追放!
「あなた、クビよ」
先王の死からひと月あまり。
呼び出された謁見室で、僕は新王、ヘンリエッタ・シャントゥールにそう告げられた。
「王国メンテナンス室も解散とします」
宮廷技官。王国メンテナンス室長。
それが僕の肩書きだ。
王国、とくに王都サイレムで使われているさまざまな道具たち。
専門性の高い宮廷魔術師たちが使う魔具から、
王国騎士が使う武具にいたるまで。
いろいろな物が十全に動くよう、維持管理している。
なんていったらちょっと格好良く聞こえるかもだけど、
実際はほとんど、なんでも修理する、雑用係みたいなものだ。
朝に王国騎士たちの武具の修理にかり出され、
昼には攻城兵器の射出機構の組み直し。
夜には食堂の調味料置き場を新設する。
西で魔道エンジンのレバーを修理したその足で、
東で飼い葉桶のとれた取っ手を取り付けたこともあったっけ。
とにかく毎日忙しく、朝から晩まで働き通しだ。
10歳のころ、天涯孤独の身の上だった僕を引き取り、職まで世話してくれた前王国メンテナンス室長。
いまはもう、この世にいない彼への恩義と、直接感謝のことばをもらえる『やりがい』みたいなものがなかったなら、
とても続けていける仕事じゃない。
あれから10年と少し。
その途中で、僕の肩書きは王国メンテナンス室勤務から、王国メンテナンス室長にかわったけど、やっている仕事はほとんどかわらなかった。
そうして今、その肩書きを、僕は失おうとしている。
僕にクビを告げたヘンリエッタ女王は、あたりをぐるりと見渡した。
謁見室には王都サイレムで働くたくさんの人々、その代表者が詰めかけていた。
僕と同じ立場の、王国各部署の室長さんやら、王国軍の部隊長さん。
それから食堂のコック長さんまで。ほんとうにいろいろなひとがいる。
その中の誰ひとりとして、女王の宣告に異議をとなえる者はいなかった。
シャントゥールが誇る天才、ヘンリエッタ王女――今は女王だけれど――
といえば、近隣諸国でも知られた存在だ。
3歳のころには兵書をそらんじ、
5歳の時には法律の不備を指摘した。
シャントゥール王国と国境を接している大帝国、『エルドラ』
その中央大学へと飛び級で進学を認められたのは、わずか13歳の時だったという。
将来を約束された超エリート。
父王の突然の訃報で、遊学からシャントゥール王国に呼び戻され、国王を継ぐことになってわずかひと月。
あっというまに国がまとまりつつあるのは、彼女の才能のおかげなのかな?
「続けて、申し渡します」
まだあるのか? と僕は思った。
そもそも、クビだって彼女が直接言い渡す必要なんてないのだ。
配下のひとに辞令を預けて、僕に渡せばそれですむ。
「アイオンは公職追放。爵位を剥奪の上、今後王国の仕事に就くことは禁止します」
これはただ事じゃないぞ、と僕は思った。
公職追放、っていえば、ほとんど犯罪者扱いに近い、不名誉な処遇である。
僕はただ、必死で働いてきただけなのに。
それのなにが悪かったっていうんだろう。
「お待ちください。それではあまりにも……アイオンどのがどんな罪をおかしたというのか」
「そうですぜ。それにメンテナンス室が解散って。今後鍋が壊れたら、だれに相談すればいいってんです?」
さすがに、これには意義を唱える声があった。
ひとつ声があがると、次に続くものもある。
宮廷魔術院、火術室長のトマスさんに、料理長のモラレスさんだ。
僕なんかのことをかばってくるのはうれしいけれど、鍋の修理は僕じゃなくて金物屋に頼んでほしい。
「おだまりなさい」
ヘンリエッタ女王はぴしゃりといった。
「今後、シャントゥール王国は生まれ変わるのです。その手はじめとして、王都サイレムにはエルドラより、最新の機器を輸入することに決めました。魔術院にも、厨房にもです」
そういえば、ここ数日王城にはたくさんの機器が運び込まれていた。
触るなって厳命されていたからそうしたけど、あれはメンテナンスの邪魔だったな。
「各機器のメンテナンスは、今後エルドラより派遣される、専門の技術者が行うこととなる。つまり、自前のメンテナンス室など不要。そういうわけです」
王女の視線が俺を刺す。
「アイオンの罪、でしたね。それは怠惰の罪。他国に最新の機器があることを知りながら、自分の職を守るため、その導入を阻んできた。そういうことは、今後許されないのです」
いいがかりだ。
という声はどこからもあがらなかった。
僕を含めて、謁見室に集められた全員が理解していた。
つまり、これは見せしめなのだ。
王女がいままでのシャントゥール王国を否定して、あたらしいシャントゥール王国に生まれ変わらせる、そのための。
それで選ばれたのが、僕たちのメンテナンス室であり、そうして天涯孤独で後ろ盾もない、この僕ってわけだ。
「それに、『物の壊れている部分がわかるスキル』でしたっけ?」
プークスクスと吹き出しながら、王女は続けた。
「そんな、何の役にもたたないスキルしかもたない無能のおまえが、我が配下に存在するなど恥ずかしくて耐えられません。さっさと出てお行きなさい。そして、二度と視界にはいらないでちょうだい」
前言撤回。やっぱり、ただ嫌われているだけなのかも。
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