●魔章.「心のままに」
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廊下を歩く。
広くて長い廊下。所々に調度品をあしらい、窓や壁にすら装飾を施した見た目だけは華美な廊下。
「でも辛気くさいわ」
「臭いとははしたない。におい、またはかおりで」
「お臭い道だこと」
「クレア様・・・・・・」
少し後ろを付いて歩いて来てくれるカガシさんの小言を適当に流して私は前へ進む。
調度品、例えば壺なんかからは以前の持ち主であるヒューマンの苦痛と絶望の怨念が染みついているし、壁に飾った剣を視界に入れれば小さな子供の首を並べて愉悦に浸ってるダークの情景が脳裏に浮かび上がる。絵画なんて人皮紙に人の脂と混ぜた顔料で描いて人骨の額縁で出来ている。あの照明なんて生きた人の内臓を型代わりに形成して作ったみたい、あれも怨念が憑いている。そんな品々が溢れかえっている。どれもこれも遙か昔からダークが余興で『飾り立てた』結果生まれた彼らの城。
「壊せる筈なんだけどな~」
「それをすればここに務めるダークにも被害がでます。つまりはお力を発揮しづらいかと」
魔王とダーク。互いに傷つけ合う事が出来ない関係。拳を振るえば直前で止まるし魔法をぶつければ霧散する。やれる事なんて靴の左右を入れ替えたり整髪料の中身を遅効性接着剤にしたりぐらい。
罪のない人達を食い物にするあいつらに私が出来る事なんてたかが知れている。それでもやれる事はある。私は心のままに動く。
「はあ~~・・・、本当に『魔王』って嫌になるわ。あ、カガシさんはそこで待ってて」
「わかりました」
やれる事。例えばそれは可愛い家族を作る事・・・かな?
歩く先に見えた扉、その前まで着いて淑女らしくノックする。
「どうも魔王ですわー!」
鎖とか鍵とか魔封紋で飾ってたけど別に関係ないでしょう。私はそのノック一撃で扉を消し飛ばすと淑女らしく入室。中で蹲り震えていた女の子を見つける。
小さな女の子。きっと7・8歳くらい。今までの住環境が悪かったみたいで青い肌の手足は骨が浮き出て黒い目と赤い瞳は落ち窪み生気が薄く、灰色の髪は潤いがないボサボサの伸びっぱなしで彼女のそんな身体を包むようになっている。
額には指より長い立派な1本の角。背中には一対の翼。そのどちらも純白で。、彼女の状態からは考えられないほど美しい。それを見た私の胸の中が騒がしい。
『殺せ』
『喰らえ』
『殺して喰らえ』
普段、私の瞳は青い。でもきっと今は目は黒く瞳は深紅になってる。
私の魔王の加護が騒いでいる。目の前の女の子を殺して喰らえと。まるでそれは噴火する溶岩のように溢れ出す欲求。欲望と言って良いかもしれない。
『殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ殺せ喰らえ』
「ひっ」
空気で感じたのか女の子が脅えた様子を見せる。目の前の私が捕食者であると。
こんな小さな女の子を怖がらせるなんて淑女じゃないわ。
「ごめん遊ばせ」
さっきから五月蠅い『邪神の愛し子』をねじ伏せれば、悪くなった気分が回復する。こっちに連れ去られてから度々こんな事があるけど、ちょっと気合いを入れれば消えていく。持ち主に迷惑しか掛けないなんて本当に役立たずな加護ね。
「え?」
「初めまして私はクレア。クレア・サティー。今日から貴女のお姉ちゃんよ」
さっきまでの捕食者の気配が消し飛んだ事に戸惑っている女の子に近づいて抱き締める。
小さく、細く、冷たくて、今にも死んでしまいそう。でも生きてる。
ダークの中で生まれ、ダークに疎まれ魔王と邪神の糧としての運命を決めつけられた女の子。私の熱がこの娘に移るようにと抱き締めて、ゆっくりとその弱々しい彼女の身体を、小さな頭を優しく撫でる。
「私は魔王よ。でも今日から貴女の家族」
「か・・・ぞく?」
涸れた声。元気になればきっと綺麗な声になる。
「そうよ。これから一緒の御飯を食べて一緒のお風呂に入って一緒のお布団で寝る。そんな家族よ」
「いっしょ?・・・わたし、が?」
普通のダークなら皮膚を焼かれる『浄化の白』を放つ彼女を抱き締め続ける。ちょっと暑いかな?
「うん。あ、そうだ! 寝る前に本も読んであげよっか! 私の好きなお話なんだけどね」
少し身体を放す。この娘の顔がちゃんと見えるように。でも絶対に触れた手を放さないように。
「・・・いいの?」
「なにかな?」
目が見開かれ、私を映す。ダークと一緒なのにこの娘の瞳はとっても綺麗。その綺麗な瞳が揺れる。
「・・・て・・・・・・いいの?」
涸れた声、震えた声で一生懸命に声を紡ぐ。私は静かにこの娘が言葉を紡ぐのを待つ。
静かに。私はここにいると、触れた身体からこの娘に伝わるように。
「生きてて・・・いいの?」
それはきっと私の声。少し前まで心の底で何もかも諦めていた私の心の声。
「死なな・・・くて、・・・いいの?」
揺れていた瞳から涙が溢れ出す。
「ええそうよ。知ってる? お世話になってる人が教えてくれたんだけど、家族はね家族の幸せを願ってるのよ」
「ねがう?」
「うん。つまり私が貴女の事を祝福するの。『産まれてきてくれてありがとう』、『出会ってくれてありがとう』、『愛しい貴女の未来に幸あれ』って」
「あい」
「それは大事な気持ちよ。そうだ、お名前を教えて。私貴女のお名前が知りたいわ」
冷たくて痩けた頬を撫でる。流れる涙はとても熱くて。
「あ・・・あふ・・・ら」
「アフラ。貴女のお名前はアフラなのね」
その熱さは『アフラ』の本当は生きたいと願っていた心の火、その熱さ。
「じゃあ今日から貴女は私の妹『アフラ・サティー』よ」
「・・・いもうと・・・かぞく」
「そうよ愛しいアフラ。私の可愛い妹。貴女と出会えて私はとっても幸せよ」
もう一度抱き締める。産まれてきてくれた家族へそうするように。
「生きててくれてありがとうアフラ」
「――――――」
小さな小さな手。でもしっかりと私を抱き返してくれる。胸に顔を埋めて震え声も上げずに涙を流す。胸に広がるこの娘の熱を感じる。
もう大丈夫。アフラはきっと大丈夫。もう冷たくない。
煉獄の光翼を持った少女は今日、私の大事な妹になった。
2章完結。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。