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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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6.知らなかったことを知った日

 食事が終わり俺達はアヤメさんが使っている家屋に案内された。ワービーストが使っている家屋は外観が大きなテントといった様子で中は狭いのかと思っていたが、入ってみると以外に広く感じる。

 上には動物や植物の油脂で火を点ける照明が吊されており、下には板を張って布を敷いている。中に置いてある家具類は骨や皮を加工した物を多く感じる。


 アヤメさんから皆に四角い敷物が渡され、それを下にして腰を据える。中央にはストーブが置いてあり上蓋を開けてそこに燃料の木材を放り込み、手に持った魔石を燃料にした点火器具を使って着火する。燃え移ったのを確認して蓋を閉めたその上に水が張られた深鍋が置かれる。


 そうしてストーブを中心に俺達は輪になって座る。入り口近くに俺、正面にアヤメさん。左にヤナギにシルフィーにコーラル。右にはスターチスにコッペリアが座っている。俺の両隣がヤナギとスターチスになっている。


「ちょっと前にコーラルからここに来るって連絡がきてね」


 手荷物から乾燥させた葉や樹皮を取り出して砕いて鍋に入れていく。温まった水に葉や樹皮から赤茶色が染み出していく。お茶のようだ。


「ちょい前から今回の事で話しはしてたし、うちも友人とこっちで色々と準備してたんよ」


 煮出されたそれが家の中に甘い香りと鼻に抜ける刺激のある匂いを放つ。それを茶漉しで茶葉を受けながら大きめの茶壺に注いでいく。


「・・・ようやくや」


 口角を上げて笑みを見せる。堅さと鋭さを感じる笑み。

 別の壺を取り出して茶壺の中に白い液体を注いでいく。表で飼っていたシーパァの乳だろう。それと精白した砂糖を加える。


「ようやくあの阿呆に目に物を見させられるわけや」


「お待たせしたようで申し訳ありませんでした」


「頭下げんでいいよ、そもそもうちの力不足が原因やしこっちは力を借りる立場。文句なんて最初から無いよ」


 コーラルを制しながら湯飲みを人数分取り出して乳茶を注いでいく。


「なあコーラル。今回の『秘策』・・・本間に可能なんか? 正直眉唾なんよ、ワービーストは種族誕生からこの性質を抱えてきたんやで」


 アヤメさんが煎れてくれた乳茶を彼女の隣にいたコッペリアが皆に配るのを手伝う。巨大腕型外装『踊り子の手(ボレロ)』を出そうとした。中が狭くなるので止めた。


「そうですね。ワービーストの今の生活や価値観も、その性質を根に抱えているからこそ起きる問題ですから」


 全員に乳茶が回る。コーラルは湯飲みを持ち、俺に視線を向ける。それを見て俺がまず口を付ける。温かさでお茶と香辛料の香りが抜けるように広がり、乳と砂糖で角が取れた苦みと渋みが深みをもって舌の上を転がる。俺が口を付けたのを見て皆も乳茶を飲み始める。

 アヤメさんも口を付けて静かに息を吐く。


「秘策・・・『ワービーストの性質の改変』。うちにはとんでもな作戦にしか思えん」


 ここに来る前に、コーラルはもう『偽装をする意味が無くなった』と言った。


「ええそうでしょう。・・・しかし、私の種族は望む望まないは別として『作り変えられた種族』です」


 魔王を中心としたダークの動きは加速度的に早くなると予想した。ならこちらも、ただ戦うだけという選択肢を取るだけでは不足だと判断した。


「アヤメ様の側に居る黒原種(わたし)という『種族』が実例です。今回の事もそれを踏襲して考えました。デミヒューマンの異常発生を利用してワービースも作り変えてしまおうと。それと平行して愚かな『王』への折檻を予定しています」


 非常識には非常識。


「さあアヤメ様。御主人様と共に世界を変えましょう」


 人を縛り付ける世界なんて壊してしまえ。


 ――――――アヤメさんから乾いた笑いが出る。


「・・・本気か。・・・ヤナギとスターチス、それにコーラルも。外でとんでもない男を引っ掛けてきたんやな」


 湯飲みを置く。


「あんたらは大丈夫なんか? 正直あそこにはもう戻りたくないと思ってた」


 アヤメさんの言葉はヤナギとスターチスに投げ掛けられた物。

 食事の時に聞いた数年前の王庭と2人の様子、2人が前に俺に話していた『王』や『男』への愚痴と故郷を出奔した事実を思い出す。

 その2年から3年の間に決定的な事があったんだろう・・・逃げ出すような事が。ここに来てから2人の態度に固さが見える。


「百花の宮におった時もうちは2人になんて出来んかった。もっと何とか出来た筈やのに。力になってやれた筈やのに」


 ヤナギとスターチスの気配がぶれ始める。俺の隣で座っている2人の姿と気配が二重になったように感じる。


「あの()()があって、うちはもう宮は完全に駄目やと思った。だから2人が王庭から消えた時は良かったと考えとったよ。あんなけったいな場所に居てる理由なんて無いからな」


 そして俺の隣の気配は1つずつになる。


「見てるしか出来んかったうちは2人には覚えられてない、むしろ嫌われてると思ってたんよ」


 増えていた気配はアヤメさんの背後に回っている。


「それなのに久しぶり会ったあんたらときたら―――

「どーん」「失礼します」

 ―――え? ぬわぁあ!?」


 俺の隣にあった気配の残像が消える。少し前から出来るようになったと言っていた気配の増加。普段2人が消える技とまったく毛色の違う技。それは熟練のワービーストの戦士であるアヤメさんの感覚も擦り抜けた。突撃するように背後から抱きつく2人


「うっおおお!? あぶっ、ちょっ! 前! ストーブ!!」

「大丈夫。それぐらい熱いだけ」

「鍛えられてるアヤメ姐さんなら火傷もしません」


「そういう問題ちゃうやろ!? てかさっきまで正面におったよな!?」

「分身改め写し身の術」

「ニンジャです」


 何とか俺に決定的な一撃を加えるために編み出した技。生半可な魔法の幻術さえ見抜くワービーストの背後さえ容易く取る絶技。


「ヤナギにスターチスも! 今はうちが大事な話しを―――」


「知ったの。外に出て」

「助けてくれていた人がいたと」


「―――」



 ◆◆◆



 抱き付いたヤナギがアヤメ姐さんに囁く。それは普段の意識した振る舞いの奔放さからは想像できないだろう落ち着いた声。


「気付いたのです。『朱の花』でアヤメ姐さんがスーとヤナギの為に身を切っていた事を」


 共に抱き付くスーもアヤメ姐さんに伝える。自身が抱えていた物を。

 2人で抱き付いて上体を前に屈めたアヤメ姐さんの表情は窺えない。


「・・・そんな事は―――」

「ボクがいなかった時に()()()を止めてくれたのはアーちゃん」

「スーが無事なのもこの国から逃げ出せたのもアヤメ姐さんのお陰」


 ヤナギとスーは気配の扱いに長けた者。他の追随を許さないほどの才能があると宮の中で自覚した。スー達の感じ取る世界を共有できるのはスー達だけ。2人ぼっちの世界。


「全然気付けてなかった。感じていたのに」

「聞こえていたのに理解できていなかった」


「戦うことばかり教えられていたボクに笑顔を教えてくれたのはスーちゃん」

「1人で泣いていたスーに喜びと自由を教えてくれたのはヤナギ」


 それだけの世界。それだけで良かった世界。


「そんなある時にあの事が起こった。・・・今思い出しても腹立たしい」

「それが契機でスー達はこの国を出て行く事を決めました」


 そんな世界が終わった。薬を盛られ、あの男に組み伏せられて全てを失ってしまいそうになった悍ましい記憶。しかしあの男を訪ねてきた人物によって紙一重で助かった事件。

 這うように中庭まで逃げ出したスーに駆け付けてくれたヤナギ。抱き締めてくれた彼女に縋り付いた記憶。


「そして外の国を知った。ボク達が外でも特別だって知った」

「他者の優しさは全てスー達にとって都合が良い物と考えてました」


 スー達に向けられる優しさは全て、男が女に向ける下心や強さへの羨望からくる物だと考えていた。自分達の感覚で拾える物を全て理解した気になっていた。


「本当に相手を想えるのはお互いだけって考えてた」

「そして強さを求めるようになりました。スー達の世界を守るために」


 しかしスー達の感覚は決して人の心に触れられる物ではない。そんな事にも気付いていなかった。


「そんな時にカー君に会った」

「そして壊されました。頑なだった世界を」


 壊れた2人の世界。知ってしまった抗えない恐怖と絶望。目の前で大事な人が奪われる自身の無力。


「カー君と会ったからボク達は他の人の優しさを感じれるようになった」

「今まで出会った人の中にも、決して打算だけじゃなくスー達を気に掛けくれていた人がいたと気付きました」


 そんな壊れた世界の向こうで彼はスー達に、他者が与えてくれる無償の想いがある事を感じさせてくれた。


「外に出たボク達の目標は今いる王を全て倒して自分達が『偉大なる王』になる事だった」

「そしてカイル殿と一緒になってから、他にもやりたい事が出来たのです」


 そんな時に過去の事を思い出した。あの百花の宮で陰ながらスーとヤナギを助けてくれていた人がいた事を。2人だけ時間を守ってくれていた人がいた。あの事件の時にあの男の気を引いてくれた人がいた。


「優しくしてくれた人に素直になろうって」

「スー達に出来る事で『ありがとう』を伝えようって」


 側に居て、抱き締めてくれる人がいるのが嬉しかった、だからヤナギとスーもそうしてる。


「でもそアーちゃんにも本当にそうしても良いのか分からなくなった」

「ここに着くまでそれをずっと考えていました」


 そうしてこの集落にいるアヤメ姐さんに出会った。


「でも実際に会ったら身体は勝手に動いた」

「言葉は上手く伝えられませんでしたが」


 スー達に触れられる度にアヤメ姐さんは少し震えてる。今も震えてる。


「・・・その結果がこの抱っこか?」


 言葉も震えてる気がする。それなのにスー達は自身は固さが無くなっていく。


「うんお礼。・・・えい、ふわーふわー」

「改めて見たらすごくこの尻尾に触りたくなりました」


 大きな尻尾、ふわふわで温かい。それを通してこの人の心に触れた気がする。


「・・・なんやそれ。・・・意味分からん」


 そうしてヤナギと一緒になって引っ付いていたらやりたい事が見えました。それはとても簡単な答えでした。


「簡単。アーちゃんも一緒にやろう」

「スー達はカイル殿と変えに来たのです」


 優しいアヤメ姐さんに、スー達の為に傷付いたアヤメ姐さん()にも幸せになってもらいたい。


「折れない牙を作ってきた」

「鋭い爪を携えてきました」


 スー達の想いが伝わりますようにとアヤメ姐さんに抱き付く。



「「こんな国、全部壊して皆で幸せになろう」」



 あの場所で戦っていたのはスー達だけじゃない、他にも戦っていた人がいた。だから皆でやろう。その想いを胸に抱いて帰ってきた。


 ――――――


「―――気付いとったんか。うちらの事」


 アヤメ姐さんが大きな溜息をついた。抱えていた物を吐き出すように。


「だったらしょうも無い奴って分かってるやろうに」


 腕を伸ばして背後で抱き付いているスーとヤナギを引き離す、そのあと直ぐに肩を組むように抱き寄せられる。


「あんたらの為に動いてたのに、いつの間にか逆になってしまったね」


 そのままスーとヤナギは頭をしっちゃかめっちゃかに撫でられる。それが不思議と気持ちいい。


「・・・じゃああんたらの牙と爪、うちらに貸してくれるか? この国にあるけったいな『檻』を破壊するために」


「今ならとんでも男子のカー君も付いてくる」

「破壊には定評があります」


 するべき事が簡単なのは良い。純粋に力をぶつけられる。



 ◆◆◆



「答えは出た。朝になったら俺は先に始めるぞコーラル」


 細かい事情は分からない。それでも彼女達の中で通じる物があった。なら今はそれでいい。

 俺の仕事を始めよう。

 影が立ち昇りコーラルの身に掛かった偽装を解除していく。


「そうですね。私達も中央で暴れなければいけません―――ここからは私も『全力』で動きます」


 影の中で蠱惑的に輝くダークエルフの真の姿を晒すコーラル。


「地脈の流れはもう掴んでいます。既にゲルダ大平原に刻みつける『印』の目途が立ちました」


 平原に入ってから常に自身の力を大地に伸ばし続けていたシルフィー


『必要な魔石量は算出しました。そして現在最も錬金魔法に秀でている【虹のグリムノーツ】が考案し十位階魔法の立体多重式と連鎖接続式にも問題はありません。ドクター・コッペリウスが大陸創造時に行使した消失位階魔法【黄金錬成・理想郷顕現エルドラド・タブレッド】を改変した陣を印を起点に構成します』


 作戦に必要な魔法をシルフィーとコーラルの協力の下で構成するコッペリア。


「夢で色々言われた。『守護聖獣』が宿る神剣を全部集める」

「残った3振りも所持者を薙ぎ倒して奪取します」


 ヤナギとスターチスが決断していた目的。その為の手段。


「・・・俺はゲルダ大平原を制圧し次第、皆と合流する」


 異常発生したデミヒューマンの殲滅と魔石の収集、そして原因の破壊。その後皆に合流して総仕上げだ。


「アヤメさん、あなたの力も借ります。皆で目的を達しましょう」


「・・・想像以上の大事や、あいつも驚くやろうな~」


 俺達の準備が万端なのを見て苦笑しているアヤメさんが、ヤナギとスターチスを抱いていた手を離して俺に手を差し出してくる。


「宜しゅうな『破壊者(アダマス)』。それか『雷霆』か?」


 彼女の手を握り返す。・・・雷霆?


「俺の事ですか雷霆って? それはいったい?」


 何でも無いような顔でそう呼ばれたが全く聞き覚えは無い。


「え? コーラルから聞いたし、あの日もここからよう見えたで()()


 そう言ってアヤメさんが家屋の中である方角を指差す。それは俺達が来た方向、つまりコロニスの天山がある方へ指を指していた。

 コーラルが口元に手を当てて小さく笑っている。


「ふふふ。・・・日が出ていればここらでも跡がくっきり見えますからね。昇った瞬間は尚更よく見えたと思いますよ」


「そんなにか?」


 走っていた自分自身は、周りにどう見えていたか意識していなかった。ただ俺が走った跡は途中からかなりの規模で残っていた。

 地面が直系10m近く半円形状に抉れて融解、まるで硝子や金属のような光沢を放っているのが麓から山頂まで道のように刻まれていた。

 地表に下りて見れば派手に残っていたのを覚えている。上の方は振った雪で直ぐに見えなくなったが、それでも高いところは離れた場所でも跡があるのが分かったのか。


「昇る前からな、肌がぞわぞわする予兆があってな。それで山見たら光が空へ向かってどーーんってな。うちだけじゃなくて感の良い奴は皆見てると思うで」


「・・・・・・」


「そんで閃光が上がった直後に、その閃光の後を追いかけるみたいに光の輪がいっぱい弾けるみたいに広がってな。それと魔法使いが雷系の使った時の放電現象みたいなんも閃光の周りで出まくってたで」


 そんなのが放れた場所からも見えていたと。


「そんで空にあった『黄金雲』に突っ込んだ瞬間も、その雲全体に一瞬だけ雷光が奔ってな。だから王庭におる知り合いが『雷霆』て呼称してたで」


 ・・・これは想像以上に遠くまで見えてそうだ。


「あれがカイルくんって言うんやから心強い事この上ないな。うちらが始めた事で悪いんやけどカイルくんの事も頼らせて貰うわ」


「・・・ああ。任せてくれ」


 とりあえず見えていた距離は気にしないようにする。今さらどうにも出来ないし、見られた所でこれからも派手に動くから


「皆で雷光みたいにこの国の問題を解決しようか」


 さあここでも俺達のやるべき事をしよう。

 状況が切迫するなら砕いて進む。後が無いなら潰して進む。この草原に生きる多くの人を苦しめる物なんて全て俺達で破壊してしまおう。

 日が昇れば行動開始だ。



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