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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
48/60

8.ワービーストの王

※ 性的な表現があります。苦手な方はご注意を。

 


 ◆◆◆



『ヒイラギ様。捕らえた脱走者の件ですが』


「・・・捨て置け」


『はっ』


 扉の向こうにいた戦士が離れていく。


「・・・宜しいの、ですか?・・・最近・・・ぁ・・・増えていますよ?」


「・・・構わん。出て行きたいならそうさせろ」


「やぁ・・・んぁ・・・ぁあっ」


 天蓋付きの(しとね)でこの女を腕の中に抱くのは何度目か。いつからか。・・・()()()がいなくなってからか。

 自身の鍛えられた肉体で女を抱き竦める。


 薄暗い(ねや)で浮かび上がる艶やかな白い肌の、優美で婀娜(あだ)な女が俺の胡座の上で跳ね、背にしなやかな腕を回す。それで俺達の間に隙間が無くなり胸が触れ合う。汗に濡れた肌が熱さを伝える。

 俺のような男の胸板とは全く違う柔らかで肌に吸い付く大きな2つの実りが、2人の動きに合せて身体の間でつぶれるように形を変えて心地よい温もりが肌を撫でる。

 女の背と臀部に手を回して抱き締める。滑らかな背筋に左手を這わせながら、右手で臀部に触れれば胸にも劣ることはない張りと弾力、沈み込むような柔らかさを返す。


「あぁぁ・・・ん、何か・・・ひぅ・・・気になる事でも?」


 腹の奥に届く熱に耐えかねてか俺の首筋に顔を埋めてくる。そこへ女の肌よりも熱い物が這う。それは舌。長く肉厚な舌で首を舐めてくる女の長い金髪と狐の耳が生えた頭を、背に触れていた手で抱えて離れられないようにする。


「・・・気になっているのは・・・っお前だろう?」


 俺に絡みつく熱さと締める強さが上がる。触れる粘膜が肌を震わせる。それに対抗するように動きを速くすれば寝台が音を立てて反動を伝え、女に与える熱と深さが増す。


「・・・っ! はあ、ああっ・・・だめぇ!・・・もうっ」


 自身も限界が近い、触れ合う胸から鼓動が響く、重なるそれがどちらの心臓か境界が曖昧になる。動きが更に激しさを増し、丹田にある熱が煮え滾る。その熱は自身をかけ上がり、白い肌を紅潮させた女の奥で受け止められる。


「やっ、ああっ・・・ふぁああああああっ!」


「ぐぅうう!」


 果てる瞬間、脳裏に掠める女性の微笑み。

 目の前にいる肌を合わせている女ではない。それはかつて失ってしまった過去の幻影。

 もう戻らない泡沫の―――


 ――――――



「・・・如何して、妻を取らないのですか?」


 寝台に背を預け、その上に枝垂れ掛かるヒガンが細く長い指で俺の右手を取って自身の頬に当てさせる。切れ長の金の瞳が俺を捉え、紅を差さずとも赤い唇が開く。先程まで肌に触れていた舌が蠢き、熱く濡れた声で囁く。


(わらわ)にばかり構っていては子が出来ませんよ?」


 目が細まり、頬に触れさせた手の指を今度は唇で挟むように咥えて舌で(ねぶ)る。俺の指を()()()()かのように舐め、吸い付き口の中で転がす。

 これはただの(たわむれ)れ。俺もヒガンも理解しながらこの関係を続けている。

 互いに30を越えた身。子を作るならもっと若くなければ難しい歳である。それ以前にヒガンはそれを望めない身だ。・・・だからこそ俺はこの女しか閨に呼んでいないのだが。


「・・・悪いが俺は(たかぶ)らんのでな。俺の世継ぎは期待するな」


 弄ばれる手を取り返し、ヒガンの白い額に唇を触れさせる。


「ん・・・そんな事を言って。いったい妾で何度お果てになったのです」


 女に触れる時にそんな物の数は勘定していない。ヒガンの金の髪に指を通して掬い上げる。艶やかな絹の如し髪が手の上で零れて流れ落ちる。


「・・・疲れたのだ俺は」


「・・・・・・」


 いつもそうだ。俺が20年もこんな『王』などと言う詰まらない役職に就いているのは単に俺より強い者が現われていないだけ。最初にあった向こう見ずな情熱も、自らを省みない振る舞いも、その全てが8年も前に崩れて腐ってしまった。

 今この宮に居るのはただの不抜けた男1人だ。


「・・・ヒイラギ様が居てくださらなければ、妾は困りますよ?」


「・・・俺がいる事でどれだけ意味があるのか」


 もう『王』は終わりだ。栄光も賞賛も、その全ては形骸。腐ろうとも地にさえ還らないような無様な(ごみ)だ。俺はその1つでしかない。


「・・・ふっ!」


 ヒガンが跳ね起きる。

 俺の首を片手で掴み握る。それは細い手指ではあるが、歴戦の戦士でもあるヒガンの強さを示すように、圧力を感じさせる拘束。

 精霊かと思わせる、歳を感じさせない美しい裸身が目前に映し出される。そしてヒイラギの背後に広がる4本の尻尾。産まれながらに異形を抱えた者の証明。その者の瞳が薄暗い闇の中でも妖しく輝きながら俺を射貫く。


「逃げるのは(ゆる)さんぞヒイラギっ。今の王庭にある責任の一端は貴様にもあるのだぞ。力尽きるまで足掻けっ」


 さっきまで熱く交わっていた女が自分の命に爪を立てようとしているのに可笑しさが込み上げる。喉に手を掛けられてはいるが絞められているわけではない。

 これはヒガンの意思表示、自分は命尽きるまで抗い続けると誓った事の宣言。獣人最強の一角である存在に牙を晒して死地に立つと伝えている。


「でなければ! ・・・でなければ、・・・どうやって、あやつの前に行けば良いのだ」


 しかしその鋭さも力も萎んでいき、その瞳に宿る怒りも内側に沈んでいく。

 喉に掛けられていた指が外れ、胸板に滑るように置かれる。そしてまた俺の上に枝垂れ掛かる。


「・・・ヒガン」


 目の前の女も見たのだろう、俺と同じ幻影を。記憶の中で微笑みを浮かべていた彼女は3人でいる事が多かった。

 とても仲の良かった3人だった。・・・しかし欠けてしまった。

 俺とヒガンは喪失感を抱えた者同士で肌を重ね合っていた。ただそれだけの事。


 ヒガンは俺の胸に顔を埋めている。表情は読めず、生体反応から感情を拾おうにもそれに関してはヒガンの方が一枚も二枚も上手。全てを欺き隠される。それがヒガンが産まれ持った力を長年、百花の宮で生き抜いて研ぎ澄ませてきた女の武器である。


「・・・・ふ・・・ぅぅ・・・」


 泣いているのか? 王庭に蔓延する閉塞感に耐えかねて。・・・いや、違う。これは―――


「・・・ふふふ、ふふっ・・・ふぁああっはっはっはははははははははは!!」


「・・・何だ?」


 上体を起き上がらせて片手を頭に当てて高らかに笑うヒガン。それは更に仰け反るようになっていく。その笑い声は心の底から愉快だとでも言うかのように響き渡る声だった。


「はははははっ・・・! はぁーー・・・・ふふっ」


 両手で腹を抱くように押さえる。左右から腕に挟まれた柔らかな2つの肉が目の前で強調されるように晒される。完全に裸身を見せる事に抵抗が無い。まあそれは俺もこいつに対しては変わらんが。


「・・・なあヒイラギ。妾との仲じゃ、面白い事を教えてやろう」


 白い指を1本伸ばして俺の顎を持ち上げるように首辺りから撫でる。俺とヒガンの視線が向かい合う。

 女の目に鋭さも悲壮さも無い。ただそこには、玩具を与えられた童女のように輝かせた瞳があるだけだった。


「『雷霆』が風と刃を運んでくるぞ」


 ―――雷霆。それはコロニスで最も高き山に迸り、黄金の空を貫き昇った閃光の名。力の在る者は全て予兆を感じてそれを目撃する事になった光。


「刃はこの箱庭に繋がった鎖を断ち切りに来るぞ。風は澱み濁った今を吹き飛ばしに来るぞ」


 ―――風と刃。1年前に大きな事件が起こった。その時にこの箱庭に風穴を穿ち、外へと飛び出した2人の少女。


「そして雷霆は過去から続く全てを壊しに来るぞ」


 ヒガンが俺の頬に両手を添え、触れ合う直前まで顔を寄せてくる。それは男女が口付けを交わすかのような距離。そんな位置でヒガンは俺に向けて蕩けるような笑みを見せる。


「・・・さあヒイラギ、清算の時は来た。・・・覚悟を決めよ」


 そう言ってヒガンは赤い唇から舌を割り出して俺の口の端に這わせる。滑りを持ったそれは女の心に燃える物を現わすかのように熱い。


「貴様の牙と爪を振るう時が来たぞ」


 ―――王庭が変わろうとしている。



 ◆◆◆



 ワービーストの伝統的な衣装である、詰め襟袖なし動きやすさに重点を置いた切れ込みの入った服に身を包んだうち達。うちとスターチスは少し型の違う袖在りでその下にズボンを履いているが、ヤナギは原型の袖なしでズボンを履かずに足の動きやすさを優先させている。その上に普段使っている防具や装備を当てている。


「ここが東の宮殿」

「外観はどの方角の宮も変わりませんね」


「あんたら喧嘩上等過ぎひん?」


 1日と半日前に長城を越えて、そこから更に1日。そして一晩経って体力を回復させたうちらは今東の宮殿の目前に来ている。日はまだ昇らない時間であり、辺りは薄暗い帳に覆われている。

 宮殿は大きい。その木造の城を囲むように城壁を築かれて、正門以外からの侵入者を拒むように偉容を見せている。

 はっきり言えばワービーストにとってこんな壁など軽く超えられる。しかしそれをしないのは単純に、この宮殿を支配する『王』の存在に寄る物であろう。

 その他を圧倒する力を振るわれれば木っ端なワービーストなど軽くねじ伏せられる。

 まさに『王』自身がこの壁に()()を持たせていると言っていい代物―――


「―――やったんやけどなあ」


 近かったから。という理由で北側の壁を大きく切り抜いて通り道を作ったスターチス、そして瓦礫を吹き飛ばしたヤナギ。

 そして足下に目を向ければ転がる50は越える大勢の戦士。死んではいない、その全てが2人とうちの手によって昏倒、もしくは行動不能にしている。


 完全なる殴り込みである。


 どうやって『王』の所まで辿り着くとか細かい事なんて一切考えていない。

 とりあえず暴れてれば向こうから来るじゃん? 的な発想の下でうちらは行動する事になっている。


「んー・・・。寂しい? ぴりぴりしてる?」

「やはりデミヒューマンの被害で引き籠もってるのでしょうか?」


 涼しい顔で死屍累々な道を歩きながら宮殿へと向かうヤナギとスターチス。息の1つも乱してはいない。2人で40は伸したとは思えない様子。


「・・・頼もしいっちゃ頼もしいんやけど」


 うちが考えてた攻め方と違う。

 もっとこう、潜り込むとかね? 潜みながら『王』に近付いて一騎打ちに持ち込むかと思ってたんやけどなあ・・・。2人の気配消しはもう常人が気付ける物ではない。それを活用するのかと思えば正面からのかちこみ。


「しかし情けない。もうちょっと根性見せて欲しい」

「ダークが色々した影響が残っているのでしょうか」


「それはあるかもね」


 影から襲ってくる人型を左の盾で殴り止める。漆黒の影が人の形をとったデミヒューマン『シャドウ』が衝撃で身を竦ませる。

 加護の『堅固』により硬化した全身と装備が唸りを上げる。

 振り上げた右の盾に取り付けた下部の牙状のスパイクを振り落としてシャドウの顔面にぶち当てる。肉を貫き骨を砕き割る感触を盾を伝って感じながら骸になったそれを蹴り飛ばす。


 今の王庭の中で蔓延っているのがこのデミヒューマンである。


 ここに入ってから30は始末している。いったい何を如何してここまでの数が『王』の膝元で潜めたのか。影に身を隠し、他者の外見を再現できるこの怪物は厄介ではあるが熟練の戦士の敵ではない。


「・・・真面な娘は出て行ってんのかもなー」


 先を歩くヤナギとスターチスに追いつくように歩を進めていけば、宮殿の正面以外に設けられた扉の1つに辿り着く。そしてスターチスが大太刀を扉の隙間に走らせる。

 鍵も蝶番も関係なく切断したスターチス。そしてその扉を蹴り飛ばして中に侵入していくヤナギ。


「ごめんください」

「お邪魔します」


「それは壊す前の言葉やな」


 言っても壊してよくなるわけでは無いが。

 ・・・しかしまあ。入ると良く分かる。これは随分とお楽しみのようやね。


「あっち」

「行きましょう」


「・・・まあ気を使ってやる義理も無いな」


 『堅固』を全力で発動して進む。今なら眼球に矢を受けても弾ける程の防御力になっている。たとえ不意打ちを貰おうと倒れない『不沈の盾(アイアス)』と呼ばれたこの身。それで火を灯していない廊下を3人で歩いて行く。


「・・・次はあっち」

「・・・そうですね」


「・・・・・・」


 進めば進むほど3人の空気が張り詰めていく。うちより感覚が圧倒的に広い2人はきっと城壁を前にした時から気付いていたのだろう。それをうちも今、感じ取りながら目的に到着する。


 宮殿の中で一番大きな扉があるのは王の間。そしてうちらは2番目に大きな扉の前にいる。


「ふんっ!」


 それを殴り壊す。砕けた扉が室内へ散らばる。


「・・・へえ~、威勢が良いのが来やがったな」


 中には5人は並んで眠れそうな天蓋付きの寝具が置いてある広い部屋。『王』の閨である。

 寝台には四方の1つを担う、王の中で一番年若い男が座ってこちらに視線を向けている。外で騒ぎになっていた時点で気付いていただろうにここで待っていた。余裕の表れ。


 身の丈はワービーストの男の平均はある2m半はある巨躯。ヒューマンの腰程の太さがある腕に、それより更に太い脚。発達した筋肉に全身を覆われた肉体は座っていても相手に威圧感を与える。170は無いうちから見れば余計にでかく見える。

 朱色の(たてがみ)と猫系の耳を持ち、伸びた尾の先端は長い毛で覆われている。


 獅子の獣人『ハナズオウ』がうちらに戦意に満ちた視線を向けている。10歳で東の宮の『王』になったハナズオウはこの10年間で他の『王』同様無敗。それだけの実力がある本物の強者である。

 歳が20である事を考えればまだまだ成長期であると考えられる。


「1人は年増、だがそっちの2人は良いなあ。・・・そそるぜ」


 猛々しいという形容が似合うその顔に今は好色そうな物を浮かべている。それが最強の一角である威厳を霞ませる。


 寝台にはいるのはハナズオウだけ。しかし寝台の外には3人の女と2人の娘が離れた所で転がされている。その全員が服を身に付けずに横たわっている。疲労や肉体の酷使の影響で目を覚ます様子は無い。

 その誰もが濃い男の()()()をさせている。2回や3回では利かない回数をこなしたのだろう。強ければ強いほど絶倫になるのは自然な事である。それに若い男なら欲求に身を任せるのは普通の事である。・・・相手が相応であれば。


 3人の女性は10歳は超えている、問題は無い。しかし2人は違う。

 若い、若すぎる。百花の教育期間の途中であると分かる年齢の子。


 硬い物が擦れ軋む音が頭の中で反響する。・・・食いしばった歯が立てる音が響かせた音。


「ちょいと食い足りなかったんだ。侵入者だろうが年増がいようが気にしねえ()()()()()。ここで股開いて俺を受け入れろ」


 踏み込み、にやけた(つら)に拳で固定した盾を叩き込む。


 激しい衝突音を立てて寝台が揺れる。圧力に耐えかねた木の足が砕けて寝台が折れる。


「―――ちいっ!」


「意外と悪くねえなお前も。そのだせえ化粧落とせば中々じゃねえか」


 片手で受け止められている。当然その身にダメージは無い。

 押し返される。それに逆らわず後ろに跳んで下がる。それを見届けてからハナズオウは見せ付けるように立ち上がる。戦闘態勢に入った奴の肉体は蒸気を上げるかの如く熱を持つ。その内にどれだけの『暴力』を備えているのかうちの目には量れない。


「力もあるし決まりだ。お前も俺の種で孕め。強え男の子供だ嬉しいだろ?」


「死にさらせぇえええっ!!」


 立ち上がった奴に一撃一撃に持てる限りの重さを乗せて叩き込む!

 しかし奴の加護『暴力』と『獅子昂揚』によって極限まで高められた肉体はその全てを防ぎきる。理解はしていたがこうまで通用しないのは無力感が顔を出しそうになる。


「いいなあ! おいおい! もっと昂らせろよ!!」


「喧しいっ!! このクソったれがぁああ!!」


 向こうは反撃をしてこない。しかし徐々にうちの身体が後ろに下がっていく。それは奴がこっちへ歩き始めたから。ただ歩いているだけの奴に押され始める。そして遂に奴は大きな手を鉤爪のように広げて構える。


「オラアア! 『爪破』ァ!」


 2つの加護によって全身凶器となった奴が繰り出す獅子の爪が襲い来る!


「っ!! ぐううっ!!」


 両手にある盾で防ぐも衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。背後にある出入り口を越えて廊下の壁に衝突! そのまま壁を砕いて隣の通路に飛び出る!


「―――っううおおおお!!」


 何とか地に足を着けて姿勢を制御する。後ろに持って行かれる身体を持ち上げて支える。2つめの壁も砕き抜いた所で止まる事に成功。

 ―――そしてその場から逃げ出す。


「『槌脚』!!」


 一瞬前にいた場所に渾身の踏み降ろしを繰り出してきたハナズオウが現われ床を踏み砕く! その威力は足下だけに留まらずに周囲に広がり近くの壁さえ崩壊させる!


「仮にも自分ちで滅茶苦茶しおって!!」


「10年も住んでたら俺のもんだ!」


 ―――こりゃ、勝てんな。


 怒りもある。気力も体力もまだまだ十分に残っている。だが長く戦いに身を置いてきたからこそ感じている。・・・むしろ宮殿に足を踏み入れた時から理解している。うちにこいつを倒す手段が無いと。


 だからこそ頼まれた役割は完全にこなす!


 側の壁を蹴りでぶち抜き()へ飛び出す。視界に広がるのは昇ってきた朝日に照らされた中庭。


「来いや万年発情期が!!」


「良い度胸だ! じゃあ俺の発情を受け止めきってみやがれ!」


 ここが決めていた場所。うちが引き付けて誘い込んだこいつとの決戦場!

 追い掛けてきたハナズオウがうちが空けた穴から飛び出してくる。そして中庭の中央、花壇のある付近までうちは駆ける。追い掛けてくる奴は当然そこを通る。


 ―――そして奴は気付く事無くそこへ辿り着く。


「があっ!?」


 ハナズオウの身体の正面に傷が刻まれる。それは大太刀によって袈裟懸けに斬り裂かれた傷跡。

 強化を貫いて刻まれた決して浅くない傷。それを負ったハナズオウは膝を着く。


「―――自分の事を忘れて貰っては困るなハナズオウ」


 何の情も相手に持っていない冷たい瞳で『王』を見下ろすスターチス。


「っ!? ぎぃいいあああああ!!」


 そして更に奴の全身に切り傷が刻まれ絶叫を上げる。それは双剣と大量に準備した風刃による無数の斬撃による傷跡。


「―――カー君の方が全然()()()


 興味の無くなった玩具。それを見るように色の無い目で『王』であった物を見るヤナギ。


「―――かっ」


 花に包まれ地に伏せるハナズオウ。その巨躯は痙攣だけ残して動かなくなる。


 四方の東、最強の一角は本領を発揮する間もなく敗北した。

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