5.ムソウ
『魔石』という物がある。
それはモンスターやデミヒューマン、そしてダークや一部の特殊な存在から手に入れる事が出来る魔力の結晶体である。多くは心臓内部に精製され、これは取り出す相手によって大きさや純度と呼ばれる物が変わり内に秘められた魔力量が変わる。そしてそれは時には色づき『属性』さえも帯びる魔石等も確認される。
現在においては魔石から魔力を取り出す技術が確立しており、様々な分野で利用されている。
安価な物では着火具、明かり、水の浄化。高価な物になれば食材を凍らせる物に綺麗な水を湧き出させる物、そして遠隔地と連絡・情報のやり取りが可能な物など。こうして魔石を原動力とし活動する道具を『魔法具』と呼称し、生活の一部となっているのである。
冒険者にとって獲物の素材以外にこの魔石の納品も重要な収入源となり、これを冒険者ギルドや商人ギルドに卸して日々の糧を得ているのである。
◆◆◆
「迷惑をおかけしました」
「いえいえ大丈夫です。冒険者同士の諍いはそう珍しい物ではありませんし」
受付の前でお世話になったヒューマンの女性職員さんに再度謝罪をした。彼女は黒い髪を揺らしながら笑顔でそう流してくれた。
成り行きで女性2人を捻じ伏せた後どうしたらいいか分からず困っていた俺に、この職員さんが声を掛けてくれて後始末の段取りを付けてくれた。気を失った女性や他の男性達は他の職員の方に外へと運び出され、俺は男性職員に別室に案内され事情聴取を受けた。そして俺の視点での事の顛末を伝えた後に解放、今に至る。
「自分でやっといて何ですが彼女達は、あと他の男の人達も大丈夫ですか?」
殺す気で来られたので相応の対処を取ったが、後からもう少し穏便に済ませても良かったのでは、と思えてきたのだ。都市に来て襲われるなど考えもしなかったのでどんな対処が適切だったのか加減が分からなかったのである。
「彼らは近くにある病院に運び込まれる手筈になっています。そこでは医療系の加護や治癒魔法を扱える方が勤務していますのですぐに元気になられるでしょう。意識が戻り次第あちらの事情もお聞きする事になっています」
「そうですか」
少し安心した。女性を傷付けるのはどうしても後味が悪くなる。だからといってまた似た様な事が起これば痛い目には合ってもらうが。
ちなみにギルドの床の修理代はワービーストの彼女達に持ってもらう事になっている。
「では気を取り直して。本日はどういった御用件でしょうか」
ようやくここに来た目的を果たせるみたいだ。
「はい。冒険者登録と、後はどんな地図を取り扱っているか見せて欲しいんだ」
「登録と地図ですね、わかりました。登録の為の魔法具を御用意致しますので少々お待ちください」
「わかりました」
そうして職員さんが席を外す、少し待つと本ぐらいの大きさのある金属製の箱のような物を彼女は持ってきた。あれがこれから使う魔法具のようだ。
再び彼女が席に戻ると目の前のカウンターにそれを置き、手で指し示す。鉄の様な光沢を持ち中央に手形と思われる黒い図形が描かれている。
「お待たせしました。こちらに手を当てて戴ければ登録が開始されます」
成る程。言われた通り魔法具の手形に自身の手を押し当てる。すると魔法具全体が青白く発光、さらに上部から横向きの赤い線が発生して掌の表面を流れるように下部まで移動して発光が止まる。
「お疲れ様ですこれで登録が終わりました」
「え、もうですか?」
「はい。後はこれに入った情報を登録証に移せば完了となります」
早い、こんなのでいいのか。もっと色々細かく手順があると思っていた。
職員さんは引き出しを開けて、手の平に収まる白い金属製の薄い板を取り出した。あれが登録証という物か。それを彼女は魔法具の横、本でいう背表紙の所にあった小さな隙間に差し込んだ。すると魔法具が再び一瞬だけ青白く輝いたあと板が排出され、再び手に取ったそれを彼女は笑顔と共に俺に差し出してくる。
「ではこれが冒険者登録証になります。可能な限り紛失しないよう御願い致します」
「ありがとうございます」
登録証を受け取り目の前にかざす。白かったそれは銅のような色合いに変化しており中央には謎の文様が複雑に描かれている。
「冒険者の階級やそれに対応して制限が設けられる依頼などの詳しい説明は御聞きになりますか?」
まじまじ観察していると職員さんにそう提案された。せっかくの説明聞かない理由はない。
「お願いします」
◆◆◆
冒険者の階級は6段階、下から順に、銅・銀・金・聖銀・緋金(オリハルコン又はヒヒイロカネ)・碧鋼 になっており。複数人でチームを組んだ場合は全員の階級の平均の階級としているようだ。
最上位のアダマンタイトクラスは全ての冒険者の中で5つのチーム『黒ノ剣』『聖撃』『テンペスト』『エデン』『桜花』のみであり、現在においては事実上人間の最強の戦力である。
依頼の制限については簡単で、自分の階級よりも上位の依頼は受けられないというものであった。これは依頼の達成や内容によって請負人の生死が関わってくるので当然の措置だろう。
ちなみに自分よりも2つ以下の階級の依頼を受けるにはギルドの許可が必要になってくる。上位者が下の仕事を取りすぎると、下位者の仕事が無くなって困るのでこれも当然の措置である。
この階級を上げる方法は『実績』を上げる、その一点である。とにかく依頼をこなせばいいのである。ギルドが独自に依頼によって査定しているので、冒険者側でどの依頼をどれだけすればいい、という基準はなかったりする様だ。
最後の実績と査定に関しては普通は教えない事であるらしいがこの職員さんは教えてくれた。理由は「上がる人はどんどん上がりますから」とだけ言っていた。
・・・それはつまり俺の階級がすぐに上がると彼女は思っているという事だ。
心当たりとしては、やはりさっきの騒動が根拠になるのでは、と考えている。あのワービーストの娘達はなかなか強かったしきっと階級が高かったのだろう。
「そういえばあのワービーストの娘達で階級はどれぐらいだったんですか?」
説明も聞き、後は依頼を受けてお金を稼ぐだけになったので、最後に気になった事だけ訪ねて行こう。
「彼女達のチーム『日向ぼっこ』の現時点での階級はシルバーと成っております」
「・・・・・・」
チーム名可愛いな。そのせいで余計に傷付けた事に罪悪感が湧く。それに階級も思っていたほど高くない。どうも根拠云々は俺の勘違いだったようだ。
「そうですか。今日は色々と有難うございました」
気にしてもしょうがない。階級だって別に拘りがある訳でもない。必要な金銭が稼げれば何だっていいのだ。依頼が貼り出している場所に向かった俺を職員さんは笑顔で送り出してくれた。
◆◆◆
黒髪黒目。そして古傷がいくつも刻まれた精悍な顔に、それでも人が良さそうだと感じる笑顔を浮かべて、カイル様は依頼を探しに受付のカウンターから立ち去る。
背は高い方ではあるが巨躯ではなく、体型だけで判断するなら鍛えられた冒険者や兵隊の中ではさして珍しくは無いといったところ。・・・見た目だけは。
ドワーフ製の『黒獅子の外套』と『隕鉄の大剣』は頑丈ではあるが金銭をある程度積めば手に入る品であると考えれば、これもそこまで珍しくはない。外套の下の服装は・・・ノーコメント。
彼がギルドの扉をくぐった瞬間で『見通せた』情報はこれぐらい。それだけなら少し愉快な着こなしをした青年で終わりですが、その後が問題です。
ワービーストの『ヤナギ』様と『スターチス』様が彼に一蹴された。
彼女達2人のチームである『日向ぼっこ』はギルドに登録して日は浅く、現在はシルバーという階級でしたがギルド内での『潜在能力査定』では『オリハルコン』相当であると結果が出ており、早々に次とそしてさらに次の昇級も済ませて可能な限り早く階級を進める予定にしていた娘達。
一応はミスリルクラスで少し様子を見る予定でした。階級を上げるのも大事ですが経験を積むのも大事です。
犬系獣人のスターチス様は大太刀『水無月』を操る『切断』の加護持ちで、その一刀はオーガの強靭な身体はおろか、下位の竜種の鱗ですら容易く断ち斬れる練度と才能。
猫系獣人のヤナギ様は『風ニ成ル者』という加護の力でその身に風を纏い圧倒的な速度を獲得、さらには纏った風が鎧ともなり軽い攻撃は無力化。振るう双剣『白風・金風』には『鎌鼬』という加護の『恩恵』が発生、通常以上の切れ味と風の追撃を発揮する。
そんな有望な彼女達が事実上、手も足も出ずに敗北。ギルド職員は勿論2人の実力を知る一部の冒険者は戦慄は如何ほどか。そして突然現れたこの謎の男に対して最大級の警戒を取る事態になりました。
彼女達の凶行に対して、彼がどういう対応を取るのか恐ろしかったのです。もし怒り、暴れる事があれば取押さえるのにどれだけの犠牲者がでるのかと。
――――――そんな皆様の不安と恐怖は杞憂だったのですが。
彼は戦闘時以外は終始真面目といっていい態度で、温和でした。人の良い青年でした。
実力は桁違い。しかし人柄は現状を見れば良好。それに他の方は安心して各々の仕事に戻りました。
私以外は。
私の眼には未だに彼が正体不明の怪物に見えます
私の目に宿りし加護『知恵の精霊の瞳』。この加護は集中して対象を視認する事で、実際なら自身の実感や専用の魔法具でしか調べて知りえない名前や加護などの情報を読み取る事が可能になる。深く見る使用時にはそれなりの魔力を消費するのが難点です。むしろ最初から持っていなければ良かったと思っていた加護ですが。
そしてその私だけしか前例の無い加護で彼を読み取った。
名.カイル・ルーガン
種族.普人種
性別.男
加護.●●●●(恩恵・●●●●)
加護が壊れている。
人は生まれながら加護を授けられる。効果の薄い物、限定的にしか使用できない物、一つだけでなく複数授けられた者、そして英雄や勇者に至る可能性を持った強力な加護。
人の数だけ加護はあり、同じ名はあれど全く同じ効果は無い。鍛えれば強くなり、使わなければ衰える。人の身で人を超える為の神から授けられた祝福。
時には通常の検査では発覚しない隠された加護さえも存在する。私はそれさえも読み取れる。
例えそれが目覚めていない『魔王の加護』だとしても。
それなのに、ありえない、ありえない、ありえないありえないこんなのは見た事がないありえないありえないありえないありえない私の瞳は絶対の筈ありえないありえないありえないありえないありえないありえないいったいこの瞳のせいでどれ程ありえないありえないありえないありえないありえない何故?どうして?ありえないありえないありえないありえないこれはまさか?ありえないありえないありえないありえないありえないでも本当に?ありえないありえないありえないありえないありえないもしかして彼はありえないありえないありえないありえないならこの出会いはきっとありえないありえないありえないありえないありえない
壊れている。
見た事も聞いた事もない。初めて見た状態の筈。でもそれは『壊れている』としか形容できない状態になっている。
人は死ねば加護を失う。後に残るのは生前の名前と空欄になった加護のみ。
カイル様は依頼が貼り出されている掲示板の前で腕を組んで仕事を探しています。そうした姿は何処にでもありふれていて、その様子はまるで普通の人のよう。
在りえないモノを抱えている筈なのに。常識外、真の意味での唯一無二。推し量る事が出来ない理外の者。
その時、私の意思とは関係なく発動する瞳の加護の『恩恵』が、瞳に魔力を集める。恩恵の力により、観察対象の行く末の一つを幻視する事が出来る私の瞳、その奥に焼け付く様に広がる幻の光景。『未来視』が発動する。
―――勇者や英雄、ダークやデミヒューマンの数多の死体が地を覆う。折れて役目を果たせなくなった武器の墓場。
その中心で向かい合う2人の男女。
砕かれる空、崩れる大地、干上がる海に、塵と消える太陽に月。
そうして何かも消失していく世界で何処までも堕ちながら、2人は互いに手伸ばしてを繋ぎあう。その瞬間、確かに世界の中心は彼らであった。
繋がれた手の間から光が零れる。形を失った世界を満たすそれはとても美しく――――――
「―――お~い! 聞こえてる!?」
「ひゃいっ!」
「わひっ、びっくりした」
突然声を掛けられ意識が戻る。幻の光景から、見慣れたギルドの風景が目の前に広がる。私の心臓が幻による精神への衝撃と、声を掛けられた驚きで激しく脈打つ。
声を掛けてきたのは同期であり友人でもあるヒューマンの女性、ミレアさんだった。
横に並べられているカウンター、その隣で活発そうな顔に驚きの表情を浮かべて私を見ている。
「ほ~んと、どうしたのさ。呆けるなんてアンタらしくない」
気を取り直したのか肩まで伸ばした青い髪先を指で弄りながら聞いてきた。よく見る彼女の癖。思考も現実に落ち着いてくる。
「・・・すいません。少し気になる事がありまして」
私の加護は表向き、物の価値を計れる鑑定と『偽装』している。本当の事を知っているのは私の『同胞』だけである。ミレアさんは大事な友人ですがこれは知る必要のない事です。
それにこの返答は嘘という訳でもない。気を取られていたのは本当ですし。
「そう? でも『ひゃい』は無いんじゃない? アンタのイメージと違いすぎるでしょ」
「・・・忘れてください」
不覚です、驚いたとはいえあんな声を上げるなど。御爺様に知られたら『修行不足だ』と言って私に過酷な鍛錬を課すでしょう。怖いです。どんな手段を使っても無かった事にしなければ。
ミレアさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべて私を見ています。
「ひひひ、どうしようかな~」
短くない付き合いです。彼女が何を望んでいるか分かります。
「・・・ふぅ。『春の恵み』のチョコレートケーキなどは如何ですか?」
「やった! 忘れる忘れる! もう忘れました!」
交渉が成立し、彼女はとてもいい笑顔ではしゃいでいます。20を超えた女性がはしたないと思いますがいつもの事です。こういう彼女の明るい面が好ましく感じるので、親しくさせて戴いている訳ですし。しかしお菓子でこうも買収できるのは友人として心配になります。
彼女が甘味に思いを馳せていると、別の職員の方が私達に休憩の為の交代を告げに来る。
「では行きましょうかミレアさん。今の時間でしたら席を取れるでしょう」
「は~い! さっそく行きましょう!!」
上機嫌の彼女に苦笑しながら、私は持ち物の片付けを済ませ、もう一度掲示板の方に目を向ける。しかしカインさんは既に依頼を受けて立ち去った後らしく、その姿はギルドの中にはない。
振り向いた時に頬に当たってきた黒い髪を指ではらう。背の中ほどまで伸ばし、先端部を紐で結んでいる髪が揺らいでいるのを感じながら、先程の未来視の光景を思い出す。
壊れた加護。世界の崩壊。そして2人の男女。
この世の常識から外れた彼。もし彼がこれから確実に起こるただの英雄や平凡な勇者ではどうする事も出来ない、災厄や恐ろしい運命さえも、自身の加護の様に壊して突き進む存在であるなら。
それはきっと――――――
「用意完了! ほら『コーラル』も早く早く!」
「はいはい直ぐに行きますから」
それは我等同胞が永年待ちわびた、悍ましい契約と宿命から解放してくれる者。
黒原種の真の主になってくれる人かもしれません。