覚醒!!
「娘を助けていただき、ほんとうにありがとうございました」
僕が癒やしたエルフ王女のおかあさん。
お妃さまのサルミアさまが、僕の手を両手でつつむとそういった。
それまでも、王さまやエレノールにも、お褒めの言葉や感謝の言葉をたくさんもらっていた。
けれども彼らの言葉には、だいぶ高貴な色があって、なんだか落ち着かない気分になる。
そのあたり、サルミアさまのお言葉はまっすぐで、娘を思う母の気持ちがよくわかった。
僕は、なんとかやりとげたんだなぁ。
感慨がわきあがってくる。
「アイオン殿。明日より七日七晩、宴を催すことになった。どうか、参加していただけぬだろうか」
エルフ王、メネリオンさまが僕にむかってそういった。
宴か。王女さまが治った、お祝いかな?
「せっかくですけど、僕は遠慮させていただきます。誰にもいわずにきちゃったから、心配するひともいるだろうし・・・・・・」
僕はあしもとに控えているクロを見た。
背筋をぴんとのばして、あたりを警戒するようにしてくれているクロ。
いつまでもここにいたら、クロも疲れちゃいそうだ。
やっぱりうちが一番。
そういうこともあるだろうし。
「おお、アイオンどの。そのような事をいわないでくれ。仮にも主役のひとりであるのに」
主役って、僕がだろうか。
たしかにちょっと手を貸しはしたけれど、労苦の大部分はエルフの『癒やし手』さん。
彼の手によるものが、大きいきはするのだけれど。
「そうですよ、アイオンさん。うれしいことに娘、ミリエルも、もうすこしで眼を覚ましそうなのです」
せめて、ミリエルからご挨拶だけでも、
とサルミアさま。
病み上がりの王女さまに、あまりムリはさせないほうがいいように思うんだけど・・・・・・
でも、そうだな。僕としても、王女さまの予後のことはみておきたいし。
「わかりました。じゃあ、あと1日だけ。ここにいさせてもらってもいいですか?」
王さまと王妃さまは顔を見合わせて、うなずき合う。
「それでは、そのように。今、部屋を用意させます」
「わたし、宴の準備を手伝ってきますね」
もうすこしお願いね、クロ。
僕はそんな思いを込めて、クロの頭をなでてやった。
□■□
ほんのひと夜の宿にもかかわらず、その部屋は豪奢で広く、文字通り花であふれていた。
部屋の中央にしつらえられたソファーに腰をおろしてぽつんとしていると、クロが近寄って身体をすり寄せてくる。
エルフのみなさんは、クロにまで専用の部屋を用意してくれていたみたいだったけど、当のクロが僕から離れようとしてくれない。
「いっしょに泊まりたいんですけれど」
「しかしそれでは部屋のサイズが・・・・・・」
だなんていっていたけれど、ふたりでこれならむしろ広すぎるくらいだな。
王女の寝室でも思ったこと。
やっぱり広すぎる部屋は落ち着かない。
そんなふうに考えていると・・・・・・
「失礼。お邪魔してもよろしいか」
ドアをたたく音がして、そとからそんな声がかかった。
「どうぞ」
あいさつと共に入ってきたのはエルフがふたり。
エレノールと、それから『癒やし手』のネイセルさんだ。
はいってくるなり、ネイセルさんは僕にむかってがばっと頭をさげる。
「その節は、まことに申し訳なかった。まさか人間に、あのような高度なスキルをお持ちのかたがおられようとは思わず」
「そうなんです。僕はともかく、人間だって凄いんですから」
まだすこし、ひっかかるいいかたをするネイセルさんだけど、これを期に認識をあらためてくれるとうれしいな。
「む、そうか。しかし人間ごとき・・・・・・いや、アイオンどのがそういわれるなら・・・・・・しかし、むう」
ネイセルさんはぼつぼつとそういっている。
そのあと、彼はもう一度、頭をさげた。
「それから、王女のこと、あらためてお礼をいわせてくれ。あのかたは我らすべてのエルフにとって必要なかた。それを助けていただいて・・・・・・」
「ネイセルさんだって、凄く活躍したじゃないですか」
「いや、我などは・・・・・・・」
「私からもあらためてお礼を。それからネイセルの礼もうけてやってください。こいつがひとにお礼をいうなんて、珍しいことなのですから」
僕はこくりとうなずいた。
「それで、なのだが」
ネイセルさんは、まだなにかいいたいことがあるようだ。
「あれほどのスキルをもつアイオンどのには釈迦に説法のようなものかもしれんのだが、」
そんなにたいしたものじゃないんだけどな、と僕は頭をかいた。
「その目、いやスキル『ようせいさんの眼』のことではなく、目そのものだ。そこに封印が施されているのはあえてやっているのだろうか」
「??どういうこと??」
「いや、あえてやっているならそれでいいのだ。『癒やし手』として、どうもそういうことが気になってしまってな」
もちろん、それは僕には初耳の話だった。
『ようせいさんの眼』が『物』以外に発動するようになったのは最近のことだし、
そもそもずっと忙しくしていた僕には、鏡をみて身支度などする習慣があまりない。
「なにそれ、怖い」
「む、そうであったか。では差し出がましいマネではあるが、この不肖ネイセル。その封印をといてさしあげてもよろしいが?」
もしそんな封印がされているなら、ぜひにもお願いしたいところだ。
なにしろ、あれほどの『キュア』の使い手なんて、僕の記憶をさぐってみてもほかに見つからないのだから。
「諒解した。では、させていただく」
なんだかうれしそうに、ネイセルはいう。
「さっそくではあるが、いきますぞ。3.2.1.今!」
え、もう? という暇もなく、ネイセルが魔法を発動させた。
あ、このいいかた、僕のをマネしてくれてるのかな?
そんなことを思っているうち、僕の中で
ぱちん
とはじける音がした。
「どうですか? なにか変わりは・・・・・・」
そういったネイセルのほうを、僕は見た。
そこにはさっきまでのネイセルが・・・・・・
いたのはすこしの間だけ。
瞬間、ネイセルを中心としたこの部屋全体の、ありとあらゆる状態が、僕の視界を埋め尽くした。
よりそってくれていたクロ
同行していたエレノール
座っているソファーから
すこし遠くにあるベッド
それから部屋の空気にいたるまで
すべてのものが複数色に色わけされ、それぞれの情報が一度に僕の視界と、頭の中を埋め尽くした。
「クゥン?」
心配そうに僕に身を寄せるクロ。
その泣き声までもが、色として僕には認識された。
な、ナニコレ
僕の頭は、それらすべてを的確に処理することができなかったみたいだ。
僕はクロのもふもふに身体をあずけ、そうしてゆっくりと気を失った。