合い言葉は、なるはやで(怒
ひとしきり掃除を終えて、気がつけばもう夜だった。
家の中をさんざん走り回っていたクロは、疲れ切ってしまったのか。
トーストの上のチーズみたいに、床にぐでんと溶けている。
僕は持ってきていた懐中汁粉をお湯に溶かし、手早く夕餉をかたづける。
できればもう少し作業をすませておきたいな。
でも、もう明日でもいいか。
僕は溶けているクロを見ながらそう思った。
と、
ぴくり、とクロの耳が動いた。
続いて、その体が跳ねるように飛び起きた。
コンコン
とドアをノックする音がそれに続く。
「はい?」
「夜分にすまんね。ちょっと開けてくれないか?」
ドアの外には男が三人。
年の頃は僕より少し上だろうか。
一人が大きな袋を持ち、腰にはなにかをさげていた。
「あんた、アイオンさんかね? 引っ越してきたっていう」
そうですけど、という僕に、彼らは袋を手渡した。
「ほらこれ、引越祝い。すまんかったね、さっきは留守にしていてさ」
袋の中には、大量の野菜が詰め込まれている。
続いて渡された腰の物。
これはカモかなにかだろうか。
「うわ、こんなに。ありがとうございます」
三人の男は、二人が農家、残りの一人は猟師をやっているらしい。
みなそれぞれが獲物に作物。それらを持ち寄ってきてくれたみたい。
あがっていきますか?といいかけて、僕はくちごもった。
まだちょっと、ひとをおまねきできる状態じゃないかもだ。
「いや、気を遣わなくていいから……」
「じつは、あんたにお願いしたいことがあってな」
後ろの一人が、口をひらいた。
「オレたち、ボドさんに聞いたんだけど」
「あんた、物の修理がとくいなんたって?」
ボドさん、て誰だろう。
ああ、そうだ。たしか馬車のおじさんだったっけ。
三人が示したその先には、狩猟道具に、農具、それから子どものおもちゃかなにか。
それらがひとつずつ、箱にはいって置かれていた。
そんなに量があるわけじゃない。
このくらいなら、僕のスキルとそれから技術で、なんとかしてあげられそうだ。
こういうご近所付き合いも、きっと大事なんだろう。
「わかりました、いいですよ」
「ホントか? いやあ、たすかるなぁ」
うれしそうにいう彼らに、僕は聞いておくことにする。
「それでいつまでにやっておけば?」
「なるべくはやく、やってもらうわけにいかんかね?」
それを聞いて、僕は思った。
ここでもなのか
メンテナンス室での記憶。
依頼してきた人たちは、みんなが口をそろえていう。
なるべくはやく
なるべくはやく
はやく、はやく
なるはやで
『俺の頼みを最優先に』『はやくやれよ、徹夜して明日の朝までに』
そんな念がこめられた、あの言葉に僕がどれだけ苦しめられてきたことか。
それだけじゃない。そんなにいそいでしあげた仕事は、完璧になんてほど遠い。
応急の修理だけで送り出されるたくさんの物たちを、僕がどんな思いで見てきたか。
「くぅん」
クロが心配そうに、僕に体をすり寄せた。
ごめんね、クロ。僕も強く生きないと。
「わかりました? なるべくはやく、やっておきます。 それじゃあ、明日の朝までn……」
「いやあ、そうかそうか。悪いなあ。ホントは来月のまんなかくらいまでにできてたらええんだが、今月中くらいにしあげてもらうと、助かるんだわ」
「え、今月中?」
聞き間違いだろうか。今月ってまだ、ほとんどまるまる残っているけど。
「あ、やっぱりはやすぎたか? いや、いいんだよ。来月までかかっちまっても全然かまわん。 街の修理屋に出したらもっとかかるし、やってくれるだけでありがたいわ」
ははは
と僕は笑った
どうやら僕のほうが、ヘンな仕事脳にとりつかれていたみたい。
「大丈夫ですよ。今週末までにしあげておきますから、とりにきてもらえれば」
「え、マジか。そんなにはやく?」
「そりゃ、やってもらえばすげえ助かりはするんだが、ホントにか?」
「はい。完璧にしあげておきますから」
「はー、やっぱりすげえひとなんだな。ボドさんのいった通りじゃねえか」
こんなことくらいで、こんなに喜んでもらえるなんて。
もしかして、この技術を使えば、お金を稼ぐことだってできるんじゃないかな?
『室長ならどこでも完璧にやっていけますぜ』
そういっていたかつての部下、ウィルのことが思い出された。
安心したようにクロが僕のほうを見上げている。
僕はその頭を、くしゃくしゃになるまでなでてやった。