19.気持ち通じて
「クレアーーー!! 愛してるーーー!!」
世界が形を取り戻し、俺は心のままに叫びを上げる。
今の俺の気持ちはこれまでにないほど燃え上がっていると言ってもいい。誰にも負ける気がしない。何だって出来る気がしてくる。
「カー君のテンションが・・・」
「迸っていますね」
「雷霆様って本当に半端無いっす」
「・・・男らしい」
宮殿の上にいる皆も。
『兄様の体内温度がこれまでに観測した事がない領域へ』
「・・・地脈を通じて、大陸を越えた感覚がしました」
「まさかクレア様も? なら魔法の規模が想定外の広がりを見せた理由も・・・」
宮殿の下にいる皆の事も、今だけは意識に留めていられない。
邪神さえ一撃で滅ぼせそうな昂り。
こんなに幸せな気持ちになるなんて思ってもいなかった。こんなにも胸が熱くなるなんて知らなかった。
たった一瞬、触れた時間は言葉に出来ないほど短い。
それでもこの手に温もりが残っている。
この手を通じて思いが伝わった。
俺の想いとクレアの想いが通じ合った。
「クレアーーー!!」
「これは落ち着くまで」
「時間が掛かりそうですね」
抑えきれない熱を吐き出すように俺は宮殿の上で叫び続けた。
◆◆◆
ワービーストの国で起こった大きな変革から数日が経った。
表面上は前と変わらない生活を送りながらも戸惑いを覚えている人達もいる。
百花は残った。残すことは前から決まっていた。ただ変わったのは今だけはこの百花で教育を受けていた娘達に、新しい道を提示した事だけだ。
多くの娘達は残留を望んだ。それは彼女達の幸せがその先にあるから。しかしやはり百花から出て行く事を望む少女達も少なくない人数が存在した。そんな彼女達の為に、アヤメさんやヒガンさん達が尽力したのだ。・・・成果は確かにあったのだ。
そしてワービーストの男性。今はまだ数は少ないが、これから割合が増えていく事を思えば少しばかり意識の改善を実施する事が必要になった。
「・・・これで良かったのか?」
「ばっちりで御座います御主人様」
俺がコーラルに結果の是非を聞けば良い笑顔で認めてもらえた。
昼には少しばかり早い時間。中央の宮殿、その城壁が見える太陽に照らされた草原では、何人かのうめき声がこだまする。
今、俺の足下には数人のワービーストの男が転がっている。老いも若いもいるその中には2人程『王』が混じっている。『南の王』と『西の王』がうめき声を上げて立ち上がれなくなっている。
「・・・本当に手も足も出てねえな」
「当然っすよパパ! カイル君はすっごい人なんすから!」
「・・・時代の終わりを感じるな」
「ヒイラギ、何を終わった気になっとる。妾達の仕事はまだまだあるのだぞ」
ナズナに彼女の父であるハナズオウ。ヒガンさんにヒイラギさんが少し離れた場所でこちらの様子を観戦していた。
一部の聞き分けの無かったワービーストの男達を、皆が言うように素手で攻撃を受けきり防御や回避を突き破りながら、足腰が立たなくなるまでボロボロにした。
その惨状が足下に広がっている。
「お師匠様。どうでしたか?」
「ん? どうも何も、やっぱりワービーストの男って他の種族より強くなりやすいんだなーって思ったな」
「・・・それだけですか? 誰が強かったなどは」
「知らん。俺だって人の好き嫌いはする」
こいつらの強さに興味のあったシルフィーに悪いが、はっきり言って強さの程度を知る気にならなかった。リンドウは言っている事が過激だし、カクタスは幼い子達に強いた所業を考えれば去勢したい程だ。・・・するか?
『兄様の視線がカクタスの股間に向いています』
「止めてくれ、そんな言い方」
「ああ、もう純粋だった御主人様は帰ってこないのですね」
「そっちも止めろそんな言い方。勉強ぐらいしたって良いだろ」
流石に百花を要した四方の宮殿というべきか、性に関した資料が一通り揃っていた。・・・あんな感じで子供が出来るなんてなー。驚きが隠せない。
「俺はただこいつらの股間ぐらい破壊しとくかって考えただけだ」
転がっている男達はもぞもぞと這いながら俺から逃げようとする。まあそんな体力も残していないから全然動けていないのだが。
「・・・頼もうかな」
「バルサム。やってもらうといい」
「カイル殿ならきっと後腐れ無く壊してくれます」
ヤナギとスターチスはこの国の民族衣装に身を包んで完全に観戦状態だった。ヤナギの腕や脚を大きく出す服装は今更だから良いとして、スターチスも何故かヤナギのように肌を見せる服が多くなった。切れ込みが入ったこの服は正直目のやり場に困るからズボンか何かを履いて欲しい。
そんな2人の側で、これまた同じ民族衣装に身を包んだバルサムが暗い空気を発しながら座っている。
同じ民族衣装なんだ。・・・同じなんだ。
「・・・いや、流石に冗談だからな。もし潰したショックで死なれても困るし」
あれは強い衝撃を受けたらかなりの激痛が走る。あれは内臓が強くなるまで弱点のままだったからな。鍛えた今なら眼球ぐらいの防御力にはなったが。
・・・あと潰したからって性別が変わるわけでは無い。
「・・・やっぱり僕は、駄目な人間なんだ」
「とりあえず髪を伸ばす所から始めよう」
「後は多少脂肪も付けるべきですね。見た目がかなり変わります」
仲良くなたった・・・のか? もしそうならヤナギとスターチスの強さは驚くべき物だ。俺には想像も出来ない。今も過去に確執のあったバルサムという・・・青、年と今後の話しをしている。
まああの3人が何かを乗り越えたのなら祝福しようか。
「カイル君お疲れ様っす! 次は私もお願いしても良いっすか!?」
笑顔でナズナがやって来る。その手に持つ大刀は既に雷化を始めており、気合い十分といった具合である。俺が了承した瞬間に飛びかかって来る気なのが見て取れる。
「別に良いぞ」
そして全身が雷化する。その姿はまさに雷の化身。
「やったっす! じゃあ私が有効打を入れられたら一緒に寝て欲しいっす!―――」
「せいっ!」
「―――げふううううう」
戯けた事を言ったので殴打一撃で沈めた。
「俺の勝ちだ」
「・・・だから・・・何で・・・素手で、殴れるんっすか」
殴る気で殴っているんだから殴れない筈が無い。
「・・・容赦が・・・無いね」
「それがカー君。ボク達にだって容赦はしない」
「有効打・・・当たっても効かないんですよねカイル殿は」
容赦をするとなし崩しで関係を持たれそうで嫌なんだ。ヤナギやスターチスも隙あらば狙ってくるしコーラルやシルフィーもそれに協力している。コッペリアに至っては俺の嗜好を分析してくるしで気の休まる時間が減ってきた気がする。
まあそれでもクレアが一番可愛いのは決まっているんだが。
「コーラル。コッペリア。ワービースト達の経過はどんな感じだ?」
地に伏した男達はこれからも定期的にねじ伏せるのは確定として、俺はあの魔法によってワービーストが受けた影響がどれ程出たのか知りたい。
「そうですね。魔法自体は成功したので3年も経てば男性の割合が目に見えて増えると推測しています」
『肯定。そこで転がっている雄性体を調べた所、精巣内の染色体に想定通りの変化が現れております。コーラル様が推測した事は正しいとコッペリアも判断します』
それは良かった。ならこれで極端な男女比から発生していた歪な文化も変化を見せるわけか。そうすれば自然に穏やかな男も増えてくるだろう。女性も変に男に気を使うことも無くなるだろうしな。
強さも正直言ってヒューマンの男女の違いぐらいにしか感じられない。ただ種族特性柄それが顕著に見えていただけなのが真相だろう。
「じゃあもう少ししたら次の目的地へ旅立つか」
「なんやカイルくん。もう行くんか?」
「アヤメさん」
アヤメさんが後ろに幾人かの女の子を連れて俺の近くまで来る。その全員が百花だった娘達であるが、綺麗な着物ではなく冒険者の装いに身を包んでいる。
百花から出る事を望んだ少女達の中で冒険者を目指したい娘達の指導に当たる事を決めたアヤメさんは、相変わらず似合っていない隈取りをして笑顔を見せてくる。
「それは寂しくなるな。折角あの転がってる男らも良い感じで心が折れてきた所やのに」
「別にそんなつもりでやったわけじゃ無いんですが」
ただ彼らの主張が気にくわなかった俺が駄々をこねただけ。後は男女の関係は相互理解が大事である事を教えただけである。・・・彼らにも愛してくれる女性はいるのだし。
「まあうちもこれからワービーストがどう変わってくかまでは想像出来へんからな」
「・・・変えた責任はあるのでこれからも俺達はワービーストの先を手助けしますよ。まずは済ませなければいけない事もありますが」
「別にええんやで気にせんでも。これから男女比が他の種族と変わらんようなるだけやしな」
そうは言ってくれるが今回やったのは人体改造である。それも種族規模の。それに対しての責任は常に持ち続ける物だろう。
「・・・困った事があったらコーラルにでも連絡をしてください。きっと俺達が駆け付けますから」
「ありがとうなカイルくん。じゃあ旅立つ時は見送らせてもらうわ」
アヤメさんが差し出した手を握り返して握手する。
「今度来るときはクレアちゃんっていう娘も連れて来てよ。あんだけカイルくんが熱くなる娘ってうちも興味あるわ」
「必ず」
次に来る時はクレアにもこの広大な草原が視界を埋める景色を見せたいしな。魔王なんて宿命から解放されれば自由に外の世界を回れるようになる。
そうしてアヤメさんと挨拶を済ませれば次に俺の所に来たのは彼だった。
「・・・カイル」
「ヒイラギさん」
『北の王』ヒイラギ、狼の獣人。スターチスから聞いた話しでは彼女の実の父という事になる。そう言われれば多少覇気が薄いが目の凜々しさは良く似ている。
ヒイラギさんは俺の側まで来ると頭を下げる。それは謝罪の礼ではなく願いの礼だった。
「言えた義理では無い。だがこれからもあの娘の事を頼む」
「・・・俺にはもう好きな人がいますよ?」
「知っている。あれだけ叫んでいれば知らぬ者の方が少ない」
思い返せば屋根の上で好きな女の子に告白をしまくっていた事になる。確かにワービーストの感覚なら近くにいれば簡単に聞き取れた筈だ。
「そうでしょうね」
それでもヒイラギさんは言葉を続けていく。
「カイル。・・・俺は愛が深いらしい。愚かにもそれを知ったのは失った後だった」
それは俺もそうだった。クレアが連れ去られて、彼女がどれだけ俺の心の内を占めていたのか知った。だから彼の今言った事にも共感できる。
「あの娘は失う前からそれに気付いている」
「・・・・・・」
ヒイラギさんが頭を上げて笑みを見せる。それはこれまでと違い、力の在る笑みだった。
「きっと最期まで離さないぞ」
俺の脳裏には自分の体に獣が牙と爪を突き立ててしがみついている姿が浮かんだ。
「どうやら俺に流れる血。それを受け継ぐ牙と爪とは愛を貫く為にあったようだ」
俺はヤナギとスターチスがいる場所に目を向ける。
そこを見れば思った通り、2人が俺を見ていた。
「それはきっとお前の周りにいる者、全てがそうなのだろうな」
それ以外の皆も俺を見て朗らかな笑みを見せている。それは絶対に諦めないと決意しているような意志を感じる。
・・・さて俺の想いも負けない程に強いぞ。なんてったって好きな娘と心を通じ合わせたばかりだからな。
俺も皆がそうであるように、牙を剥いて笑いかけてやった。
「それでも俺は俺の愛を貫く」