高笑う女王 ~ざまあの種~
「ふう、まったく、低脳どもの相手は疲れるわね」
王の自室。
豪奢なソファーに腰をおろして、ヘンリエッタはひとりごちた。
ヘンリエッタが王位に就いてからひと月。
シャントゥール王国は次第におちつきつつあった。
王がかわった後、これほど早く、国が治まるなど前例がない。
やっぱりヘンリエッタ女王は天才だ。
全部ヘンリエッタ女王のおかげね。
彼女の耳には、賞賛の声がいくつも届いていた。
「私が天才? そんなの当然じゃない?」
そういいながらも、ヘンリエッタは気分が良かった。
その気分のまま、彼女は自室を見回した。
仮にも王の部屋である。決してみすぼらしくはないのだけれど、
「ほんと、古くさくていやになるわ」
前王や、その前から続く歴代のシャントゥール王。
彼らがあつらえた調度品の数々。主に国内の超一流の職人達が、つくりあげた逸品ばかりだ。
けれども、それらはヘンリエッタの趣味にまるであわない。
そもそも、ヘンリエッタは前王が嫌いだった。
むしろ憎んですらいた。自分の親であるにもかかわらず。
「まあ、あの父も、ひとつだけいいことをしたわね」
それは私を留学させたこと。
あのすばらしい国、エルドラへ。
大学のことを思い出すと、ヘンリエッタはますます気分が良くなった。
最新の技術。最新の研究。最新の道具に、最新のファッション。
世界で一番あたらしい『よいモノ』があそこにはあるのだ。
そして、すぐに私のシャントゥールもそうなるのだ。
エルドラから輸入した最新の機材は、続々と王都サイレムに届きつつあった。
少し遅れて、そのメンテナンスを担当する技術者もサイレムにむかっていると聞く。
「技術者といえばあの男・・・・・・」
ふと、ヘンリエッタはクビにしたひとりの男を思い出した。
王国メンテナンス室なんて、古くさい部署を切り盛りしていたあの男。
前王が治めていた旧シャントゥールの、象徴のような男だ。
そうして、女王はおもわず吹き出した
「『物の壊れているところがわかる』スキルですって? そんなもの、スキルなんて使わなくたって、見たらわかることじゃない」
目障りなメンテナンス室に、目障りなあの男。
ではあったが、みんなの前でさらし者にして、クビをいい渡して追放してやったのは愉しかった。
聞いた話では、王都を去り、辺境へ行くんだとか。
もう二度と顔を見ることもないでしょう。
「女王、エルドラより、技術者が到着いたしました」
侍従がふたり、やってきてそう告げた。
よい知らせが次々に飛び込んでくる。
「そう、すぐに会うわ。謁見室の準備をしてちょうだい」
ヘンリエッタはいい気分でそう告げた。
「御意」
と返事がもどる横で、もうひとりの侍従がいいにくそうにもじもじしている。
「なにかしら?」
さいわい今は気分がいい。くだらない報告も、きいてあげてもいいでしょう。
なにしろ、私はデキる女王なのだから。
「その、修理はいつやってもらえるのか? と、問い合わせがたまっております。ひとつは王国魔術院冥術室から。もうひとつは馬小屋からです」
「そんなもの、なぜ私が対応しなければならないのかしら?」
ヘンリエッタは怒りをこらえていった。
愉しい気分がだいなしになって、眉根にしわをよせながら。
「陛下がメンテナンス室を解散させてしまったので、ほかに窓口がないのです。ですので、この件の最高責任者は、陛下ということに・・・・・・」
ふざけないで、という言葉をのみこんで、ヘンリエッタはいう。
馬小屋の件はともかくとして、王国魔術院の依頼ともなれば、無視をきめこむわけにもいかない。
「しかたないわね。でも安心してちょうだい。エルドラの技術者が到着したのですから、彼らに依頼しましょう。冥術室にはそれまで待つように伝えなさい」
「そ、それがですね」
ぺらぺらと紙をめくりながら侍従がいう。どうやらその紙は、エルドラの技術者たちとの契約書のようだ。
「この契約書によると、彼らは輸入した製品そのもの、それ以外のメンテナンスはしてくれないとあります。今回の輸入品に、冥術の製品は含まれておりませんので・・・・・・」
「そうなの? どうにかしてやってもらう方法はないの?」
「追加料金をはらえば、あるいは」
「なんだ、あるんじゃない。そんなことでいいなら、私がいちいち決済する必要なんてない。それですむならさっさと依頼しなさい」
「え、ほんとうにそれでよろしいのですか?」
ぺらぺらと何度も紙をめくり、なにか心配そうに確認しながら、侍従はいった。
それをみて、イライラしながらヘンリエッタは続ける。愉しい気分はすっかりだいなしだ。
「ほんとに、この国は無能ばかりね。やれといったらすぐやる。そんなこともできないの?」
『無能』という言葉に、従者は黙った。
そう呼ばれ、追放になった男のことを思い出したからだ
「御意」
従者はもう、そういうしかなかった。
「それでいいのよ」
ヘンリエッタ女王はすこしだけ気分をもどした。
どうやらあの男を追放したことは大正解だったらしい。
「謁見室の用意を急ぎなさい。あ、それから入り口にあった花瓶は野暮ったいからすぐに撤去するように」
そのくらい、私にいわれなくてもやっておいてほしいものだわ。
ヘンリエッタの頭の中から、アイオンとかいう追放した男のことは、きれいさっぱり消え去った。
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