なっぱ
薄暗い森の入口にあたしとイワンはいる。飛行機ことグリフォンは、終便だからとドコカシラ共和国へ戻ってしまった。
たぶん……この森昨日あたしがこの世界に来た時に落ちたとこよね?話にはよく聞くけど、やっぱ昼と夜じゃ森の様子違うわね……なんか、そのう……おばけ出そう。
「昼は熊さん出てきたけど、夜は何か出るの?」
念のためイワンに訊く。
『夜行性の奴らが出るだろうなあ』
「たとえば?」
『灰色狼』
おおう、狼さんか。熊さんみたいに巨大なのかしら……やだなあ、あたしはともかく、イワン食われそう、ヒヨコだし。まあもしもの時は、あのつなぎ着たお兄さん達みたいにウロコカード使えばいいか!
『あーそうそう、灰色狼は俺のダチだからカードに封印すんなよ』
「ダチっすか!?」
ヒヨコが狼と友達って……うん、もう何も恐くない。
もはやツッコミする気力もないまま、あたし達は森の中へと足を踏み入れた。
明かりないし真っ暗な森だけど、イワンが光魔法を使ってくれたので周りは明るい。ふよふよ浮かぶ光の豆粒を懐中電灯がわりに進んでいく。
光魔法使ってるとかえって森の住民に襲われないかと思ったけど、灰色狼はイワンの友達らしいし、おばあさんのとこ何度も行ってるみたいだから多分大丈夫でしょ。
ジュオオオオオオオオオオオオッ
「どひゃあああああああああああああ!!」
突然なんかすごい音が響いた。
え、何この音。罠!?罠に掛かったとかそういうオチ!?
『わりーごは、いねーがあああああああああああああああ!?』
『げぇっ!』
地獄の底から響くような音と奇声が聞こえるやイワンが青ざめた。
ワーオ、イワン珍しいわとほけほけ笑って呑気にイワンの視線の先を見たあたしは、静かに視線を逸らした。勇気を出してもう一回。
……うん、何かしらあれ。
眩い光の彼方。森の木々の合間を縫って接近する塊。あれ、昔近所のボロ屋に放置されていた……石臼かしら。あれが何故か見えない何かに操縦されているような動きでタイヤのように転がってくる。
そんなこと思ったら、角度を変えた石臼の側面が見えた。
光魔法に照らされたそこにいたのは、一匹のハムスターである。
真っ白なアフロを乗せ、円らな瞳の上に白い眉毛みたいなのを生やした、ロボロフスキー。ヒメキヌゲネズミだか何だかが種族科目綱門界のどっかに入るハムスターね。
ロボロフスキー?あのちみっこいちょこまかしたかわいいやつー?なーんて言ってはいけない。目の前のロボロフスキーは、でかいのだ。
忘れるなかれ。森で出会ったジャイアントクマさんを!隣にいるアフロな特大ヒヨコを!!サイズが!!!でかいのよ!!!カピバラ以上に!!!世界最大のネズミの称号はどこいった!?千葉市にあるくせに東京を騙るランドのネズミに譲渡したのか、カピバラよ!?あ、こっち名前がホルモンヤキだっけ?
そんなジャイアントロボロフスキーは何故か石臼を滑車のように器用に回しながらこちらに迫ってくる。怖いわよ、どんだけ石臼もでかいの。
近づくごとに嫌でも分かるその大きさ。デコトラかよ!?何で森に!?あんなんに轢かれたらミンチ直行便よ!?セメント詰めとかソーセージにされるの!?それともハンバーグの未来!?誰の胃袋に納められるのよ!?山姥!?
『逃げるぞ、嬢ちゃん』
「奇遇ね、あたしも同じこと思ったわ」
珍しくイワンと意見が一致したわ。よし、逃げよう。
でも失念してたわ。ほら、高速道路でデコトラと人間がよーいどんしたらどちらが勝つか。
デコトラよねー。
普通に逃げたら敵うはずがないのだ。
ますますでかくなるデコトラ臼。ガギゴゴゴと轟音が背後へ迫る!そして鼻腔をくすぐるは赤いアフロ!ってイワンあんたどんだけあたしにくっついて走ってんだい!?ええい、近い近い!アフロがジャマよ!?そしてもはや耳元で響く爆音に振り向くことは出来ない。振り向いたら――臼がいる!
『諦めんな。俺はこれでも知恵者だ! この臼、絶対に止めて見せる、じいちゃんの名にかけて!』
走りながら何かカッコいいこと言って株を上げようとするイワン。でもごめんね、あたし株価わかんないや。
そよぐアフロ。そういや臼の中のハムスターもアフロよね。白いもっふりしたアフロが、急カーブ時の遠心力に従い様々な形に変形しているわ。スライムかしら。
ん?アフロの……ハムスター?まさか!
アフロ見ていたあたしは、遂に悟りを開いた!でもいけるかしら!?構うもんか、当たって砕けろ!きっと誰かが接着剤で直してくれるさ!え、無理だって?ハハッ、そんなあたしは誠に薄く、軽挙妄動であるッ!いざ、南無三ーー!!
『……いや、南無三は違うくね?』
ぽんっと響いた声。隣のイワンじゃない。あれと思ったら不意に森が開けた。月明かりの中、視界に黒が現れる。止まるわけにはいかず避けたとき、イワンが、あっ、と言葉を漏らした。すれ違いざま思わず振り返れば。
『あのばあさま、元気過ぎんだよ』
近づく巨大臼に怯えもせず立ち構える影。風になびく黒髪に黒いロングジャケット。黒のスラックス。黒いウエスタンブーツ。全身真っ黒コーデ。だらしなく両手をポケットに突っ込み、垣間見える横顔は化粧でもしているくらい不自然な土気色と黒の口紅。
そこにいたのは……中二病?
『ちげーよ。今から夜勤出勤なだけだ』
「夜勤って黒装束なんですか!? ってかV系バンドマン!?」
『バンドマンじゃねえ、ナースマンだ』
「まさかの看護師」
ヴィジュアル系看護師って初めて知ったわよ、デスボでクオリティオブライフって叫ぶのそれ!?
『ノーチのにーちゃん!?』
突然イワンが反応する。
「のーち? 知り合い?」
『ああ、このにーちゃんはな……』
イワンが話し出したところで、デコトラ巨大臼が跳躍した。――は?ちょい待てー!潰されない!?
『わりーごはいねーがああああああああああああああああああああ!!』
「ぎゃああああああああああああああ!?」
宙を舞う滑車型臼の中で何かを構えるロボロフスキー。あれ、箒?
ちゅどーーん
アニメでよくある謎光線が箒の尻から発射された。あたし達の真横の木々と草むらを凪ぎ払っていく。
ズズーン……
ビームの通り過ぎた後は、切り株と地肌がこんにちはをしていた。
おいこら、びびるわ!!イワンもアフロ押さえて怯えてるわよ!というかじいさんの名に掛けたんじゃないの?役に立たないわね!?
パニクるあたしとイワンの目の前で一歩も退かないノーチさん。すごく涼しげな顔してるけど、ものすごく嫌そうな顔して首を掻いてる……なんてこと、これが強者の風格だというの……!?
『まだタイムカード切ってねえっつうのに。ばあさま、時間外勤務手当ちゃんと出してくれよー?』
なんだか間の抜けた声でノーチさんは呟く。
『徘徊はいい加減やめろや。何で毎回夜勤前や明けの俺がウートロとディエーニの尻拭いしねえといけねーんだよ』
『あれ、ノーチのにーちゃん、今はディエーニ兄貴じゃねえのか?』
もふんとアフロだけ復帰したイワンが、地面に伏せしたままで尋ねる。てか兄貴?
『今日は会議あるからどっちもいるぜ』
『まじかよ、ウートロ坊やは早番だろ?』
『医療の世界甘くみんなよ、イワンの坊主』
ノーチさんのニヒルな笑み。ああ、医療って大変って聞いたことあるけど、こっちの世界も……って、タイムカードって言った!?あるの、この世界!?
『バカモーン! まだ余は現役じゃああああ!』
未だ宙を舞う石臼の中で叫ぶハムスター。現役の言葉を証明するように小さな足を高速で動かし石臼を回転させているわ。空中停止で滑車化しているけど重力仕事しろ!
『確かに認知症でもないし要介護どころが要支援ですらないっすからね。そこらの若者よか余程若々しいですわ』
地上から言い返すノーチさん。対する石臼は相変わらず空中ブランコ状態だ。ちょいちょいちょーい、物理法則さんがログアウトしました~。
「……じゃあなんで看護師が付いてるのよ」
へーい、ありゃもう魔法か魔術だよあっはっは石臼まじファンタジーと自分を納得させ、疲れたように呟いたあたしにイワンと黒装束は言う。
『『だってあの人、院長だから』』
…………いんちょう?インチョウ、in cho……in 腸、いい腸、イーチョウ……銀杏……!?
「裸子植物の……そう、生きた化石! まさにシーラカンス……!」
『……元の意味からどんどん外れてねえか?』
ぽろろんと響くノーチさんの呆れた声。別にいいじゃない、連想ゲームは発想力を鍛えるのよ、多分。
うん、それは置いておいて。
「看護師が院長と呼ぶってことは、まさか、あのハムスターは医者……?」
『ああ、俺のばあちゃんだ』
「……そう、そうよね……ヒメキヌゲネズミ……アフロのネズミだ……」
なーんてイワンと話していたら、重力完全無視した石臼の中で再びハムスターが箒を構える!?
『わりーごはいねえがあああああああああああああああああああああああ!?』
途端、箒の尻に集まるエネルギー。闇夜だから余計目立つわ。それは地上にいるあたし達に向けられていて……まさにロック・オン!
「ていうか、おばあさんからなんで逃げたのよイワン!?」
『往診帰りのばあちゃんはテンション高すぎて恐えんだよ……今日は午後往診だったの忘れていたぜ』
……往診帰りなんですかあれ。いや、その前に箒のエネルギー波から逃れなきゃ!!まじヤバタニえんなんだけどー!?
『ばあさま、往診終わったらさっさと病院に帰ってきてくれっつーの。寄り道しない』
『わりーごはいねえがああああああああああああああああああああああああああああああ!』
なんか、テンション高いというか、頭のネジブッ飛んでない?
そんなジャイアントロボロフスキーの箒から放たれる、渾身の破壊光線!アフロを押さえるイワン、ぼけーっとポケットをまさぐるノーチさん。いや待って、避けようよみんな!?てか、これうまく避けたらハムスターは次のターン反動で行動不可にならないかしら!?
そんな緊迫感あるんだか無いんだかな空気の中。
『ばあさま。ほれ、おやつ』
迫るエネルギー光線に向かってポイと投げられた一粒の何か。突然光がその豆粒に吸収されていく。え、何あれ……まさかひまわりの種?
破壊光線を何故か吸い込んだひまわりの種はふよふよ浮く。すると、石臼からプルプル震えながら箒の柄が伸びてきた。
『余の、余のおやつ……!』
石臼の中から懸命に身体を伸ばし、箒でひまわりの種を取ろうとするジャイアントロボロフスキー。目玉は飛び出し髭と白いアフロがプルプルし、もはやひまわりの種しか眼中にないその様は、小学生のときの友達の家で飼われていたハムスターを思い出す。ものすごい身体伸びるのよねーどんな構造してるのかしら……。
『くっ、余の、おやつーーーー!』
叫んだハムスターは、浮遊する石臼から跳んだ!?まるでフリスビーをキャッチするワンコのように、ロボロフスキーはひまわりの種を、頬張ったあああああああああ!!!ってそのまま落下してきたけどやばいやばい潰れるよなんかトランポリン的なやつ用意……できねえええええ!!!
『余は現役じゃあ!! なんのこれしき!!』
そう言うと、くるりと空中で一回転!見事に四本足で着地したわ!すごい!
『ふん、この程度なんぞ普通じゃ普通』
ぷいとそっぽを向くハムスター。うん、サイズがでかくなければかわいいなーなんて思っていたら、横で『あんま調子乗んなよ、ばあさま』ってノーチさんが渋い顔をしているわ。
『見るがよい、小娘。余の実力を!』
呆れ顔なノーチさんとアフロに埋もれるイワンをよそに、おばあさんはあのちみい指を一本立てる。
何、何をするの?って思ったら、影が降りてきた。え?ってなったら石臼が、ハムスターの頭上にゆっくりおりてきたあ!?でも石臼は指先に触れるか触れないかで止まる!え、すごい、魔石使ってなさそうだから魔法かな?でも何も唱えてないから魔術?
『ふん、どうじゃ小娘。無詠唱での重力魔法じゃ。すごいであろう!』
「わーすごーい」
『そうであろう、そうであろう。もっと褒めて良いのじゃ、ふわーはっはっはっはっはっははっぎゃ!?』
とりあえず褒めたら、指先立てたままふんぞり返ってゴンッと地面に激突、勢いあまってそのまま転倒した。石臼は相変わらず浮いてるけど、ハムスターはひっくり返って手足をバタバタさせる。……なんかデシャヴというか……あれか、親父さんのはやっぱ血筋ねー……。




