クロといっしょに、原っぱで
「いくよ、クロ」
「バフ、わふワフ」
僕が投げたおおぶりの骨を、クロは全力で走って追いかける。
それは地面に落ちる直前、軽くジャンプしたクロの口にきれいにおさまった。
そこから全力を途切らすことなく駆け戻ってくるのを、僕は手を広げて出迎えた。
「すごいぞ、クロ」
飛びついてくるクロを受け止め、草の上に寝転がりながら顎の下をかいてやると、クロは目を細めてよろこんでいるみたいだ。
プエラポルタンの集落からすこし離れた森の近く。
あたりには見渡すばかり草原がひろがっている。
僕たちをのぞいて、あたりには人の姿は見えない。
「クロ。今日は誰も見ていないから、おもいっきり遊んでいいんだよ」
「わふぅん?」
なんのこと、という貌のクロ。
「クロの『あの姿』みてみたいなって」
「ウォフ」
いうなり、クロはぷるぷると身体をゆすった。
しばらくして、その身体が急速に膨らみはじめる。
少しの後、いつもの子犬の姿では無い、強大な姿をあらわした。
「うん。かっこいいね。クロ」
思えば、この姿をまじまじとみるのははじめてかもしれない。
一目見て凜々しい顔立ち。
風にたなびくつややかな黒毛。
麗しい立ち姿・・・・・・だけど、
「わふ、わふ」
尻尾をふってたのしそうに僕の周りを駆け回るクロは、やっぱりいつもの可愛いあのこだ。
「これが、クロさんのほんとうの姿。フェンリルの姿なのですね」
ミリエルだ。
クロさんとおもいきり遊びたいなら、いいところがありますよ
なんて紹介してくれたのが彼女。
護衛のエレノールの姿は見えないけれど、どこかで見張っているみたい。
大きくなったクロは、その巨体のまま、いつものように走り回っている。
なげてなげて、
とせがむようにされて投げた骨が、一瞬でかっさらわれた。
「ワっフぅ?」
「ムリだよクロ。僕の力じゃこれが限界」
「ちょっと、やらせてみてくれませんか?」
ミリエルが骨を受け取って、なにごとかをぽつぽつと口にした。
途端、その骨がものすごい勢いで空へと舞い上がる。
何かの魔法?
いや、これが噂に聞いた、精霊魔法か。
「クロさん。お願いします!!」
「わふ!」
瞬間、クロの身体がかき消えた。
ばびゅん
という音が聞こえてくる頃、舞い上がったクロが天空の骨に到達したところだった。
しゅたっ
そのまま一回転して、僕たちの脇に着地する。
「あはは。やっぱり凄いなあ、クロは」
「満足いただけましたか? クロさん」
そうやって近づこうとしたミリエルに、クロがじゃれつこうとした。
「王女、危ない!!」
「エレノール? なにを」
「わふ?」
エルフのふたりに、クロの声が重なった。
見れば、ミリエルにエレノールが覆い被さっている。
どこから出てきたんだろう、この人。
それよりも、どうかしたんだろうか。
「クロどの。お気をつけください。その巨体でのしかかられては、王女などひとたまりもありません」
「クロ?」
「わふ?」
そうなの?
と聞いた僕に、クロはなにもわからないふうである。
すこし心配過剰な気もするけど、護衛ならしかたがないのかなあ。
「っツ」
「エレノール?」
結果として、ミリエルにのしかかっていたのはエレノール。
その彼が、なぜかいたそうに顔をゆがめた。
「申し訳ありません、姫。どうやら足をくじいてしまったようで」
「あ、じゃあ僕がヒールで・・・・・・」
申し出た僕のことを、エレノールは制した。
「申し訳ないのだが、アイオン殿のヒールでは効かないだろう」
悲しいけど、それはそうかもしれないな。
僕の覚えている魔術は、どれもほんの初歩のものばかりだ。
ちいさな切り傷ならともかく、ひどい捻挫ともなれば、効果が薄いのかもしれないな。
「エルフの膏薬があればこの程度の捻挫、なんということはないのだが・・・・・・王女、お持ちではありませんか?」
「え、いえ。確か、今の寝床にはあったと思うのですが」
頭に『エルフの』ってついているだけで、やたらと効果のありそうな軟膏だ。
「わたし、とってきましょうか?」
「・・・・・・このままでは王女の護衛を果たすこと、ままなりません」
「では、そうします」
「しかし、その間、護衛の私抜きになっては・・・・・・・」
その場所っていうのはどこなのだろう。
「アイオンさまの家を中間点に、こことは反対の山の方です」
――それは、結構遠いなあ――
僕はしばし考えて、クロの方に目をやる。
「クロ」
「わふ?」
「ミリエルといっしょに、軟膏をとりにいってもらえる?」
「ワフ!!」
僕とエレノールさんは、僕のうちにいるから、ね。
「私の不注意であったのに・・・・・・かたじけない」
「こういうのは、お互いさま、ですから」
ほんとうは、動かさないほうがいいのかもしれないけれど、
こんな野原の真ん中で、放置っていうわけにもいかないかも。
僕は彼に肩を貸して、歩き出した。