怪しい願書を提出してきます
セレナート魔術学園の入学試験まで、残すところあと一週間。
ルハネスたちはまず先に、受験の手続きを済ませることにした。
といっても願書に必要事項を記入し、窓口まで持っていくだけだ。
《適正魔術(任意)》という項目には、不本意ながらも補助魔術と記入。
また両親の名前も埋める必要があったが、こちらはやむを得ず空白のままだ。ユング師匠の名前を借りようかとも考えたが、勝手にやるわけにもいかない。
というわけで、思いっきり怪しい願書の出来上がりである。
窓口に提出した際、中身までは見られなかったのが不幸中の幸いか。
「それにしても、すごいとこだな……」
セレナート魔術学園。
その全景を見渡しながら、ルハネスはぽつりと呟く。
「そうですね……。王国一番の学園ですから、国もお金をかけているのかと……」
そう言うミレーユもうっとりした顔だ。
赤煉瓦を基調とした校舎がそこかしこで見られる。それぞれ学年や適正魔術によって分けられているのだとミレーユが教えてくれた。
また、各所に花壇や植木も等間隔で置かれており、なんとも上品な場所である。在校生と思われる人間たちも垢抜けていて、なんだか自分とは別次元の存在な気がしてきた。
そんな彼らは、ルハネスの太刀を見ては一様に目を丸くしていた。無理もあるまい。魔術の才能だけで食っていこうという学園で、こんなものを持っている人間なぞ異質だろう。
正直あまり良い気分はしなかったので、ルハネスたちは早々に学園を後にすることにした――のだが。
「なんだ貴様。新入生か?」
「なに……!?」
ふいに話しかけられ、ルハネスはぎょっとした。
――馬鹿な。近寄ってくる気配なんて感じなかったぞ……!?
慌てて背後を振り向くと、そこには同じく太刀を腰に下げた男がいた。
かなりの長身だ。といって痩せているわけでもなく、ほどよく身体が締まっている。腰まで伸びた銀髪、青白く輝く瞳は、なんというか、とんでもない圧迫感を放っていた。
この男。相当強いぞ……
心の片隅で警戒しながら、ルハネスは男に問いかけた。
「あんた……何者だ」
「フフ。そう身構えることはないさ。私はセナフィス。見ての通り、セレナート魔術学園の教官さ」
「教官……」
たしかに、彼の胸ポケットには学園の紋様が描かれたバッジがつけられている。
通りすがりの在校生たちもセフィナスにぺこりと会釈しているし、おそらく嘘ではなかろう。
だが――
「なんで太刀を……。ここでは剣の勉強もするんですか」
「いや、ほとんどない。だがまあ、ウチは実践形式の授業が多いからな。万が一の用心棒として、私がいるのさ」
「…………」
なるほど。
たしかにこの男はかなり強いと思う。
戦闘中ではなかったとはいえ、ルハネスの背後を取れる者など、それこそ三級以上の弟子しかいなかったから。
いまだ警戒心を解かないルハネスに、セフィナスは苦笑いを浮かべた。
「フフ。だから言っているだろう。そう身構えることはない。ただすこしだけ、君が気になっただけなのさ」
「気になった……?」
「ああ。普通に歩いているように見えて、隙もなくあたりを警戒している。それは厳しい修行によって身につけたか、もしくは隣のお嬢さんを守るためかな」
「え…………」
ミレーユが、目をぱちぱちさせてルハネスを見上げた。
「なんにせよ、君の実力はそう簡単に辿りつける領域じゃない。だからすこし気になっただけさ」
「……そうですか。光栄ですね」
「やれやれ。手厳しいな。まだ信じてくれないのか」
セフィナスはふうと息を吐くと、くるりと身を翻し、横顔だけをこちらに向けた。
「入学試験で会えることを楽しみにしているよ。君にはぜひ合格してもらいたい」
「……ありがとうございます」
そう返事すると、セフィナスはこくりと頷き、立ち去っていった。もう戻ってくる気配もない。
「な、なんだかすごい人でしたね……。気を抜けないというか……」
ほどなくして、ミレーユが胸をなでおろしながら言った。彼女もセフィナスに圧倒されていたようだ。
「そうだな……。たぶん、あの人はかなり強いよ。俺よりもね」
「え……。ほ、ほんとですか……!?」
「うん。うちの流派以外にあれほどの人がいるなんて……やっぱり魔術学園はすごいよ」
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