風の意思(閑話)
三章最後です。
シンとベールが戦っている時、チャーラとクルスは王城の廊下を二人で歩いていた。
「これは確認だけど、風の王の契約内容は知っているんでしょ?」
「知っているさ、神玉による伸びた寿命を対価に、次の代に神玉を与える……だよな」
「そう、貴方の父親の代で終わる約束だったのにね、命を削るなんて初代が泣いているわよ」
「初代様には風を一番に思えと言われ続けた、レイドが動くなら倒すしかない、契約はただの保険だ」
クルスはそう言いながら目的の部屋のドアを開けた。
その部屋には何もなく、殺風景な部屋だった。
「じゃあ頼む」
「……[契約内容]神玉の継承、[対価]伸びた寿命、【契約】」
チャーラがクルスの方に手を置いてスキルを発動した。
そして、クルスの体が光り出したかと思えばすぐに収まった。
「これで終わり、次は風刀だね」
チャーラはクルスの方から手を離し、次は地面に手を置いた。
「【契約破棄】」
チャーラがスキルを発動した瞬間、部屋が来ると同じように光出し、すぐに収まった。
そして地面から一つの豪華な装飾が施された箱が出現した。
「くれぐれも、この箱から取り出したら手離さないことね」
「わかっているさ……」
クルスは小さく返事をしながら箱をゆっくり開けた。
その箱の中には神玉の模様と同じ物が彫られた緑色の刀……風刀ソヨカゼがあった。
「この刀は風の神玉の力を流すことによって能力が変わるわ、でも、その分の対価があることは忘れないでね」
「あぁ……」
クルスは適当な相槌を打ちながら鞘と風刀を手に取った。
風刀はクルスが想像していたよりも遥かに軽く少し驚いていた。
「その刀は風のように軽い、初代の攻撃が早かったのは風刀のおかげでもあるわ」
「よく馴染む、今まで使ってきたどんな剣よりも……」
クルスがウットリとした目で風刀を見つめる。
その様子をチャーラはため息をつき、呆れながら見ていた。
「はぁ……どうして風の王たちは風刀に見惚れるのかね……」
「……この剣を試せる相手が欲しいな」
「えっ……!?」
クルスが呟いた言葉でチャーラが目を見開いた。
「風刀を試すですって!? 何を考えているの! それは簡単に振り回していいものじゃないの!」
「わかってはいる……だが、どうしても試したくなってしまう」
「戦争まで待ちなさい! 貴方の相手はレイドだけでしょ!」
クルスの暴走を止めようとチャーラが叫ぶ。
それと同時にドアがノックされ「コンコン」という音が鳴り響いた。
「この部屋を知っている……一体誰だ?」
「【契約】で普通の人には見えないようになっているからクルスの関係者じゃないの?」
「いや、この部屋の存在は知っていても場所までは知らない、秘密にしているからな、だから従者たちは置いてきた」
「なら一体……」
チャーラとクルスが警戒をしながらドアを見続ける。
そのドアがゆっくりと開きノックをした者の姿が見える。
「はじめまして、クルス様、チャーラ様」
執事服を身につけた初老の男性、レイヴの隣にいるセバスチャンの姿があった。
綺麗で礼儀正しい挨拶に二人は少し警戒心を緩めてしまった。
「何者だ、何故この部屋を知っている」
「古き知り合いに教えて頂きました、急用とはいえとはいえ突然の訪問をご許しください」
「その古き友人というのは誰なんですか」
クルスが威圧しながら質問をするとセバスチャンは再度頭を下げて返事をした。
チャーラもいつでも戦闘をできる状態にして質問をした。
「初代風の国の王、ゲイロ・ゼフィロス様でございます」
「嘘をつくな、初代は200年以上前に死んだ、お前が生きているはずが無い」
「少し落ち着いて下さい、お隣のチャーラ様も200年以上生きているではないですか」
「……っ!?」
クルスはその時に一つの可能性が頭をよぎった。
目の前にいる強い力を持つ老人が神玉持ちであるという可能性が。
「神玉か、なるほど……神玉持ちが何の用だ?」
「風刀を手に入れた、と我が主が申しておりましたので、拝見しに来た所存です」
「風刀を手に入れてから数秒だぞ、そんな世迷い言を信じると思ったか」
「そうおっしゃりましても事実ですし……」
セバスチャンが困った顔をしながらつぶやいた。
そんなセバスチャンの後ろにクルスが一瞬で回りこんだ。
「本当のこと言わないなら風刀の試し切りにさせてもらうぞ」
「クルス様、矛を収めてください」
「ならば正直言え、どこの国の者だ、戦争参加国の者だと言うのはわかっている、エクス、アイス、アイロン、グエル、ノーム国、亜人連盟、どれだ! 答えろ!」
セバスチャンの首に剣を当てて質問した。
しかし、こんな状況だと言うのにもかかわらずセバスチャンは動揺の一つもしなかった。
「クルス様、矛を収めてください」
「……警告はした!」
クルスが凄まじい速度で剣を引いた。
鋭い刃で切られた首からは血飛沫が立つ……と考えていた。
「避けられたか……」
セバスチャンは一瞬で移動して攻撃を避けていた。
攻撃を避けられたのにもかかわらずクルスはどこか冷静だった。
「クルス様、私は戦いに来たのではありません、少し助言をしに来ただけです」
「助言だと?」
「はい、クルス様はレイド様と戦うおつもりですよね?」
「そこまで知っているのか、マジで何者だ?」
クルスは少し笑いながら質問をした。
「これは助言です、レイド様とは戦わない事です、きっかけが無ければクルス様がレイド様を超えることはありません……とのことです」
「それは、俺を馬鹿にしているのか?」
クルスが顔を少し引き攣らせながら質問をした。
剣を握っている力を強くして、少し怒っている様子だった。
「ただの助言でございます、真に受けるも受けないもクルス様の自由、しかし、戦うのでしたら妨害させて頂きます」
セバスチャンは首を横に振りながら言葉をつけたした。
そして警告をするように言いながら拳をクルスに向けた。
「……上等だ、妨害でしたいならかかってきやがれ」
クルスが上着から一個の巻物を取り出す。
その巻物はシンと戦ったときに使った者と一緒で、外へと一瞬で転移した。
◆
外に転移した二人は臨戦態勢を取りながら睨みあっている。
「来ないならこっちから行くぞ!」
クルスが一瞬で距離を詰めセバスチャンに攻撃を仕掛けた。
セバスチャンはその攻撃を軽く避け反撃する。
「中級剣技【裏流し】」
自分の顔に向かってきた拳を刀の刃の横を使い、攻撃を流す。
セバスチャンが近づいてきた勢いを使ってカウンターを打ち込んだ。
「上級拳技【重拳】」
セバスチャンの近づいてきている顔に重い一撃が襲いかかる。
攻撃をセバスチャンは頭を少し横にずらし、避けた。
そして両手でクルスの腕を掴み、セバスチャンはクルスを背負い投げした。
「ふんっ!」
凄まじい勢いで地面に迫るクルスはブリッジのような格好で両足から着地した。
クルスの剣を持っている手に力が入ったのを見たセバスチャンはとっさに手を離し、距離を取る。
「上級剣技【回転切り】」
地面についている左足だけで地面をけり体を空中で回す。
セバスチャンが攻撃範囲から出る前に、地面を切りながら攻撃をした。
「初級拳技【後退】」
自分の顎を狙ってくる攻撃を後ろに下がるだけの拳技で回避した。
本来ならば避ける事が出来ないタイミングだが、無駄のない動きで最速の動きを可能にしていた。
「チッ……! 簡単にはいかないか……」
「素晴らしい動きです、やはり亡くなられてしまうのには勿体ない人材」
クルスは回転を終わると、綺麗に着地し舌打ちをした。
今までの動きを見たセバスチャンが真剣な眼差しでクルスを見ている。
「一年前にシンと戦ってから力出せなくてな、少し楽しくなってきたぜ、風精霊魔法【強風】」
クルスが剣を持ったまま手を合わせると凄まじい風が吹き荒れる。
しかし、そんな風では両者とも何の影響もなかった。
「風精霊魔法【風龍】」
吹き荒れていた風がクルスの前に向けた手に集まる。
その風が龍の形に変化し、セバスチャンに襲いかかった。
「【風龍】ですか、懐かしい技です……上級拳技【重拳】」
向かってきた風の龍を正面から殴り、相殺した。
そんな事は想定内とばかりに、クルスは風の龍の後ろに隠れて向かって来ていた。
「風精霊剣技【風連斬】」
クルスの風を切るような速い連撃をセバスチャンは全て避けた。
それを見たクルスは舌打ちをしながら違う攻撃に移る。
「これなら……どうだっ! 風精霊拳技【風脚】」
足を振り上げてセバスチャンの腹に蹴りを放つ。
その蹴りをセバスチャンは片手で受け止め、空いた手で顔面を攻撃する。
「上級拳技【重拳】」
「風精霊剣技【風流】」
風の龍を一撃で破壊する程の威力を持った拳がクルスに襲いかかる。
直撃寸前で剣を巧みに扱い威力を軽減する。軽減したとはいえクルスは少し後ろに押された。
「これは予想以上だ……試すのは風刀の使いやすさだけだったが、真価を見せてやる、風の力よ、今こそ解放しろ【勇者解放】」
「【勇者解放】ですか……」
クルスの周りに風が纏わりつき雰囲気が一変する。
セバスチャンもどこか警戒心を上げたようだった。
「真価を見せろ【瞬風】」
風刀から出る風によって持ち手の下についている長い緑色の二本の布が荒れる。
「いくぜ、風精霊剣技【風連斬】」
今までより遥かに速い攻撃にセバスチャンも少し反応できなかった。
セバスチャンの頬からは少し血が流れ、地面に一滴だけ垂れた。
「これなら少しは当たるようだな、セバスチャン」
「これは……より止めなくてはならなくなったようですね」
セバスチャンは今までよりも、ちゃんとした攻撃態勢に入る。
それを見たクルスはセバスチャンに近寄り、攻撃を放つ。
「風精霊剣技【風の舞】」
「戦術級拳技【武遊】」
踊るような剣技を放つクルスのリズムに合わせセバスチャンも華麗に攻撃を避けていく。
そのリズムはどんどんと早くなり、鋭い風切り音が鳴り響く。
「風精霊拳技【風脚】」
「上級拳技【刃脚】」
技の応酬が一区切りついた瞬間、クルスが鋭い蹴りを放つ。
セバスチャンは、その蹴りを正面から蹴りで防御した。
「風精霊魔法【乱風】」
蹴りを止められたクルスは腕を振ってランダムに吹き荒れる風でセバスチャンの態勢を崩す。
体勢を崩したセバスチャンは足に力を入れ瞬時に、体勢を立て直した。
「やっと隙を見つけたぜ……」
一瞬とも言える隙を見逃さなかったクルスはセバスチャンの懐に入り込み両手を腹に置く。
吹き荒れていた風が手に集まりだした。
「吹き飛べ! 風精霊魔法【暴風龍】」
クルスの両手から蒼い風の龍が出現し、セバスチャンを包み込んだ。
蒼い風の龍は、そのまま天に向かい消えていった。
「……流石、運命の子の候補といったところでしょうか」
「くっくっくっ……マジで言ってんのかよ……」
本気の一撃を放ち、確実に勝負がついたとクルスは思っていた。
しかし、至近距離で直撃したセバスチャンは上半身に少しの傷と上着が破れた程度だった。
その異常な耐久力を見たクルスは思わず笑ってしまった。
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