お付き合いしている女性とかいるわけがない
サクセン山を降りたあとは、数日もしないうちに王都セレナートへ到着する。
整備された街道が通っているため、その近辺を歩いていけば魔獣が出没することはほぼない。ところどころに設置されている街灯がちょっとした魔力を発し、魔獣除けになっているためだ。
だから、サクセン山を出たあとはほとんど平和そのものだった。ミレーユひとりでも問題はなかろうが、一応、護衛するに越したことはない。魔獣までは出なくとも、盗賊などが襲ってくるかもわからないからだ。
ひたすら無限に広がる平和な草原。
そこを歩きながら、ルハネスはひとり感傷に浸っていた。
――こんな自分が、本当に学園でやっていけるのだろうか。
ミレーユいわく、セレナート魔術学園の卒業者は、将来、国の要職か少なくとも重要な仕事に就く者が多いのだという。現在、王都で名を馳せている凄腕魔術師も、みんなセレナート魔術学園の出身だ。
反して、自分はさっき適正魔法の存在を知ったばかりの素人である。
他の生徒よりだいぶ出遅れていることは想像に難くない。なのに、なんで師匠は俺に魔術学園なんかを勧めたのだろう。
師匠を決して疑うわけではない。
でも……単に住処を確保しやすいから勧められた可能性もある。希望者にはみんな寮が提供されるからだ。
でも本当のことを言ったら俺が傷つくから、あえて嘘をついたのかも……
と、考え出したら止まらない。
「大丈夫ですか?」
ふいに、隣を歩くミレーユに声をかけられた。くりくりっと丸い瞳がいつ見ても可愛らしい。
ルハネスは後頭部をさすりながら、「ははは」と笑ってみせた。
「悪い悪い。ちょっと考え事しててね」
「……わかります。新しい環境に行くの、不安ですよね」
「…………」
黙りこくるルハネスに、ミレーユはぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい。こういうとき、私にはどう励ましたらいいかわかんないですけど……協力できることあったら、なんでも手伝います。こうして会えたのも、なにかの縁でしょうし」
「ミレーユ……」
「ごめんなさい。生意気でしたか……?」
「はは。変な奴だな。謝ることはないさ」
親に捨てられ、昔から太刀の修行だけを続けてきたルハネス。
師匠にはもちろん感謝だけれど、いままで《嬉しい》という感情を覚えたのは数えるほどしかなかった。
人見知りのルハネスは他の弟子とも仲良くなれず、ずっとひとりだったから。孤独感をまぎらわすために、ひとりで自身を追い込む生活をしてきたのだから。
――そこまでしたのに、追放されてしまったから。
だから嬉しかった。
こんな情けない自分なんかを、ここまで気にかけてくれる人がいるなんて。
自然と笑顔がこぼれるのを自覚しながら、ルハネスはミレーユを見つめて言った。
「ありがとう。君といると元気もらうね」
「そ……そうですか?」
「うん。俺なんかがおこがましいかもしれないけど……」
「そ、そんなことないです……」
それからミレーユは、なぜだか恥ずかしそうにこちらをチラチラ見ながら言った。
「……あの、いまお付き合いしてる女性って……」
あまりに小さい声だった。
ルハネスは軽く屈み、彼女との距離を縮めながら聞き直す。
「え? なに?」
「……で、ですから、いまお付き合いしてる女性は……」
「へっ?」
急に話題が変わったので、ルハネスは目を瞬かせた。
「い、いないけど……。どうして?」
「なっ、なんでもありません。聞きたかっただけですので!」
「そ、そう……」
よくわからないが、彼女から《これ以上追求するなオーラ》がメラメラほとばしっていたので、黙りこむことにした。
――と。
「…………」
ふいに、ルハネスの全身に緊張が走った。
横目だけで背後の様子を窺い、そして視線を元に戻す。
「ミレーユ」
「す、すみません。ただ聞きたかっただけですから……」
「そのまま数歩だけ前へ進んでくれないか。ここは危ない」
「……え?」
「言うとおりにしてほしい。時間がない」
「わ、わかりました……!」
ルハネスのただならぬ様子に、彼女もなにかを察したのだろう。言われた通り、ミレーユは小走りで先に進む。反して、ルハネスはそこから一歩も動かず、ただ立ち尽くすのみだ。
――この汚らしい気配。
背後を振り返らずともわかる。
ルハネスはできる限りドスの効いた声を発した。
「なにが目的だ。金が目的だったら、俺たちに旨味はないぞ」
ぴくり、と。
背後から歩み寄ってくる者の動きが、一瞬にして止まった。
「…………」
――やはりそうか。
事ここに至り、ルハネスは確信した。
賊どもだ。
人数は三人ほど。
周囲に誰もいないのをいいことに、白昼堂々、忍び寄ってきたようだ。
ややあって、背後から野太い男の声が響いた。
「……なぜだ。なぜわかった」
「わかるさ。ぎこちない気配の消し方。賊になりたてか、下っ端ってとこだろう」
「な、なに……」
男が動揺の声を発した、その瞬間。
ルハネスは一瞬にして身を翻すと、男の顎下にほんの軽い手刀を浴びせた。ゴン、というたしかな手応えを感じる。
「お…………?」
男は一瞬だけ白目を剥くと、そのまま両膝をついた。そのまま急いで立ち上がろうとするが、身体を震わせるばかりで起きあがらない。
「な……なんだ……? 立てねぇ……」
呻き声とともになおももがいているが、奴はずっと四つん這いのままだ。
「無駄だ。しばらく動けない」
「う、嘘だろ……。おまえ、学生じゃないのか……?」
「学生さ。それも底辺のな」
言いながら、ルハネスは男の後方へと視線をずらす。
思った通りだ。
数メートル離れた場所に、二人の怪しい男がいる。
仲間が急に倒れたためか、明らかな動揺が見て取れた。
「…………」
ルハネスは再度、目の前でうずくまる男に目を戻した。
「わかってたみたいだな? 俺たちが学生ってことは」
「…………」
金がないことを最初からわかっていての犯行。
ということは、考えられる可能性はあとひとつだ。
「最低な連中だな。これから頑張ろうとしている女子学生を狙うとは」
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