8.交流
獣人種は大陸中央部にある『ゲルダ大平原』を支配する四大種族の一つであり、ヒューマンに次いで人口の多い種族である。
容姿はヒューマンに四足獣の要素が入っていると言えば分りやすい。頭に獣の耳、腰からは尻尾を生やしているのが彼らの基本的な姿であり、その特徴の中でも似通った物同士で寄り集まり一つの民族として暮らしている事が多い。ちなみに鳥や海洋生物の要素を持ったワービーストもいるが生息域が違い、文化もゲルダ大平原にいる獣人種と懸け離れているため彼らとは別の種族として分けられている。
『獣人国フョルニル』。それは単一の民族が支配している国ではなく、その実態は多くの固有の里や村、集落に住む多種多様な民族がひしめき合う多民族国家である。
『王』という存在はあるが複数人おり、その名は肩書きや称号的な意味合いが強く、国全体を総べている訳ではない。国家同士の会合ではその複数の『王』の中の誰かが代表として顔を出すことになっており、基本的には話し合いの下、持ち回りになっている。
『王』の選出方法は『戦闘力』である。
ワービーストは高い身体能力と鋭敏な感覚、種族全体で戦闘に向いた加護を持つ割合が高い。そしてその戦闘自体を楽しむ気性。それらが合わさり彼らは、四大種族最強の白兵戦能力を持っている。
過去、種族内で長く骨肉の争い続けてきた彼らは外の他種族との交流、それは話し合い等の平和的な物だけでなく『戦争』などの凄惨な関わりを経て、種族内で殺し合うのではなく協力する事を覚えた。これが他民族国家の雛形になる。
そうした歴史から民族ごとなどで分かれた地域から『試合』や『武闘会』等の形をとって極力死人が出ない様にして最後まで勝ち残った者を『王』として選出する。
そうした戦いの中で研ぎ澄まされたからこその『白兵戦最強』の種族である。
そんな彼らは、その肉体を燃やす様な苛烈な生き方ゆえか寿命が聊か短い。ヒューマンが70歳程で天寿を全うするが、獣人種は50歳程度である。
それ故か彼らの成人は種族で最も早い。10歳に成る頃には一人前として数えられる。
勿論それは身体的な意味であり、精神はまた別であるが。
◆◆◆
「ヤナギ! こんな風に加工したお肉、見た事ない。一体どんな味がするのか・・・むぅ気になる」
「おお変なの。スーちゃんあっちにも」
「これは・・・・・・何でしょう?」
「里には無かった」
「都市に来て幾分か経ちましたが、まさかこんな・・・盲点、盲点です!」
「試食・・・うまうま」
俺が住んでいた村とは違い、都市では魔法具による灯りが街中に広まっている。その影響か想像以上に夜に出歩いている人が多い。さすがに小さな子供はいないが。そしてその分遅くまで開けてくれている店も多い。
コーラルの家に行くにあたり、夕食はどうするか、という話題になった。その際に彼女が「では食材か料理を買って、私の家で食べましょう」と提案し、彼女達は食料品店で買い出しをしている。
今の俺に先ほどまでの緊張感は無い、無くなってしまった。
目の前の光景によって。
「これっ、これを買いましょう! 見るからに美味しそうです!」
淡黄色の長い髪を後頭部で一つに束ね、長身で女性らしい起伏のある体を露出の少ない、前合わせの服を幅のある帯で結び留める上下一体の民族衣装を身に纏ったスターチスが、香辛料で味付られた肉塊を指さし、興奮した様子で飛び跳ねる様に主張している。いや実際飛び跳ねている。垂れた犬耳や尻尾が上下に合わせてぴょんぴょんしている。凛とした容姿から考えられない行動だ。
「試食・・・あまい。ボクはこれがいい」
オレンジ色に黒い筋模様が入ったショートヘアと猫耳に同配色の尻尾。それらはあまり動きの少ない身体とは別にさっきから頻りに動いている。ぴこぴこしている。小柄な体をスターチスと同じ民族衣装で、こちらは腕は肩まで丈は腰が隠れるぐらいで下には代わりに裾が太腿の付け根ぐらいまでしかないズボンの様な物を着ている。表情の変化は乏しいが静かに自分の主張を通そうとする。今もクッキーと思う焼き菓子や色んな甘味を、買い物用のお盆に山と積んでいる。
「元気が戻って良かったです」
「・・・そうだな」
その2人のしっちゃかめっちゃかしている姿を俺とコーラルが少し離れた場所で並んで見ている。
彼女は大量の食べ物を集めていく2人を機嫌が良さそうな笑顔で見ている。そこには病室で見せた暗く妖しい雰囲気は欠片もない。この瞬間を確かに楽しんでいると思う。
「お前は買わないのか? 別に俺は大丈夫だぞ」
「有難う御座います。ですが私の家にも買い置きの食材がありますから。そこに彼女達が購入する食材を合わせて調理すれば中々の量の料理が作れそうですし。カイル様は良いのですか? 今回の買い物の代金はカイル様の懐から出る筈ですが」
「俺は後でいい」
「わかりました。・・・可愛いですね彼女達」
「ああ」
目の前で店員さんに、運んできた大量の食材で圧倒している2人、ヤナギ『9歳』とスターチス『7歳』がこちらを見て俺を呼んでいる。支払いの御願いだろう。美味しそうな食べ物に囲まれ幸せそうに頬を赤くさせてヤナギは手招き、スターチスは両手を高く振っている。
ワービーストとしては成人近いがまだまだ心は子供である。
「・・・行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
病室から出る直前の空気なんて砕けて欠片も残っていない。子供の心に点いた火は周りさえ巻き込む熱風になると肌で感じる。
笑顔のコーラルを背後に残して俺は10万近くに及んだ支払いをすませた。子供ってスゴイ。
◆◆◆
「満足」
「わふ~~~~」
「お粗末様です」
コーラルの家は冒険者ギルドから歩いて半刻ほどの場所にあった。小さな一階建てであり、初めて見るお風呂というの物が付いた家だった。ヤナギとスターチスはお風呂を知っていた様で、コーラルに使っても良いと許可を貰うと早速2人で喜んで行っていた。
その間にコーラルは俺の背負い袋に入れていた大量の食材を受け取り、彼女達の入浴が終わるまでに大量の料理を作っていった。既存の魔法は勿論、彼女が使える『精霊魔法』も十全に使った高速調理であった。
彼女はやはり俺に自分の正体を隠すつもりが無いらしい。それはおそらくヤナギとスターチスに対してもだ。でなければ今回彼女達と一緒に呼んだ意味がない。
彼女は明確な目的が、聞いて欲しい話があって俺達を招待したのだ。
――――――そう考え気を入れ直そうとしたのだが。
「コーちゃんの料理好き」
「スーは今幸せです」
「ふふふ。こちらこそ有難う御座います。そう言って貰えれば作った甲斐がありましたね」
コーラルの家の魔道具の照明に明るく照らされた居間で4人掛けのテーブルに俺とコーラル、そしてヤナギとスターチスとで向かい合う様にイスに座っている。このテーブルでは載せきれなかった大量の料理の為に簡易テーブルさえ持ち出した豪勢な夕食は少し前に終わった。
目の前ではお腹を膨らませて恍惚としている、『おおきい子ども』に再び入れ直した気を抜かれてしまったのだ。風呂上りで先程とはまた種類の違うゆったりした衣類を身に纏った2人は食後の余韻に浸っている。10人前は食ってたなこの娘達。
テーブルに並んでいた料理の殆どは彼女達のお腹の中だ。成長期なのを考えても子供ってスゴイと思わされる。そしてコーラルは作り過ぎだ。4人だけなのに20人前は作っていた。
彼女達の事を子供と思ったが、俺もこのミルドレッドでは15歳以上なので成人扱いされているが、帝国や聖王国ならまだ子供の歳である。あまり人の事は言えない。
まあ彼女達があんなに幸せそうなのは分かる。実際コーラルの料理は凄く旨かった。残った物も全部食べてしまった程。
「・・・美味しかった。ありがとう」
警戒していた手前、お礼を口にするのが少し気恥ずかしかった。やっぱり俺はまだまだ子供である。
「本当ですか! 有難う御座います! ふふふふふ」
俺のお礼を聞いたコーラルは目を惹くほどの笑顔でお礼を返してきた。感謝しているはこっちなのに彼女の方が嬉しそうにしている。こうしていると彼女が『クレアを攫って行った仲間の1人』だと忘れてしまいそうになる。
まあ彼らにも何か事情があるのは子供の時分ながら感じ取れたが。
それよりヤナギとスターチスは病室の一件以来、俺に対して固くなる様子がない。一時はあんなに警戒と殺意を持たれていたのに、今ではもう完全に慣れている。
「カー君もありがとう」
「あ、あの自分も感謝しています!! 見舞いに今回の食費まで、本当に有難う御座います!」
かなり慣れてくれた。ヤナギにいたってはカー君呼び。昔の友達にもそんな呼び方をする子はいなかった。誰に対してもああいう不思議な呼称を付けているのだろうか。
「そんなに感謝される物でもないよ。ここ集まった人からすれば大した金額じゃないしな」
コーラルが空いたお皿や鍋などを下げていくのを俺も手伝う。それを見たヤナギとスターチスも片付けに加わり、全員で後片付けをする事になった。
こういうのは家族の団欒をを思い出し、むず痒い気持ちになる。
思えば1人で生きていた時間の方が長くなっていた。それが今日は一気に人との関わりが増えた。
――――――
気付けば片付けも終わり、また全員でテーブルに着いている。席は先程と同じである。
ようやく、本題に入れる。
「ではヤナギ様やスターチス様の話しから始めてもらって宜しいですか?」
コーラルの提案。それを2人が了承し本題の話しが始まった。彼女達が俺を警戒、襲撃した理由が。
ヤナギとスターチスが顔を見合わせ頷き合う。この場が設けられる前に2人で事前に話しが付いていたらしい。彼女達2人だけになる時間ならあった。
2人が席を立つ。先程までの子供らしい雰囲気はなく、それは戦う者の姿、一人前の戦士の佇まいだった。
共に俺に対して頭を下げ、凛としたスターチスの声が部屋に響く。続く様にヤナギも。
「まず謝罪を。突然カイル殿に刃を振るった事、本当に申し訳御座いませんでした」
「ボクも。何も悪くないのに敵意をぶつけた、それに攻撃もした。ごめんなさい」
「・・・許すよ」
病室で一度は言ったが、あれは俺が一方的に済ませただけ。ようやくこれで互いに謝罪と容赦を行った事になる。
「それじゃあ頭を上げて席に着いてくれ。何故そうなったか理由の方も聞いていいか?」
2人が頭を上げ席に着く。俺の質問にはヤナギが答える。
「・・・・・・最初に気付いたのは気配。異様な気配、故郷の里でも感じた事がない気配」
「異様?」
気配は分かる。俺だって少しは感じれる。ヒューマンよりも感覚が鋭いワービーストならそれはより強く把握出来るだろう。しかし異様とは?
「そう。ボク達は『色んなもの』を感じれる。そうやって相手が『強い』とか『危ない』とか量ってる」
「貴方から感じたのは、正直に申せば『分からない』が正しかったと思います」
彼女達が『異様』と感じた俺の気配、目の当たりにした俺の姿が語られていく。
「ソレは全てを押し潰すようで」「見通せない闇を覗き込んだよう」「呼吸さえ目の前の存在に掌握されている気がした」「一歩でも踏み出した瞬間に何かが終わりそうな予感」「今までの自分が壊されそうで」「だからこそ「ソレから大事な人を助けなければと「だから」
「「だから私達は貴方に刃を振るってしまった」」
「生きていた事に安堵した」「大事な人が無事で嬉しかった」「そして恐怖した」「手も足も出なかった」「それは想像できていた」「だが生かされるとは思わなかった」「怒りを買ったのだと「死ぬ事で終われないのだと「大事な人が苦しむかもしれない「だからこの娘は「この娘だけは「許してほしかった」
「「自分だけはどうなってもいいからと」」
「――――――」
そうして病院での出来事に繋がる訳か。
明確に俺が何かをした訳ではない。正直、突然の事で困惑もある。だが『心当たりが無い訳ではない』。
それを言うのは彼女達の話しを聞き終えてからでいい。大切なのは彼女達はもう平気なのか、という事だ。今の振る舞いがもし痩せ我慢であるなら、ワービースト全体が俺に対してそうなる可能性があるなら、俺はこれから他人との関わりをもっと考えなければならない。
「今は、どう感じてるんだ?」
「やさしい」
ヤナギが間髪入れずに答えてくれた。スターチスも続く。
「自分が、自分達が貴方を恐れたのは知らなかったからです。貴方という人を」
「カー君の気配、大きかった。深かった。その大きさと深さでボクは何も見えなくなった」
「そうした不安が貴方という人を見誤った。だから」
「今ならカー君がよく見える」
「ずっと貴方が自分達の事を気に掛けてくれていた事を感じた」
「心配してくれた」
「それが分かって自分達の中にあった不安や恐怖は無くなった」
「あとに残ったのはカー君への安心感」
「貴方の下なら恐れる物など何もないと感じる様になった」
「優しくて、強くて。安心できた」
「ヤナギと共に、貴方と一緒にいたいと思った」
「「それが今の気持ちです」」
「――――――」
病室から今に至る彼女達に気持ち。
とりあえずもう2人に無理をさせていないのが分かって良かった、それは良かった。
・・・良かったのだが、最後の方は・・・その、なんと言うか、返答に困る。
俺には俺の目的がある。それに誰かを巻き込む事は考えた事もなかった。自分だけの問題だと。だから一緒に居たいなどと言われてもいったい如何するべきか。
・・・断るか。
「カイル様の返答は畏れながら、私の話しの後で御願いしてよろしいですか?」
返事に窮しているとコーラルが発言した。
コーラルはヤナギとスターチス、そして俺に視線を向けてから口を開いた。
「この話は決して皆さんと無関係という訳ではありません」
今度は彼女が席から立ち上がりテーブルから離れる。席に残された俺達3人の視界に彼女の全体が映る場所まで歩き立ち止まる。
「ヤナギ様とスターチス様は知りませんが、カイル様は既にお気付きになっています。・・・私の正体に」
振り返り、コーラルは俺と目を合せる。髪も肌も瞳も記憶とは違う。容姿は10年も経って成長した。面影を探そうにもそれさえ魔法か加護かで誤魔化している筈。
俺が気付いたのはただの直感、それにコーラル自身の自己申告もある。もし彼女が口を噤んでいたら、そもそも深く関わろうとして来なければ気付く事は無かったと思わせる。
「ただの知り合いじゃない?」
ヤナギが疑問をはさむ。病室では確かに深い事情を説明せず、顔見知り程度だと思われたままになっている。
コーラルの表情から笑みが消える。無表情、と呼ぶにはあまりにその俺達を捉える視線には熱が篭っている。彼女の瞳の色、今は黒であるその色が揺らぐ。
「はい。正直に申し上げれば私はカイル様に恨まれて当然の事をしています」
記憶によぎる俺が子供の頃の記憶。
「私は加護の能力と『精霊魔法』で自身に『偽装』を掛けています」
彼女の姿が、足元から湧き出す己の影に呑まれる。
偽装が解かれる。
魔法行使により活性化した精霊の力を俺よりも早く察知していたヤナギとスターチスは、驚きながらも静かにこの状況を見守っている。
「私は、種族に掛けられた忌まわしい『呪いの契約』、唯一その影を渡れる者として、自身に科した使命を果たす為、今ここに居ます」
影が祓われ彼女の真の姿が俺達の目に晒される。
「『黒原種』その集団『毒蛇』の一党の1人であり、頭首であるタイファンの孫娘」
普遍的だった黒髪は、光の反射で赤紫に煌めく艶やか黒い髪に、黒かった目は銀の瞳に、白かった肌は蠱惑的な褐色に染まった彼女が立っていた。その種族特有のエルフと同等の幻想的な容姿の美しさに、周りの空気さえ夢幻の物と変化した気になる。
「私はダークエルフとヒューマンの間で生まれ、呪いの契約に縛られないただ一人の存在です」
彼女はその場で跪く。
そして俺達を見上げるその表情には期待、―――いや『希望』が込められている。そして言葉に込められた彼女の熱が増していく。
「カイル様。ヤナギ様。スターチス様。皆様に頼みが、・・・助けが欲しいのです」
偽りを脱ぎ去り本当の姿さえ晒し、彼女は俺達に助けを求める。
「当代魔王を・・・『クレア様』を魔王の宿命からお救いください。魔人種の宿願、邪神復活による世界の破滅を阻止してください」
この場にいる全員がコーラルの口にした内容に衝撃を受けた。ヤナギとスターチスはおそらく既に当代魔王が存在している事に驚いている。
しかし俺は違う。俺は既に知っていた。魔王がいる事を、それが大事な人だという事を。だから俺が驚いたのは、知りたいのは違う。
「コーラル」
「はい。カイル様」
「クレアは・・・まだ、『クレア』なのか?」
大事なあの娘が、今でもクレアとしての心を保っているのか、儀式まで猶予があるとはいえ強大な加護は持ち主の精神に多大な影響を及ぼす。
だからこそ魔王の加護が彼女の精神を蝕んでいないかと、加護が目覚めた時点でクレアはもう変わってしまっているのではと。・・・彼女はまだ、いるのか?
コーラルの瞳が俺を映す。
「カイル様。クレア様は今でも貴方様の事を想っています。彼女は今も『人』として、戦っています」
「――――――」
彼女の瞳に映った俺は、笑っていた。
「――――――俺が強くなったのはクレアを助ける為だ。だから」
俺は立ち上がりコーラルに歩み寄り、手を伸ばす。
「俺の力があの娘を助けるのに使えるなら、使え」
俺の答えは決まっている。望みは最初から変わっていない。全てはクレアを救い、彼女が笑って過ごせる日々の為に。
平穏だったあの日常をまた、迎える為に。
「・・・話し、ついていけてない。でも」
「自分達が御2人の助けになるのであれば」
ヤナギとスターチスが立ち上がりコーラルの手を取り伸ばす、俺の伸ばした手へと。
俺がコーラルの手を掴むと2人もそこに自分達の手を重ねる。関わりなんか今まで無かった顔触れだが問題はないだろう。大切なのはこれから如何するか、だ。
「手伝う」
「自分達の力も貸します」
「詳しい事情を聞こうコーラル。俺達はお前の頼みに、力を貸す」
コーラルは俺達を何かを決意した目で見つめ、静かに頭を下げた。
夜はまだ始まったばかりだ。
獣人は見た目は大人、中身は子供的な種族です。