谷間は反則である
「ぐ……」
賊どもはもはや完全なパニックに陥っているようだ。目を白黒させるばかりで、一向に動こうとしない。
このまま放っておいても良いが、それではまた犯罪を繰り返す恐れがある。特にこの街道は、自分たちのような新入生が通る可能性も考えられる。
野放しにするのは危険だ。
ルハネスはそれらの思考を済ませると、遠くで足踏みしている賊二人を睨みつける。
「ひっ……!」
「う、うろたえるなよ……。あいつ、た、たかが学生だぞ……!」
「おまえだって、こ、声がうわずってんじゃねえかよ……」
「くそっ……!」
破れかぶれとばかりに、賊二人がこちらへ突っ込んでくる。
片手にはタガーナイフ。
刀身に細かい凹凸があり、通常のナイフより殺傷能力の高い武器だ。あれをまともに喰らえば、一般人にはひとたまりもないだろう――
だが。
「あれっ……!?」
賊たちがタガーナイフを振り下ろした頃には、ルハネスはそこにはいなかった。
そのまま慌てたように、きょろきょろと周囲を見渡し始める。
「馬鹿野郎! 後ろだ!」
そう絶叫をあげたのは、さきほどルハネスに手刀を浴びせられ、動けなくなった男。
「え――」
賊二人があっけらかんとした声をあげる。そのまま急いで背後を振り向こうとするが――遅い。
「おおおおおっ!」
ルハネスの振りかぶった太刀が、賊どもの両足を的確に捉えた。肉の抉れる音とともに、血しぶきが周囲に舞う。
悲鳴をあげ、のたうちまわる男たちを見下ろしながら、ルハネスは冷たく言った。
「殺しまではしない。けど……一生動けなくなることは覚悟してもらうぞ」
「く、クソガキがぁぁあ……!」
そう喚いていられたのも数秒間だけ。
ほどなくして、すべての賊たちが気を失った。
街道のど真ん中に置いておくのもあれなので、すこし脇に逸れたところに賊どもを放置しておいた。この場所だと魔獣の出現頻度が多少高まるが、そこまでは責任持てない。
そして戻ってきた頃には、ミレーユがぽかんとした表情で立ち尽くしていた。
「ん? どうした?」
「わ、私、ルハネスさんが異次元の人に見えてきました……」
「大げさだなぁ。俺程度の奴はどこにでもいるさ」
「そんなわけありませんっ!」
顔を真っ赤にして反論するミレーユ。その際、またしても彼女の谷間が見えてしまい、ルハネスは慌てて視線を逸らす。
いかんいかん。こんなことを考えている場合じゃない。
ルハネスは周囲を見渡し、異常がないことを確認してから、改めてミレーユに向き直る。
「とりあえず先に進もう。大丈夫だとは思うけど、賊の仲間たちが来ないとも限らない」
「は、はい……。それなんですが……」
そこでミレーユは困ったように眉を八の字にする。
「あの盗賊たち、なにが目的だったんでしょう……? なにか言ってましたか……?」
「んー、えっと……」
ルハネスは返答に窮し、後頭部を指で掻きながら考える。
まず間違いなく、ミレーユに欲情しての犯行だとは思う。
けれど、それを正直に言うことは躊躇われた。彼女自身はなにも悪いことをしていないのに、引け目を感じさせるわけにはいかない。
「たぶん、金目的じゃないかな?」
「え……」
「俺たちは学生だし金なんかないけど、なりふり構っていられなかったんだと思う。あいつら必死だったし」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか……」
そう言ってなぜだかほっと一息つくミレーユ。
「すみません。助けてくれてありがとうございました。ルハネスさんにはほんと、感謝してもしきれないです」
そう言ってまたしても頭を下げるミレーユは、やっぱりどこまでも可愛かった。