「い、いえ、そんな事は、ないんです……けど」
美羽のこれまでを聞いて、彼女の抱える悲しみ、痛みを少しでも理解できただろうか。
恐らく否だろう。だとしたら、今抱く感情は同情ではない。
「あ、あの……、ウテナ」
気がついた時には、美羽の頭を撫でていた。
「あ、あれ、ごめん、つい」
「いえ、その、い、嫌ではないです」
「……美羽がどれだけ寂しい思いをしてきたか、話を聞いただけで理解できたなんて思ってないけど、それでも、もう同じ思いをさせたくないって、思った」
「ウテナ……?」
「だから、これから、俺が一緒にいるよ。まだ、両親とか兄弟とか、そんな存在にはなれないとは思うけど」
小さく息を吸い込んで、決心したように告げる。
「少しずつ、美羽を理解して、美羽に本当の意味で大切に思ってもらえるように頑張るから」
「……はい、よろしくお願いしますね」
小さく笑って美羽は答えた。
「では、指輪の交換を」
「ちょっとそれは待って」
「えっ」
「俺も、美羽にまだ言えてない事があるんだ。ちょっとまだ言う決心がついてなくて。でも、必ず言うから。俺の秘密も伝えられたら、改めて契約しよう」
「……私は全部話したのに、フェアじゃないですね」
ハンカチで目尻を抑えるポーズをとる美羽。
「ご、ごめん」
「冗談ですよ。その秘密、ウテナが私に言いたくなる日まで、気長に待ってますね」
その時、炊飯器が鳴り、米が炊けた事を告げた。
「あ、ご飯炊けましたね。座ってください。ご飯にしましょう」
「そうだね、食べようか」
「……ちなみに、おかず問題は全く解決してないのですが」
「……そうだったね」
お久し振りです。江野木です。
書き溜めが尽きた+私生活が忙しい、で投稿まで間が空きましてすみません。
ゆっくり更新して行けたらいいなと思っているので、気が向いた時に読んでいただけると嬉しいです。『模造の怪腕と被虐の聖女』編。もうちょっと続きます。




