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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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17.冥府の花

「角杖取ったりーーっす!!」


「こっちも終わったよ」


 中央の宮殿、その倉の中。最も厳重に封をして保管されいた角杖『龍血角』を手に取って雄叫びを上げるナズナちゃん。

 うちもこの宮殿で悪さをしていたダーク。その死体の中にあった魔石の回収を済ませてここに来た。


 やはり守護聖獣と力を合わせた使い手、つまりナズナちゃんの力はかなりのもの。全身の雷化はまだ難しいようだが、一部でも雷そのものに成った彼女を止められる者はこの宮殿にいなかった。


 武闘派ではない、管理だけが主目的である中央の宮殿は、他の四方の宮殿に比べて規模も小さく戦力も無い。つまり務めている人の数が少なく、ダークの暗躍の目的となる悪性の蔓延の効率も悪い場所である。

 事前にそこまで強大なダークではないとコーラルの情報や、ヤナギとスターチスの感覚で聞いてはいたが本当にうちとナズナちゃんの2人で倒す事が出来た。


「じゃあここで皆をお待ちするっす!」


「せやね。じゃあ―――」


「! こ、これは!?」


 その時、知っている気配が宮殿に近付いているのが分かった。・・・やはり彼はうちには一般人ぐらいにしか感じ取れんな。こっちに来たって事は向こうの仕事は終わったんやな。

 彼が来るだろう方向へ顔を向けると、ナズナちゃんが倉から飛び出していく。


「ナズナちゃん?―――」

「あの人が来た!」


 声を掛けたがそれだけ言って視界から消えていった。

 もしかしてナズナちゃんにはヤナギとスターチスみたいに彼の事が分かる? 距離や精度は2人よりも劣るが、対象がどれ程の存在か把握出来る?


「・・・まあ考えても仕方ないな」


 うちも彼と会ってこれからの段取りを確認せんとな。コーラル達の方が終わり次第、本格的に事が動くんやからね。



 ◆◆◆



 激しい戦いが続いている。互いが血に濡れ焼け付傷だらけになろうと止まる事は無い。

 1人は南の王カクタス。巨体に熊の形質を持った大剣を振るうワービースト。スーにとっては忌むべき相手の1人・・・だったのだがやはりバルサム同様思ったより恨みが湧いてこない。


 そしてもう1人、カクタスと戦っている男。

 北の王ヒイラギ。カイル殿よりも一回り大きい身体と『水無月』によく似た大太刀を振るう狼の形質を持つワービーストで・・・スズラン母様の夫だった人であり、同時にスーの父でもある男。


 スーにとって因縁深い2人である。そんあ2人が殺し合いをしている。

 水と火が舞い散るその戦いは苛烈を極めている。

 これは捨て置けばどちらかが死んでしまうだろう。


『行くのですかスターチス』


「はい。死なれては今までの文句の一つも言えませんから」


 大太刀・水無月からスーの頭の中へ直接声を届けるシュエンウ様。

 それを聞きながら鞘から引き抜く。表れた輝く刀身は得も言われぬ美しさを持って周囲に威を示す。


 脳裏に過ぎるヒガン母様が言った言葉。そこに込められた死にゆく女の願い。・・・母と共に死んでいた筈のスーが生きていた理由。墓から這い出てきた異形の赤子―――


 スーの身体が変質する。手の甲、腕の表面が硬質化していく。そこに顕われるは黒い甲羅。それだけに留まらずに身体の至る所から黒い鱗も顕われていく。尻尾も毛に覆われていたのに今はそこも鱗で満たされて細長く伸び、先端には蛇の頭部すら形成されている。

 きっと周りの目から見れば今のスーは世にもおかしな生き物となっているでしょう。


 ――――――


 ―――墓から出てきた異形は『蛇の尾を持った黒い亀』だった。

 それだけならスズランの墓からモンスターが現われただけで話しが済んだ。しかしその後が問題だった。その亀はまるで卵の殻が割れていくように崩れ去り、中からワービーストの赤子が出てきたのだから。


 その赤子は里の人達に保護され、全てを失った者という意味のあるスカビオサの名を与えられて育てられた。

 まるで亡くなった母の命を取り込んだように成長の早かった子供はその特異性に目を付けたカクタスによって南の宮殿に連れて行かれる。次代へと繋げる貴重な才能として、息子の伴侶の1人として、百花の一員にされた。


 ヒガン母様は連れてこられた子供の出生を聞き、その子がスズラン母様の子であると確信した。スズラン母様は、死の間際に側にいたヒガン母様に祝詞の一説以外に残した言葉があった。

『我が子に幸福な未来を』

 スズラン母様はそう言って胎の内に子を抱えたまま死んだ。その時に確かに子も生体反応が消えた。それによって最後の願いも果たせなかったと思った。親子とも冥府へと誘われたのだから。


 しかしヒガン母様の目の前にスーは連れてこられたのだ。

 経緯はどうあれ生きていた友人の子。幸せにする義務が自分にあると考えたヒガン母様は百花でスーを見守った。どう生きればこの子は幸せになるのかと。

 スーが百花で生きる事を望めばそれで良いと考えていた。しかしスーはそれを望まなかった。だからヒガン母様は別の選択を取った。それはスーを自由にするという事。自由に生きさせるという事。

 その選択を取るために彼女はスーは身寄りのいない子として周知していた。

 百花と繋がりの深い『王』と関わらせない為に。・・・王として生きるヒイラギ父様にもスーという娘がいる事も伝えずに。


 ――――――


「では行きますシュエンウ様。スーの命を掬い上げてくれた貴女様の力をお借りします」

『スターチスが生きていたのはスズランが冥府で貴女の種子を見つけたから。私はそれを呑み込んで持ち帰っただけです』

「・・・・・・」

『だからそれは貴女の力。自由に振るいなさい。スズランが貴女に願った自由の為に」

「・・・ありがとうございます」


 大太刀の切っ先を前へ、両手で掴んだ柄を肩より上に押し上げて水無月を上段突きに構える。刃には『切断』の力が込められていく。溢れる力の奔流が雫のように刀身を濡らす。

 魔力が無い。水への適正を持つ加護も無い。しかしスーには多くの人の力によって生まれ()でたこの肉体がある。


『「生命(いのち)捧げ冥界から黒に沈む水を汲み、炎陽揺らいで祝福無き月を斬らん』


 斬り裂こう、全てを。

 スー達が幸せを手にする為に。


 拮抗していた血濡れのカクタスと火傷に塗れたヒイラギ父様。距離を取った両者の間に踏み込み隠行を解除する。


「! 何者だ!?」

「・・・スターチス?」


 惑いなど意に返さない。スーはただ斬り裂くのみ。


『「・・・一度、死んでみましょうか」』


 大太刀の長さよりも開いている2人の距離。・・・問題は無い。

 その場から動かずに両者に向けて幾重にも大太刀を振り抜く。


『「華水月(はなみずき)」』


 最強の剣士と呼ばれたリンドウを越える『切断』の力の全開放によって、対象を2つに分ける能力が真価を発揮する。放つ剣閃は両者の肉体を通り抜けていった。


「――――――」


 斬撃を受けたヒイラギ父様とカクタスの動きが止まる。

 それはまるで流れる時が止まったかのように。


 しかし現実に時が止まったわけでない。ヒイラギ父様が膝を着き、カクタスは地に伏せる。死んではいない。しかし再び立ち上がることは出来ない。

 お互いが戦いで付け合った傷。それが今は一つも無い。消えている。無傷の状態になっている。


 それはスーの刃が2人の身体から()()()()()から、傷を斬り離したからだ。


 その後に発生する力はシュエンウ様の『不死』の力。それによって2人の削られた身体に強制的に『修復』の力を発揮させる。


 それは治療や治癒などという生易しい物では無い。斬った対象の魔力と気力と精神力を消費して引き起こす修復。与えた傷の深さに応じて吸い上げる力の量が変動し、相応の苦痛を与える。

 今の華水月でスーが与えた傷は致命傷。つまりヒイラギ父様とカクタスが味わったのは死の苦痛。心身が脆弱な者ならその効果で死に至る。傷の無い綺麗な骸を晒して。

 2人が生きているのは単に強かったから。その強さを信じて放った精神を斬る刃。


 大太刀を鞘に収めて力を解く。スーの身体が元の状態に戻る。

 カクタスが地に伏せる場所へ向かい、彼の持ち物を漁って目当ての物を見つけ出す。


 それは朱く燃える心臓。


 それはバルサムとジューチュエ様の心臓が同化した物。息子の胸から引き摺りだした狂気の代物。

 カクタスがバルサムを腑抜けと断じて、己が理想とする後継になるように育てるために生殺与奪を握った証。

 これによってバルサムはカクタスの言いなりになっていた、というわけか。


「・・・受け取れバルサム」


 その心臓を宙に放り投げる。風景に隙間が出来てそこから朱い籠手を着けた手が出てきて心臓を掴み取る。そして隙間から周囲へと揺らぎが表れ、風景の中からバルサムが姿を見せる。

 目に見える風景を湾曲させて身を隠す『陽炎』。それだけだと気配で察知される可能性があったので、スーの写し身を上から被せて気配を消させていた。


「・・・ありがとう・・・スターチス」


 燃える心臓はバルサムの手の中で完全な炎となって籠手の中に吸収される。腕を治した時と同様に痛みがあるのか胸を押さえて蹲る。これでジューチュエの使い手の救出は終わった。

 その様子から視線を外して、スーはもう1人の男の方へ歩く。膝を着いたままスーを見上げる狼の男、ヒイラギ父様の近くまで歩く。


 そして向かい合う位置で止まる。

 スーが見下ろし父が見上げる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 膝を着いているのを差し引いても、幼い時に見たときよりも小さく感じる。

 色々と言いたい事もあった筈だが、・・・上手く言葉に出来ない。スーにとっては確かに彼は父である。しかしそれはあくまで実の父であるという意味でしかなく、家族として過ごした時間など一時も無い。本当にお互いの間に何も無い関係の親子である。

 そんなヒイラギ父様が刀を振るっていたのは如何な理由があってか。・・・しかしそれも関係無くなっている。


「どうも、北の『王』ヒイラギ殿。スターチス・ストックと申します」


「・・・何の用だ」


 ヒガン母様にはこれまでの経緯を聞いていた。

 スズラン、ヒガン、アヤメ。この3人は幼少からの幼馴染みであり、それはスズランが短期だけ北の王になった時も、病に罹って王位を退いた後も、関係が切れる事は無かった。そんな3人の近くにいた男性がいた・・・ヒイラギである。


「いえ、1年前はたいした言葉も交わさずに国宝である水無月を失敬していたので。今日は正式に水無月を持って出ていく事を伝えておくべく、馳せ参じたのです」


「・・・勝手にするがいい。そんな物に興味は無い」


 全くもって他者に興味を持たない男であったらしい。ただただワービーストの男らしく生きる事のみに専心していたヒイラギ遠さ魔。しかしそれにも興味を無くしてしまった。


「ではこれは自分がこれからも所持するという事で。・・・これからこの国で起こる事に関しては知っていますか?」


「知らんな。何の事だ」


 スズラン母様の病状が悪化し帰らぬ人となってから、ヒイラギ父様はより無気力な人になった。

 それは興味など無かった筈の他人、1人の女性の事が自身の想像以上に心の奥を占めていた事に、死んでしまってから気付いてしまった。


「自分達の種族の根底が覆るような事が起こります」


「・・・そうか」


「ですので心の準備をお願いしようかと。現在10人もいないワービーストの男性の1人ですから」


 王という物にも、稀少な男であるという事にも興味が無くなったヒイラギ父様は宮殿内に籠もりがちなった。スズラン母様が亡くなってから新たな子を儲けるような事もしなくなった。唯一褥の相手として呼んでいたのがヒガン母様という事になる。


 ・・・この人はまだ過去に囚われている事になる。少し前のスーやヤナギのように。そんな人がスーという娘の存在を知ってとった行動が、百花にいた娘に、命にかかわるような事を強いようとしたカクタスに対して刃を向ける事だった。

 その戦いの結末に彼が何を望んでいたのかは分からない。しかし、あのような互いの身を喰い合う戦いを見ていれば、自身の命に重きを置いていない事だけは確かだった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 後は何を伝えるべきか、考えあぐねる。

 ・・・ああ、あった。彼に伝えるべき事がまだスーにはあった。


「ヒイラギ殿、最後に一つだけ」


「・・・何だ」


 今から振り返ればスーもこの人も器用に生きられない人だったのだろう。自分の気持ちさえ正しく理解出来ずにここまで歩いて来てしまい、突然知ってしまった感情を持て余す不器用な人間。

 でも、そんな自分達だからこそ、見つけがたい自身の気持ちを探して正直に生きるべきなのだ。


「ヤナギしか大事な人がいなかった自分にも・・・外で大事な人が何人も出来ました」


「・・・・・・」


「つまり自分は・・・スーは今、幸せです」


「・・・そう、か」


 スーは幸せに生きている。それはスズラン母様がスーに望んだ事を叶えられたという事。それは親に出来た孝行の一つなのだろう。・・・ならもう1人の肉親にも親孝行を考えても良いのかもしれません。


「・・・なので貴方も己が幸せを探してください」


 そんな事をスーから言われるとは思っていなかったのか、その顔には少なからず驚きの感情が見て取れる。スーもこの国から出た当初ならそんな考えなど持たなかっただろう。


「亡くなったスーの母を想ってくれているのは嬉しいですが、いつまでも己の事や周囲を蔑ろにするのは感心しません」


 スーだけでなく、百花にいる娘達の事も見守ってくれていたヒガン母様。そんな彼女が気に掛けていた1人の男性。もし彼が本当にこれまで周囲に無関心だったなら、スズラン母様と仲の良かったヒガン母様が彼の事を愛したりはしなかっただろう。彼女はヒイラギ父様にも確かに愛があると、誰かを愛せる人だときちんと見抜いていた。


「無気力な貴方に発破を掛ける為に厳しい言葉を掛けた事もあるかもしれません。しかしそれは貴方にもっと前を見て欲しかったからでしょう」


 彼女が身体を許していたのは別にスズラン母様を失った悲しみを癒やすためだけでは無かった筈だ。きっと儚く消えてしまいそうな彼を繋ぎ止める意味もあったのかもしれない。


「だからもし、その人の事を貴方も愛しているなら・・・一緒に幸せになる事も考えてあげてください」


「・・・・・・」


 俯いたヒイラギ父様。彼の心に浮かぶのは誰の顔か・・・願わくばそれが彼の幸せに繋がる人である事を願います。


「それではまた後ほど・・・ヒイラギ父様」


「・・・ああ。・・・愚かな父ですまなかった。スターチス」


 振り返り立ち去る。次に顔を合わせるのはカイル殿と合流してからになる。それはこの国が生まれ変わる時を意味する。

 歩いて行けばスーとヒイラギ父様の会話を静かに見届けてくれていたバルサムがいる。彼の手からは籠手が外されて、手に持った状態にしている。


「・・・お疲れ様スターチス・・・これ」


 ジューチュエ様が宿るそれを差し出してくるバルサム。


「持っておけ。手伝ってくれるなら取り上げる理由も無い」


 それを無視して通り過ぎる。

 スーの感覚ではヤナギも来ているしカイル殿も到着してナズナ殿に絡まれて困っている。遠くからコッペリア殿がコーラルとシルフィーを運んで高速で飛行してきている。


「・・・良いの? ・・・僕は君に酷い事を・・・」


「勘違いしているなら言っておく。許したわけでは無い。それはこれからのお前次第だ」


「・・・分かった」


 バルサムにかかずらうより皆に会う方がスーには大事だ。

 彼がスーの後ろに着いてくるのを感じながら中央の宮殿へ向けて歩いて行く。


「いいかバルサム。お前がどんな生き方を強いられて来たのかは知らない。しかしそれを変える事が出来るのかはお前の気持ち次第なのだ」


「・・・自分の・・・気持ち」


「スーは自由に生きている。お前もジューチュエ様に見守ってもらえているのだから、もっと自分の心に素直に生きるといい」


「・・・本当に・・・君は僕の理想の女の子だよ」


「そうか」


 歩みを緩める事は無い。スーのやるべき事も望みも変わっていない。止まる理由が何一つ無い。

 さあ。皆が集まる。

 この平原で生まれた者達が生まれ変わる時が近付いてきた。


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