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7.知らなかった事を知る

 


 ◆◆◆



 病院の一室、そこでボクは目を覚ました。右隣のベッドのスーちゃんもすぐに目を覚ました。元気がない様に見える。ボクもきっとそう。アレはまだはっきりと記憶に残っている。

 そしてスーちゃんとは逆の隣、左側にギルド職員の女の人がイスに座っていた。

 奇麗な人だから、ちょっと知ってる。確かコーラルって名前だったと思う。

 微笑んでボクとスーちゃんを見ている。


「体調はどうですかヤナギ様、スターチス様」


 傷は無い。感覚でスーちゃんに触れても問題は見つからない。魔法かな? ワービーストは使えないからスゴく便利そうに見える。

 でも最後に見た光景を思い出すと・・・。


「・・・頭、まだ痛い気がする」


 スーちゃんがベッドから病衣のまま下りて立ち上がる。解かれた腰まである長い髪がなびく。いつもはふんわりした尻尾が今はピンとしている。

 ボクの左側まで移動する。それはコーラルさんの目の前で、スーちゃんはそこで勢いよく頭を下げた。


「申し訳御座いません! ご迷惑をお掛けしました!」


 凛とした声が病室に響く。その姿勢は土下座に変わりそうなほど頭が低い。

 その様子をコーラルさんは変わらない表情で見てる。


「今回の事は全て! 自分の不徳の致すところ! ギルドには多大な迷惑を!」


 スーちゃんはどうも自分が先に武器を振るったのが、事の発端だとするみたい。悪いのは先に剣を抜いた自分だけであると。

 違う。


「スーちゃん違う。ボクが悪い」


 スーちゃんはボクを助けようとしたのだ。謎の、何か怖ろしい相手に戦闘態勢をとっていたボクを。あの時スーちゃんは感覚で捉えてたから、だからこそ気配を殺して絶殺の一撃を相手に振るった。ボクと違ってまだ人なんて殺した事がないのに、無理をして。

 今思い出しても、怖い。

 抵抗できない状態で首筋に爪を突き付けられた気持ちになる。『フョルニル』にある里でも見た事がない圧倒的な存在。どれだけ感覚を深く沈めても、全容が一切掴めなかった。ボク達は『王』相手でもどれだけの存在か掴めたのに。


「いやヤナギは関係ない! 自分が、スーが、スーのせいでヤナギが!」


 熱くなってスーちゃんが昔の自分呼びに戻ってる。それだけ余裕がなくなってる。だってボク達は刃を振り下ろしてしまったから。勝ち目なんて何一つ見えない相手に、殺す気で。

 やっぱり悪いのはボク。こんなにスーちゃんが困ってる。ボクがスーちゃんを守らないといけない。


「だからボク――――――


「落ち着いてくださいヤナギ様。それにスターチス様も頭を上げてください」


 コーラルさんの静止の声でボクとスーちゃんはいったん口をつむぐ。有無を言わせない響がさっきの言葉にはあった。・・・ただの職員じゃない?

 その顔に未だ微笑みを浮かべてコーラルさんは喋りだす。


「今回の事でギルドは御2人に、設備の修繕費以外に求める物は何もありません。そこだけは理解して頂きます」


 当然、負けた人や悪い人が責任を持つのが当たり前。でもそれだけ?

 ボクと頭を上げたスーちゃんが戸惑いながら顔を合わせる。


「これが今回のギルド施設の床や、破損した一部のテーブルやイスの費用になります。御2人とってはそう高い物ではありません。御支払いに関しましてはギルドで現金払いでもカード払いでも可能です」


 コーラルさんがスーちゃんに文字が書かれた紙を手渡す。お財布を預かってくれてるのはスーちゃんなのでそのままにする。金額を見たスーちゃんは「確かに、問題はない」と言って病衣のポケットに紙を畳んで入れる。幾らだったのか後で聞こう。


「では本題に入りましょう」


 ボクとスーちゃんに緊張が走る。

 さっきこの人、今回の事、『ギルドは』って言った。じゃあギルド以外で何かあるって事。

 心当たりはボクがノしちゃった4人の事、後は『あの人』の事。


「ちなみにですが男性4人の方は関係がありません。それと彼らは大した傷は無かったので心配しなくて結構ですよ」


 ・・・つまり。


 きっとボクとシーちゃんの頭に中には同じ人の顔が思い浮かんでいる。

 黒い外套を纏って大剣を背負い、圧倒的な気配を放つ全身に沢山の傷痕を持った人。ボク達2人が手も足も出なかった人。

 あの人はきっと怒ってる。理由がどうあれ突然ボク達が襲ったから。


「御2人はいずれ未踏破地帯に赴くとお聞きしましたが」


「「?」」


 あの人の話しじゃない。違った? でもボクとスーちゃんが未踏破地帯に行くのがどうしたんだろう? 少し力に自信があれば誰だって最終的にあの地を目指すものだけど。


「実は御2人を倒した男性、カイル様と言うんですが」


「「 ! 」」


 不意打ち気味に彼の話しがきた。・・・カイル、あの人の名前。

 コーラルさんの笑顔が不気味なモノに感じられる。さっきの未踏破地帯の話と一体どんな繋がりがあるんだろう。緊張で空気が重く・・・? ・・・っ!? 違う。この感覚は知ってる。


 あの人の気配が近づいて来ている。


「っ!?」


 スーちゃんも気付いてる。まるで正体の見えない物に抵抗できずに押し潰される、そんな感覚をあの人の気配を拾うと味あわわされる。いつもなら重宝している感覚が、まるでボク達を逃がさない為の鎖のように感じる。

 もしかしたらさらにボク達に報復しに来たのかも。

 故郷では、同年代では、誰もボクとスーちゃんには勝てなくて、色々『しんどう』とかなんとか呼ばれていた、そんなボク達が今は恐怖で固まっている。嫌な汗が流れる。鼓動がうるさい。目の前が暗くなる。あの時のシーちゃんが苦しんでいた光景が甦る。


 シーちゃんだけはコワイコワイ許してコワイコワイコワイもらえるようにだってシーちゃんはコワイコワイコワイコワイボクの大事な友達コワイコワイコワイコワイコワイボクがコワイコワイコワイコワイコワイコワイなんとかコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ



「大丈夫ですよ」



 ・・・? コーラルさんがいつの間にか立ち上がってボクとスーちゃんの手を握っていた。その顔はとても優しくて、さっきまで不気味に感じていたのが嘘みたいに、暖かいのが伝わってくる。

 だんだん心が落ち着いてくる。


「大丈夫です。カイル様は怖い人ではありません。きちんと理由を話して、謝罪をすれば分かってくれます」


「・・・ほんと?」


「はい本当です。万が一の時は私が何とかします。ですので彼と話をしてもらっても良いですか?」


「・・・自分は彼に斬り掛かった。許されないかもしれない。でもそれを先に謝らなくては」


「ええ、そうですね。でもきっと許してくれます」


 不思議。あの人が来るのに、呼吸さえ苦しかったのに、今はもう大丈夫。そんなに怖くない。


 病室のドアがノックされる。



 ◆◆◆



 おじさんの店で買った服は、部屋を借りて着替えた。サイズが丁度だったのはおじさんが『目利き』の加護を持っていたかららしい。物の価値や人の体格などがある程度分かる様だ。それは確かに服屋をするなら便利だな。

 魔法具の背負い袋は実は150万はする品だったが持たされた。「店で埃が被ってたやつだ。代金はいつでもいい」そう言って本当に代金は受け取らず、押し付けるようにして渡された。おじさんなりの誠意なのかもしれない。

 さっそく予備の服等は入れさせてもらった。代金はお金が貯まったら絶対に払おう。

 この袋一つで、高さ・縦・横の幅が5mの箱ぐらいの容量があるみたいだ。旅をするには助かる品だ。これでも魔法の収納具の中では安い方らしいが。

 去り際におじさんが知り合いのドワーフが働いている場所を教えてくれた。そこでなら服は勿論、その上に装備する防具も手に入ると言っていた。最初から最後まで本当に親切な人だった。


 おじさんに感謝しつつ、外を歩いていた俺はあの娘達の事が気になっていた。

 ギルドに着いた時にワービーストのあの娘達に襲われた理由。それを出来るなら本人の口から聞きたい。

 病院の場所はギルドで確認済み。方向だっておさんぽちゃんの・・・地図がある御蔭で迷う事はない。


 そうして俺は適当に日持ちがする食べ物を詰めた見舞い品を来る時に買いつつ、病院に到着。勤めている方に彼女達のいる場所を聞き、2人が寝ているらしい病室前に辿り着いた。

 普通に済めばいいが、また彼女達が攻撃してくる可能性もある。今度は無傷で取押さえる気で集中しながら病室のドアを軽くノックする。


「すいません昼に戦い・・・喧嘩? とりあえず問題を起こした時に『日向ぼっこ』のあんた達2人に怪我を負わせてしまった男だ。入っても大丈夫か?」


『・・・どうぞ』


 ドア越しに了解の返事が届く。ならお邪魔します。

 横に滑らせるように開く変わったドアをくぐり、病室に入る。


「あれ職員さん?」


「どうもカイル様。先ほど振りですね」


 左右二つずつのベッドが置かれている四人部屋。その右側で何故か2人の他に、あの世話になった女性職員さんが一緒にいた。彼女は、ベッドで上体だけ起こして座っているヤナギという娘と、側に立っているスターチスという娘の手を何故か握っている。

 状況はよくわからないが3人は知り合いの様だ。まあ『日向ぼっこ』の2人は前々からここのギルドで依頼を受けていたらしいし、別に不思議ではないか。


「3人は友達だったのか?」


「私はそうなれれば嬉しいですね」


「む」「にゃ」


 職員さんは笑顔で繋いだ手を揺らしている。2人は少し照れている様子だ。仲は悪くないらしい。

 2人の様子を再び見る、最初の時より大分落ち着いている。良かったこれなら話が出来そうだ。

 とりあえず先に見舞い品を渡そう。手に持っていた籠を比較的に近くにいたスターチスに差し出す。


「これお見舞い、良かったら2人で食べてくれ」


「えっ!?」


 ん? 何かすごく驚かれた。まあ最初の出会いがあれだったし、普通の反応かもしれない。

 色々思うとこはあるかもしれないが、受け取っては貰おう。見舞いに来た理由も言わなければいけないしな。


「・・・お前達は俺を殺すつもりで武器を振ったんだよな」


「 ! ・・・っぁ・・・あの」


「それは許す」


 スターチスが何か言おうとしたが、それは後でまとめて聞こう。俺は自分の話を続ける。


「見舞いに来たのは理由が知りたかったからだ。2人の口から直接その事情を」


 厚めの布であるが、簡素な作りのせいで女性的な体型が分かり易くなって、目のやり場に困るスターチスに無理矢理持つように籠を押し付ける。彼女は慌てた様子で空いている片手で受け取る。うん、籠のお陰で大分視界に優しくなった。


「俺に何か問題があったのかもしれない。知らないうちに2人に迷惑を掛けたのかもしれない」


 ワービーストはヒューマンとは違う。常識の違いで喧嘩になるなどいくらでもある。遙か過去では戦争にだってあった。だからこそ俺に非があった可能性も十分にある。

 2人は息を呑んだ様子で俺を見ている。職員さんはそんな2人や俺を見て何故か微笑んでいる。


「もしそうなら、・・・怖い思いをさせたんじゃ、と思ってな。それだけあの時のお前達は切羽が詰まっている様に感じた」


 心に引っかかっていた事を言葉にしていく。そうしないと相手に自分の事が伝わらない。それに俺の中ではやはりあの時の事はもう少し上手く出来たのではないか、という疑問が残り続けている。

 敵に容赦はするつもりはない。・・・それが本当に敵なら。そして俺は女性を傷付けて平気なままでいられる程、気が図太くは無かった様だ。


「怖い思いを、痛い思いをさせてすまなかった」


 心にある後悔を吐き出すように謝罪した。

 後は彼女達の返事を聞くだけ――――――


「・・・ご」


 ご?


「ごめ゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ~!!」


 スターチスが泣きだした。大泣きだ。・・・何故?


「ズーが!! ズーが悪いんでずぅ!! うぇええええ!!」


 病室中に響く泣き声。ここは俺達しかいないが隣室まで届くと拙いかもしれない。

 ど、どうすれば・・・・・・そうだ、まだヤナギがいる。彼女に。


「ふぐぅ、えぅ・・・にぃゃぁ・・・ごめ・・・ごめんにゃさい」


 こっちも泣いてた。

 ほ、本当にどうすれば。クレアは女の子を泣かせた時は泣き止むまで一緒にいなさいと俺に教えてくれたが、その間どうすればいいかまでは教えてはくれなかった。自分で考えなさい、と。

 そ、そうだ職員さん、職員さんなら・・・・・・


「良かったですねヤナギ様。スターチス様」


 職員さんはやり遂げた様な表情でうんうん頷いている。

 それが正しい行動なのか。俺には分からない。分かったのは2人の泣く勢いが強くなった事だけである。


「うぇぇええええええん!!!」

「ひん、ふぐぅうう・・・!!」


「・・・・・・」


 泣き止まない2人の為に、今の俺が出来た事。様子を見に来た医者の先生、医療魔法使いの人達に頭を下げて事情を話し、立ち去ってもらい、そっとしておく様に御願いする事だけだった。



 ◆◆◆



「申し訳御座いませんでした」


「ごめんなさい」


「いや、構わない」


 泣き止んだ2人に謝罪をもらった。気持ちもだいぶ落ち着いたようだ。

 職員さんは見舞い品を2人の代わりにベッドの側にある小さなテーブルの上に置いてくれている。

 窓から見える外は既に陽が落ち切り、月が輝く夜になっている。冒険者といえど女性をあまり遅くまで付き合せるのは悪いかもしれない。


「出来ればあの時の理由を聞きたかったけど、もう夜だ。日を改めようか?」


「自分は今で大丈夫です!」


「ボクも」


 目が赤くなった顔を真剣な表情にし、こちらに迫る様に問題が無い事を伝えてきた。

 それなら場所を変えなくては。2人はもう平気だろうしいつまでも病室を占領している訳にはいかない。


「なら移動しようか。ここにいつまでも居てるのは駄目だろうし」


「話しをするなら都合の良い場所があります」


 職員さんが提案する。酒場か何かだろうか。いや夕食がまだだ。では料理屋か。


「私の家です」


「なに?」


 予想外の答えがきた。職員さんの家?


「1人で借りている家ですので周りを気にする事無く話せます。どうでしょう」


「自分は構いません」


「ボクも大丈夫」


 俺以外の全員が了承した。だが女性の家に上がるというのは思う事がある。俺が男であるという事だ。


「男を1人暮らしの家に上げるのに抵抗はないのか?」


「私が提案した事ですよ? 勿論大丈夫です。気にする必要は御座いません。それにカイル様は間違いを起こす様な方ではないと信じていますので」


「今日会ったばかりの男に使う言葉じゃないな」


「ふふふ」


 含みのある笑いだ。職員さんは真面目だと思っていたが、意外と掴み所がない人の様だ。


「実はカイル様の幼い頃を知っています。思い出したのはつい先程ですが」


「・・・そうなのか?」


 突然、職員さんにそう言われ戸惑う。見た覚えも話で聞いた覚えも無い。つまり村の人ではない。こんなに綺麗な人なら小さな村では目立つし、知り合いか家族がいたなら自慢話という形で伝わるからだ。

 なら村の外から立ち寄ってきた事になる。外見から年齢を予想するに二十歳前後。村が最後に存在していたのは10年前。それ以降は俺は山や森で籠っていたので除外。ならそれ以前。

 子連れの旅人や商人が来た覚えはない。考えるだけ彼女が俺の幼少を知っている事がおかしくなる。

 ダメだまったくわからない。出まかせか? しかし嘘を言う理由がない。彼女はいったい何者だ?

 ・・・いや、本当に見覚えが無いのか? 何故か俺も彼女を知っている気がする。薄まっている記憶の中、彼女の面影を持った誰かの姿を何処かで見た様な。

 ヤナギが首を傾げて口を開いた。



「『コーラル』さんはこの人と知り合い?」



 記憶が繋がった。知っている、俺はこの女を知っている。過去の記憶、とあるダークエルフの男がその名を口にしていた。ダークエルフの女性に対して。


 気が付けば俺はコーラルの肩を掴んでいた。今はまだ力は入れていない、だが逃げる事が出来ない様にした。身長差から俺が見下ろす形になる。

 それでもこの女は表情を微笑みから変えず、俺からじっと視線を外さない。

 ヤナギとスターチスの2人は空気が変わった事に気付き困惑している。申し訳ない気持ちになったが、少し待ってもらおう。今は目の前の事が重要だ。


「コーラルって名前なんだな、お前は」


「そうです。そういえば自己紹介がまだでしたねカイル様。私の名前はコーラル」


 目の前の女が得体のしれないモノに感じられる。昼から夜になる様に、その実態が掴めなくなる気にさせられる。黒々とした影が濃くなる。

 そして決定的な言葉が紡がれる。


「そして『クレア様』が今どうしているのか知っている者でもあります」  


「――――――」


「それも含めて話しをしましょうカイル様」


 俺がこの女の家に行くことが決定した。

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