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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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14.風に・・・

 

 完全に押されている。


 こちらの攻撃は巧みに受け流す籠手と剛剣による一蹴によって防ぎ、弾き返される。向こうの攻撃は的確にこちらの先を読んで放たれる。避ければ追い込まれ、受ければ衝撃で体力を奪う。攻め込めば勢いを殺され、引けば逃げ道を消される。


 ボクの目を抉るような浮かび上がる剣先。首を後ろに振って躱す。切れ味を持った余波が額を浅く切る。

 帰す刃が左肩を狙って振り下ろされる。左半身を下げつつ双剣で剣筋を僅かにでも逸らす。剛力と芯の通ったそれは軽い接触でも体力を削り落としてくる。


 風刃を相手の背後から強襲させる。それを背後に目があるかの如く籠手を嵌めた右腕で打ち砕かれる。視線はこちらを外す事はない。それを理解した上で踏み込み前へ出る。伸びきった右腕を狙って双剣を振う。


 逆手持ちに変えていた直剣を引き戻すようにして脇腹を狙ってくる。腕に狙いを定めていた双剣を防御に回して衝撃に備える。

 衝突。剛剣に身体ごと跳ね飛ばされ双剣を握る両手に強い痺れが残る。吹き飛ばされながらも左足の蹴りを見舞うがそれも肩で受け流される。それによって空中に投げ出されていた私の身体のバランスが崩れる。


 まさに防戦一方。


 これが白兵戦最強と呼ばれるワービースト。その中でも剣においては右に出る者がいないと言われる最強の剣士。その力量は、単純な接近戦に限るなら断罪聖女メアリー、メーちゃんをも凌ぐ実力。

 ―――これが老いてなお英雄と呼ばれる男の力。


 ボクの伸びた左脚を狙うように直剣が迫る。風刃と身に纏う風を結集させて威力を殺す。


 私の左足の脹ら脛の半ばから先が斬り飛ばされる。


 左足を失った事で更に体幹が崩れ、脚に結集させた事により風が弱まった胴体に向かって籠手に覆われた拳が放たれ殴られる。


 ――――――


 全身を揺さぶるような衝撃に意識が一瞬飛んでいた。しかし問題無い。追撃の右腕を狙った直剣は、感覚で拾った情報で無意識に動く身体によって受け流す。深く斬られたが骨には届いていない。


 地に着いた右足で後ろに跳ねる。失った左足と右腕の斬り傷、その断面に風を押し付けて止血する。衝撃によって掻き回された一部の内臓の傷によって喉元に血がせり上がる。


「・・・ぐぅ・・・ペッ」


 口腔に溜まった血反吐を床に吐き捨てる。失った左足の代わりに風刃を応用して風の義足を作り出す。

 傷を負った右腕の感覚が鈍い。義足によって立ってはいるがそれに重さは無く、自身の体幹が崩れたままなのは変わらない。それに出血も止めてはいるが斬られた直後に少なくない量の血は流れている。先までの攻防によって受けた衝撃と痺れも、何度も叩き込まれた影響で骨の芯まで残っている。

 ・・・今のボクの状態は―――


「―――ハァアア、・・・・・・私! 絶っ好っ調っ!」


 周囲に満ちていく私の血と肉の臭い。早まる心臓の鼓動。窮地を脱する為に全身の筋肉に骨、そして血管の1本1本まで活性化したように熱く煮えたぎる。


「ひひ・・・ははっ・・・あっはははははははは!!」


 この圧倒的な戦況を俯瞰している冷静なボクと、それらの情報に快感を感じて脳の中で暴れ狂いながら愉悦を享受する私。


「凶獣が」


 さあさあ踊りましょう、風はまだ吹いているもの。もっともっと戦いましょう。

 力も速さも技量も経験も、その全てが相手に軍配が上がっている。

 斬って斬って斬って斬って斬って斬ってお前も私も舞い踊りましょう。

 このままでは削り尽くされ倒されるのみ。ボクに勝機は一欠片も無い。

 でも私の方が先に力尽きそう。だってあいつの方が強いから。


 でもそんなのは如何だって良い。何故なら今、この瞬間にも私は高みへと昇っている。この瞬間にもボクは強くなり続けている。


「はははは! ・・・ははは・・・はぁぁぁ」


 意識が沈んでいく。深く深く沈んでいく。


「 !? ・・・目の前にして消えるか、面妖な才能を持ったものよ」


 そのまま歩き始める。相手は剣を正中に構えて隙を見せない、それでも歩き続ける。

 そうすれば目の前に辿り着く。すでに互いの剣の範囲内。それでも相手は動けない、私を6感が感じ取っていないから。それは相手にとってこの場にいないのも同じ。

 ボクという存在がリンドウという男の世界から消える。死地に立ち、これまでに無い程に感覚が研ぎ澄まされたボクは、この歴戦の『王』の感覚さえこの近距離で欺ける。


 剣を持った腕に斬り掛かる。


「っちぃ!」


 肌に触れた瞬間に気付いたのか避ける。しかしそんな完全に後手に回った回避では無傷とはいかない。皮の鎧と袖越しに浅く傷が入る。

 風の義足で蹴り掛かる。下段蹴りが相手の右脛に当たり、風刃によってズタズタに切り刻む。でも浅い、表面だけの傷。


「そこか!」


 私が気配をわざと残していた場所に、相手は剣を奔らせる。当然それはただの残像、相手が斬ったのはただの空。

 がら空きの背中に鎌鼬を乗せた双剣を叩き込む。しかし強靱な骨と筋肉によって深くは斬り込めない。しかし相手の右足に刻んだ傷より深い傷が刻まれた。


「喝!」


 消えていたボクの存在を捉えられた。流石『王』。それもハナズオウと違い油断は無く、装備も万全な状態。ボクの前にダークと戦っていたのも丁度感覚を鋭敏にするのに一役買っていたのだろう。


 そんな相手が放った斬撃によって私の右手が手首から落とされる。


 直ぐに相手の死角に向かって身体を沈ませるように踏み込む。左手に残った白風で相手の脇腹を斬り裂く。それは今までのどの傷より深く剣が滑り込んで、刃を通じて腸の一部を撫でた感触を伝える。


「この気狂いが」 


 蹴りによって跳ね飛ばされる。

 飛びながら足で引っ掛けるように、落ちた右手から金風を蹴り上げる。


「『死を悼む者』の姓を受け継いだというのに、それではただのケダモノだな」


 姓の意味なんてどうでもいい。ボクが死を哀しむべき人は大事な人達だけで十分。

 左手に持った白風の柄を口に咥えて、浮かび上がった金風を空いた左手で掴み取る。これで再び双剣がボクの元に戻った。


「それが我らワービーストの敵へ向ける牙と爪なら良かったものを。今のお前は朽ち果てたとて我らの神に捧げる贄にすらならん」


 それで結構。たとえ私が死んでも、私が居たことを覚えてくれる美しく咲いた花がある。


「失伝していた守護聖獣の対話。それを今代では東と南が復活させたというのに、風に選ばれていた筈のお前はそれが成せていない。つまりお前は次代に加護を繋げる胎の役割しかない」


 誰の子を産むかはボクの自由。・・・そうだ自由だ。


「お前に万が一の勝ち目は無い。無駄な抵抗はせずに姿を現わして斬られろ」


 勝ち目が無い?


 面白い事を言う爺だ。


 じゃあお望み通り。


 姿を見せてやる。


「・・・・・・何をするつもりだ」


 私は姿を現わす。ボクの足下にはダークの死体がある。何か人型のダンゴムシみたいなダーク。腹部が気持ち悪いなこれ。

 それはこの宮殿で潜んでいたダーク。リンドウが斬り殺したダーク。能力は・・・まあ、いいか。関係ない。今ボクにとって大事なのは、この死体の()()だけ。


 白風の剣先を魔石の存在する心臓、それがある胸にかざす。


「魔石を破壊しての瘴気か? それで我の動きを止める気か? 愚かな。今の四肢の半数を失っているお前の方が先に瘴気の毒に侵されて地に伏せる事になる」


「『・・・困るんじゃない?』」


「何?」


 口に金風を咥えているから風を操って声を作る。ついでにリンドウに向けて笑みを見せる。


「『瘴気で侵されたらボクの内臓が駄目になっちゃうよ?』」


「・・・その前に斬れる」


 どうかな? 多分無理だよ?


「『やれるものなら―――


 リンドウの剣閃が死体の上にいたボクを斬り裂く。それは残っていた足と手を狙ったもの。本当に見事な剣筋。


「愚かな。一生を雌穴として使われろ」


 ―――本当、後ろから見ると良く見える。


 斬られたボクが空中に溶けるように消える。


「なにっ!?」


「『分身改め写し身の術』」


 私はリンドウの背後で床に転がした魔石、すでに抜き取っていた魔石を白風で突き砕く。

 その瞬間、当然魔石に封じられていた魔力と共に大量の瘴気が生まれる。


「くっ、無駄な事を! 降りかかる瘴気など斬り払ってくれる!」


 気合いを入れてる所悪いけど、リンドウにあげる瘴気は無いんだよね。


 ・・・さあ破邪凶風、ヴァイフー様の世界を侵す毒があるよ。それもとっても濃くて膨大な『邪』がここに。


「『おはようヴァーくん。一緒に凶となって邪を破る風となろう』」


『本当に君は素敵だねヤナギ』



 瘴気は切り刻まれた。白風・金風が風そのものと成って切り刻んだ。


 さあボクも肉体という枷から解き放たれよう。そうすればここは、ボクの血肉が撒かれたここは風に満たされる―――


「こ、これはまさか!?」


 ―――ボクの領域で踊り狂え愚かな王よ


「舐めるな!」


 ボクに向かって剣を振る。それはこれまでボクを殺さないように手加減していた斬撃じゃない。完全に命を絶ちに来ている攻撃。

 それはボクの心臓に突き立てられ、貫通して背に抜ける。目の前にはその剣を握っている血走った目をしたリンドウがいる。

 ・・・成る程、やっぱり英雄は強い。今のボクじゃどう足掻いたって勝てない相手。


 ボク1人なら

『私がいる』

 そう1人じゃない

『君は恨みも悲しみも呑み込んだ』

 大事な人の為に

『私が凶と成るのはいつだって』

 大好きな人の為にある

『さあ共に守ろう全てを』


 ―――自由なる風と成って―――


『澱み祓う風、其は善神。邪悪あれば爪牙を(ふる)凶神(まがつかみ)なり。今ここに神なる風を』


 ――――――


「・・・何故死なんっ、何だその姿は!?」


 視界が高い。多分コーちゃんと一緒ぐらいにはなってる。

 復元した手足を見れば、それも身長相応に伸びている。そしてその手に双剣は無い。失ったわけでは無い。それはボクと共にある。

 血走っていた目は動揺で揺れている。でもそれでもボクの姿はその目に映る。・・・ああ、やっぱりコーちゃんみたいな体型に成ってる。格好良いってずっと思ってた体型だったから、多分その形になった。


 白い。真っ白で大きくなったボクが瞳に映ってる。


 笑う。白いボクが笑う。まるで百花の娘が着るような扇情的な白い衣装を纏ったボクが笑う。


『さあリンドウ。一瞬だよ』


「っ!? 巫山戯るなよ! 精霊を目覚めさせた程度でこの我を!」


 突き立てた直剣を閃かせてボクを縦に割断する。真っ二つだ。


『『でも生きてるよ』』


「なっ!?」


 びっくりした? 度肝を抜かれた? 半分になっても生き生きしてるボクに驚いた?

 それって油断だよ?


「がはっ!?」


 意識の外からリンドウの身体は風に貫かれる。胸の右側を貫通する1つの風に、両腕を斬り落とした1本の風。


「ば、ばか・・・な」


 貫いたそれは手の形をした風の矢だった。

 斬り落としたそれは脚の形をした風の太刀だった。


「そん、なっ・・・馬・・・鹿なっ」


 それはリンドウがボクから斬り落として意識から完全に外していたボクの身体の一部だ。


 半分になった身体を貼り付ける。ふわふわ浮いている手足を回収して取り込む。すでにこの部屋で撒き散らされていたボクの血肉は存在しない。その全てが風と成ってボクの元に戻ってきた。


 形無き守護聖獣は肉体に囚われない。それは使い手に加護が、精霊の愛を受けた加護があって始めて発揮される想像を絶する異能。


『【風ニ成ル者】・・・どう? 実際に、本物の風に成った者を目にした感想は?』


「く・・・くそっ・・・」


 力なく倒れるリンドウ。そのまま気を失って動かなくなる。

 まあ当然かな? 不意打ちで斬るついでに中も風でズタズタにしたから。これは回復に時間が掛かるだろう。


 王の間で立っているのはボクだけになる。


『・・・疲れた』


 精霊の力を止める。自由なる風は元の姿を取り戻す。


「・・・すっぽんぽん」


 全裸になったいつものボクの身体。とりあえず見回してみる。・・・うん、斬られた所に痕は残ってるけどほぼ無傷の状態になってる。両手には白風と金風が握られている。

 うん。服だけは探さないと。ここの百花の『白の花』で誰かから服を借りようかな?


『いやー流石だね。初めてで私をここまで使いこなすなんて』


 ヴァーくん。そうなの? 普通だったと思うよ


『そうでもないよ。前にも私の力を解放出来る人はいたけどね~。大変な事になったよ』


 どうなったの?


『自分の姿を忘れてそのままただの風になちゃった』


 ・・・死んだの?


『違うよ。今も風になったまま漂ってると思うよ』


 どれくらい?


『さあ? 私が剣の中で過ごし始めた時ぐらいかな?』


 ・・・途方も無い


 とりあえず王の間から出る。

 マークを打つ所を探すのと、ここにいる皆にボク達の作戦で起こる事情を説明する。それをしないといけない。王を倒したから素直に聞いてくれると思う。


『しかし危ない戦いだったね。下手したら死んでたよ』


 強かった。最後も不意打ちじゃないと倒せてない


『【切断】は極めたら精霊でも斬り殺せるからね』


 動揺して油断したから加護に揺らぎが出た


『それを的確に突けるのって君とシュエンウの持ち主だけじゃない?』


 使える手は全て使った。全て勝つ為の最善。ボクは死にかける方が感覚が冴え渡る。

 犠牲にした手足も武器にするための布石。


『普通なら斬られた意識が強く残って復元が出来ない事もあるんだよ?」


 なんで? 風に成れたらそんなの関係無いよ?


『あーこれはその内痣も残らなくなるね』


 ? これは直ぐ消える痕だよ?


『・・・本当に今代の私達の持ち主達は独特な子達だよ』


 あ、こっちは終わったから早く南の宮殿に行かないと。スーちゃんも終わらせたか気になるし


『勝つのは確定なの?』


 なんで? スーちゃんの方がボクより強いよ


『はは。確かに強くなったね。数日しか経ってないのに見違えたよ。精霊からみれば別人になったかと思うほど。本当に人間は素晴らしいね。変わり続けて行くよ』


 スーちゃんに会ったらいっぱい褒め合いっこしよ


『じゃあここでの用を早く終わらせようか』


 うん、行こうヴァーくん。皆もきっと直ぐに集まってくる


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