俺が剣聖って、そんなわけがない
「ふう……」
ルハネスは小さく息を吐き、太刀を鞘に収める。
紅熊はもう動き出す気配もない。苦しそうに表情を歪ませたまま固まっている。これなら大丈夫だろう。
「あ、あの!」
ふいに呼び止められ、振り返る。さきほどまで弱々しい魔術を連発していた女の子だ。
髪はやや赤みがかっており、ちょこんと小さな帽子が乗っかっている。可愛らしい丸顔で、身長はそこまで大きくないものの、スタイルはかなり良い。
「ありがとうございます! 助けてくれて……」
「ああ……うん」
ぎこちなく返事をするルハネス。
思いがけず綺麗な子だった。
しばらく見とれてしまったが、目を瞬かせて正気に戻る。
「なんでこんなところにいたんだ。君も、ここが危ないところだってのは知ってただろう?」
「うう……はい。知ってはいましたが……」
歯切れが悪い。
なにか事情でもあるのだろうが、初対面の女性にあれこれ聞くものでもないだろう。
「これからは気をつけてくれよ。山を降りるまでは付き合うからさ」
「え……い、いいんですか?」
「当たり前だよ。さっきみたいに熊に襲われたら大変だ」
「で、でも……。悪いですよ」
「いいよ。どうせ俺も魔術学園に向かうんだし、山を降りないといけない」
「ま、魔術学園? 魔術学園に行くんですか!?」
急に声のトーンを上げる女の子に、ルハネスはきょとんとする。
「そうだけど……どうしたんだい?」
「私も魔術学園に向かってたんです! もしかしなくても新入生ですよね?」
「ああ……うん」
そういうことか、とルハネスは思った。
サクセン山からだと、魔術学園へはそう遠くない。数日もすれば学園に到着する。この子はたぶん、そこに向かう途中で紅熊に襲われたんだろう。
「よかったです……。お友達ができて……」
もう友達気分か。ずいぶんと早いものだ。
いや、別にいいのだけど。
「だったら話は早いな。俺もちょっと不安だったし、よければ色々教えてもらえると助かる。魔術の使い方とかな」
まだまだ未熟ではあろうが、この女の子は魔術を扱えていた。
反して、ルハネスは魔術の基本すら知らない。ずっと太刀を握る生活をしていたのだ。
「はい、私でよければっ!」
ぺこりと頭を下げる女の子。
その瞬間に谷間が見えてしまい、ルハネスは「こほん」と咳払いする。
可愛すぎる。
長らく男のみの共同生活をしていた俺にはいささか刺激が……
――って、そうじゃなくて。
「俺はルハネスだ。ルハネス・ブレイズ。君は?」
「ミレーユです。ミレーユ・アストンっていいます」
「ミレーユか。よろしく頼む」
「はい。こちらこそ」
ミレーユははにかんだ笑みを浮かべると、ルハネスの全身を見渡し、ちょこんと首を傾げた。
「どうした?」
「あ……いえ。私も人のこと言えないですけど、ルハネスさんもどうしてこんなところにいたのかな、って……」
ああ。なるほど。
当然の疑問ではあると思う。
ルハネスはふっと苦い笑みを浮かべて言った。
「実は俺、破門されたばっかりなんだよ。この近くの道場でね」
「え……道場?」
「ああ。ここの山奥にある……」
「え、ここの山奥って……!」
ミレーユは両腕を腕の前に持ってくると、かっと目を見開いた。
「も、ももも、もしかしなくても、秋陰一刀流ですか!?」
「え? う、うん。そうだけど……」
思わずたじろいでしまうルハネス。
なんだこの食いつきっぷりは。
実は剣のことに興味があるのだろうか。そうは見えなかったが……
「な、なるほど……だからあんなに強かったんですね……」
「へ?」
「秋陰一刀流って、世界最強の流派ですよね? 師範のユングさんに敵う人はいないって……」
「え……」
師匠が世界最強?
いや、たしかに強かったけど、そこまでだったのか?
ずっと山奥にこもっていたし、そういえば対外的な評価はわからないが……
ルハネスは「いやいや」と手をぶんぶん振った。
「そりゃあたぶん違うよ。師匠はいつも『ワシとてまだまだだ』とか言ってたし」
「そ……それは謙遜してるだけじゃないですか?」
「うーん、そうなのかなぁ」
ぼりぼりと後頭部をかくルハネス。
親同然の人だったユングが世界最強だったなんて、いまいち実感がわかないんだが。
「でも……たしかに師匠はかなり強かったよ。四級の俺でも足元に及ばなかったし……」
「よ、四級……!?」
ミレーユはまたしても目を大きく見開いた。
「四級って、剣聖だなんだって崇められるレベルですよ? 世界でもそうそういません」
「剣聖? 俺がか?」
ルハネスは今度こそ自信をもってミレーユの言葉を否定した。
「そんなわけないだろ。俺がそこまで強いわけないし……たぶん、他の流派と勘違いしてるんじゃないか?」
「えぇ……ま、間違えないですよう。かなり有名なんですから」
両手の人差し指をつんつんしながら、か細い声を発するミレーユ。
そんな彼女の肩を、ルハネスはぽんと叩いた。
「はは。ありがとな。破門された俺を慰めてくれてるんだろ?」
「ち、ちちち違いますぅ!」
顔を赤くしながら思いっきり否定するミレーユだった。
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