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フェンリルを飼うことになりました

「あんちゃん、もう少ししたら着くからな」


御者台にまたがったおじさんから、そんなふうにいわれるのももう4度目だ。


シャントゥール王国の辺境


長大な山脈にほどちかい東の果てに、プエラポルタンの村はある。


王都から直通の馬車をつかって、村から一番近くにある街までまる一日。


それから馬車を乗り継いで、プエラポルタンまでまた一日。


覚悟はしていたけれど、やっぱり遠いな。


同行者もいない、荷物も最小限のお気楽な引っ越しだから、それもまたたのし、ではあるんだけど。


「おじさん、馬車の調子はどう?」

「快調さね」

「そう、よかった」


いいながら、僕はスキル『ようせいさんの眼』を発動した。


女王に『物の壊れているところがわかる』だなんてバカにされたあのスキルだ。


発動するや、僕の触れている馬車、そのぜんたいが透き通るようにみえはじめた。


ただ透き通っているわけではない。

青に緑、黄色にうすい赤

何色かに色分けされて透き通った馬車の隅々に、僕は目を通していく。

青や緑の箇所は問題なし。

黄色はそのうち、注意が必要。

うすい赤は劣化が始まっている、そのしるしだ。


――いくつかうす赤の箇所があるけど、いまのところ問題ないかな――


濃い赤があったら即修理。

なんだけど、今のところそのようすは見られなかった。


僕はスキルの発動をやめて、座席に深く、腰掛け直した。


「いやあ、ほんとに助かっただ。あんとき直してもらえんかったら、今日中に村へ着けたかどうだか」


動かなくなった馬車を前に、途方に暮れていたおじさん。

僕のスキルが、その助けになれたなら、ほんとよかった。


『ようせいさんの眼』で真っ赤になってみえた車輪と、心棒の接合部分。

あのとき壊れていたその場所が、僕の技術でも充分に修理できて運がよかった。


それから、おじさんがプエラポルタンの住人で、僕をつれていっしょに村へ向かうことになったのも。


馬車はがたごと結構揺れて、乗り心地がいいとはいえないけど、我慢できないほどじゃない。


その振動にも慣れるうち、僕はだんだんと眠く――



ドォン! 



と大きく馬車が揺れて、僕はつんのめって目を覚ました。


「な、なに?」


「すまんなー。急停止になっちまって。あんちゃん、大丈夫かい?」


「ええ、なんとか。どうしたんです?」


「獣が急に飛び出してきてな。ありゃ、犬かね」


僕は馬車から顔をのぞかせた。

急停止させられて、興奮気味にうなる馬の先。

ちいさな黒い毛玉のようなものが、よろよろと動いていた。


「もしかして、轢いちゃった、とか?」

「馬鹿いうんじゃねえ。ちゃんとぎりぎりでとめてらぁ。ありゃ、病気かなにかじゃねえか?」


僕は急いで馬車から飛び降りた。


「あんちゃん、やめときな。へたなもんうつされたらたまらんぜ?」


おじさんがいうのを無視して、僕は毛玉に駆け寄った。

最初に彼がいったように、どうやら毛玉は犬みたいだ。

黒い、子犬だろうか。

小刻みにぶるぶるとふるえながら、よろよろと歩いている。


かわいそうに。

と僕は思った。

なんとかしてあげられないだろうか。


『ようせいさんの眼』のほかに、僕は初級魔法くらいなら使うことが出来る。


でも、目の前の犬は、そんな程度の魔法でなんとかしてあげられるような状態じゃあなさそうだ。

正確には、やったところで焼け石に水。そんな言葉が頭に浮かぶ。


「無能の役立たず、か」


ヘンリエッタ王女の言葉が身にしみる。


『ようせいさんの眼』は物にしかつかえない。

だから、僕にはこの子犬が、なんで苦しんでいるのかもわかってあげられないのだ。


と・・・・・・


あれ、と僕は思った。


今、この子犬、透けてみえていなかったか?


まるで、壊れている『物』に『ようせいさんの眼』をつかった時みたいに。


僕は集中して、子犬を見た。


元メンテナンス室のみんなにもらった、眼鏡のおかげだろうか。

以前までの、ちょっと曇った視界ではない。

クリアな視界の中で、少しだけ、子犬の身体が透けて見えていく。


目をこらす。

ぼんやりと赤い点が見えた。

子犬の、足の付け根だ。


僕は子犬をかかえあげ、慎重に身体をさぐった。

はたして、その足の付け根あたりに、ほんのちいさな傷のようなものがあるのがわかった。


昨日今日ついた傷じゃない。

ずっと昔についた傷みたいだ。


『ようせいさんの眼』を通してみれば、その傷は不自然なほど赤く、光って見えた。


「おまえ、この傷のせいで苦しいのか?」


「くぅん」


と、子犬は返事をした。それは今にも消え入りそうな・・・・・・


「待ってな。今治してやるから」


傷自体はちいさなものだ。

僕の覚えている初級魔法。『ヒール』なんかでも、なんとか治してあげられそうだ。


傷に手をかざし、発動した『ヒール』の力で、たちまち傷が塞がっていく。


子犬は僕の手の中で、二度三度身体を震わせた。

その間に、毛玉のようだった子犬の毛はたちまちつややかさを取り戻していく。

あのちいさな傷。それが子犬の身体に深刻な影響をあたえていたようだ。

その傷が治ったことで、子犬は急速に元気を取り戻しつつあるみたい。


そうして


「わふ」


とひといないて、子犬はしゅたっと地面に着地した。


「あれ、おまえ、そんなに大きかったっけ?」


その頃には、もう子犬は子犬じゃなかった。

ちゃんとした成犬なみ、だったのも一瞬だ。

あっという間に僕の身長を超えた大きさになり、次の瞬間跳ねるように飛び上がった。


びっくりしながらそれを見ていた、僕にむかって。


「ひえっ、だ、大丈夫なのかい? あんちゃん」


おじさんの声に、僕は応えることができなかった。


黒犬に飛びかかられて・・・・・・


めちゃくちゃに、顔を舐められていたからだ。


「わぷ、くるしいよ、やめてったら」


ひとしきり僕の顔を舐めると、黒犬は「きゅーん」と可愛い声を出して僕に鼻をすりつけてくる。


「元気になったなら、よかったよ。それじゃ、僕はもう行くから」


プエラポルタンの村まではもう少し距離がある。

黒犬はもう大丈夫みたいだから、そろそろ先を急がないと。


そういって立ち去ろうとした僕の袖を、でも黒犬はかみついて離そうとしてくれなかった。


「なに? もしかしていっしょに来たい、とか」


返事の代わりに、黒犬は僕のおなかに鼻をすりつけて来る。

困ったな、いつか犬は飼いたいなって思っていたけど・・・・・・


目の前の黒犬は、いまや僕が見上げるほどに大きくなっている。

一軒家を買ったとはいえ、こんな大きい犬といっしょに棲むのは難しそうだ。


そういえば、と僕は思った。

この黒犬、最初は子犬の姿をしていたのだから・・・・・・


「おまえ、もしかしてちいさくなれたりしないかな?」


「うぉふ」


もちろんだ。というように黒犬はないた。

次の瞬間、しゅぽん、と音を立てて黒犬が縮んでいく。

そこには最初にあったときと同じくらいの、ちいさな子犬が上目遣いで僕を見ていた。


「よし、じゃあいっしょに行くか?」

「わん」


と吠えた子犬を、僕は抱え上げる。


「あ、あんちゃん。そいつ、つれていくんかい?」

「はい、この子、飼うことに決めました。名前は・・・・・・クロってことで」


おじさんがいうのに、僕は答えた。

クロって、ちょっと単純過ぎたかな?


そう思ったけど、呼ばれたクロがうれしそうに目を細めるので、そのままにしようと思う。


「まあ、あんちゃんがいいっていうなら、それでいいけどな」


はなしのわかるおじさんだ。

プエラポルタン村の人たちって、みんなこんな感じなのだろうか。


「しかし、おおきくなったりちいさくなったり、まるで伝説の『フェンリル』みてえな犬っころじゃねえか。なあ?」


僕はクロの頭をなでながら、別のことを考えていた。

『ようせいさんの眼』が『物』じゃないものにもつかえるなんて、どういうことなんだろう。


プレタポルタンの村についたら、いろいろとためしてみようかな。


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