なんで怒ってるのかマジでわからん
「わあ、綺麗……」
指定された部屋に着いたとき、ミレーユは開口一番にこう言った。
――ひとり用の部屋を二人で利用する。
店員のおばさんはそのことに申し訳なさそうにしていたが、思ったより広い部屋だった。
壁面にはちょっとしたテーブルが設置されている。これがあれば勉強にも事欠かない。風呂や洗面台もあるので、意外と便利な一週間が送れそうである。
たしかに二人でくつろぐには少々狭いが、これくらいなら許容範囲だ。
強いて問題を挙げるとすれば――
「うう。ベッドがひとつしかありません……」
ミレーユがルハネスをちら見しながら言った。
「ひとつしかないって、仕方ないじゃないか。ひとり用の部屋だし」
「で、でも……いきなりそれは早いというか……」
「ん?」
なにを言っているのだこの子は。
目を瞬かせながら、ルハネスは床を指さして言った。
「俺が床で寝るよ。それ以外の選択肢はないと思うけど……早いって、なにが?」
「え……」
「いや。早いっていうのは具体的にどういう意味かなって……」
「う、うう……!!」
途端、なぜだか顔を蒸気させたミレーユは、一転して怒りの表情を浮かべた。
「ルハネスさんのバカっ! もう知らないですっ!」
「え? ……え?」
ちょ。
なんでいきなり怒りだすのか。
意味がわからないぞ……!
「ミ、ミレーユ? すぐ感情を乱していたら、試験で落ちる……かもしれないよ……?」
「うるさいです! いまのはどう考えてもルハネスさんが悪いです!」
「え? 俺はただ、なんで早いのかを聞いただけで……ちなみに、本当にどういう意味なんだ?」
「――っ!!」
なぜだろう。
火に油を注いでしまった気がする。
その後、ミレーユを宥めるのにかなりの時間を必要とした。
「やーっぱり暴れてるよ、もう……」
階下では、宿屋のおばさんがひとり、ため息をついていた。
数時間後。
なんとか落ち着きを取り戻したルハネスとミレーユは、とりあえず今後の方針について決めることにした。
試験まであと一週間ある。
遊んで暮らしても良いわけだが、もちろんそれは論外だ。もしこれで落ちた場合、ルハネスは本格的に路頭に迷うことになる。
ミレーユがベッド、ルハネスが椅子に腰掛ける形で、二人は話し合った。
「まず、試験の内容ですが……これ、実はかなり特徴があるんです」
「特徴?」
「はい。毎年、試験内容がまるで違うんですよ。筆記試験だけだったり、実技試験だけだったり、その両方だったり……」
「え……マジで?」
「はい。《傾向と対策》で合格させないようにするのが狙いのようです。真に実力者のみを集めたいみたいで……」
「す、すごいな……」
となると、仮に今年が《筆記試験のみ》だった場合、ルハネスに打つ手はなくなる。これまでの人生で、ろくに勉強なんてやってこなかったからだ。
そんなルハネスの心境を察したかのように、ミレーユは微笑んだ。
「大丈夫です。この一週間で、勉学については私がみっちり教えますから。あと女性への接し方も……」
「え? なにか言った?」
「あ。いえいえ、なんでもありません」
ミレーユは慌てたように両手を振ると、わざとらしく話題を切り替えた。
「とりあえず、試験までには勉強と、補助魔術の訓練ですね。これを最低限、やりましょう」