の、スープ
「おう、こっちだこっち」
集会場。
ここはプエラポルタン村の中で、2番目におおきな建物だ。
入るなり、僕は顔見知りになった狩人に手招かれた。
レオ、というその男。
僕が近づくと、自分の隣をばんばんと叩いて、座るようにうながした。
「みんな、この人が噂のアイオンさんだ」
「アイオンさんはすげえんだぜ、みただろ? レオのあの弓をよ」
「俺の農具もアイオンさんに直してもらったんだ。こわれる前よりよっぽどうまく耕せるんだぜ!!」
みんながそういってくれるので、僕もなんだかうれしくなる。
あれから、何回かたのまれてみんなの道具を治してあげた。
誰もがその手間賃に加えて、大量の野菜やら獲物やらを添えてくるので、このところの僕はすっかり健康。
みんなともすっかり知り合いになって、呼ばれたらこんなところまでホイホイ来ちゃうくらいなのだ。
「それで、今日はなんの集まり?」
「ああ、ちょっと待っててな」
レオはいうなり、ジェフという、もうひとりの農家の男といっしょに引っ込んでいく。
次に姿を現すと、彼らは盆に載せた皿を運んで来たのだった。
「もうすぐ、祭りがあるんだが、アイオンさんは知ってるかい?」
もちろん、といっては悪いんだけど、僕は知ってはいなかった。
「このあたりの祭りは近くの村合同で、大々的にやんだけどさ」
「毎年、そこで各村対抗の、料理コンテストが行われるってわけだ」
なんとなく話はわかった。
このお皿の中に、そのコンテストで出す料理が盛られているってことなんだろう。
今日はその試食会かなにかかな?
でも、僕がなんで呼ばれたのかはわからないかな。
「聞いたぜ。アイオンさんは王都からきたっていうじゃないか」
「だからうまいもんもたくさん知ってるはずだってね」
レオが真剣な顔で彼らを引き継ぐ。
「このところ、俺たちは隣村のやつらに勝てていないんだ。だから今年こそは、って思ってな」
これはこまったぞ、と僕は思った。
たしかに僕は王都に住んではいた。
でも、あんまり忙しかったものだから、食べ歩きはおろか、外食なんてした経験がほとんどない。
いや、それだけじゃない。
官舎に帰ってちゃんとした料理が作れたのだって数えるほどだ。
僕がわかる料理の味なんて、決まり切った王城職員の食堂のそれ。
あとは懐中汁粉の違いくらいだ。
スプーンを手にとった僕の目に、さらに盛られた煮込が飛び込んでくる。
プエラポルタン特産の野菜がふんだんに使われたその煮込みは、見た目にもあざやかでおいしそうだ。
あたりからは期待の眼が注がれている。
こまったな。
でも、まあしろうとの意見でも、なにかの助けくらいにはなるかもしれない。
僕は煮込みを口に運んだ。
「お・・・・・」
おいしい。
これはほんとにこまったぞ。
これだけのしろもの、しろうとの僕ではおいしいのほかにいうことが無い。
「・・・・・お?」
なにをいうのか期待してか、レオが僕に顔を寄せた。
うう、どうしよう
僕は眉根を寄せて、煮込みを見た。
あれ?
煮込みが、その透度を増して見えた。
これ、もしかして『ようせいさんの眼』の効果なのかな?
『物』のこわれているところがわかる僕のスキル。『ようせいさんの眼』
すこし前に『物』ではない、僕の飼い犬、
『クロ』に対して発動したように、この煮込みにもスキルが適用されているのかな?
煮込みはいまや、4色にわかれて僕の目にうつっていた。
問題なし、を示す緑が大半をしめている。
黄色の部分はほとんどなく、
そうしてうっすら赤いのは・・・・・・
「汁がいけないのかな?」
あたりが、ざわ、とどよめいた。
「汁って、まさかそんな。この汁は完璧のはずよ」
「黙ってろ!! アイオンさんがいうのを聞くんだ」
と、いわれてもどうしよう。『ようせいさんの眼』に、これ以上の機能はないんだけど。
それでも、僕はもっともっと、目をこらしてみる。
しばらくすると、なぜか僕の口の中。その舌を、とある味が覆っていった。
「これは、酸っぱい?」
そうだ、この味は・・・・・・
僕は、あたりを見回した。
口の中に酸っぱさ
もしかして。
僕は急いであたりを見回す。
その調味料は、すぐに見つけることができた。
僕はその調味料を、目の前のさらに垂らした。
「お酢、だと? そんなバカな」
「あれじゃ、味が壊れちまうよ」
そんなみんなの声にドキドキしながら、僕は皿の煮込みをもうひと匙、口に運んだ。
「おいしい」
やっぱり、僕にはそれよりほかに、いうことはなかった。
でも、このおいしいは、さっきとは『ひと味違う』おいしいだ。
さっきもすごくおいしかったけど、酢をいれたことで、味が一段あがった気がする。
「ほんとうだ。酢なんていれてどうなるかと思ったが、全体的にまとまって・・・・・・」
「旨い。旨いよこれ。凄いじゃないか、アイオンさん」
「汁のおかげで、口の中で野菜達が踊ってるわ」
どうやらうまくいったらしい。
みんなのちからになれて、ホントにうれしいんだけど、
でも、僕の『ようせいさんの眼』どうしちゃったんだろうな。
「物にしか、効果がなかったはずなんだけどなあ」
僕のつぶやきは、みんなの歓声にかきけされた。