おうちにかえってきたのです
「アイオンさん、それじゃまた、お願いします」
「わかりました。それではお預かりします」
今日もプエラポルタンの村人が、僕の家を訪れていた。
持ち込まれた農具は単純なつくりで、これならすぐにメンテできそう。
僕はそれを受け取って、脇の壁に立てかけた。
「あの、クロさん、これはどこに置いたらよいのでしょう?」
「わふわふ、わふん」
「そうなんですね、わかりました」
最近はクロも僕の仕事を手伝ってくれる。
ひとりと1匹、充分に暮らしていけるだけの収入も得られるようになってきた。
「よお、アイオン。俺の弓も頼めるかい?」
狩人のレオとはもうすっかり仲良くなって、お互いに気安く呼び合ったりも出来る仲だ。
「いいよ、置いてって」
「はい。ではこちらで受け取りますね。」
横から手が出て、レオの弓を持ち去っていく。
「うぉふうぉふ」
「はい、クロさん。うけたまわりました」
僕のスローライフもまずは順調。
そういっても、間違いじゃ無いかもだ。
「そういやきいたかい? 今年はプエラポルタンの収穫量が、1割増しくらいになるんだとか」
「へー、凄いですね。なにか、いつもとかわったことがあったんですか?」
レオは苦笑しているみたい。
なにか僕にいいたいことがあるのかな?
「それでな、今度村長が挨拶したいんだってさ」
へえ、さすがはレオだ。
腕のいい狩人だとは聞いていたけど、プエラポルタンの収穫量をあげて、褒められるほどだったとは。
僕がそういうと、レオは爆笑しながら
「いや、おまえにだぞ、アイオン」
なんていう。
「僕に? 村長さんが?」
なんでだろ。
村長さんも、王都から来た僕のことが珍しいのだろうか。
それで王都のことでも聞きたいとか?
でも僕、そんなに詳しい訳じゃないんだけど。
少し困ってそういったけど、レオは爆笑したままだ。
「クロさん。終わりました」
「うぉふ、うぉっふ」
「はい。そうですね、まだまだです。ますます精進しなきゃですね」
「わふ!!」
「ところでな、アイオン」
ひとしきり、爆笑を終えて、レオが真剣な顔をしていう。
「うん」
「どなたですかね? あの女の子は」
「えっと・・・・・・」
僕はレオの指した方に顔を向けた。
クロと、それから頭に軽くフードをかぶった人影がそこに見えた。
「そうそう、最近忙しくなってきたからさ、お手伝いさんをやとったんだ」
「それにしちゃ、ここらじゃ見ない顔だが・・・・・・」
フードのおかげで、顔が見えにくい人影だ。
それでもちらちらとのぞく整ったあれこれや白い肌から、美人さんであることはおぼろげにみてとれる。
「街だよ。街までいって、雇ってきたんだよ」
レオはじっと彼女を見る。
それからしばらくして、
「なるほどな」
と、ひとこというと、僕の肩をばんばんと強めに叩いた。
「そういうことにしといてやるからさ、今度紹介してくれよ?」
そうして、手を振りながらレオは去って行くのだった。
□■□
それなりに忙しく一日を過ごせば、あっという間に夜である。
僕は自室の椅子に座って、眼鏡を外して脇に置いた。
それから、瞑っておいた目をゆっくりとひらく。
世界がすきとおっていた。
そのうえで色分けされたあれこれが、視界全体に広がっている。
『ようせいさんの眼』のスキル効果と同様に、分かたれた世界は、僕のあたまの処理能力を軽く上回っているみたい。
エルフの里でのように、ぶったおれることこそなかったけれど、時間が経つにつれて徐々に頭痛が強くなる。
僕はまた、目を閉じた。
それから、何回かにわけて、僕は目を開けたり閉じたりをくりかえした。
まだ、ぜんぜん慣れないな。
――いずれ、使いこなせるようになる。そうなれば――
エルフの王、メネリオンはそんなふうにいっていたけれど、まだまだ先は長そうだ。
脇に置いていた眼鏡をかけなおすと、僕の視界は元に戻った。
元メンテナンス室のみんなからプレゼントしてもらったあの眼鏡。
けれども今は、『癒やし手』さんのネイセルをはじめとしたエルフ魔術師たちによって改造されているみたい。
『魔眼殺し』
だなんて、たいそうな名前だけど、僕の目を正常に戻すためには、そのくらいたいそうなアイテムが必要なんだとか。
曰く、
『万象の魔眼』
僕の目は、そんなふうに呼ばれているらしい。
使いこなせれば、眼鏡もいらなくなるっていうけど、ほんとうなんだろうか。
僕がため息をつきながらそう思っていると、
コン、コン
と、控えめに部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
といわれるまで待って、人影が顔を出す。
今はもうフードをかぶっていない。
きれいな顔もさることながら、その耳がどうしても目にとまる。
「それじゃあ、今日はこれで失礼しますね」
「はい、おつかれさまでした」
「いえ、ぜんぜんつかれてなんていないですよ」
彼女は腕をあげて、肘のところでおりまげる。
力こぶをつくってみせているみたいだけど、細い腕は少しも盛り上がっては見えなかった。
エルフの王女さま、だものな。
僕が助けた、王女さま。
ミリエルさんだ。
「いまさらだけど、僕としては王女さまに手伝ってもらわなくてもいいというか・・・・・・」
僕がそういうと、彼女は寂しそうな顔をする。
いや、むしろ泣いてしまいそうな・・・・・・
「あの、お邪魔でしたでしょうか」
僕はぶんぶんと首を振る。
「いや、そんなことはなかったよ。いっぱい助かりました」
な、クロと同意を求めた先で、
「わふぅ?」
だなんてクロは鳴く。
そうかな、っていう貌だなこれは。
こいつめ。
「とにかく、邪魔だなんてことはないから・・・・・・」
そういうと、ミリエルはぱっと満面の笑みを浮かべた。
「よかった。じゃあ、明日もお手伝いさせていただきますね?」
彼女はいそいそと帰り支度をはじめたみたいだ。
これから帰る? まさかエルフの里までじゃ、ないんだろうけど。
「もしなんだったら、泊まっていきませんか? 僕は外で寝ますから」
ミリエルは僕にほほえみながら、
「いえ、そんなことをさせるわけにはまいりません。これはわたしのわがままなんですから、ね」
「でも・・・・・・」
「大丈夫ですよ。きちんと寝床は確保してあるんです」
そういった。
「それではまた明日。クロさんもそれまでお元気で」
「わふっ」
クロの声に送られるように、彼女は身をひるがえして玄関へと去ってく。
「お礼に、僕のお世話をさせてください、か」
エルフの里をとびだしてきた、という言葉とともに、そう僕に告げた王女さま。
病気が治って、もうすっかり元気なのは、今日一日をいっしょにいてわかりはした。
でも、ほんとうに大丈夫なんだろうか。
いろいろと、ね。
「くぅん」
クロが僕の手に鼻をすりつけた。
それだけで、僕は落ち着いた気持ちになるのだった。