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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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9.またたく

「・・・やっぱり全裸は弱い。手加減しなかったら死んでる」

「生身で自分とスーの全力を受られるカイル殿が異常なんですよね」


 ヤナギとスターチスは武器を仕舞わずに辺りを見回している。意識を飛ばしている所にうちも感覚を伸ばすが分からない。やはり2人は違う世界に生きている。

 半殺しにされたハナズオウはうちの手によって拘束されて庭園に転がっている。特注の金属枷を手足に嵌めている。正直血濡れで痙攣しているせいで死にかけに見えるが『王』が簡単にくたばるわけが無い。放って置いても問題は無い。


 むしろ死んで欲しい気もするがこんなのでも死ぬと悲しむ者がいるし、それにうちには倒すことが出来ん相手だった。だからこの阿呆の処分は2人とコーラルの意向に従うのみ。


 むしろこの後の方が厄介だと言える。


「そろそろ出てきたら?」

「どれだけいるか数えてやろうか?」


 ヤナギとスターチスが再び戦闘態勢に入る。宮殿を視界に収めてからここまで派手に動いているのである。相手も隠れていられる状況では無くなった、それを理解したのだろう。


『・・・まさか完全に見破られているとは』


 庭園に存在する『影』、そこから声が聞こえる。

 それは木の影であるし建物の影でもある。辺りに存在する影全てから声が反響するように届いてくる。

 喋っているのは1人に思う。しかしそれは大勢が合せて同じ言葉を喋っているように聞こえてくる。


「ちょっと気分悪いから早く出てこい」

「68・・・1体以外は子か?」


 隠れ潜んでいる相手の言葉など心底どうでもいいらしく、2人は身体に力を溜め始める。先程のハナズオウへの怒りが尾を引いているように見える。戦意以上に鬼気をを感じる。


『・・・生意気なケダモノ共だ。享楽に陥る愚かな種族の分際で』


 多数の影から這いずり出てくる怪物の群れ。全身が影で出来ているシャドウと似ているが、しかしその姿はシャドウよりも人型からかけ離れている。

 細い角のように突き出た目。短い足に長く偏平な腕。それはまるでナメクジと人間を掛け合わせたような悍ましい姿。それが庭園の中央にいるうちらを包囲するように這い出てくる。


 この宮殿に潜んでいたダークが姿を現わした。


『―――全く。お前らのせいで事が台無しだ』


 姿を現わしてからもナメクジはこの庭園にいる全ての、同じ姿をした影から同時に声を発する。それが酷く耳障りだ。


『少し前から()()も姿を消している。先にお前らの物から回収して探しに行かなくては』


 コーラルとシルフィーちゃんの報告ではこいつは『増殖』を得意とするダーク。

 影に潜み、数を増やし、それを使役して牙を剥く。増やした影はさらにそこから増殖を可能とする。それがシャドウとなってこの王庭に解き放たれていた。

 そしてこいつの面倒な能力は他にもある。


「・・・臭い」

「あの時を思い出します」


 影で出来ているように見える身体から、あいつは自身と同色の粘液を滴らせる。それは普通の物体ではない。

 庭園に草花に触れたそれは、じわりと染み込み消えていく。そうなれば臭いも痕跡も何も残らなくなったが影響は出ている。


「そこら辺からこいつの臭いがする」

「殺しましょう、そうしましょう」


 話しには聞いていたし、2人も感覚で見抜いている。奴がこの庭園、そして東の宮に撒き散らしているのは無臭の『毒』だ。


『愚かな生き物は愚かに振る舞っていれば良い。そうは思わんか?』


 角の先端、眼球であるらしいそれが赤く輝く。軟体生物じみた身体は声に合わせて震えるように脈動する。


「・・・それでこんな毒をこそこそ隠れながら撒いてたわけか」


 こいつが撒いていた毒、それは別に死に至るような物では無い。現にこの宮では体調の不良で医者に掛かっている者などは他の宮と比べても変わりはない。こいつが身体から分泌する毒はそんな直接的な物では無い。


 その効果は心に影響を及ぼす。理性を薄め、欲望を肥大させる精神汚染の毒。

 それがこの場所でこいつが何年も前から撒き続けていた毒。


『その通りだ。ワレにとってここは愉快な場所であった。標的を手中に収める為の余興としては随分愉しませてもらった』


「へえ~、そうかい・・・」


 愚か愚かと言いながらそれを見物して楽しむ。いったいどっちが愚かなのか―――・・・決まってる。


「・・・お前が一番頭がイカレとるわっ!!」


 会話しながらも(にじ)り寄って来ていた影の一体を殴り飛ばす。派手に吹き飛び近くにいた別の影にぶつかり纏めて倒れる。

 しかし手応えが無い。こいつも一筋縄ではいかない相手だ。それでもやってやる。


「・・・元々あの発情野郎が阿呆なだけだったんかもしれん」


 そこらで転がっている獅子頭、あいつの相手を慮る事の無い所業を思い出す。閨にいた百花の娘。まだ巣立っていない未熟な子、それにあの阿呆は手を出していた。弁解の余地無く粛正の対象。

 ―――しかしあれは愚かでも阿呆でも『王』であった。少なくともあそこにいた()は喜んで相手を受け入れ、愉しんでいたと()()()で分かる。強い男の子を産むのは自分達にとっては喜ばしい事であるからだ。


 うちらを攻撃しようと迫る大勢の影。その偏平な腕、その内側には大量の牙のように並んだ棘がある。それを振り上げて削り殺しに来る。


 ―――だけど許せん。百花に定められている決まりには意味がある。それを破るという事はそれだけ危険が生まれる事に他ならない。・・・そしてその危険に見舞われるのはいつだって、分別を知る前の、責任さえ1人で抱えきれないあの子達になる。・・・楽しんでいようが辛かろうが危険は等しくやってくる。


 ―――ヒガン。地に堕ちた蕾。もう後の為に花を咲かせられない蕾―――


「それでもなあ!!」


 盾で防ぐ。阿呆の攻撃の影響で歪みが出ている盾が更に削られて役目を果たせなくなっていく。それでも突き飛ばし、次から次へと襲いかかる影を受け止めては弾き返していく。


 ―――そんな愚かな振る舞いを加速させている存在がいる。たとえこいつが居なくても、起こっていた事であったとしても、ワービーストという種が招いた宿業の現れだとしても。


「うちらはお前らのオモチャやないぞゴラアアアアアア!!」


 両盾を前方に構えて突進! 正面から来る影を轢き飛ばしながら駆け回る!


 ―――苦しんだ人がいた。泣いてうちに縋り付いた人がいた。・・・故に最初から目の前の愚劣を見過ごす理由は無い。


『・・・雑魚だと思っていたが。王と戦っていた時はまだ本気を見せていなかったか』


 加護『(まれ)なる獣』。自身の姿を微妙に変化させる力。それは別に自身を強化したり敵に直接的な影響を与える物ではない。出来て毛の長さや尻尾の大きさ、輪郭などの大きさを多少上下させる事が出来る程度の力。


 しかしそれは全力の戦いにおいては敵の目を欺く。


『・・・何だ? 攻めにくい・・・』


 戦闘の動作以外でも変質し続けるうちの身体に敵の目は反応してしまう。自然と注意がうちに集中する。それは敵の感覚が鋭いほど、一瞬の判断が命取りになる戦闘に成る程―――化かされる。


 目の前の一体を盾で挟み潰す! 影の頭が砕けてまるで墨汁のような体液をブチ撒ける。


『・・・だが無意味』


「くっ!」


 しかしその力も圧倒的な差があれば気休めにしかならない。徐々に防戦一方になる。盾以外の防具や自分自身の傷が増えていく。


『所詮それは弱者の児戯。お前のようなケダモノ1匹が足掻いた所でワレの群体は揺るぎない』


 轢き飛ばした影が立ち上がる。頭を潰していた影も立ち上がり、再び頭を生やす。これは一部のデミヒューマンがそうであるように核である魔石を破壊、ないしは抉り出さねば効果が薄い敵!


 これでは奴が言うように1人だけ足掻いた所で先は無い。・・・1人なら。


『・・・1匹?』


 ―――ほうら、()かされた。


 辺りに分散していた奴はうちとの戦いで集まってきている。そんな密集している場所に剣閃が奔る。

 次々に斬り裂かれ形を失う影の大群。それはうちがいる中心から外れた、敵の外側から発生している。


『!? 馬鹿な!? 何故ワレは奴らから意識をっ!?』


 風の刃が吹き荒れる。穿ち抜き取られた魔石が宙を舞う。


「流石やね! うちも負けられんわ!」


 動揺が表れる影の集団を殴り飛ばしていく。うちが仕留める必要はない。うちの役目は敵の意識を引いて隙を作る。そこをヤナギとスターチスに突いてもらう事にある。


 目の前に居てても意識から消える2人にうちの化かし。それは相手に2人が消えた瞬間すら欺き意識から外させる認識の落とし穴。


 ここまでは順調。群体は数を減らしていく。だがここで終わらないのは皆分かってる。


『―――五月蠅いネズミ共め。ケダモノ以下に堕ちろ』


 影が弾ける。庭園にいる全ての異形の影が水のように飛び散る。

 阿呆が倒れている場所まで駆け寄り降りかかるそれを盾で防ぐ。周囲一帯に粘液の爆弾と化した奴の飛沫がばらまかれる。


「・・・ああ、クソっ!」


 頭が揺れる感覚。無臭であるその毒は確実にうちの身体を犯していく。丹田に火が点いた気がする熱さが込み上げる。今も転がっている阿呆のアレに意識が向かいそうになる。


 享楽を強いるダークの毒。それが今までの比では無い程に濃く、大量に撒かれた


『ワレは【邪淫のカツユ】。さあワレの力で愉快に踊れ』


 再び物陰から這いずり出てくる怪物。しかし今度は1体。

 それは先程までの影よりなお深く濃い色を持ち、体格も二回りは大きい。しかし少なくとも異形であっても人間じみた形だった他の影とは違い、そいつは完全にナメクジの姿形で這いずっている。そしてその身体の至る所から、あの影の頭を生やしている。

 つまりあの影の群体はこいつにとっての武器だったわけか。


「キモイ体液ぶっかけおって化け物が」


 熱で茹だってくる頭を振って体勢を立て直す。うちもしんどいが毒の影響はこの庭園だけで終わっていない。

 宮殿の内部、その中にいる大勢の人がこの毒で理性を飛ばされている。これはワービーストの鋭い感覚が徒となっている。・・・ここからは見えない壁の向こうや部屋の中で戦士が()に変わっていく。


 うちぐらい成熟していればこの情動に折り合いは付けられる、慣れているから。・・・しかし若い娘から腹の奥から来る熱さに耐えきれず、近くにいる他の娘と絡み合って情動を発散し合っている。


『どうだ。少し理性を剥がせばこの有様。実に愚かで愉快だと思わんか?』


「この変態ナメクジがっ!」


 報告には聞いていたがここまで疼いてくる毒とは・・・想定以上。しかし覚悟はしていた、だから動ける。服が濡れて気持ち悪くなるのを無視して歩き出す―――


『見ろ。さっきまで威勢の良かったケダモノは今は身動きすら取れなくなっている。実に滑稽』


 ―――相変わらず反響する声を聞いて、そこに目を向ける。


「・・・ヤナギ!? スターチス!?」


「・・・ハァ、ハァ・・・ハァ」

「・・・グウ・・・ウゥウウ」


 そこには頭を押さえて片膝を着く2人の姿。

 呼吸は荒い。吐き出す息は体温の上昇に伴ってか、目に見えて白い息となっている。服や防具の間から見える肌、そして顔はから火照るように紅潮している。


 今回の戦いで奴と当たるのは分かっていた。その能力も。それに対して2人は「大丈夫」と言っていた。

 毒の影響が出ている? 駄目だったのか?


『・・・念には念を、もっと深い享楽へと堕としてやる。・・・これを使えば身を潜める事は出来なくなるが、致し方あるまい』


 奴の触角の下側、そこが横に裂けるように開く。その奥からは細い無数の触手が覗いている。

 その中で一際太く長い触手が伸びて体外に出てくる。その先に乗っているのは漆黒の宝珠。それは確かにコーラルから伝え聞いていた外観と同じ、ダークに力を与える危険な物。


「!? させるか!!」


『テンタクル様より預かりし【邪黒血カーリー】によってワレは更なる高みへと―――


 しかしそれは発動しなかった。


『―――ギィイ!?』


 宝珠が触手ごと消える。根元近くから自身の一部を奪われたあいつは苦痛の声を上げる。


「ハアアーー・・・やっぱり知ってる、この臭い」


 手に持った宝珠を自身の道具袋に入れているヤナギ。


「あの薬と同じだ。嫌な事を思い出す。(ろく)な記憶じゃない」


 大太刀で斬り落とした触手を花壇に磔にするスターチス。


 先より離れた位置に居るヤナギとスターチス。2人に弱った様子は一切無い。むしろ発する殺気の重さと鋭さが増している。そのあまりの鋭さに空気さえ斬り裂いてしまいそうな程。


『馬鹿な! 何故利かぬ! これは【王】にさえ通じたワレの力! 邪神様より授かりし真実を曝け出させる至高の御力なのだぞ!!』


 思い通りに事が進まず狼狽えるダーク。しかしそれに近い状態にうちもなっている。


「あんたら! ほんまに平気なんか!」


 さっきはあれだけ苦しんで見えていたのに、今は若干肌が好調している以外に異変は無い。うちよりも元気に見える。


「平気? ・・・全然平気じゃ無い」

「最悪の気分です。殺しましょう」


 ヤナギとスターチスの瞳が殺気に濡れてぎらぎらと輝いている。空気の重苦しさがまるで実際に質量があるかの如く2人を中心に発せられる。


 怒り。


 怒りが2人からそれ以外の感情、他の情動を駆逐している。その様子から気付く。スターチスだけならまだしも、『風』を持ち毒を防ぐ事が出来るヤナギが毒を吸い込んでいた理由。


「あんたら()()()吸い込んだんか!?」


 自分とスターチスに纏わせていた風を消し、無防備なって毒を受け入れた。耐えれる自信があった? 違う。()()するためだ。2人はただ、この毒と記憶にある()()()()()が同じなのか確かめる、その為だけにわざと毒を吸い込んだ。


「こいつ・・・黒だ。あの薬の素」

「こんな物を盛られていたとは・・・吐き気がする」


 そして確証を持てたからこそ、再び牙と爪を振るった。


『ふっ、巫山戯おってえええええええ!!』


 奴は身体から影を撃ち出す。それは先程までの軟体では無く、硬質化した状態でヤナギとスターチス目掛けて撃ち出させる。


 それを苦も無く避ける2人。そうして避けながら2人は相手と距離を詰めていく。手に握る刃を輝かせながら。


「・・・中位・・・かな?」

「前のよりは強いですね」


 そして間合いに入った。


 大太刀が振るわれ、奴の肉体が口を開けるように裂ける。双剣が駆け、軌道に沿って大量の裂傷が生まれる。身体を震わせた奴から2人は距離を取る。


『ゴオオオ!? 小癪なああああ!!』


 生やした大量の頭部を斧のように変形させて伸ばし、縦横無尽に振るう。美しかった庭園が見る影も無く切り刻まれていく。・・・それでも2人には当たらない、止まらない。


 迫る斧のことごとくを斬り落とし2人は奴に再び近付く。今度は大太刀による深く大きい切断が3つ刻まれて傷を晒す。舞い上がる32枚の風刃が計4つの傷口に叩き込まれて暴れ狂う。


『ギイッ、ガアアアアアアアアア!!?』


 重傷を負い、さらに抉られる激痛に叫びを上げる。

 残酷。しかしそれは痛めつけるのでは無い。それだけしなければ相手に届かないからこその集中攻撃。そしてその攻撃は一方的に続いていく。


「・・・死ねっ・・・死ねっ・・・死ねっ!」

「消えろ・・・消えろ・・・消えろ!」


 あれだけ大きかった巨体が2人によって斬り裂き削られ、一回り小さくなっている。その斬撃の暴風は留まること知らず、激しさを増して襲いかかる。


『・・・ガッ・・・ギィ・・・グゲェ・・・』


 皮の厚い野菜でも削るかのように表面から斬り削いでいく。


『・・・ア・・・カァ・・・ァァ・・・―――』


 相手が物言わぬ物体になるまでその嵐は止まらなかった。


 ――――――


「・・・終わり」

「魔石も回収しました」


「・・・ははは。お疲れさん2人とも。凄かったで」


 完封。終わってみれば終始圧倒した戦い。それをしたヤナギとスターチスは先程より少し落ち着いた様子でうちの所へ戻ってきた。その背後の庭園には、息絶えるまで肉を削られた物体が横たわっている。

 流石にダークとの戦いで体力を消耗したのか疲れているように見える。うちも駄目になった盾と手甲を外して片付ける。ボロボロの自分、無傷の2人。


 倒したのは凄い。立派である。・・・しかしそれでも言いたい事がある。


「・・・なあ、ヤナギ。スターチス」


「どうしたのアーちゃん?」

「何か気になる事でも?」


 2人はうちが言いたい事がまるで分かっていないように見える。それに少し苛立つ。


「なんで無防備に毒を受けた? なんであんな危険なまねをしたん?」


 敵の毒をわざと受けるなんて自殺行為もいいところである。奴が死んだからこそ宮殿に蔓延していた毒が消えたのだが、倒せていなければ大変だった。一歩間違えていれば敵のオモチャになっていたかもしれない。


「・・・どうしても出所が知りたかった」

「あの忌まわしい記憶。その時に使われた薬。それの出所を」


 ・・・想像通り。確かにあれの感じに覚えはある。何年か前からこの王庭で出回っている()()。あれを使われた時と同じ感じがした。しかしだからといって許せる物では無い。


「―――2人のアホっ! それで毒を受ける奴があるか!」 


 うちの怒鳴りに身を竦ませる2人。


「ええか? あんたらがしたそれは無意味や! 自分らの強さをひけらかした上で存在する驕りや!」


 でなければ最初から本気で殺せば良かったのだ。それだけの力があるのは『王』を降した時やダークに対する惨状で見せた。


「ちっ、ちがう」「スー達は―――」


「違うなら他にもっと方法があったやろ! 何を敵の前で余裕ぶっこく必要があるねん!」


「あう」「ひ」


 何が2人を感情的にさせていたのか()()()()()。過去に起きたあれがどれだけ怖くて辛くて苦しい思いをしたのかも想像は出来る。そんな目に逢わんように行動してたのに、紙一重で助けられたとはいえ、心に傷を負わせてしまった事には今でも負い目がある。

 しかしそれでも、その傷を抉ってでも言わなければいけない。


「あんたらのそれは敵だけじゃなくて味方も馬鹿にしてる行動やぞ! ようそんな情けない事してカイルくんに言い寄れるな!? 大変な目に遭っても後で慰めてくれるとでも思ってたか!」


「 ! ば、ばかにしないで」「大丈夫だと確信してたから―――」


「少なくとも!・・・・・・うちは2人に裏切られた気分になったで」


「――――――」


 辛かった過去も知ってる。

 2人が大事なものの為に頑張ってたんも知ってる。

 強くなる為に努力を重ねたのも見れば分かる。

 あの男の子が好きなのも知ってる。

 こんなうちにありがとうと言ってくれたのも本心だって知ってる―――


「・・・なあ。だからそんな事せんといてよ」


 ―――だからこそヤナギとスターチスが良い娘であると知っているから。


「ヤナギ。スターチス。・・・あんたらの事を大事に思ってる人に心配掛ける事はせんといてよ」


 いつかのヒガンみたいに、知らない場所で傷付く事だけは・・・何もかも手遅れになった後で壊れてしまうのだけは―――


「―――アーちゃん泣いてるの?」


「え?」


「・・・スー達の、所為ですか?」


 ヤナギの伸ばした手が右の頬に触れる。左腕の袖にスターチスが両手で握ってくる。そこから2人の体温が伝わってくる。


 2人の顔は何故かうちを心配するような顔になっている。・・・昂っていた感情が下がるにつれて頬を伝う熱さがある事に気付く。


「え、あ・・・ちゃっ、ちゃうよ! これは今と関係ない奴や!」


 空いてる腕の袖で目元を慌てて拭う。その時に2人の手が離れていく。・・・何故か余計に心細くなる。


「・・・あー・・・あかんな。この歳になったら涙腺緩むんよ。うちの言いたかった事はそれだけ。あんまりカイルくんに甘えるんも考えなあかんで?」


 気分が落ち着かない。胸の奥がざわつく。

 昂ぶりは無くなったのに・・・。それを誤魔化すように、この話しを切り上げてしまった。


「ほら次はあれを見つけなあかんのやろ? うちも探すから」


「・・・うん」

「そうですね・・・」


 2人も深く聞いてこない。うちに気を使ったのか―――


「見てたもんね」

「居てますね」


「―――え? ()()()?」


 それはつまり―――



「いやー凄いっす! 驚きっす! 感動っす!」


 庭園に明るい声が響く。

 それは少女の声。まだ大人に成りきっていない、ヤナギやスターチスに通じる声。

 声の聞こえる方へ目を向ける。そこはこの庭園を見下ろせる宮殿の屋根の上。


「まさか『王』もあの噂に聞く魔人も倒すなんて!」


 朝日を背にして力強く立つ少女。背格好から考えるにヤナギと同年代か少し下に見える。

 160程の背丈に快活さが溢れる可愛らしい顔。明るい茶色の長髪を頭部の左右で結んだ2つ結い(ツーテール)にしている。そしてその頭には2本の立派な鹿の角と横に伸びた耳が生えている。


「これがよく耳にした『破邪凶獣』ヤナギ・エム・アーニングと『永久繚乱』スターチス・ストックの力なんっすね!」


 自分達と同じ衣装、型はヤナギと一緒だが、手には肘まである長い黒手袋と脚には膝まである長い黒靴下を着ている。服には鮮やかな青で描かれた竜が踊っている。それ以外は緑で染色されている。


「そして百花で教師もしていたラクーンドッグ氏も! これは滾ってきたっす!」


 そして何より目を引くのはその手に持った()

 全長は約2m、その内その大きな刃は60cmに及ぶ。片刃のそれは幅広く、峰は牙のような引っかかりが付けられている。それは大刀(だいとう)と呼ばれる槍。剣に柄を取り付けたかのような巨刃槍である。・・・そしてそれはただの武器では無い。


「私はナズナ・ナノハナ! そこで倒れている『王』の()っす!」


 神剣の1つ。この宮殿で管理されし東の守護聖獣『チーロン』が宿る柛槍。


「そして『雷ニ成ル者』持って生まれ『栄緑鱗竜』を司る戦士にして『王』に成る者っす!」


 探し出そうと画策していた神剣を持つ少女が向こうから姿を現わした。

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