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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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13.獣人の英雄

「では行きましょう皆さん! 私達の旅が始まるっす!」


 ナーちゃんが元気よく先導しながら宮殿の城壁門を抜ける。

 昼前になったけど時間的には問題無い。逆にボク達の工程が早いぐらい。ナーちゃんの後ろに着いて行くようにボクとスーちゃんとアーちゃんが続く。


「・・・でも本当に良かったんか? 毒の影響がまだ残ってる人、結構おるやろ?」


「大丈夫っす! 一番上の姉に頼んどいたっす! 宮殿に居てた若い子達も帰しておくように言ったっす! それに一応『刻印(マーク)』?っていうのも刻む為の場所もチーロン様にお願いして見つけてもらったっす!」


「ありがとうね、うちからも知ってる顔に言い含めといたんやけど。正直助かったわ。うちらがおっぱじめる後の事を考えたら心の準備ぐらいはいるからな」


「いや~、でもそれって本当に出来るんすか? 私は魔法なんてこの宮殿に来た魔法使いが使っているのしか見た事が無いっすから想像出来ないっす」


「想像出来んのはうちもそうなんやけどね。・・・この娘らとこの娘らが信じる彼を信じようかって思ってな」


 スーちゃんと一緒にアーちゃんに頭を撫でられる。うんもっと撫でるといい。


「おおー! それって雷霆の人っすね! いやー会えるのが俄然楽しみになってきたっすよー!」


 背負った大刀を手に持って振り回すナーちゃん。・・・さっきアーちゃんと話す時間を作ってくれた事、お礼言っておかないと。スーちゃんと顔を見合わせて笑い合う。


「そういえば雷霆さんってどんな人なんっすか? 私その人の顔とあの閃光の張本人って事しか知らないんすよ」


「それはうちみたいな助っ人に聞くよりこの娘らに聞いた方が早いよ」


「任されい」

「語ってみせましょう」


 カー君のこれまでのとんでもな行動を話してあげよう、きっと驚く。それにここにはいないコーちゃんやシーちゃんにペーちゃんの事も話したい。皆良い子で凄い子。


「なんと! それは有り難いっす! ・・・出来たらどんな女の子が好きなのかも」


「むうっ・・・それは難しい」

「最初に難題が来ました」


「え? どういう事っすか?」


 どんな娘になったら好きになる。それが知れたらカー君の攻略も簡単なのに・・・ままならない。


「実はカー君は一途な人。ボク達も攻めあぐねてる」

「好きな女性がいるからと自分達の告白もはねのけられてます」


「・・・・・・」


 ボク達の言葉に大刀を抱き締めて考え込み始めたナーちゃん。・・・そういえばナーちゃんは『群れ』の事はどう思ってるんだろう。『王』の在り方に忌避感があるならやっぱり嫌なのかな? もしそうならちょっと寂しい。


「ナーちゃんって奥さんが複数って大丈夫な―――


「良いっすね!」


 ―――元気が溢れる笑顔で言い切ったナーちゃん。


「何だか私、それを聞いて更にこうふっ・・・げふんげふん! ・・・燃えてきたっすよ!!」


 ・・・何か言い直した。興奮? あんまり変わってない気がするのに何で言い直したんだろう?


「あ、奥さんが複数っすか? それは大丈夫っす! 私が嫌なのは身内や未成熟な子に手を出すような阿呆ですから! そう、パパのような男が嫌いっす!」


「それなら良かった」

「そうですね。自分達は問題無いですからね」


「あ、スタヤンは8歳超えるまで駄目っすよ。未成熟な子は駄目っす」


 ここでスーちゃんだけ駄目宣言。・・・駄目なの?


「どうしてですか!?」


「どうしてって・・・百花でも8歳より下は駄目ってなってるっす。当然の事っす」


 風にたなびく二つ結いの茶髪を揺らしながら指を立ててスーちゃんに言い含めてくるナーちゃん。その様は妹に言い聞かせる姉のよう。 


「自分はもう成熟してます! 見てくださいっ、この中の誰よりも大きな身体をしてるじゃないですか!」

「そんなの見た目だけっす! 中身は7歳っす! 8歳になるまでえっちな事は駄目っす!」

「半年ぐらい目を瞑ってください! スーだって好きな人と触れ合いたいです!」

「触れ合うの良いっす」

「 ! じゃあっ―――」

「でもえっちな事は駄目っす!」

「良いじゃないですか! じゃあこれも見てください! ヤナギに格好良いと褒められた大人の胸ですよ!」

「いや、そういうのはいいっすから。中身が変わるわけじゃないっす」

「よーしなら決闘です! 勝った方の言い分を通しましょう!」

「どんだけ雷霆さんとえっちしたいんすかスタヤンは」

「さあ来い淫乱娘! 武器なんて捨てて掛かってきなさい!」

「だっ、誰が淫乱ですか!? いったい何の根拠があって言ってんすか!」

「嗅覚ならこの中の誰にも負ける気はしません。貴女は直ぐに加護で消してますが」

「・・・それがどうしたんすか?」

「一瞬あれば十分。先程カイル殿の話題の時、貴女ははつじ―――」

「よっしゃあ!!? その勝負乗ったっすよ!!? 神童か何だか知りませんがギッタンギッタンにしてるっすよ!!?」


 白熱する2人。それを眺めるボクとアーちゃん。


「・・・行こっかアーちゃん」


「あ、ここは流すんやね」


 大丈夫。あれは2人が仲良しになれる証。言葉だけじゃ無く、互いの力をぶつけ合えば見えてくるものもある・・・筈、・・・多分。


「・・・ヤナギ、自分は9歳やからって高みの見物してるやろ」


 ・・・ばれた。


「スーを裏切ったんですかヤナギ!?」


「・・・そんな事は無い」


「こっちを見て言ってください! スー達はいつも一緒の筈では―――」

「おんどりゃああ!! 白黒付くまで終わらんぞこの決闘はあああ!!」

「くうう、その角を装飾品に加工してやります!」


 ・・・おお、激しい拳と蹴りの応酬。見応えがある。


「・・・なんか成長したんはええけど、いらん方にも振り切れたなあんたら」


 アーちゃんが呆れたようにボクを見てくる。


「・・・まあスーちゃんが年頃になるまでにカー君を落とせるかどうかも分からないし」


 カー君はかなりの堅城。攻めも強いのに守りも堅すぎる。


「そんなに堅物かカイルくんは」


「うん。それにえっちな知識も全然無いし」


「あ、あーそうだった。童貞やったね彼。・・・不能ってわけじゃないよね?」


「・・・分からない。男は朝は()()って聞くけどカー君は1日1時間しか寝ないからそもそも寝起きを見た事がない」


「・・・人間やなくて生理的欲求の無い精霊とかに近い感じやね。精霊系男子やったんやねカイルくんは」


「もしくは意中の相手にはドスケベになる可能性も―――」


 ―――色々な事を話しながらボク達は次の場所、西の宮殿に向かって歩を進める。



 ◆◆◆



「最近、この平原のデミヒューマンを狩っているのは貴様だな? 私は魔将『百魔のフル――――ゲブルァァアアアアアアアアアッ!!!」


 ヴァジュラで斬り飛ばし、粉々にする。

 どうやらダークの魔石でも問題無く刃の内に取り込んでくれるようだ。手間が掛からず便利だ。しかし死体は残る。ダークの死体は瘴気が出ると厄介だ、処理しよう。


「壊れろ」


 殴って世界ごと砕く。粉々になった肉体がさらに崩壊して消え去る。それと共に世界が修復されて元の風景を取り戻す。


「これで仕留めたダークが2・・・3? ・・・ダークの魔石が・・・4つあるな。これも置いておくように頼まれてるからな、壊さないようにしないと」


 袋の中を確認して再び草原を駆ける。太陽は地平から昇ってきている。

 作戦開始から今日で4日目、今でゲルダ大平原の4割程は制圧した。この作業の過程でコーラル達と会う事もあるだろう。その時に進捗を聞こうか。しかしどいつも『百魔の』なんたらって言ってるな、その魔将の部下か? ・・・まあその内本人にも会うだろう。


 ヤナギとスターチス、それにアヤメさんは予定通りなら昨日か今日の朝には東の宮殿を攻略した筈だ。そして次は西の宮殿に向かう筈。


 皆もこうしている間も頑張っている。俺も頑張らなければ。



 ◆◆◆



 作戦開始から4日目。日は傾き、夜が迫ってくる。

 作業は順調。これもシルフィー様とコッペリア様の御力があっての事ですね。コッペリア様の私達を抱えての高速の飛行移動は当然ですがシルフィー様の成長が著しいです。


 夕焼けに染まる草原よりなお更に赤く、シルフィー様の髪と瞳は炎のように燐光を発している。

 先日からシルフィー様はこの状態に入っている。おそらく加護の変質と成長が合わさり、地脈と繋がったままになっている。大地に触れていないのにも関わらず。


 私の魔法陣の構築速度が上がったのも含めて、始めの時よりもかなり早く数をこなす事が出来ている。これならヤナギ様とスターチス様とアヤメ様、そして東西南北の百花を纏めているヒガン様とも合流が出来そうです。


『兄様を発見。現在向かっている第435地点への移動を中断して合流しますか?』


「如何しましょうお姉様?」


 2人の言葉の直ぐ後に、私の精霊魔法による探知にも御主人様が現われる。・・・探知範囲が狭くなってますね。魔力の消費で少し疲れているようです。純粋なエルフならここまで疲労はしなかった筈ですが・・・まあその代わりダークエルフは体力があるので似たり寄ったりの結果にはなりそうですね。


「合流しましょう。御主人様の進捗も気になります。・・・もしかしたらダークも片手間で何体か屠っている可能性もあります」


「・・・ありそうです。むしろ何体殺したのか忘れて魔石の数で確認してるかもしれませんお師匠様は」


『流石です兄様は。コッペリアの収集した現在の見地からしても常識に欠けていますね。では合流する為に下降します』


 私達が御主人様に対して好き勝手言いながら、コッペリア様は着陸姿勢に入る。私達の慣れた動きを察知してか最初の時のように随時確認をとる事が無くなっている。・・・学習した、と言うよりも覚えたと表現する方が彼女には正しいでしょうね。今も着陸にあたって私達の体勢を気にしながらも、御自身の身嗜みを気に掛けている所を見れば、彼女も普通の女性です。


 草原にいる御主人様が、私達の方を向いて立ち止まって待っていてくれています。御主人様も御自身以外の進捗を知っておきたいようです。


「・・・報告を兼ねて、御主人様を交えて食事にするのも良いですね」


「シルフィーは姉様に賛成です」


『コッペリアも賛成します。兄様のお世話をする事はコッペリアにとって重要事項です』


 御主人様はおそらく起きている時間の殆どを草原での殲滅に当てている筈。本人は平気でしょうが周りから見れば過酷です。この辺りでゆっくり出来るように誠心誠意お世話をしなければいけませんね。


「そうですね、御主人様は御自愛が足りない方ですし私達で僭越ながら慰労をしましょうか」


『「賛成です」』


 意見の一致をみたので御主人様の下へ辿り着き次第お世話をしましょう。


 おや? 少し後退りしましたね御主人様。これは心を込めてお世話をしなければ。



 ◆◆◆


――

――――

――――――


 作戦開始から6日目の夕方。西の宮殿の中にある『王』の間。

 そこにいるボクの目の前には1人の男がいる。


「・・・やっほー」


「・・・ヤナギか」


 大きな男だ。国を出て行く前から何も変わっていない、ワービースト男性特有の巨躯。それだけならハナズオウと変わらない。でも身に纏う覇気だけは違う。

 老いにより深い皺の刻まれた日に焼けた肌。ボクを睨み付ける。白く染まった髪はそれでも鬣を作ってたなびいて見た目の大きさを更に増している。そこにはボクと同じように虎の模様が浮かんでいる。


 齢50に迫りながらも20年間この玉座に君臨しているワービーストの剣士。その身にはこの国の男性用の女性より生地に余裕のあるゆったりした衣服を着込み、その上から最低限の皮鎧を装着している。

 右腕には盾代わりの重厚い作られた籠手を嵌め、左手にはそこまで大きくはない、刃渡り60cm程の少し幅のある直剣を握っている


 ・・・あの剣は今より遙か過去、守護聖獣ヴァイフー。ヴァーくんが獣の姿を借りて草原を駆けて生きていた頃、ヴァーくんの借りていた肉体が天寿を全うした時に、その聖骸を利用して作られたと言われるワービーストの国宝の一つである剣。

 神剣ほどの性能は無くとも強力なその剣は最強の剣士の腰に佩かせるの通例になっている。


 西の王リンドウ。虎と獅子の血を受け継ぎ、獣剣『檮杌(とうごつ)』を振いしゲルダ大平原最強の剣士。


 ボクを見出し育てていた剣の師匠であり、強さを至上とするワービーストの本質を体現した絶対強者でもある男。

 そんな男が今、どす黒い血に濡れた剣先をボクに向けて立っている。


「抜け」


 強靱な足でダークの死体を踏みつけながらボクにも剣を抜く事を迫る。


「・・・ん」


 腰の後ろに佩いた双剣『白風・金風』を引き抜く。


 窓から夕暮れに染まった茜色が差し込み、王の間の壁に付けられた燭台の獣脂を使った灯りが部屋をぼんやりと照らしてる。


「・・・守護聖獣の2振り。それを持って国を出た罪。それを今ここで償え」


 迸る剣気が火を揺らす。この場の空気さえもそれにより重さを増して押し掛かる。


「断る。リー爺さまはとっとと隠居すると良い」


 ボクにヴァーくんの使い手『破邪凶獣』であれと苛めるように鍛えてきた男。


「愚獣に刑を言い渡す。手足を斬り落とした(のち)、仔を孕み産むだけの雌畜生となって―――」


 その目にはボクを()として見ている色は無い。・・・そもそも自分を含めてこの男は同胞の誰一人も()として見ていない。

 この男が求めているのはただ一つ。


「―――最強の雄を、最強の戦士を産み出せ。脆弱な雌よ」


 至高に至る最強の戦士。それだけである。・・・ああ、本当に・・・本当にこの男は・・・。


「・・・つまらない男」


 全身に風を纏う。刃には鎌鼬が宿り、周囲には16枚の風刃が舞い踊る。


「獣人の覇道の為に、貴様の胎を捧げろ」


 男の全身に黄金の気が漏れ出す。加護『剣士』『切断』『斬撃』『人刃一体』の4つを極め、己が肉体を持って戦う戦士の頂に到達した超越者の1人。



 英雄『魔喰(まじき)虎獅(とらじし)』リンドウが疾走してボクに迫る。



「愚獣に多少の価値はある道を与えようっ」

「抜かせっ、クソ爺がっ!!」


 突き出された直剣を双剣と風刃で迎え打つ。

 しかし弾けない。込められた力も技量も桁が違う。全身を捻り、相手の左側に自身の体を回すようにしながら流して擦れ違う。互いの位置が入れ替わる。


 受け流しただけで両腕に痺れが残る。まともに受ければそれだけで致命的になる。

 視界に入れずとも感じる相手の剣気に反応して背後に向かって跳び上がる。

 直前まで立っていた足下に薙ぎ払いが空気を斬り裂きながら閃く。


 リンドウの頭上を越え、空中からその頭部に向けて双剣の連撃を見舞う。鎌鼬が剣の軌道を追い掛けて、相手を斬り裂く烈風が暴れ狂う。


「疾っ!」


 その全てを振り上げた剣で吹き飛ばされる。勢いに押されてそのままボクの身体は風に吹かれる木の葉のように流れる。床に足が着く前より早くリンドウが接近する。

 地に落ちていくボクに向かって無数の突きが迫る。


 風で落下軌道を逸らす。自身の体が風で持ち上げられて滑空するように再び浮き上がる。

 ボクの下を通過した斬撃の雨はその余波を周囲に伝える。その剣の軌道の先に存在した部屋の壁、数mは離れたそこに斬撃の数と同じだけの風穴が穿たれる。それに罅や亀裂など存在しない。一切の無駄が消えた斬撃痕だけが壁に刻まれた。


 地に着地する。距離が空いたボクとリンドウは再び睨み合う。


 ―――さあ、『王』を決める戦いはここからだ。


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