プロローグ 転落
「と言う訳だよ片柳健斗君!」
彼は本の表紙をぽんっと叩く。
それにしても何故フルネームで呼ぶのだろうか? 面倒くさいと思うんだが……。
「いや、だからさ……倉谷そりゃ無理だろ?」
俺はオタク仲間の彼の名を呼びながらそれを否定する。
「ふむ、それならば片柳健斗君、君は試したのか?」
「いや、試す機会も無いだろ? 実際には魔法は無いし転移なんて無理無理……」
俺は手を振りそう言った。
彼が俺をこの部屋に呼んだのは簡単な理由だ。
この世界から異世界に転移し可愛い女の子とあれやこれや……何て言う話をするためだった。
だが、その話が飛躍し何故か転移の手段を考える羽目になっている訳だ。
「そ、それは分かってる、分かってはいるさ片柳健斗君」
「いや、だからなんなのそのキャラいつも通りで行こうぜ?」
俺が彼にそう言うと彼はメガネをくいっと持ち上げた……。
「でも夢は持った方が良いだろう?」
そう言われ俺は何も言えなかった。
彼の言っている事が分かったからだ。
「それなー」
俺はぶつぶつと呟きながらベランダへと出る。
「おい、危ないぞ?」
「大丈夫だって……」
ボロボロのベランダだが、つい最近改修工事が入った。
補強もされているし安全だろう。
そう思って俺は何気なく手すりへと寄りかかった。
「――へ?」
すると間近で聞こえるバギィっという音。
そして――。
「お、おい!? 健斗!!」
手を伸ばし助けてくれようとした倉谷。
こいつはいざという時に本当に頼りにはなる……だけど今回は倉谷の力じゃ無理だ。
一緒に落ちるのが想像できた俺はその伸びる手から咄嗟に離れた。
「健斗! 健斗ぉぉぉおおおおお!!」
人は予想外の事に対面すると頭が真っ白になるみたいだ。
だが、これだけは分かった。
あの手を取っていたら倉谷も無事ではなかった事……そして、手を取らなかった事に対する後悔はすぐに思い浮かんだ。
迫る地面を目にし俺は――。
「い、嫌だ! 死にたく――――」
死にたくない!! そう言い終わる前に俺……片柳健斗の15年と言う短すぎる人生は終わった。
だが、俺と言う人格が消えたわけではなかった。
どれだけの時間暗闇の中に居たのかは思い出せない。
だが……。
「――――――」
綺麗な声が聞こえ、俺はまぶしいと思いながら瞼を開ける。
そこには汗をびっしょりとかいた綺麗な女性が疲れ切っているものの優しい笑みを浮かべていた。
彼女はしきりに俺に何かを話しかけている。
だが……俺は良くその言葉が聞こえなかった。