いち
ガサガサ、
よし、目の前の草むらが揺れた。木々のささやく声が風によって運ばれるのを感じながら、目の前のそれに集中する。
ガサリ、
現れたのは、やたら耳の長い茶色いウサギ……ロップイヤーだっけ?あれによく似た生き物。なんか羊みたいな角生えてるわね。
草を掻き分けて現れたそれに、あたしは右手に持っていたカードをつき出す。
「封印!」
さっきはやり過ぎたらしいから、取り合えず今度は無難にいってみよう。
途端、右手のカードが光り出す。みるみるうちに白い光に包まれていくあたしの手。さあ、今度は上手くいけ!
「ぐぬっぐー」
何とも似つかわしくない声を上げたウサギモドキは、神々しく光っている(筈の)あたしの手をジト目で見た。なーんかいやらしい目ね。
途端、ぽしゅうと気が抜けた音と共に光が収束していく。あれ、待って。まだあのウサギモドキ、ウサギのままだよ!?封印出来てないよ!?
焦るあたしのことなど知るかとばかりに、光はただのカードを掴んだだけの見慣れた右手に変わる。
一部始終をバッチリみていたウサギモドキは、馬鹿にしたようにブフウーと妙に人間臭い品のない笑いを上げると、ふてぶてしく踵を返してしまった。ちょっと待って、待ちなさい!
そんなこと言って待つ奴なんてどこにいるのか。ウサギモドキはずりずりと現れた時のようにほふく前進で去っていく。去り際にハードボイルドが似合うニヒルな笑みを残して――。てか何よあの顔、腹立つ。
草むらに消えたそれにはあ、とあたしは溜め息をついた。
あたし如月カンナ。泣く子も黙る……じゃない、花も恥じらう女子高生、J.Kよ。稲妻形のキズのある少年の魔法学園もの書いた作者じゃないわよ。
いつも通り登校しようとバスに駆け込み乗車して挟まれ、涙を飲んで空いてた席で薔薇色の夢の世界にゴートゥーしてたら、いばらぎすてーしょーん、いばらぎすてーしょーんと声が響いて辺りが光に包まれたの!!光が消えたら目の前に猫型人間もカムパネルラも居なかったわ!居たら殴るわよ!だっていばら“ぎ”ですってぇ!?いばら“き”だっぺ!!茨城県民舐めんなよ!こちとら天下の関東圏だっぺ!! あたし茨城県民じゃねーが!!
それで光が消えたら落とし穴に現在進行形で落ちまして。不思議の国に迷いこんだ女の子みたいに妙に長い穴を落ちていたら、落下地点は森の中。目の前には白ウサギじゃなくてやたらジャイアントな熊さんがいまして。
いやあね、童謡みたいに友好的な雰囲気じゃないし、逃げるわよね。でも走っても追いつかれるの。むこうやたらデカイのよ、森から頭突き出てるレベル。だからあたしの渾身の10歩がクマの1歩。「はじめのいーっぽ!」で余裕で鬼にタッチ出来るわね。いやタッチというか踏みつけ?開始0秒でだるまさんが転んだが終了するわ!!なんてチート!!!
なーんて叫ぶと刺激するかなーって妙に冷静に逃げていたら、何やらぞろぞろと団体さんが前方からやってくるじゃあありませんか。
やべーよお兄さん達、前見て前。クマ、クマが来てるよ、てかあたし絶賛逃亡中なんだけど!?
鳶職のおっさん達みたいにツナギ来てるお兄さん達は、あたしには目もくれず、クマを指差し何か叫んでた。
ん?何語これ?まあいいか、多分夢の中だしぃ?
なーんて楽観していたらお兄さん達が一斉に……ではなくてんでバラバラに何かを掲げたりつき出したりした。
なんだろ、スマホかな。あれかしらね、写メってSNSにアップするやつ?「クマなう」とか「本日の晩御飯」とか「クマとデートなうに使っていいよ」とか?いや最後のはないか。
にしては薄い……カードみたい。それともこの間出た最新機種かしら?
「コマッタラ、プゥー!」
ほへ!?
聞き間違いかって瞬きして見てみれば、なるほど、JKや世のおばさま方のハートをキャッチするような端正な顔立ちのお兄さんがいた。うわー目の保養になるー!心が潤うー!!しびれるぅ!!!憧れるぅ!!!!
というかこのお兄さん集団のイケメン率高くね?その比率、当社比2500倍!!!現代におけるハリウッドスターの50倍に相当するッ!!!意味わからん!!!
「スベランデッカー!」
またしても不可思議な言葉。にもかかわらず、彩るのは魅惑のバリトンボイス。今度はお隣のお兄さんだ。こちらは細マッチョ。イケメンボウズ。略してイケボ。ボウズがボイスで上手にボウズのボイコット。需要があるところにはありそうね。
次々と奇声を上げるイケメン達。ほら、考えてみて。見目麗しい美男子がスマホ掲げて「ケツダセ、シリダセ、オシリアイ!」なんて叫んでたらどうよ。なんてシュール、なんて残念なイケメン。モッタイナーイ。
そんな感じで見ていたあたしは、気づいた。お兄さん達が持っているカードのような何かがアホみたいな光だしていることに!まさか、カメラのフラッシュ!?真っ昼間にやっても相手の開眼率と命中率が下がるだけよ!?
そして、信じられないことが起こる。
最初に叫んだお兄さんのカード?からピンクのけばけばしいワニが。その次のイケボウズからコウモリの羽の生えたトラ猫が。その次のお兄さんからは、炎の竜巻みたいなものが噴き出した。
叫んだ順に、カードから何かが現れる。それはあたしが知ってる生き物とは違う何かだったり炎や雷のような無機物だったり。
それらは、ジャイアントなクマさん目掛けて飛んでいった。クマさんにバラバラに攻撃をかます生き物達に、遅れてやって来た炎の竜巻と雷の矢が颯爽と直撃する。ちゅどーんってなったわ、大丈夫かしら。あ、黒こげたトラ猫モドキが落ちてきた。
うん、チームプレーが無茶苦茶ね。なんかイケメン達が喧嘩始めちゃってるけど、あたしどうすればいいのよう。
そんな中、1人の勇者が立ち上がった。イケメン達の中で目立つほどの面長。深く被られた小汚い黄土色のフード。覗く異様な出っ歯。吐き出される口臭。臭っ。あれなによ、今度リメイクされる某アニメの悪役妖怪のコスプレか何か?
でも現実に顕現した彼は、ジャイアントクマに臆することなく立ち向かってる。堂々とした足取り、慣れた仕草で懐から取り出されるカード、深いフードの中で光る鋭利な眼光。口元が冷酷な笑みを描く。
そこから漂うのは小物臭じゃない、腐乱臭だ。どんだけ臭いのよ、あの口の中。
フードを被る妖怪男(仮)はカードをクマさんにつき出した。
「銭だーーー!!」
その言葉が言い終わらないうちに、カードが光輝く。眩いそれは、辺りを強く、激しく照らす。
光の鞭が現れた。いくつもいくつも光の中から生まれると、それらは一斉にジャイアントクマ目掛けて放たれる。
「きゅるるーーーん!」
衣を裂くような悲鳴を上げるジャイアントクマさん。光の触手に包まれ、やがて身体全体が同じ光を纏うと、一筋の電光のようにそれは妖怪男(仮)の手元の光輝くカードへ飛んできた。そのままカードの中へと光は沈んでいく。
ええ、なにこのファンタジー感。魔法?
光を飲み込んだカードはやがて元の状態に戻り、男の懐に収まった。
そのままイケメン達に笑顔で迎えられた妖怪男(仮)は盛大に放屁。臭い!!!するとイケメン達もそれに倣い、順次屁をこきはじめた。待って、臭い!!!!!死ぬ!!!!!
ゴゴゴゴゴゴ……
突然足元が鳴動する。まさか!!地面が悪臭に耐えられず呻いてるの!?!?なんか出てくる!?!?やだ、ファンタジー!!!
地面を割って現れたのはファンタジーの定番中の定番、ドラゴン。わあ、すごーい!羽生えてるから西洋のドラゴンだっけ?大きいわあ、全身真っ白で六枚羽。あれ、六枚羽ってセラフィムだっけ?
『汝、我が眠りを妨げし者よ』
おお……ドラゴンがしゃべってる……!ファンタジーだ……!てか起こしたのはあたしじゃなくて、ってあいつらいなーい!!どこ逃げた!?
『彼の者と契約し、魔法少女となれ』
なんで!?誰と!?てか魔法少女!?
大変厳かに伝えた後にあたしが文句を言うと、ドラゴンさんは鼻くそをほじり、大きな欠伸と共に地面に消えていくところだった。あれね、親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくシーン再現しなくていいから。
ドラゴンが消えた地面、キラリと光る何かがある。よっしゃ頂き!
中学の時、百人一首で鍛えたカルタ捌きで光る何かをナイスゲット。ウロコかな?
「カード……?」
瞬間パパチーンと脳内でそろばんが珠を弾き飛ばした。厳ついお兄さんが飛んできた珠をコップのような容器にキャッチ!ぐるんと容器の口を地面に下ろす。ごくり。固唾を呑んで見守る。闇の中でギラリと光る眼光が、あたしを捉えた。
――丁か、半か。
『チョーカー?』
妄想たっぷりなモウソウ竹を栽培しているところにお邪魔虫宜しく乱入する声。最悪ーせっかくトキメキ任侠ラブ始まるとこだったのにー。
ていうか、今の声誰よ?
『知りたければ、あそこで寝ているホルモンヤキをカードに収めるがいい』
声の姿は無い。というかホルモンヤキって何?焼肉?
周りをキョロキョロしたら、白くなったカピバラまんまな生き物が鼻提灯出してた。あれがホルモンヤキか……。
『カードを掲げ、封印を意味する言葉を唱えろ』
「えー? 封印を意味する言葉ってなにー?」
『お前の使う言葉でだ』
うーん、よく分からないけど、あたしの言葉……日本語で封印を意味する言葉を言えばいいのかな?ってまんま封印じゃん。
「封印したらどうなるの?」
取り合えず訊いとこ。
『わしと戦ってもらう』
「ワシ……?」
びっくり。この夢だか異世界だか分からない世界に鷲がいるんだ。カピバラすらホルモンヤキって名前なのに。
というか、鷲となんで戦うのよ。うーん、あ、あれか!時代劇に出てくるあれ……そう、鷹狩り!鷹の代わりに鷲を使うのね!そのための鷲が欲しいのね!でも一人で鷲と戦うのは心細いのね!分かるわ、その気持ち!OK、カンナさん頑張っちゃうよー!
「封☆印☆!」
その場で右足を軸にくるりんと回り、口をすぼめてピースサイン!カメラ目線意識してちょっと屈んで上目遣いは忘れない!!これぞ現代に残りしJK流プリクラ奥義、名を自撮り!!!どこのSNSにアップしても恥ずかしくないわ!!!!
ペカーッ
「うぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおお激まぶっ!?」
ついスマホサイズのカードを掲げたら癖で自撮りポーズしてしまったわ……。
いえ、その前にまぶしっ!カードめっちゃ光ってる!?
――はっ、今こそあの秘術を使うとき!
「めがああああああああああああああ! めがああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
食らえっ! 確か27歳なはずの大佐の失明シーン再現を!!
「ぶひゅ?」
ホルモンヤキが目を覚ましたわ!
「ぶひゅひゅひゅ」
何よ!?あの腹立つ笑い!?
「ぶーひゅひゅーひゅひゅっ!」
「はあああああああああああ!?」
ヤロー! お尻あたしに向けてこっち見ながら尻ペンペンしてきやがったー!!あれか!?「ここまでおーいでーへっへっへー」ってやつかしら!?しかも目がくっっっそイヤらしい!!元のカピバラってあんないやらしい目しないわよ!!なにあのホルモンヤキ、あかんべーまでしてきた!!!コンチキショーーーー!!!
『落ち着け、ワシリーサ』
「そんな登場人物はいないわ!!」
なんか聞こえる声に反論だけすると、ホルモンヤキに光るカードを向けた。するとあたしの手の中で光がうねりだし、それはホルモンヤキに向かう!
「スルマンヌ、カツーラオトセシ。ヨハ、タンキュウスルノッポ」
ペカリーン!
突然その光が反射した。あたしとホルモンヤキの間を手刀作りながら横切った何かによって。
あ、さっきのイケボウズ。どこにいたのよ。
っておい、頭で光をガチで反射したよこの人!?あれ冗談じゃなかったの!?世の中のボウズに謝りなさいよ!?
「ぶひゅう」
「オブウ、スルマンヌ。サンキューセシ」
とかなんとかしてたら目の前のホルモンヤキが髪の毛の塊……いえ、カツラをくわえてイケボに差し出した。気のせいか頬が赤いわ。毛って変色するの?
歓喜の声と共にそれを受け取るイケボ。てか何語話してんのよ。
そうしている内に、彼らは一言二言話したらなんと仲良く手を繋ぎ、スキップして去っていった。いや、ホルモンヤキってスキップ出来るの?二足歩行出来るの?
『愛じゃ、愛が芽生えたのじゃよ、アリー』
「どっかの魔法学校の校長みたいなこと言わないでくれる!? あとあたしはアリーじゃない!」
もはやどこから聞こえてくるのか分からないそれに言い返した。なんなのこれ。
『ちとさっきのはやり過ぎだったな。力を抑えた方がいい。よし、次の獲物が出てきたらそれを封印しろ。そうしたら色々教えてやろう』
「一々うるさい! えらそーに! 見ていなさい!」
腹が立って叫ぶと、あたしは草むら目掛けて走った。
なんで草むらって?ほら、某RPGって草むらからモンスター出てくるじゃない。
――で、次に出てきた生き物も封印出来ず、何度も叫んで繰り返していたら誰かに通報されたみたいで。お巡りさんに不審者として保護されました。破廉恥罪の容疑だって。初めて聞いたー。んで今、何故か絶賛裁判中!イエーイ!
ていうか、なんかもう判決出たんだけど。なになにー?
「汝、ゲーマーと説き、断首刑ギロチンに処する」
「その心は!!」
「――切断厨である」
オオオオ!とどよめき。同時に裁判官に検察弁護士裁判員、おまけに傍聴席まで全員きりーつ!拍手してんだけど!?なにこのスタンディングオベーション!?裁判!?これ裁判なの!?落語じゃないの!?
「アフロ、落っちまーす!」
避ける暇もなく、あたしの頭上からギロチンが落ちてくる。それはアフロにしか見えない何か。真っ赤なアフロ。ふんわりふわりとしたアフロ。全てを包み込むアフロ。人を駄目にするアフロ。アフロ以外の何ものでもない。それはかつて頭頂で栄えた畑が後退し、時代が違えば聖職者の道を辿るしかなかったおっちゃんが喉から手が出るほど求めたという神具。
待って、アフロってそもそも何。ギロチンとアフロにどんな関係が!?
「ばぶう」
アフロから声が聞こえた。あれ、赤ちゃんですか?
「ばぶー!」
落下するアフロから突き出たのは、黄色いあんよ。どんなに上手に隠れたって見えちまうあれだよ!えーと確か。
「アヒルだああああああああああああ!」
『ヒヨコじゃあああああああああああ!』
アフロから生えた巨大なヒヨコが叫んできた。




