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それをすてるなんてとんでもない!

王都からプエラポルタンに持ってきた、ほんの少しの僕の荷物。

ずいぶんと長いこと使っている鞄は、もうぼろぼろでいろんなところがとれている。

戸棚にしまっておいたそれを、僕はひっぱりだして中を探った。


取り出したのは小さな包み。


懐中汁粉


とだけ書かれている。

というか、この鞄の中には、もうこの懐中汁粉がいくつかはいっているだけなんだけど。


袋の上から強く押すと、中で最中がぱりぱりと割れる感触がした。

僕はそれをうつわにあげ、沸かしておいたお湯を注ぐ。

たちまちのうちに、あんこの粉がとけだして、最中の浮いたお汁粉のできあがりだ。


うん。今日も甘くておいしいな。


プエラポルタンに来てから、僕もずいぶん健康な食生活になったけれど、

王都で忙しい時にお世話になったこれだけは、なぜだかやめることが出来ないでいた。


僕の買い集めている懐中汁粉はあんまり高いものじゃないから、

めちゃくちゃおいしいってものでもない。


でも、こういうのでいいんだよ、こういうので。


「くぅん」


気がつけば、クロがものほしそう僕のことをみあげている。

犬ってあんことか最中、食べても大丈夫なんだっけ。


僕がそう悩んでいると、


ひゅ


っと音がしたと思えば、僕の手の中からお汁粉のうつわが消えていた。


「あ、ダメだよ、クロ」


というまもなく、器用に着地して、うつわに鼻先を突っ込むクロである。


「わふぅん」


そんな声とともに顔をあげたクロの顔は、満足げに緩んでいた。


おいしく食べられたみたいだし、ま、いっか。


なにしろ、クロはほんとうにフェンリルだっていうんだから。


こんなにかわいいクロがあの伝説の神獣だなんて、そうそう信じられるものではない。

でも、エルフの王さまや癒やし手さん。それに魔術師たちにまでフェンリルだなんていわれれば、僕もその気になってしまう。


「わふ、わふ」

「え、クロ。もう食べちゃったの? でもだめだよ。お汁粉は一日一杯までって決めているんだから」


あんまり、身体にいいものでもないんだしね。


そういいながら、僕がクロの顎下を掻いてあげていると・・・・・・・


「おはようございます」


玄関にとりつけたベルの鳴る音がして、ミリエルの鈴のような声が響いた。


                  □■□


「今日はおしごとのお手伝いは控えさせていただいて、おそうじさせてもらいたいなって、思うんです」


ミリエルにそういわれて、僕は家の中をぐるり見た。

王都にいた時に比べれば、忙しいなんていえるほどお仕事はしていないけれど。


それでも一人暮らしの哀しさだ。

おそうじの行き届かないところが、目についてしまうなあ。


でもこんなこと、おねがいしてもいいのだろうか。


「もちろんです。おまかせください」


ミリエルがぽん、と胸をたたいてそういった。


それじゃあ、僕はメンテのお仕事しようかな。

ミリエルがおそうじの準備をはじめたのを横目で見ながら、僕は仕事場に決めた部屋へと移動する。


あれ、いつもはうしろについてくる、クロの姿が見えないな。

ミリエルを手伝ってくれているんだろうか。


仲良くやってくれるといいんだけれど。


まずは農具からだ。


かけている眼鏡、『魔眼殺し』。

それをちょっとだけ上にずらし、薄目をあけて農具を見る。


『万象の魔眼』


だなんていうけれど、スキル『ようせいさんの眼』と違ってまだ使いこなすにはいたっていない。

それでもこうやって使えば、なんとかお仕事はこなせそうだ。


さいわい、農具のメンテは簡単に片づきそう。


これなら、お昼までには一区切りつけられそうだ。


                  □■□


レオの持ち込んできた弓は、弓のほうじゃなくて矢のほうに問題があったみたい。

前に預かっていたものと比べて、鏃の質が違うような・・・・・・


ふと顔を上げると、窓から高く上った太陽が見えた。


もうお昼か。

メンテナンス室長だった時みたいに、時間に追われているわけじゃない。

集中してむかえるあっというまの時間経過は、けっこうキモチのいいものだ。


さて、休憩休憩。

お昼ごはんの時間だぞ。


まだいくつか預かったメンテ待ちの道具があるし、お昼も簡単にすましちゃおうかな。


僕は台所兼食卓へととことこ歩く。


と、


「あ、少しだけ、待っていてくださいね」


トントントントン、と小気味よい音をさせて、

ミリエルが野菜を刻んでいた。


「あれ、もしかして・・・・・・」

「はい、お料理させていただいてました」

「え、ほんとに?」

「さしでがましいとは思ったのですけど・・・・・・」


へえ、それはありがたいな。

手つきからして、ミリエルは料理が得意みたいだ。

これは期待しちゃってもいいのだろうか。


「ありがとう。なにか手伝うことはある?」

「それじゃあ、お皿を並べておいてもらってもいいですか? もう少しで出来ますので」

「わかりました姫。それは私が」


あれ?

エレノールさんだ。

なんでこんなところにいるんだろう。


「ああ、姫に手伝いを頼まれてな。急に呼ばれたのだが・・・・・・これでいいか?」

「ちがいますよ。こっちです」


・・・・・・エレノールさん、暇なのかな?

ってそんなはずはないか。

本来はミリエルの護衛かなにかで来てもらっているのだろう。


僕はひとりで納得して、戸棚からお皿をとって出す。


「あれ?」


違和感、だ。

なにか、ちょっとだけ、朝見た時と違うような・・・・・・


「ねえ、ミリエル。ここにあった鞄、しらないかな?」

「え?あ、はい。戸棚はエレノールに片づけてもらっていたんですけれど、」


僕はエレノールのほうをみた。


「もしかして、あの汚れた袋のことだろうか。それなら、捨てさせていただいた」


清潔でないものが、こんなところにあるのはおかしい故な。

とエレノールさんはなんでもなさそういそういった。


「え、どこに?」


僕はちょっと焦っている。

鞄はともかく、懐中汁粉がまだいくつもはいっていたはずだ。


「エレノール、それはどこにやったのですか?」

「ほかのものとまとめて、ゴミ袋に突っ込んでしまいましたが・・・・・・」


それならまだだ大丈夫かな。

ゴミ袋をさがせば・・・・・・


「あっ」


ミリエルの顔色がかわった。

どうしたんだろう


「それが、ちょうどくず物やさんがいらしたので・・・・・・」


引き取ってもらっちゃったの?


「もしや、捨ててはならぬものであったか?」

「・・・・・・うん。中にね、はいっていたものがあったんだけど・・・・・・」


エレノールはことばを失った。


ミリエルが青ざめながら手を止めて、台所から飛び出してくる。


「ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、たしかめもせずに」

「王女のせいではありません。このエレノールが悪いのです。この上は腹かっさばいて、」


彼女はなんども頭をさげる。

エレノールさんも同じだ。

彼なんて、床に膝までつけはじめた。


「いいんだよ、大丈夫。たしかにあんな古い袋に入れて、こんなところに置いておいた僕も悪いんだしさ」


ちょっと手間はかかるけど、買い直せないものじゃないし。

次があったら、気をつけてもらえればそれでいいのだし。


「でも、わたし、わたし・・・・・・」


今にも泣き出しそうに、ミリエルはいう。


困ったな。ミリエルはこんなにいい()なのに・・・・・・


ずるり、となにかを引きずるような音がした。


「あれ? クロ?」


どこからかやってきたクロが、玄関のほうから歩いてきた。

口には、なにかをくわえている。

クロはそれを床に降ろすと、


「ワフ」


と鳴いた。

なんだろう。

汚れた革? いや、あれは・・・・・・・


「僕の鞄じゃないか。もしかして、とってきてくれたの? クロ」


手早く中を探って見ると、たしかにいくつか、懐中汁粉がはいったままだ。


「クロさん、なんてお礼をしたらいいか」


ミリエルがそういうのに、


「ワッフゥン」


ともう一度クロが鳴く。

もっと褒めてくれてもいいんだよ?

そんなところだろうか。


「クロどの・・・・・・ありがとう」


うん。エレノールもね。

こんなところで切腹なんてはじめなくて、よかったよ。


「あ、そうだ。ミリエルもこの懐中汁粉、一度いっしょに食べてみる?」


お汁粉は一日一杯。

そう決めていたけれど、4人で食べるならそんな決まりは破ってしまってもいいのかも。


「え、いいんですか?」

「うん。ミリエルのつくってくれた料理。それを味わった後でだけどね」

「はい、ぜひ。じゃあ、すぐに用意しちゃいますね」


ミリエルが足早に台所に歩いて行く。


くい、くい、と


彼女を追って食卓にむかおうとした僕の裾を、クロが甘噛みして引っ張っていた。


「わかってるよクロ。ほんとうにお手柄だったね」


そうして、僕はわしわしとクロの頭をなでた。

ちゃんと、お汁粉もわけてあげるからさ。


クロは目を細めて、僕がするのにまかせていた。

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