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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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11.腹の底から

 ◆◆◆



「では私旅立ちの準備するっす! あ、台所は自由に使って良いっすよ!」


 とっても良い気分。


「ありがとう。御飯でも食べて待ってる」

「袋にお肉の残りがありましたね」


「じゃあうちが適当に料理するわ。・・・コーラルみたいなん期待せんといてな」


 ヤナギンは同い年なのに可愛い。スタチンは年下なのに格好良い。ラクーンドッグ氏は素敵な大人。

 ああ、なんて素敵な出会いなのでしょう。これもきっと雷霆のお導きですね。


「家族にも旅立ちの挨拶してくるっす! だからゆっくりしてくださいっす!」


 私室から一足先に出る。

 中庭に向かって歩く。昂揚した気分が自然と歩みを(はず)ませていく。鼻歌でも歌いたくなるぐらい朗らかな気持ち。


「・・・・・・・♪~~♪~」


『・・・絶好調』


 手に持つ巨刃槍の大刀『召雷樹(しょうらいじゅ)』から落ち着いた声が聞こえる。それは直接私の頭の中に響く声。

 東を守る守護聖獣チーロン様が私に話しかけてきてくれた。


 そうなんです。今までの鬱屈した気持ちが嘘のようです


『・・・僥倖ですか?』


 これは運命です


 私が半人前の頃からよく気に掛けてくれたチーロン様。引き籠もっていた私を見放さずに力を貸し続けてくれたチーロン様。大好きです! 私のもう1人の家族です!


『・・・そう』


 あはっ、照れてます。可愛いですチーロン様!


「きゃひっ!?」


 ・・・あっ痛い!? 太股の内側が感電するの地味に痛い! ごめんなさい! からかってごめんなさいチーロン様!


『・・・身体ばっかり育って』


『それは家族がそうですから。・・・私の中にも淫らな血が流れてると自覚させられて憂鬱になりますが』


 胸とかお尻とかって大きくなっても男を誘う以外に使い道が無いと思うんですよ。それがこんなにも育ってしまって・・・。


『・・・ナズナなら大丈夫』


 心が温かくなるような囁き。・・・チ、チーロン様


『乱れても、それは好きな人の前だけになるタイプ』


 ・・・それは励ましですか!? 結局は私がいやらしいのに変わりないですよね!?


『・・・私の柄に擦り寄ってきた子は初めて』


 ひいいいい!! それは忘れてくださいと!!


 違うんです違うんですチーロン様! あれは就寝前ににチーロン様が私に雷霆のお姿を見せるから悪いんですよ!? 気分が昂揚してた時にあれは駄目ですって!?


『・・・雷化を洗浄の為だけに使ったのは初めて』


 いやあああ!! 本当に堪忍してくださいチーロン様!! 沢山謝ったじゃないですか! 綺麗になった後もいっぱい拭いて磨いたじゃないですか!!


『・・・ふふふ』


 あ! 仕返し!? 仕返しですねこれは!? やり口がえげつないですよチーロン様! 私の可愛いからかいに対してチーロン様のからかいはエグいです!


『・・・中庭に着いた』


 くうぅ・・・この恨みはいずれ必ず・・・


 ――――――


 ぶち抜かれた壁を抜けて地に足を着ければ目の前に広がるのは荒れきった中庭。

 整地されていた花壇や道も、植えられていた木も咲き乱れていた花も、全てが戦いの余波で見る影も無くなってしまった。


「・・・本当にダークはクソっすね」


『・・・同意。世界を汚染するしか能の無い劣悪種族』


 しかし私の家に潜んでいるとは気付きませんでした。父の群れへの襲撃だって外から来ていた物とばかり思っていました。


『・・・最近まで引き籠もり』


 あー・・・、そうでした。これまで何もしてこなかった私には気付ける筈も無かったですね。

 でも業腹ですね。今回は皆に譲りましたが次は私とチーロン様の力で滅殺しましょう。慈悲深き偉大なるチーロン様の力を見せ付けるのです!


『・・・これで素なのですから』


 あれ? チーロン様、何でまた照れているんですか?


『・・・・・・』


 え、無視ですか? 何ですかもー。気になるじゃないですかー。


『・・・踏んでる』


 え、わざとですが。


 私の足下には手足に枷を付けられてうつ伏せで転がっている父がいる。全裸で見苦しいのでお尻を踏んづけてます。尻尾の可愛さだけは認めてやらないでも無いですね。


「おはようっすパパ! とても良い朝っすね!」


「・・・何だモヤシ娘。俺はまだ回復中だ」


 寝起きのような気の抜けた声を上げる父。ヤナギンの双剣と風刃の傷は浅くしていたようなので完治しかかっている。でもスタチンの袈裟懸けの傷は深めなので表面だけ塞がっているだけでしょう。


「いやー、実に情けないっすね! 余裕なんか見せずに装備を着込めば良かったんっすよ! 10年間大した相手と戦ってないから勘が鈍るんす!」


 皆は気配を消さずに侵入して来てたんですから、女と直前まで交わっていないで万全の態勢で迎え打てば良かった物の。その結果がこれですよ。


「・・・返す言葉も無えわ」


「あれ? えらく殊勝じゃないっすかパパ。いつもの尊大さは何処に行ったんすか? ついに奥さん達のお腹の中に色々と出し尽くしちゃったんすか?」


「・・・・・・」


 父が黙り込んでいる。むう・・・本当にらしくない。


『・・・ナズナ下品。それじゃ同類と言われても否定できない』


 がっは!? ・・・やってしまいました。これは無かった事にしてください。


『・・・これで何回目でしょうね』


 無かった事になってるので忘れました。


『・・・・・・』


 そんな事は無かった。良いですね? ―――


「―――おいモヤシ娘」


 ・・・ん、黙りは終わりですか? いったいさっきから何を考えていたんでしょう。


「・・・出て行くんだろ」


「――――――」


 ・・・本当にらしくない。

 何ですかその穏やかな声は。普段の家で好き勝手やってる人とは思えませんね。


「それがどうしたっすか?」


 私としてはさよならだけ伝えて消えようと思ってたんですが。


「・・・お前はよく分からん娘だった」


 こっちは周りの事が分かりませんでした。


「才能がある。容姿も優れている。聖獣に愛されている。強くなる努力もしている」


 ・・・・・・。


「それなのに如何して幸せを理解出来ないのかってな」


「・・・なんの幸せですか?」


「女として生まれた幸せだ」


 何を言ってるんでしょう、この下半身で生きているような男は?


「俺に抱かれた女は皆幸せそうだった」


 娘の前で性事情を話すのは止めてもらいたいです。


「ガキの頃から女にそう言われてきた。俺の種をもらえて嬉しい、幸せだってよ」


「・・・・・・」


 私の父ハナズオウ。孕ました女性は数知れず、世に出てる姉妹は100はいるだろう。その全員が思い思いに生きている。自分達自身の女の幸せを求めて。


 ―――その家族の中で兄弟はいない。それだけいても1人もいない。私の抱える違和感の一つ。


「お前みたいな娘は初めてだったよ。全然男に興味を示さねえ変わり者。他のは俺っていう雄を通して他の男に目を向けていくもんなのによ」


「・・・それが気持ち悪いんすよ」


 周りの女の全てが父に向かって雌の顔をする。それは大勢いる母がそうであるし、宮殿に務める戦士もそう。姉妹さえ実の父にそんな目を向けて、気持ち悪いったらありはしない。昨晩だって姉の2人が産みの母と一緒になって父と交わっていた。本当に気持ち悪い。

 百花の蕾にさえも手を出すのを見れば恐怖以上の忌避感さえ湧く。死んで欲しいな、と思った事すら何回あったのか忘れてしまった程。

 乗せていた足を引き剥がすように下ろす。


「・・・俺は如何してもお前の気持ちが分からなかった、そしてついには引き籠もりだ。頭を抱えたぜ。全てを腕っ節で通してきた俺がだ」


 確かに、上位竜であるメタルドラゴンさえ素手で引き裂ける父にとっては力で押し通せなかった事なんて無かっただろう。

 例外があるとすればギルドで最上位に位置するアダマンタイトクラスだけだった。『テンペスト』というチームが腕試しにこの宮殿に来ていた時は三日三晩に渡って戦い続けていた。


「夫が出来れば変わるんじゃないかと思った。正直に言えば10歳は誰かと番(つが)うには遅えと思ったが、その歳に決めた」


「・・・そんな物はパパが勝手に決めた幸せです。私には関係ない」


 今日、私はここを出て行く。そんな父の息が掛かった話しなんて願い下げです。何故なら私は生まれ変わったのですから。


「・・・そっからどれぐらい日が経ったか。・・・ある日、雷霆が空を貫くのが見えた」


「――――――」


 それは私が生まれ変わった日。死んでいた私に灯された命の輝き。それが父の話しと何の関係が―――


「―――俺は俺の息子が欲しかった」


「―――は?」


「ガキの頃から周りにいるのは女ばかり。男がいても親にだけ。他の王だってその世代だ。俺は同世代の同じ種族の男なんて見たこと無え」


「・・・・・・」


 色に溺れるように生きていた父親。ダークの影響があったのかもしれないが、抗うこと無く色の底に沈んでいった。


「カクタスに息子が出来たって話しを昔に聞いた時はさ、わけも分からず苛立ってたな。そんな苛立ちをずっと抱えて生きてきた時に・・・あの光を見た」


 その色の中で沈みながら何を探していた?


「それを見た時に気付いたんだよ。・・・俺が俺自身の息子が欲しかった事に」


 姉妹がたまに連れてきた男と父の関係は悪くなかった。ただ・・・自身と手合わせをして全く歯が立っていない娘の夫達を時折、感情が読めない目で見ていた。

 その時に抱えていた感情は?


「・・・なあ、ナズナ。俺が男の家族が欲しいってのは変な願いか?」


「・・・知りません。あれだけ孕ませて1人も出来ていないのですから諦めては?」


 だから私をバルサムの所に嫁に出す事にしたんですか? ワービーストの息子が欲しかったから? あれが極度の面食いで未だに1人も娶っていない、他の姉妹は拒否された。なら私なら行けると無意識で考えていたと? 

 ・・・気分が悪くなります。


「・・・もう行っても? パパの願いは私には叶えられそうもありませんので」


「・・・・・・」


 無駄に時間を取られました。他の家族にも適当に声を掛けようと思っていましたが、その気も失せてしまいましたね。早く準備を終わらせなければ皆の迷惑になります。


「ではパパ、お元気で。今回を機に夜の営みは控えた方が宜しいかと」


「ナズナ」


 背を向けて立ち去ろうとした私を呼び止める。・・・まだ何か言いたいのか、正直父の話しは聞いた所で私には何の―――



「幸せになれよ」



「――――――」


「・・・俺は好きに生きた。今だって好きに生きてる。だがそれが幸せだったかは分かってねえ」


 父が枷を砕き、私に背を向けて胡座で座る。


「俺は阿呆だから上手く言えねえ。だけどな、辛い過去や苦しい過去があっても、考え過ぎなモヤシ娘みたいに疲れるような生き方でもよ・・・・」


 その背中はやはり大きい。自分とは比較にならない広い背中。・・・恐怖して嫌悪した男の背中。


「今この時に、お前が『幸せだ』って腹の底から言えるなら・・・俺は良いと思ってる」


 その怖かった背中が少しだけ・・・『父親』らしく見えた。


 ―――馬鹿みたいですね。父も、私も。


「・・・言われるまでもないです。何故なら私はこれから幸せになるのですから」


「・・・はっ! 引き籠もりが言いやがる」


 やっぱり父の生き方は受け入れられない。


「それじゃあ―――」


 それでも少しだけ―――


「―――行ってくるっす!! 阿呆のパパ!!」 


「行ってこい。モヤシのナズナ」


 これが私の父親だと、認められた気がする。


 ――――――


 宮殿の中に再び戻る。旅に必要になる物や、挨拶をしたい家族がいる。伸びてる兵士はその内に起きてくるから心配する事も無い。


『・・・ナズナ』


 何ですか、チーロン様。


『・・・貴女は幸せになれます』


 ・・・・・・本当に何ですか皆して。そんなに私が貧弱に見えるのでしょうか。


『・・・4年以上も引き籠もり』


 あーあー聞こえませーん! 生まれ変わった私に引き籠もり歴なんてありませーん!


 ・・・良いのです。私はこれから腹の底から幸せになるのですから。これから出会える素敵な皆と一緒に幸せになるのですから。

 大刀の柄を強く握り直して肩に担ぐ。


『・・・私も応援してます』


「・・・ありがとうチーロン様」


 さっきは昂揚したから力が湧いていた。それで歩みが弾んでた。でも今は少し違う。


「・・・()()も仲直り出来てると良いっすね~!」


『・・・そうね』


 軽くなった心が身体を弾ませながら、私室に残してきた皆の為に少し時間を掛けるように家族のいる部屋へ向かって行く。


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