6.これが良い
冒険者の階級のカッパー。最下級ともあって斡旋されている依頼も比較的簡単なものが多く、報酬も相応に安い。
しかし都市外に出る必要のある採取やモンスターやデミヒューマンの討伐依頼では自身での危機管理が最も重要になる。
依頼の階級分けはギルドが管理している事もあってモンスターやデミヒューマンの分布や脅威度の設定、植物や鉱石を採る難易度などが考慮され割り振られている。
長年の蓄積された情報は高い信頼性を持ち、さらにギルド側は定期的に信頼できる冒険者に周辺の環境調査や生き物の生育情報などを集めてもらい、可能な限り鮮度のある精度の高い情報を提供できる様にしてくれている。
こうして俺が受けた依頼も、そうしたギルドや冒険者たちの努力によって相応しい階級が振られた依頼という事になる。
銅級採取依頼『風鈴草15株の納品』
正門から外に出て徒歩で2刻(約1時間)東へ向かうと、小さな山と森が目に入る。あの森の中に依頼にある風鈴花がある。それを採って帰れば3000ほど金銭が貰える。まあ宿一泊に朝夕2回の食事で無くなる程度の報酬である。冒険者の装備や防具の整備、消耗品の補充などを考えればこれ一つでは赤字だろう。こういうのは一度に複数の依頼を纏めて受けたり、道中で遭遇した野生動物やモンスターの素材を手に入れて貰える報酬を上げていく。
そして俺は後者の方法を取る事している。狙いは高ランクに設定されているモンズターやデミヒューマンの素材と魔石である。
今、足を踏み入れた森は冒険者の中では『初心者の森』と呼ばれ、高位の魔獣などの危険生物は滅多に確認されない比較的平和な森である。
俺はその森と山をさらに越え、馬の脚で2日の場所にある本当の目的地に向かって進み続ける。
俺がギルドから出て門を越えてから走り続けておおよそ2刻程でその目的地を視界に収めた。
ミルドレッド王国とドワーフが住まう『コロニス山岳地帯』を隔てるように存在する地、『ヘルディス樹海』である。
推定適正ランク・ミスリル。深部ではオリハルコンクラスのモンスターやデミヒューマンに遭遇できる、今の俺にとっては絶好の狩場だ。
さらに加速して大地を抉る程の力で疾走、そのまま樹海へと侵入。
夜になるまでにはケリーに戻るつもりだ。風鈴花は帰りがけに採取しよう。
◆◆◆
空は夕焼け。道の端には間隔をとって設置された灯りの魔法具が、起動する為の前準備で白い魔力光を蛍火の様に明滅させている。
露店はすでに店仕舞い、片付けられて昼時よりも広くなった道を歩いていく。大きな尻尾を肩に乗せて抱え込み、そのまま背後で引き摺るように運ぶ。途中で木の皮を剥いで即席のソリにして底に挟んでいるから舗装された道が傷付くのはある程度は防げている筈だ。大きな翼が広がると厄介だからと適当に折り畳んだが変に骨とかは折れたりしていないだろうか? おじさんには素材の大切さを聞いていたから丸ごと持ってきたが。だが流石に大きかった、もっと小さい獲物で良かったかもしれない。翼を広げたら8mはあるか?
しかし道が空いていて良かった。狩った獲物が大きかったので丁度いい。遠目に俺を窺う人が多い。注目されるのは最初から分かっていたので気にする事無く俺はギルドまでの道を進み続ける。
「おー」
「ん?」
小さな男の子、5・6歳ぐらいだろう茶髪のヒューマンの男の子が近くまで寄って、俺と狩ってきた獲物を呆気にとられた様子で見まわしている。この子の好奇心が怖さを上回ったのだろう。
「どうした、コレが珍しいか?」
「 ! 」
足を止め声を掛けると、身を竦ませパッと踵を返して駆け出した。少年が向かった場所には同じ年頃の子供が6人程いた。きっとあの子の友達だろう。合流すると全員で何かを喋りながら駆け足で立ち去って行った。
懐かしい。小さい時によくやる危なそうなモノに近付いて、何か異変があったらすぐ逃げ出す。一種の遊びじみた行動。可愛くじゃれ合いながら、無邪気な笑い声を上げている子供達。
夕陽に照らされて、あの子達の姿が街角へと消えていく。きっとあの子達は家へと帰るのだろう。家族が待つ我が家へと。その光景が郷愁を感じさせる。戻らないあの日々が心に重なる
暖かさと、少しの寂しさを胸に感じて俺はまた歩き出した。
◆◆◆
アークス大陸にあるヒューマンの四国家は通貨を統一している。これは利便性を考えて過去の国王達が現在に至るまでに定着させてきた通貨制度であり、ダークとの戦争時に連携の効率を上げるために考えられた戦略の一つでもある。
単位は大陸の名を流用し『アークス』が採用され、石・鉄・銅・銀・金などが硬貨にされそこに偽装防止用の特殊な加工を施されて各国に流通している。
各金属における硬貨の価値は下から十・百・千・万・十万となっている。国家間の大規模取引や商人等の桁の違う金銭が動く時はまた別に特殊な硬貨が使われる。十以下は売買の当事者同士での裁量で決められている。
「こちらが風鈴草15株の納品の報酬となります。必要であれば隣にある計算機で金額の確認も可能です」
そういって男性職員は報酬受け取りカウンターに3千5百アークスの入れられた袋を差し出してくる。少し報酬に色が付いているのは薬としての利用可能部位が多少多かったからである。嬉しい誤算、お金は多くても別に困らない。
そして続けてさっきとは別の袋がカウンターに置かれる。その袋から感じられる重みは先ほどの比ではない。
「そしてこれがお売り頂いた成体の『ワイバーン』一頭と各種魔石の合計金額になる520万アークスになります。ちなみにワイバーンの解体はこちらで行う事になっていますのでその分の費用は差し引かれておりますので御理解ください」
「わかりました」
今回の依頼と狩りで手に入れた報酬合計520万3千5百アークス。
無一文の野人から小金持ちの野人に俺は成長した。実は門をくぐる時にまた同じ衛兵さんから声を掛けられた。一日で2回衛兵さんから声を掛けられる男になってしまった。早くこのお金で野人から脱却したい。いやあれは大型飛龍のワイバーンを引き摺ってたからか?
「少々金額が大きくなりましたがギルドの銀行は御利用になりますか?」
俺が袋を手に取る前に職員さんからそう提案された。
「銀行ですか?」
「はい。ギルドの銀行に預けて貰えますと、他の場所の冒険者ギルドからでもお金が下ろす事が出来ます。それに預けて頂いたお金は登録証にも記録されますので、ギルドと提携させて戴いている店舗では現金の代わりにカードを使う事でお支払いが可能になっております」
かなり便利である。預けない手はないだろう。
「わかりました。じゃあ幾らか預けてもいいですか?」
「かしこまりました。ちなみに冒険者ギルドで預けたお金は他のギルド、例えば商人ギルドや造船ギルドなどから下ろせませんが大丈夫でしょうか」
「大丈夫です」
そうして手元に10万ほど残して、他は全て銀行に預けてカードに記録してもらった。
お金が手に入ったら次にする事は決まっている。
俺はギルドの中にある簡易店舗に向かい、販売カウンターにいる青い髪を肩まで伸ばした女性店員に声を掛ける。
「すいません、大陸と国家ごとの地図はありますか」
「大陸と国家の地図ですね少々お待ちください」
そういって店員さんは背後の棚から幾つかの棒状に巻いている地図を取り出して持ってきた。そういえばこの人、俺がギルドで登録した時に隣のカウンターにいた人か。ギルド内だったら一カ所だけでなく色々担当するのが普通なのか?
「情報の詳細さによって金額が変わってきます。ですのでご希望の物を選んで戴いてよろしいですか?」
そう言われ、一つ一つ広げて確認する。安い物は国境線や主要な土地ぐらいの情報しかない。値段が上がっていくとそれ以外の情報がだんだん増えていく。俺としては現在地と行き先が分かればいいだけなのでそこまで詳細なものは求めていない。それでも高価な物も確認してみる。こういうのも勉強になる。用途別に魔獣等の生息図が載っている物や、川や池に湖等が載っている物を買うのも有りかもしれない。
「変わった物ではこういう物もあります」
店員さんがそう言って俺に握り拳大の物を見せてきた。色は薄紅、一か所だけ丸く尖った楕円形の、のっぺりした磨いた石の様な質感を持った物。中央に文様が刻まれた黄色の魔石が埋め込まれている。どうも魔法具みたいだ。
「これも地図になるんですか?」
「はい。数はまだ無いのですが、たまたまお昼過ぎにこのギルドに納品された地図情報記録式魔法具です」
「記録式ですか?」
使い方の想像が付かない。でも何故か見ていると心惹かれるものがある。
「はい。こちらは・・・・・・そうですね」
店員さんは売り場の一角、羊皮紙が置かれてある場所から一枚だけ取りに行き、カウンターに広げて置く。大きさは国家地図と同じぐらい。当然白紙状態である。
「羊皮紙でも植物紙でも平面であれば物は問いません。この先端部分を中央辺りに向けて、この様に少し離した位置で構えてもらいます」
距離的に、肘から指先ぐらいの位置で店員さんは魔道具を構える。そして人差し指だけ中央の魔石に触れさせ残りの指で魔道具が落ちないように掴んでいる。
「そして中央の魔石を軽く3度衝撃を加えます」
店員さんが指でトントントンと魔石部分を叩くと、魔石が小さく輝きだし黄色の光が先端から放たれる。
「おお」
目の前で起こった結果に思わず感嘆の声が出た。凄い。
カウンターに置かれた羊皮紙に光が当たるとそこを中心に、光で描かれた地図が、おそらく今いる地点を中心としたこの都市の地図が浮かび上がっていた。これは中々の魔法具なのでは?
「ご覧の通り、現在地を基点とした地図が浮かびます」
「これは凄い。都市より広い範囲は写せないんですか?」
「大丈夫です。魔石をこの様に下から上へと指でなぞって戴きますと」
「おお!」
都市の範囲だけだった地図が、なぞるのに合わせてその様子を変化させる。都市の地図がどんどん小さく簡易な状態になるに合わせて周辺の草原や山や川が地図として写し出されていく。
それは最終的にこの国全体の地図にまで縮小された地図になった。自分がいると思われる場所が、現在地が縮小されるに当たって中央から外れていた地点は、他よりも強く輝く光点で表されていた。
「これが限界となります。そうですね、簡易の大陸地図と併用して戴ければほぼ全体を網羅出来ると思います」
店員さんが今度は逆に下から上へとなぞっていくと、だんだんと拡大されていき、最後にはこの都市を写した状態まで戻った。そして起動した時の様に3度叩くと魔道具から光が消え、同時に羊皮紙の上からも光の地図が消えた。
「強度に関しましては木製の食器を扱うぐらいの感覚で大丈夫です。しかし多少の傷は平気ですが大きく破損しますと稼働しなくなりますのでそこはご留意ください。連続使用時間はだいたい半日で、内臓魔力を使い切りますが。使わずに置いておけばだいたい半月程は魔力が持ちます。魔力の充填は最寄りの魔法具店かギルドで有料ですが可能でございます」
そう言って店員さんはその魔法具を木の箱の中に片付ける。
しかし蓋だけは開けた状態でこちらにそれを示してくる。
「性能ゆえお値段が少々お高くなっておりますが、如何でしょうか?」
店員さんがとてもいい笑顔で俺に訪ねてくる。
素直に欲しい。嵩張らないのもいいが、なんといっても格好良いという思いが胸にある。
「御幾らですか?」
「350万アークスになります」
350万・・・。
良い笑顔でとんでもない金額を提示してきた。一番高かった地図の数十倍の金額だ。
きっとこの店員さんは俺がさっき大金を稼いだ事を知っている。というか知らなければこんな野人みたいな恰好した人に高価な物を勧める訳がない。ちょっと嵌められた気持ちになった。
「カードでのお支払いも勿論できます!」
「・・・・・・」
やっぱり確信犯だ。今日一番の笑顔を披露してくれている。
「買います」
まあ買うんだが。
「分かりました! 発明者『グリムノーツ』の魔法具『おさんぽちゃん』、一点お買い上げ有難うございます!」
「・・・・・・」
名前が想像以上にユルい感じだった。いや別に可愛いのがダメって訳じゃないんだが・・・・・・。
◆◆◆
資金は少し目減りしたがまだ170万近く残っている。地図だって良い物が手に入った。
俺はギルドから既に移動して、ある店舗に来た。
「どうもドゥーガさん。約束通り来たよ」
「おうよく来たな兄ちゃん!」
服屋『プッラ』俺は今その店内でおじさんに歓待されていた。
店舗はまあまあ大きく、店内には多くの服が種類別に整理され陳列されている。店長のおじさんを除いて、女性店員の3人が俺の他に来ていたお客さんの相手をしている。ギルドとの提携もしているらしく中々に繁盛している様だ。
おじさんは露店で商売していた時と違って品のある服を着ている。服一つで印象が結構変わるもんだ。今なら小太りと言うより、恰幅がいいと言う表現が似合う雰囲気を出している。
「兄ちゃん来てくれたって事は無事に金が出来たってことだな」
「ああ、結構稼げたよ」
「そいつは良いな!」
お互いに笑顔で会話を続けている。おじさんの人柄はなんだか村の人を思い出すから落ち着く。
「じゃあ早速兄ちゃんに合うのを見繕ってやるよ。予算はどうする? 服屋だが防具だって扱ってるぞ」
予算か。やっぱり丈夫なのは高いのだろう。お金が足りなくて買えないなんて事がないように先にこうして聞いてくれたんだろう。さてどれだけ使おうか。大事な装備でもあるのだしお金を惜しんでもしょうがないしな。すこし奮発して。
「100万で」
「は?」
おじさんの動きが止まる。俺の顔を見て服装を見て、また顔見て服装を見る。
「予算が何だって?」
「え、だから予算は100万アークスでお願いしようかなと。あ、でもあと20万ぐらいなら追加しても」
「いやいやいやいや! おかしいだろ! 兄ちゃん昼前まで素寒貧だったろ!? まだ半日も経ってないぞ稼げてもいいとこ10万ぐらいだろ!!」
おじさんが凄く興奮した様子で俺に詰め寄る。
首都ケールは安全な場所に造られた都市である。つまり遠出しなければ沢山稼げない。稼いだ金額と時間が釣り合っていないとおじさんは思ったのだろう。
「俺足も速いですから」
「今足関係あるのか!?」
「遠くまで行ってワイバーンを狩った」
「――――――」
熱くなっていたおじさんが静かになった。
少しの沈黙。
「はぁ~~、兄ちゃん想像以上にスゴかったんだな。滅茶苦茶驚いたぞ」
どうやら冷静になった様だ。話を続けるならその方が都合が良い。
「かなり鍛えたからな。どんなのが相手でも負けない様に」
強くなるというのは俺の中では望みを達成するために必要不可欠な物である。時間的な猶予があればもう少し鍛えたかったが、目的地を考えればかなり時間に余裕を持たせた方がいいだろう。そう考えて俺は旅立ちを決めたのだ。
おじさんが口髭を撫でながら考え込んでいる。
「・・・兄ちゃん、ワイバーンは1人で狩ったのか?」
真剣な表情で尋ねてきた。服の選別で重要な部分になるのだろう。
「ああ、1人で狩った」
「そうか分かった。そこでちょっと待ってろ」
おじさんはそう言い残し店の中を歩き回り次々服を集めてくる。俺はおじさんが指し示したテーブルの所で待たせてもらう。四半刻も経たぬ間におじさんが戻ってきた。
「ここで用意できるのはこれぐらいだな」
そう言って目の前のテーブルに並べられた上下一組の服が3種。一部金属で補強されたグローブとブーツ。それに背負い袋やベルトポーチ等も用意されている。
おじさんが俺をじっと見て口を開く。
「ここの商品の品質には自信がある。職人は勿論、素材にいたるまで拘っている。だから値は少し高く感じるかもしれん。だがその分耐久性高いし使用感良い」
おじさんが赤い色の上着を手に取りながら言葉を続ける。
「それでもヒューマンが作った物の範疇を超えるもんじゃねえ。兄ちゃん、ドワーフは知ってるよな」
「ああ、知ってる。実際に会った事はないけど」
鉱人種。コロニス山岳地帯に国を造り住んでいる種族。彼らは生まれながらの職人である。彼らの作った作品が市場に流れる事があれば、その価格は恐ろしいほど吊り上っていく。それだけの性能、ヒューマンがどれだけ加護の力を注ぎ込み技術を磨こうとも手の届かない存在。一部の、ドワーフの中でもさらに一握りの存在は職人の中では『神』と同等以上の敬意を持たれる。
「あんたに相応しいもんはドワーフ製じゃねえと見つからねえだろう。俺の店じゃあ悔しいが間に合わせがいいとこだな」
そう言うおじさんの顔は少し悲しそうな面持ちに見えた。俺は並べられた商品を手に取る、どれも丈夫そうで手触りも良い。俺のやっつけ仕事で作った服とは当然ながら比べ物にならない。
「これすごく良さそうだけど、そんなに違うのか?」
「ここで用意できるのは面目ねえがミスリルクラスまでの商品だな。適正ランクがオリハルコンのワイバーンを狩れる兄ちゃんには役不足だな。なんならドワーフの職人を紹介できるぞ、これでも顔は広いからな。それならこんな半端な性能のじゃなくて、もっと安いもんにしてからドワーフ製に切り替えた方が良いかもな」
「そうか・・・」
そうは言うがここにある商品は全部良いと思う。間に合わせなんてとんでもない。
「これって全部で幾ら?」
「背負い袋は魔法具だから別に考えるが他は合わせても100はいかねえ。・・・いいのか?」
「これが良いな。全部凄く立派だよ、俺はこれが欲しい」
俺の中ではもう商品が買うのが決定している。それなら後はもう互いの合意だけだ。
「売ってくれないかドゥーガさん」
「・・・・・・ありがとよ兄ちゃん。まいどあり、だな」
苦笑を浮かべたおじさんは右手を差し出してくる。俺は迷わず右手で握り返す。
取引成立だ。
ギルド職員さんはプロです。少しの事では動揺などは顔に出しません、むしろ優秀な人にはぐいぐい行きます。貴重な人材ですので。