緊急メンテ
「それではアイオンどの、お頼み申し上げます」
僕に深々と頭をさげたその人こそ、エルフの王、メネリオンさんだ。
僕とクロがエレノールに連れられて、エルフの里に着いてわずか半日。
出迎えてくれた王と王妃、かれらへの挨拶もそこそこに、
僕たちは病気だという王女の寝室に案内された。
王に王女への対面ともなれば、いろいろな手順があるだろうに、このありさま。
王女が危ないっていうのは、ほんとうみたいだな。
まあ、僕みたいなものを招くくらいだしね。
案内されたその部屋は、豪奢でそうとうの大きさがあった。
部屋全体の面積だけでいったなら、もしかしたら僕の家がぜんぶはいってしまうくらいに大きいかも。
でも、
と僕は思った。
こんなに広い部屋で寝たら、ちょっと落ち着かないかもな。
僕には、今みたいな寝室がちょうどいいのだ。
「癒やし手どの。よろしいか」
大きな天蓋付きのベッドの横、
後ろから王に声をかけられたのに、彼は答えなかった。
かわりにその掲げた手から、光が急速にあたりへと広がっていく。
これは、もしかして『キュア』の魔法?
傷などの直接的なダメージを癒やす『ヒール』と違い、毒や麻痺などの状態異常に効果のあるのが、この『キュア』だ。
それにしたって、こんな規模の『キュア』は見たことが無い。
さすがはエルフ。
その『癒やし手』といったところか。
大規模の光、それがおさまったその後には、誰か女性の、白い肌がすがたを表す。
もしかして、これが王女さまだろうか。
エルフの『癒やし手』さん。
その魔法がうまくいった、とか?
そうなら、僕はそうとうな無駄足ってことになるけれど、ひとひとりの命がかかっていることだ。
それはそれで、すばらしいことだよね。
その瞬間、きれいだった白い肌に、どす黒いシミがあらわれた。
シミはすぐにひろがって、白かった肌をたちまち覆い尽くしていく。
「ダメだった、か」
「我ら最高の癒やし手でも・・・・・・」
失敗、してしまったのかな?
うなだれている『癒やし手』さんに、王がもう一度声をかけた。
「癒やし手どの、こちらが例の『フェンリルと共に歩く者』アリオスどのだ」
癒やし手さんが顔をあげて、僕の方をみた。
その眼は、うさんくさいものでも見るように濁っている。
「我らが王よ。申しわけないが、『癒やし手』としてこのような人間に頼るわけにはいきません。どうか治療の継続許可を」
「癒やし手どの。そなたの献身にはこのメネリオン、感謝以外の言葉を持たぬが、しかしである」
「うう、う」
その時、ベッドのほうからうめき声がした。
・・・・・ほんとうに苦しそうな、王女の声。
もう、一刻の猶予もない。
エレノールの言葉が思い出された。
「すみません。見せてください」
「なんだ、人間ふぜいが・・・・・・」
『癒やし手』さんを押しのけて、僕はベッドの横に立つ。
近くで見れば、王女のようすはほんとうにひどいものだ。
どす黒いシミはおなかを中心に半身にひろがり、どくどくと鼓動に会わせてなみうっている。
「どうか、お願いします。アイオンどの」
王がぽつりとそういった。
やるしかない・・・・・・
僕は物の壊れているところがわかるスキル『ようせいさんの眼』を発動した。
物だけにしか効果のないはずのそのスキルは、今回も『物』ではない、『エルフ』にたいして、その効果を現した。
でも・・・・・・
「どうしよう、これじゃあわからないぞ・・・・・・」
『ようせいさんの眼』が示す『壊れている場所』をあらわす赤の色
王女の半身はまるまるすべてが、『壊れている』赤に染まっていた。
「どうした? 人間。さっさと結果を出せ」
僕にだけ聞こえるくらいの小さな声で、『癒やし手』さんがそういった。
完全に、僕を侮りきったようすである。
『キュア!!』
僕は、僕に出来る初級レベルのそれを唱えた。
『癒やし手』さんの『キュア』とは比べものにならないほど、小さな光が王女の身体に光を灯す。
光のあたった部分が少しだけ白く癒やされ、それは先ほどと同じく一瞬でどす黒く染まってしまう。
『ようせいさんの眼』を発動した僕の視界では緑から赤。
うん、この光のかわりかたは、もしかして・・・・・・
「なんだそれは。冗談をやっている場合ではないのだぞ?」
王の手前、罵倒されることはないのだろう。
けれども、癒やし手さんの口調からは、僕を心底バカにしきった色が感じられた。
困ったな、と僕は思う。
いまの『キュア』をてがかりに、ひとつだけ方法を思いついた。
でも、それには『癒やし手』さんの協力が必要だった。
こんな状態で、『癒やし手』さんは僕が望むように、ちからを貸してくれるんだろうか。
しかたないな。
と僕は思った。
こういうの、ほんとに得意じゃないんだけど。
でも、かかっているのは人の命だ。
ここは好き嫌いをいっている場合じゃない。
「癒やし手さん。名前を教えてくれませんか?」
癒やし手さんは、ちらっとエルフの王、メネリオンのほうを見てから
「ネイセルだ。人間」
と応えた。
僕は、咳払いをひとつして、
「わかった。じゃあネイセル、ここに立って」
精一杯声をはって、そういった。
「なんだと? 私に命令するのか、人げ・・・・・・」
「聞こえなかったの!! ネイセル、今すぐここに立つんだ!!」
「え、な・・・・・・」
そういいながらも、ネイセルは僕が示した場所に移動した。
「いいかい、ネイセル。僕が合図したら、王女さまにむかって、『キュア』を使うんだ。さっきみたいに」
「バカな。それは効果がないと、さっき・・・・・・」
ネイセルが言う前に、僕は次の言葉をねじ込んでいく。
「反論を許可した覚えはないよ! わかったの、わからないの!!」
「わ、わかった・・・・・・」
その言葉を聞くなり、僕は『ようせいさんの眼』を発動する。
王女の半身が、真っ赤に染まって見えだした。
「じゃあいくよ。3.2.1.今!!」
「あ、ああ。『キュア』」
一瞬で、光が僕の視界全体に広がった。
勝負はつぎの一瞬のはずだ。
僕は眩しさに耐え、王女のほうに集中する。
光がおさまると、はたして、『壊れている』を示す赤から、『正常』を示す緑にかわった王女の身体がそこにあった。
どこだ。
と僕は全身をくまなく見回した。
どこかにあるはず
王女の脇の下、肋骨のあたりにそれはあった。
小さく、ほんのりと。光って見える赤い点。
『癒やし手』メネリオンの強力な『キュア』に耐えた、おそらくは病の根源。
これが残っている限り、なんど癒やそうとも、王女の半身は、ふたたび黒に染まるのだろう。
「効いてくれよ『キュア』」
メネリオンのキュアを見た直後では、比べるのもばからしいほど小さな光が、王女の脇の下に灯った。
それも、小さな点を包み込むには充分な光だ。
その光がおさまってからしばらくしても、王女の身体に黒いシミがあらわれることはなかった。