15.名の意味
アヤメ姐さんとナズナ殿に中央の宮殿の鎮圧をしてもらい、その間にヤナギは西の宮殿を。スーは南の宮殿を個別で鎮圧する。
それを最初にアヤメ姐さんに報告したら叱られた。あれだけ言ったのにまた心配を掛けさせるのか、と。でもスーとヤナギはそれを分かった上でお願いをした。
これは2人とって大事な事だから。絶対に勝てる、絶対に勝つ戦いだからと。その為の力は培ったと。それで何とか納得してもらう形で押し切った。
ヤナギの無傷で勝ってくるという言葉が決め手でしたね。流石にそれにはアヤメ姐さんも声が出なくなっていましたね。何と言っても相手はワービースト最強の剣士なのですから。
正面から行けば勝ち目は薄いでしょう。・・・しかしスーとヤナギの真価は馬鹿正直に真正面から戦う事では無い。敵の目を欺き、隙を付いて勝負を決める事にある。
「そしてヤナギは有言実行した」
西の方から届いた風からヤナギの勝利が伝わった。流石ですね。
中央も2人が頑張ってくれています。やはりナズナ殿は強いですね。あれから何度も模擬戦をしましたが無手では勝負が着きませんでしたね。
それに加えてナズナ殿は守護聖獣と共に戦える。これはかなりの強みです。彼女の加護と神剣が合わされば雷そのものに成れるのですから滅多な事にはならないですしね。それに細かい所は頼りなるアヤメ姐さんが見てくれます。スーが心配する事は無いでしょう。
「自分も役目を果たしてみせます」
気配を消しながら南の百花『赤の花』の宮の中を歩く。まずここでスーがすべき事はあの方と会う事。
廊下を歩きながら顔色があまり優れない娘達の間を抜けていく。元々の、王が強いてくる行為や傍若無人な振る舞いの影響もあるでしょうが、やはりダークの暗躍も影響を与えていますね。
王同士の不仲に彼らの群れに対しての襲撃。それがこの国の空気を重くしている。
「・・・まあ大半がこの宮殿や百花の存在の所為でしょうが」
そうして歩いていけば彼女がいる部屋の前に辿り着く。
百花を統べる立場にある彼女が使う部屋。百花の娘達や教育係などが使っている部屋より立派な作りになっています。
その扉を開いて中に入る。目当ての人物は中で席に着いて資料に目を通している。邪魔にならないようにゆっくりと閉める。
スーが周囲の気配を消している影響で、扉が開閉が視界に入っていたとしても気付けない。
仕事机の上には多くの資料の書かれた書物や報告書が積まれ、その机に着いてそれらを処理している女性こそがもう1人の協力者であり、アヤメ姐さんの知人でもある方。そんな彼女の直ぐ側まで移動する。
「お久しぶりですヒガン姐さん」
「きゃっ」
綺麗な金髪を頭の上で蝶纏めにして、それに煌びやか簪で飾り立てている。そしてその頭には可愛らしい先の白い狐耳が生えている。
「え? え? え?」
スーが突然側にに現われたように感じているヒガン姐さんは状況が上手く飲み込めていないように見える。椅子の後ろで戸惑いを現わすように4本の尻尾が揺れている。
「アヤメ姐さんと協力してこの王庭に戻ってきたスターチスです。ご無沙汰していました」
襟ぐりが大きく開いた扇情的な衣装。肩からも1枚羽織を着ているが、その豊かな胸の谷間を強調しているだけに見える。まさに男を誘う為の衣装と言える。
「・・・あ。ス、スターチス? もう来たのかえ? 他の者は?」
白い肌が輝かしい歳を感じさせない美貌。切れ長の瞳は今は呆気に取られたように大きく開かれ、幼い印象を与える。
「自分1人です。1人でこの南の宮殿の事にけりを付けに来ました」
「・・・・・・」
ヒガン姐さんは口を開けて言葉が出ないようになっている。
小さな時は感情が読めない怖い人だと感じていたが、改めて会って見てみると、存外に可愛らしい人である。それはアヤメ姐さんにも通じる事なので、やはり2人は友人なのだと理解出来る。
「・・・本気か? 本気でお主は1人で王と?」
「既に東は終わり、中央にはアヤメ姐さんとナズナが制圧に。そしてつい先程ヤナギが1人で西の王を降しました」
「・・・・・・」
再び言葉が出なくなるヒガン姐さん。
尻尾がゆらゆら揺れる。1本1本がアヤメ姐さんの尻尾に負けず劣らずの気持ち良さそうな尻尾。
―――とりあえず両手で掴んで撫で擦る。
「ふあっ・・・って何をしておる!?」
怒られた。なでなで。
「申し訳ありません。気持ち良さそうな尻尾だったのでつい」
ふわふわでとても気持ちいいです。これを抱いて眠ったら良い夢を見れそうです。なでなで。
「・・・なんとも逞しい娘に育ったものじゃ」
ふむ。呆れられましたね。なでなで。
「まあ良い。自慢の尻尾じゃ触っておくと良い。・・・一つだけお主に聞いておきたい」
ヒガン姐さんの気持ちが落ち着いたみたいです。やはり尻尾に触れるのは交流する上で大事な触れ合いのようです。
それにヒガン姐さんがスーに聞きたい事もある程度の察しは付きます。ここはスーにとって嫌な思い出の多い場所。辛い記憶が心の奥に根を張ったようにしがみついている。今もそれは変わらない。だから―――
「・・・スターチスよ。お主は―――
スーとヤナギに助けになってくれていたヒガン姐さんにもきちんと伝えよう。スーが何の為にここへ来て戦うのかを。・・・スーはもう大丈夫だと。
「スーはヤナギが大好きです」
自分の気持ちを隠す事も、相手の気持ちを読む事にも長けたヒガン姐さん。
小さな時はそれが怖くて、嫌いな百花の御老である事もあって苦手な人だった。
だからこの人の事もきちんと見えていなかった。
「外で好きな男の子も出来ました。大事なお友達も出来ました」
この優しいヒガン姐さんの事を見ていなかった。
沢山辛い思いを・・・スーなんかよりも沢山経験してしまった人。
それでも誰かの為に動ける人を。
「スーはそんな沢山出来た好きな人と、ふわふわ温かく生きていきたい」
百花の役目は王の為の花となり、次代へと残す優秀な種を作り出す事。それをここの娘達は教え込まれる。
多数の子はそれを自然に受け入れている。
強い男の子を産めるのは幸せな事だから。
強い男を受け止めるのは幸せな事だから。
「だからヒガン姐さん」
そんな教えにスーは馴染めなかった、怖かった。出会う男の全てが考えている事の分からない別の生き物に見えたから。
だから一番好きで好きでたまらなかったヤナギとここを出て行った。
それはいずれ強くなって、そんな怖くて理解出来ない物に打ち勝つ意味もあった。
「スーがここに来たのは、嫌いな物に仕返しがしたい、というだけでは無くなりました」
強くなってスーやヤナギが生きやすい国にしようと考えていた。
それは勘違いだというのに。
ここで確かに幸せになっている人もいるのに。
だからスーがここに戻ってきた理由の一つは、自分のけじめを付ける為。
そしてもう一つは―――
「生きるなら。・・・生きていくなら、幸せな方が良い」
―――不幸だと思って生きている娘達に、その娘達の為に手を伸ばし続けていた皆に恩を返す。
もっと道があって良い。
もっと違う生き方があって良い。
その全てが今回の事で新たな決着を見せる。
「全てが壊れた先に、新しい明日が始まります」
――――――
ヒガン姐さん。来たばかりのスーに健やかであれと、亡くなった母は祖霊となって見守っているからと教えてくれた。
母の死と共に生まれ、周囲にスカビオサと名付けられていたスーに新しい名前を授けてくれた人。
『悲しみを糧に美しく咲け。此岸彼岸の全てに永久なる愛と幸福があると、お主が咲かせる花で示せ』
最初は意味が分からなかった。スーにはそれが男に摘まれても咲き続けなければいけない事だと思った。男の為に、男の幸せの為にと。
ヤナギ以外の全てが敵に見えていたスーにはそう聞こえていた。
その後に母が詠っていた祝詞を教えてもらい、スーの咲ける場所はこの百花のような地獄、冥府にしかないと思った。
後にヤナギと会い、死線を越えて生きる彼女と共にいる自分に相応しい名前と祝詞とさえ思った。
スーはこれを詠うと心を殺せる。それは極限の集中に繋がり、鍛錬で活用した。
『生命捧げ冥界から黒に沈む水を汲み、炎陽揺らいで祝福無き月を斬らん』
スーの身体も剣も、その全てはいずれ捧げる為の物だと。
これを教えたのはそれを自覚させる為の物だと思った。スーには幸福など無いと。
スーという自分を殺して、陽の為に月を贄としろ・・・と。
・・・それはスーの思い違いだった。
そうだと気付いたのは最近だ。他者の優しさに気付けたあの日に知った。
ヒガン姐さん。・・・そして今は亡きスズラン母様。
この祝詞を母から私へ伝えてくれたのは、この人の愛だった。
冥界へと旅だった母が、彼岸からでもスーが幸せになる事を望んでいると。たとて此岸に祝福など無くても、その全てを斬り開き進む者であれと、ヒガン姐さんは母の祝詞から伝えてくれていた。
永久不変。愛情と絆。
スーはそれを、母とヒガン姐さんから受け取っていた。
スーは、スーの幸せを皆から願われていた。
――――――
「ヒガン姐さん。そしてスズラン母様にも見てもらいましょう―――」
腰に佩いた大太刀に触れる。守護聖獣シュエンウ様が宿る神剣。
この大太刀の名は『水無月』。
またの名を『皆尽』。
自分の力を皆の為に尽くせと。そして皆は自分の為に尽くしていると。
儚き一瞬を、先代『北の王』として生きたスズラン母様が掴んでいた一振り。
水冥の不死神。冥水甲蛇。それは此岸彼岸、その全てを不変なる慈愛で守護する精霊と使い手の名。
だからきっと、向こうでも母は見てくれている。
「―――幸せを願う皆の為に、そして自分の幸せの為にこそ、スーの花が咲き誇る姿を」
それが冥府の花々、永久繚乱と呼ばれたスーが見つけし新たなる生き様。
「大好きになった。大好きになれたヒガン姐さん。・・・スー達と一緒に幸せになってくれますか?」
「――――――」
伝えた。
伝えたかった事を。
それを聞いたヒガン姐さんは俯く。
触れた尻尾から震えが伝わる。
相変わらず感情は隠されて読めない。
でも読まなくて良い。
「―――はは・・・本当に逞しくなったものじゃ」
だってこんなにもヒガン姐さんは温かいのだから。
顔を埋める尻尾はこんなにも柔らかくて優しいのだから。
「まさか妾が・・・妾の、固くなった心を最初に壊されるとはな」
「嫌でしたか?」
「そんな訳があるか。清々しい気分じゃ」
顔を上げたヒガン姉様は朗らかな笑顔を浮かべている。
綺麗な笑顔。
「そうですか。では―――」
ちょっと意地悪をしたくなりますね。
「―――スー達の新たな関係を祝してヒガン母様とお呼びしても?」
「・・・・・・」
尻尾が固くなる。
スーが自分の体臭を嗅いでいるのに気付いたから。
まあ、わざとらしく鼻を鳴らしていますけど。ヒガン母様が気付くように。
ふんふん・・・上手に誤魔化していますね。ですが無意味です。スーは鼻が良いですから。
湯浴みや香、それに加護や技術で外のにおいは落とせても、自身が発する物は誤魔化しきれませんよ。
「スズラン母様の友人で、これまでずっとスーの事を気に掛けてくれていたのですから。これはもうスーのもう1人の母親と言っても過言ではありません」
「・・・そ、そうか・・・それは妾としては嬉しい申し出よな」
ふむふむ。まだ緊張してらっしゃる。尻尾に芯があります。
「それに父とも仲が宜しいようで?」
「っ!?」
「とても仲が宜しいようで。とても・・・ね」
「きゃいっ」
尻尾ごと背後からヒガン母様を抱き竦める。
肩にあごを乗せて横顔を見れば、その美しい貌にも尻尾と同様の固さが見て取れる。
成る程。スーやヤナギよりは当然、アヤメ姐さんよりも滑らかで吸い付くようなしっとりした肌。それを谷間に差し入れた右手から、艶やかさを持った体温と共に伝わる。更に深く差し込んで、その膨らみを掬い上げるすればふわりとしつつもたっぷりとした重量感が味わえる。
「と、突然何じゃっ・・・うひ!?」
露出したうなじに舌を這わせる。
におい。あじ。そして肉体の熱とうずき。それを感覚で拾っていく。
「・・・父と寝てますね?」
「な、何故・・・」
肉体の欲求を解消している女性。それ特有の物が発せられている。
右手はそのまま適当に遊ばせて、左手でヒガン母様のほっそりとした白い喉と綺麗な顎先を撫でる。
幾度となく繰り返された営みによって馴れ、感覚が深くなっているそれを引き出すように優しく触れていく。
「それも結構な頻度で」
「・・・っ・・・ぁ」
右手で引き締まりながらも肌を惹き付けるお腹を撫でる。可愛らしいおへその下をささやかに押す。スーが与える振動にも似た圧迫感がお腹の奥底に溶けるように染み込む。
それによって奥からヒガン母様の熱が右手に返ってくる。それは彼女の腹の奥が解されている証。これは随分と可愛がられていますね。
「お、お主っ・・・生娘なのに何処でこんなっ」
頬を撫でていた左手で、ヒガン母様の唇。まるで熟れた果実のように赤くぷっくりと張った唇を指でなぞる。端から端へ、下から上へ。触れるか触れないかの境目で指を動かす。
漏れる息が熱い。吐息に触れたスーの指がお湯の中で溶けるような感覚を味わう。
「百花の教えですよ? 実践は好きな子としかしていませんが・・・まあヒガン母様に触れるには都合が良かったかもしれません」
この場所で受けた座学はヤナギと度々研究してました。それが今、ヒガン母様から情報を引き出すのに役立っています。
唇に触れていた指を口の中に潜り込ませる。ドロドロと熱い中を掻き分けて滑る舌を指先でこねくり回す。
腹に触れていた手を内腿へ向かわせて、羽毛でくすぐるように5本の指を踊らせる。
「・・・それで、如何なんでしょうか?」
「な、何がじゃ?」
2つめの本題といきましょうか。
「父は。・・・ヒイラギ父様は今、カクタスと戦っていますね?」
「 ! ・・・・・・」
南の宮殿の外。それより更に進み城壁さえ越えた先に南の王であるカクタスと、北の王であるヒイラギが向かい合って睨み合っている。
「スーをまずここに来るように言ったのはアヤメ姐さんです。そしてそれを頼んだのはヒガン母様です」
きっとそれはスーに邪魔させないようにするためでしょう。
「父も確かワービーストの男の考え方に寄っていたと記憶しています。・・・全体的に興味や関心といった物は薄かったと思いますが」
それはおそらくスーの母。つまり自身の妻が亡くなったが故の無気力さだったのでしょう。まあ他の王と比べればかなり寛容と言ってもよい人でしたね。
「そんな人が戦っている理由」
無気力さが他の王の癪に障ったのか、それが原因でよくもめていました。暴力には暴力で返していましたが基本的には取り合っていなかったですね。
そんな冷めた人が熱くなっている。
昔と今で何が変わった? 何を知った?
存在を知った。娘の存在を知った。
「自分に娘がいる事を知りましたか」
「お、お主は・・・いつからヒイラギが父親だと?」
「初めてスーの感覚圏内に入ったときに近いと感じた。それだけですね」
向こうは気付いていなかったですが。流石に妻の墓から赤子が這い出てきたとは知らなかったのでしょう。それでも他の人が伝えていない理由は。
「スズラン母様に何か口止めでもお願いされていましたか?」
スーを産んだ本人の意向があったのでしょう。それも後で確認しましょうか。
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