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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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4.集落での一時

「・・・改めて。うちはアヤメ・ラクーンドッグ。よろしくなカイルくん」


「こちらこそ、仲間が御迷惑を」


「現在進行形でな」


「もっふもっふ」

「ふかふかです」


 周囲では集落に住む女性達がオークの処理をしている。使える肉や皮、それに骨や魔石を解体して回収していく。それにシルフィーやコッペリアが手を貸すという形になっている。


 俺はアヤメさんと、彼女の尻尾を触りたい放題にしているヤナギとスターチスを正面に簡易の椅子に腰掛けている。アヤメさんも装備を外して魔法具の袋に片付け同様の物に腰掛けている。


「アヤメさんは2人とはどういった関係で?」


 あまりヤナギとスターチスからは仲が良い人がいたという話しは聞かない。どういった関係だったのか気になる。


「んん? いやどういったと・・・っ聞かれても・・・っ、うちも戸惑ってる所がっ・・・あるんやけど」


 アヤメさんがヤナギとスターチスを尻尾から引き剥がすために顔を押して遠ざけようとしても、2人は頑なとして離さない。


「これあんたらの尻尾ちゃうで!?」


「触れ合いの補充」

「お世話になってましたからね」

「お礼」


「これがうちにとって何の礼になると!?」


「こっち来い2人とも。話しにならない」


 言うか早いか俺の後ろに回って抱きつこうとする2人。それより早く背後に回って肩を掴んで2人を地面に座らせる。


「カー君いけず」

「寂しいです」


 ・・・・・・気のせいか2人がいつもより積極的な気がする。やはりゲルダ大平原に来てから様子がおかしいな。とりあえず肩を抑えたまま話しを続けよう。


「・・・それで戸惑いとは?」


「手慣れてるなぁ。・・・ああそうだね、そこから言おうか」


 散々2人に好きなようにされていた尻尾をはたいて姿勢を正す。


「ヤナギとスターチス。2人と顔を突き合わせて話したのって実はそんなに多くないんだ。3・4回ぐらいかね?」


 4回ほど。正直少ないと思う。それで姉貴分、そして2人の懐きようの理由が分からない。それだけ気が合ったのか。


「あたしの事は正直嫌われてたと思ってたんだけどね」


「・・・嫌われてた?」


 夕暮れの陰以外でアヤメさんの表情が暗くなったように見える。彼女の目は俺から草地に座らされていヤナギとスターチスに向く。


「ヤナギとスターチスはこのカイルくんに何処まで話したん?」


「・・・」「・・・」


 押し黙る。言いたくないのか、他に理由があるのか。返事をしない2人に思う事があったのかアヤメさんは頭を掻く。


「ん~・・・。そうだね、あたしは2人の・・・スターチスの教育役の1人だったんだよ。そして教育役はあたし以外にも何人かいたから顔を合せた回数は少なかった。そんな薄い関係だったよ」


「教育役・・・、ヤナギとは?」


 教育の内容は話したくはない、というように顔を背けられる。内容は聞けるなら後で聞くとして、先にヤナギの話しを聞こうか。


「ヤナギは『守護聖獣』の1つを担う事が決まっていた子なんだよ。加護が判明した時点でね」


「守護聖獣?」


「この国にある5つの神剣、それに宿る精霊様を纏めて守護聖獣って呼んでんのさ。カイルくんはヤナギが風の加護を持ってんのは知ってるね?」


「ああ。『風ニ成ル物』だったか」


「あれを見て不思議に思ったりしなかったかい? あの風を生み出して自在に操る加護に」


 不思議? よく分からない。戦闘やそれ以外でも役に立つ加護としか考えていなかった。


「ワービーストは魔力なんて無いのに、『魔法』を使ってるみたいだと・・・思わなかったのかい?」


「・・・加護はそういう物では?」


 俺が壊してしまった『強化』も、スターチスが使う『切断』も。俺からすれば魔法のような力を発揮してくれる物としか思えない。

 少し呆れた顔でアヤメさんに見られた。


「あんた・・・自身と自身が触れた物以外に影響を及ぼす加護は一部を除いて魔力が必要になるって知らなかったのかい?」


 ・・・つまり俺やスターチスの加護は魔力を使っていない物。コーラルやシルフィーの瞳は触れていない離れた対象、見ただけでは知り得ない情報を見通せている、これは魔力を使っているのだろう。じゃあ肉体から放出していたメアリーの『聖炎』はどうなのか?


「知り合いに聖なる炎を身体から出せる人がいるんですがそれは?」


「それは魔力をその炎に直接変換してるのさ。普通の魔法みたいに詠唱や魔方陣を必要としない加護なんだね、それはかなり強力な加護だったんじゃないか? 普通と違う加護ってのは得てして強力なもんだよ」


「それは勿論、強かったです」


 上位の魔人と拮抗する力があるのだから『聖炎』は強力な加護だった。


「そうだろうね。戦闘系の『殴打』とか『斬撃』。技術系の『木工』や『裁縫』なんてありふれた加護なんかと比べたら天と地ほども違うだろうね。・・・そしてね、この国にもいるんだよ、身体から火を出せるのが」


 それも特殊という事なのか。メアリーやヤナギと同じように・・・ん?


「今の話しを聞くにその火を出す人もヤナギの風を出す加護も魔力が必要だと思うんですが」


 しかしワービーストは魔法を使えない。正しくは魔力を殆ど持たない種族だ。魔法適正無しのヒューマンの幼子でも使える一位階の魔法さえ使えない魔力量なのだ。俺自身が魔力なんて持たない子供だったのでそれがどういう事なのかよく分かる。

 ヤナギの風は規模の小さな物でも、()()()相当の能力がある。『魔法使い』として認められるのが()()()の熟達、もしくは()()()の習得と考えればヤナギの加護の能力は破格である。


()()()()んだよ。ワービーストの中から現われる何かに『成ル者』って加護には、魔力なんてね」


「そうだったのか?」


 左にいるヤナギに尋ねれば顔を上げて俺の顔を見る。違和感。

 何かヤナギから・・・いや、スターチスからも張り詰めた気配を感じる。確かそれは『火』の話題が出た時からか?


「うん、魔力いらない。そもそもボクに魔力はないよ」


「そうか、便利な加護だな。・・・じゃあ待てよ、魔力じゃなければ何を消費して発動を?」


 魔力を使っていないと聞いて余計に分からなくなる。あれだけの事をしていてなんの消費や消耗をしないなんて考えられない。


「・・・さっき言った戦闘系の加護なんかは体力、人によっちゃ『気力』なんて呼ぶ奴がいるね。それが消耗するって感じだね。うちも『堅固』って加護があるんだけど、やっぱり使いすぎれば立ってられなくなる。それでも使おうとしたら気を失うのは魔力と一緒だね」


 そう言ってアヤメさんは取り出した盾を素手で叩く。まるで金属同士がぶつかるような硬質な音が鳴る。彼女の拳が加護によって硬化した証だろう。実例を見せてくれた彼女は盾を再び袋の中に仕舞い込む。


「でもヤナギが持ってるそれは違う。それは魔力も気力も消費なんてしない。『選ばれし者』の加護なのさ」


 ヤナギが選ばれし者。・・・だが、・・・今のヤナギの背中は小さく見える。とてもではないが選ばれた事が素晴らしい事には聞こえない。


「・・・『凶獣』と関係が?」


 気になったのはアヤメさんが言っていた2人の呼称。『凶獣』と『百花』

 彼女は()()()()であるコーラルとの会話でその名を出した。それをあえて出す事で誰かに分からせようとしたのか? 誰に? この国で使われている呼称なら、やはり分かるのはこの国の人になる。なら伝えたのは集落の人にという事か? 

 それに、もう1つ考えられるのは俺が聞いた事で、俺からこの話題を振らせたかったのか。


「・・・この国の大人なら多分みんな知ってるさ。・・・話すけど良いね?」


 アヤメさんはそう言ってヤナギとスターチスに尋ねる。2人はそれに対しての否は無い。それを確認して彼女は2人の頭を優しく撫でる。


「それじゃあ話すよ。百花の事にも触れるから他種族のカイルくんには少し下種(げす)い話しになるから覚悟しててくれないか?」


「下種い? 覚悟?」


 どうして急にそんな事を?


「だってヤナギとスターチスから男のにおいしないし、カイルくんは女のにおいがしない。それってあんた童貞って事だろ? そんな男前なのに不思議だねえ。別に男色って訳でもなさそうだし」


「・・・童貞。・・・男色?」


 また童貞。それは男女関係の事だとは流石に前回で察したが、男色って何だ?


「大丈夫です御主人様。その2つを知らなくても問題はありません」


 エメラからハーネスを外して楽にしたコーラルが俺達の所に来た。シルフィーとコッペリアも向こうが一段落したのかこっちへ歩いて来ている。

 しかし問題無いってなんだ、俺が知ると拙いのか?


「大丈夫なのかいコーラル? 初心(うぶ)な子にはちょっと刺激が強いんじゃないのかい?」


「大丈夫です。御主人様は一途で強い人なので問題はありません」


「じゃあ話すけどさ。・・・しかし一途ね~。コーラルを始めにヤナギとスターチス、それにあっちの女の子と・・・あれって生き物か? ま、まあいいや。とにかくこんだけイイ女に囲まれてるのに反応もしないのかい? 前に会った時よりもそんなに濃いにおい出してるのに相手をしてくれないのかい?」


「アヤメ様、本題に入りましょう。そうしましょう」


 アヤメさんはコーラルとは知り合いだと聞いている。それは2人の気安そうな空気からも察せる。

 しかしコーラルが少し焦っているように見える。なんだ? 濃い匂い? コーラルからは料理に使う調味料や花のような匂いしかしないが。・・・いや花のよう匂いは皆もそうか?


「・・・カー君いやらしい。でもカー君がそうしたいなら」

「さ、流石に体臭を嗅がれるのは照れますよヤナギ」


「え、待ってくれ誤解だ」


 匂いに集中してしまったのは確かだが、・・・あんな話題を出されたら意識してしまうだろ。


「あ、あの御主人様。今日はまだ身体を洗っていないので・・・その」


 そんな恥ずかしそうな気まずそうな空気を出されても、どうしたら良いのか分からないぞコーラル。童貞じゃ無くなれば何か分かるのか? 童貞は男女関係の事だからクレアとの関係が決着するまで何とも言えないが。


「本当に待ってくれ。俺はそんな皆の匂いをいつも嗅いでなんていないし、たまに届く皆の匂いだって花みたいな良い匂いだから・・・・・・」


 ・・・・・・。

 言わなくてもいい事まで言ってしまった。


「・・・・・・」


 待ってくれ、皆見てる。こっちに着いたシルフィーとコッペリアも俺を見ている。


「・・・あ、アヤメさん。続きを御願いしても?」


「お、おう」


 とりあえず話しを本筋に戻そう。皆の視線は無視する。


『兄様は皆様の体臭が好き。コッペリアは学習しました。皆様の体臭を平均化した香りを調合しまっ―――


 コッペリアが女性陣に取り押さえられる。皆いつになく必死である。


「・・・先に晩飯にしよっか? うちの借り家があるからさ、食べ終わったらそこでゆっくり話そう」


「はい。本当に色々とすいません」


 大事な話しの前にはいつもこんな感じになっている気がする。



 ◆◆◆



「やっぱりコーラルに手伝ってもらうと料理が捗るね。大助かりだよ」


「いえ、こちらも広い場所で眠らせてもらえるのです。これぐらいの事は」


 集落の中央で少し遅めの夕食が始まる。住民も招いたのでかなりの大所帯だ。

 食材はさっき大量に仕留めたオークを使う事になった。不意に手に入った肉なので豪勢にやるらしい。これは襲撃の時に家屋の中で怖がっていた子供達の気持ちを明るくさせる為でもあるようだ。

 戦闘種族と言っても幼子はやはり守るべき存在というのは変わらない。椅子に腰掛けながらそう思っていたら困った事になった。


「おとこー」「傷いっぱーい」「パパになりに来たの?」「身体かちかち」「お兄ちゃん戦えるの? 強い感じしない」「ねえねえ! 外は男が沢山いるってほんと!?」「王様とちがう」「みみへんなの~、毛が無いよ?」「ほしにく」


 (たか)られている。見た目5から10歳、つまり実際は2歳から5歳程の子供に集られている。膝に乗られ、肩に乗られ、頭の上にもいる。腕を引っ張られるのは序の口で、頬は抓るように掴まれるし耳も摘ままれている。上の服を脱がそうとしてくるし、何か干し肉を俺の口元に押し付けてくる子もいる。

 そんなに男が珍しいのか子供達の恰好の遊び相手にされている。大人達はそんな俺達を遠巻きに見ている。やはり襲撃はヤナギとスターチスが倒したし、普通のワービーストは俺の異質さには気付けずに一般人ぐらいにしか感じられないから俺に対しての感心は薄そうだ。


「んぐ・・・とりあえず夕食があるし干し肉は後でな。あと服は脱がさない」


 中央では見た目強烈な作業が進んでいる。簡単に言えば焚き火で肉を焼いている。


 オークの丸焼きが作られている。


 胸と腹は割かれて綺麗に掃除されている。その状態で塩や香辛料を擦り込まれたオークが手足を上下に引っ張られた状態で串に固定される。腹や手足にも横から串を通してオークの体勢が崩れないようにされている。

 それが焚き火の周りに設置された骨組みに置かれ、その上から薄いアーチ状の鉄板を被せられて焼かれている。側にいる犬耳の女性が焼き色を見ながらゆっくりと回しながら角度を変えている。鉄板によって熱が籠もり、中にまでじっくりと火が通っていく。

 部位ごとに切り分けていたら気にならないが、あれ程人型に近いと妙な気持ちになる。・・・しかし良い匂いだ。

 肉の脂がパチパチと音を立てて弾け、皮の表面を火の熱と共に香ばし焼け色を付けていく。


「おいしそー」「もう出来る?」「まだみたいだよ」「お腹すいたよおかーさーん」「オークのかおキモ~イ」「人型ってやばくね?」「贅沢感」「ほかの料理できてるよ~」「たべる」


 俺に集っていた子供達は丸焼きに惹かれるように放れていった。・・・良かった。変な疲労感を覚えてきていたから助かった。


「御主人様。先にスープをどうぞ」


「ありがとうコーラル」


 コーラルからスープを受け取る。彼女は他の人達に渡すために再び配膳に戻っていく。シルフィーは丸焼きの近くに集まってきた子供達の相手をしているし、コッペリアは何故かエメラと会話?をしている。


 受け取ったスープに口を付ける。歯応えのある内臓をふんだんに使った透き通ったスープは旨味があって染み渡るような味だ。しかしこの肝臓のような物は何だろうか、随分柔らかい。匙で掬って観察してみれば表面がかなり滑らかなのが分かる。これは血か?


「『ようかん』」


「ん、ようかん?」


 また俺の所に来ていた干し肉の女の子が匙で掬った物を指差してそう言った。5歳ぐらいの犬耳を持った子だ。串を回している女性と似ている気がする。親子だろうか。


「カイルくん。それはこの集落で飼ってるシーパァの血を塩水や調味液なんかを混ぜて蒸し固めた奴さ。美味しいよ」


 ヤナギやスターチスと共に来たアヤメさんが詳細を教えてくれる。ああ、成る程。それで羊と火を通した物って名前を付けてるのか。


「うん。美味しい。他のと食感が全然違うな。・・・教えてくれてありがとう」


 女の子は礼を聞くと、また他の子が集まっている場所に走って行った。元気な子だ。


「もうそろそろ丸焼きも出来るから呼びに来たんだよ。どうだいカイルくん」


「あれはヤナギとスターチスが狩ったんですし、先に2人に回してあげてください。俺は別に最後で良いですし」


「・・・カイルくんは優しいねえ。ほら、じゃあ2人はお肉を取っておいでよ」


 隈取りに塗られた目が俺を見ている。穏やかな印象を与える目だが今は鋭さを感じる。


「ん、分かった。貰ってくる」

「2人の分も取ってきます」


「ありがとねー」


 2人を見送ったアヤメさんは俺の隣に来て簡易の椅子を取り出して座る。その手には俺と同じスープが入った器が持たれている。

 俺とアヤメさんはスープに口を付けながら賑やかな夕食の光景を見る。近くには他に人はおらず、2人きりになった。


「・・・触りだけでも話しとこか? 2人の事は勿論、コーラルとの関係も細かい事は聞いてないやろ?」


「・・・御願いします」


 中央の焚き火の光と幾つかの灯りに照らされた中でアヤメさんの話しが始まる。

羊羹 ひつじのあつもの

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