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魔王になったあの娘のために(プロトタイプ)  作者: 団子の長
第3章・牙と爪は誰が為に
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1.あなたがいたから

第3章開始です。

 青い空に広がる草原。故郷に似た風景。でも違う。ここは何処でも無い場所。

 ボクの心の中にしか存在しない場所。


 周囲を見渡せば草原の他には何も無い。ボク1人。服は冒険者になる時に買いそろえた()()じゃなくなってる。詰め襟に袖なし膝下まで丈があり、脚を大きく動かしやすいように脚部の左右には切れ込みが入っていて下履きを着てる。橙に染色された故郷の服。


 吹き抜ける風は季節を運ぶ。暑さが過ぎ去り寒さを引き連れてくる前触れの風。時に優しく暖め、時に寒風で斬り裂く。


「・・・ヴァーくん?」


『その呼び方は止めて欲しいな・・・って言っても聞いてくれないな』


 ボクの目の前にはボクがいる。

 顔も体も同じ。耳も尻尾も同じ。髪型も模様も一緒で服もボクと同じ。でも違う。色が違う。目の前のボクは真っ白だ。髪も耳も尻尾も服も、形は一緒なのに真っ白。でも瞳は青い。


 双剣をお家にしてる精霊。ヴァーくんがボクの前に立ってる。


「ヴァーくん久しぶり」


 ここに来たのはいつぶりかな?


『君達の基準で言えば1年ぐらいじゃない? 私はいつも君の側にいるから久しぶりって気分じゃないけど』


 あー。心読んできた。止めてって言ったのに。


『難しい事を言わないでよ。私は君達みたいに身体を持たないんだから』


「じゃあ何でボクの身体?」


『最近じゃ一番側にいるから真似しやすいんだよ。あと顔を合せるなら姿が欲しいしね』


「嘘つき。女の子の姿になるのが好きなんでしょ?」


『止めてよ人を変態みたいに』


 だってヴァーくんにはちゃんとした姿があるのに何故か女の子の姿になるし。初めて会った時も女の人だったし。ヴァーくんは男の子なのに。


『いいんだよ別に。精霊の性別なんて気分だよ気分』


 ヴァーくんが拗ねた。ごめんね。でもボクはヴァーくんの本当の姿が好きだから。もふもふしてて気持ちいい。


『私は君の姿が好きなんだけど?』


「やっぱりヴァーくん・・・」


 特殊な趣味の人・・・。


『違うからね!?』


 と、言いつつ?


『・・・ちょっと好き』


「いえーい」


『・・・いえーい。・・・君本当に今までの持ち主と違うね』


 ヴァーくん何だかんだ言うけど話してると楽しいから好き。


『・・・はあ~。シュエンウの方も真面(まとも)だと思ったら食わせ物だし、今の私達の持ち主は独特な子達だね』


「 ? スーちゃんは良い子だよ?」


 ボクの大事な友達。自慢の友達。


『まあ身内にはね? 嫌いだったり危険な相手への対応が危ういんだよ、あの娘は」


「ボクも嫌いな人はイヤだよ?」


 嫌いな人には厳しく当たる。普通の事。


『普段は君があの娘を押さえてあげてるんでしょ?』


「・・・・・・」


『繊細で壊れやすいからね、あの娘』


 ・・・スーちゃんに助けられてるのはボクだよ。


『そうかもね。でも私は君のそういう所が好きだよ』 


 ・・・。


『・・・まあいいか。今日はこんな話しをする為に呼んだわけじゃないし』


 ・・・そういえば何でだろう? どうせだったら起きてる時に話してくれたら良いのに。


『それはまだ早いよ。・・・まあでもあと一息かな? 君もシュエンウの持ち主も』


 本当に? それはちょっと嬉しい。


『それはいいんだよ別に。それより君、帰郷するんだろ?』


「そうだよ。皆とフョルニルに行くんだよ」


『【ジューチュエ】の持ち主を助けてあげてくれない?』


 ・・・・・・は?


『おやおや、()が出てるよ。・・・ん? 違うな、君の一面なんだから裏も表もないか』


 助けるわけないでしょ。何言ってるの?


『私達は精霊と言っても特殊だからね。出来ればこのままでいたいんだ、居心地が良いからね。だから向こうに着いたら宜しくね』


 私が殺してもいいんだけどあいつ。


『丁度良かったよ。運命的だ。やっぱり君は素晴らしい』


 顔を合せたら殺す。


『まだ【首輪】の事を怒ってるの?』


 故郷を出る前に殺しておけば良かった。


『勝てなかったのに』


 関係ない。殺す。


『そんな君が好きだよ。君になら任せられる』


 !? 草原が消える。空も消えていく。全てが白く染まっていく。


『目覚めの時だ。【ヤナギ・エム・アーニング】。向こうで会える日を私は楽しみにしてるよ』


 待てっ! 誰が助けるもんか! 殺す! 殺してやる!


『真の風になれ。そうすれば私は―――


 私は!


 ――――――


「・・・―――ヤナギ!」


「 !? ・・・・・・どうしたの、スーちゃん」


 私・・・ボクを起こしてくれたのはスーちゃんか。じゃあここは―――


「大丈夫ですかヤナギ? もしかして()()()()いたのですか?」


「・・・うん」 


 馬車の中。まだまだ夜は深い、だけど寝ているのは可愛く布団に包まれてるシーちゃんだけ。ボクは今起きててスーちゃんも起きてる。外にはカー君がコーちゃんと新しく仲間に入った娘と一緒に色々してる。エーくんはそんな皆を見ながら微睡んでる。

 隣で座ってるスーちゃんがボクの右手を両手で握ってくれてる。温かいその手を握り返して上体だけ起き上がらせる。毛布がずり落ちる。


「ヴァーくんに呼ばれた」


「自分もシュエンウに。いつもながら言いたい事だけ言って帰されましたが」


 会話してるようで本当は違う。ただ向こうは伝えてくるだけ。肝心な事は教えてくれない。


「本当に大丈夫ですかヤナギ? さっきまで―――」


「大丈夫」


 スーちゃんが握ってくれてる手。そっちとは逆の左手で抜き放っていた剣『金風』を鞘に戻す。


「大丈夫だから」


 嘘。きっとスーちゃん以外が近付いてたら斬ってた。


「・・・さっきまで昔の様でしたよヤナギ」


「・・・・・・」


 やっぱりボクは嘘が下手。


「ヤナギ」


 抱き締められる。スーちゃんの腕の中にすっぽり収まる。


「自分は・・・スーはヤナギの為の【花】です。枯れず散らない花です」


 温かい。()()()()()大好きな人。居てくれないとダメな人


「ヤナギは自由なんです。だから安心して眠ってください」


「・・・スーちゃんも一緒に寝よう?」


「当然です。スーとヤナギはいつも一緒です」


 やっぱりボクは助けられてばかり。・・・守りたいのに守られてばかり。

 2人で同じ布団に包まって横になる。思い出した嫌な事も今なら忘れられる。柔らかくて温かい、ボクの一番大事な人。ボクの方がお姉ちゃんなのにいつも甘えてごめんね。


「おやすみなさいヤナギ。明日もきっと楽しい日になりますよ」


「・・・うん。皆も・・・いる」


「そうです。だから大丈夫。ヤナギもスーも大丈夫です」


 周りの皆の気配と暖かさに包まれて、ボクは―――



 ◆◆◆



 寝息を立てて眠りについたヤナギ。先までとは違いその顔に(けわ)しさは無い。あの時のヤナギが纏う空気はスーが首輪に繋がれていた時のよう。


「・・・ジューチュエの持ち主、ですか」


 側に置いてある大太刀『水無月』。それに宿るシュエンウ様がスーを呼び出して伝えてきた事。別の神剣を所有する者を助ける事。それはつまりスーの()()()()()()()()()を助けるという意味。


 思ってたよりも早い帰郷に、確執のある相手との顔合わせですか。面倒な事。あの者と会うとなるとヤナギが黙っていないでしょう。それ以外にだって良い思い出は少ない。


 役割を決められ、そう在れと育てられたヤナギとスー。『汝、凶獣であれ。神に捧げられし童よ』『汝、繚乱であれ。王彩る百花の一輪よ』。ああ、周りが築いた檻のなんと高く深く堅く、日の射さぬ場所よ。


 本当に喜びのない日々でした。ヤナギがスーの手を引くまでは、ヤナギがいなければきっとスーは死んだように生きていたでしょう。死んだまま咲き続ける花だったでしょう。

 いつもスーを救ってくれる強くて優しい女の子。貴女がいたからスーは誰かを愛することを知ったのです。生きる喜びを、自由を教えてくれたのはヤナギ。貴女です。


 ふふふ。本当にヤナギ以外に良い思い出がありません。でも不思議と不安はない。逃げ出した場所へ、これから帰るというのに。それはきっと―――


「―――あの人と出会ったから」


 まさかヤナギとスーに、お互い以外に愛せる人が出来るとは思ってもいませんでした。

 スー達に辛く当たるヒューマンの国を股に掛け、自分達さえいれば良いと思い始め、二人きりの寂しさにも慣れ始め、他者の親切も流すようになり、自分達を傷付ける者を打ち倒す力だけを求め始めた時。


「そんな思いも壊されましたね」


 恐怖し、絶望して。それは壊された。壊れたその先で、安楽を、希望を、未来を、その全てを確固たる物としてくれた人。自分達の世界を広げ、あの日から何もかも変えてしまった人。


 表でコーラル殿と新たな仲間が彼と共に空を飛んだり地に潜ったりしている。魔法を使った気配はない。力技で行っている。彼も新しい娘も本当にとんでもない人です。コーラル殿も驚きを通り越して呆れています。


「だからきっと大丈夫」


 眠っていてもスー達は感じられる。周囲の状況を、スー達が好きな人達が皆とんでもない人達だと感じ取れる。だからヤナギの寝顔は穏やかになっている。

 それを見てスーも目を閉じる。朝になれば楽しい日になると分かっているから。たとえそうでない日だとしても壊してくれる人に出会えたから。


「ヤナギ、また明日」


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