18.消えない火
『聖剣祭』最終日の夕方。それは初日から前日に掛けて行われた祭りの総仕上げ。盛大と言っていい活気に国中が沸いている。この日に分野ごとに披露された多くの作品の中から最優秀だった物が発表される。
武具に限らない、ドレスに装身具。彫刻や義肢など、ドワーフの物作りの技量の粋が遺憾なく発揮された作品群が人工太陽の光に照らされて存在を誇示している。
ドワーフ王の城『王山』内部、山の内部に入ってさらに山のような物の内部に入る、という不思議な体験をすれば目の前に広がる入城して最初にある広場、そこには多く集まった大衆によく見られるようにと飾られたそれらの制作物の数々であった。
人工の陽光が取り入れられているのは頭上の屋根、または山の斜面が開き天を覗かせたからである。大掛かりすぎて本当にこれは必要な物なのか? という疑問は出るが、そこはやはりドワーフだからで流す事にする。彼らの物作りの情熱は時におかしな方向へ向かうのだから。
「カー君あれ、カー君の武器」
「ああ、本当に飾られてるな」
俺の背後、何故かおんぶを要求してきて背負う事になり、自力でしがみついているヤナギが片手を上げて一角を指差す。そこを辿れば確かに純白に輝く巨大な戦斧が立てられている。ゴルディが俺の専用として制作してくれた武器『破壊者の隕星』である。それは数多くの輝かしい作品群の中で埋もれること無く、一際強い存在感を発している。
「流石と言うべきですね。ゴルディ殿は本当に凄い職人です」
俺の左手を自身の手で握り、手を繋いでいるスターチスが感嘆の息をもらしている。なし崩し的に手を繋ぐ事になり、今では俺の左腕を抱き締めるように抱え込んでいる。
「やはりあの金属を主に使用した作品は、お師匠様の斧以外は無いようですね」
俺の右手側、相変わらず無表情のシルフィーも同じように俺の右腕を抱き込みながら手を繋いでいる。いや、最近少しずつではあるが怒りや憎悪以外でも薄く表情を作れるようにはなってきている。彼女が普段から普通に笑顔を浮かべられるようになるのも案外近いのかもしれない。
「私の武器はまだまだ先になりそうです。工房が直るまでお預けです」
俺の正面の少し前の方に立っているメアリーが首だけ振り返り、嫌な笑顔で俺達の事を見ている。俺の今の状態を完全に面白がっている。
「あー、これもカイルの武器を作ったせいですね。私の方が先に頼んでいたのにこの仕打ちです。可哀想です」
「・・・それは悪かったと思ってる」
工房の修理費は渡したが、元通りになるのは3日後。メアリーはその時まで滞在して改めて武器の制作を頼む事になっている。そこまで時間を引っ張らせたのは俺にも責任があると感じている。だがあの黄金の大陸を貫く時は、あの武器があったお陰で無駄に大陸を破壊せずに突き通せた。あれが無ければもっと派手な惨状になっていたと思う。結果的には先に作ってもらえて助かったと言うべきか。
謝罪とも言えない謝罪になってしまったが、メアリーも見る限りそこまで俺を非難しているわけではない。まあ友人同士のじゃれあいだ。
「いいです許してあげるです。明後日にはハルも来てくれるので寂しくないです」
「来るのか、勇者が?」
メアリーが言う『ハル』。何度も彼女の口から聞く事になった勇者の名前。未踏破地帯の最前線で激しい戦いが続いていると聞いている。それなのに来ても大丈夫なのか?
「ギルドで通信を借りてお話ししたら「そっちに行くぞ我は! 勝手にまたどっか行ったら泣くぞ! 我が!」と言っていたので向こうはきっと暇になったのです」
「勇者のモノマネをするのはお前の中で流行ってるのか?」
それより暇になる物なのか。あそこは敵が尽きる事は無い魔境と呼ばれている。暇になったという事は、それはダークやデミヒューマンが引いたとい事になる。
「奥地で何かあったのでしょう。それに私達だって色々したじゃないですか。主に貴殿が」
「確かに相手の企みを潰す時に何体か始末したな。その影響もあるか」
既に2ヶ国のダークの魔の手を壊したのだ。新しい動きが出る方が自然だ。
どちらの事件も放置していたら大変な事態になっていた。今はここにいないコーラルが言っていた事だがダークが今回と前回の事件を達成したとしても瘴気による汚染が広範囲に渡って発生はするが、その被害による死亡者は少なくなるようにしているらしい。汚染は『赤い月』の儀式の為。そして死人を極力増やさないのも意味があるようだ。
邪神の復活には覚醒した『真の魔王』が直接、数多の人々を殺戮する事に意味がある。
確かにダークエルフの契約もダークの抑止力になってはいるが、享楽で人を殺し弄ぶダークが、可能な限り自制している最大の理由がこれらしい。ミルドレッドのバジリスクもあの呪術『禁忌の器』の影響でミルドレッドの首都へ到達する頃には息絶えていたとコーラルとクローリアさんが推察していた。スワンプマン自体も厄介ではあるが犠牲にさえ目を瞑れば少ない被害で掃討出来る。つまり本当にあれは広域汚染を目的にしただけの物だったらしい。
黄金雲の場合も、『煉獄谷の地虫』というデウスと同じように邪神の手先にするように汚染する事が目的で、休火山噴火による被害はあくまで二次災害扱いであったようだ。本当に腹立たしい。
「カイル達は明日にはここを発つのです。ハルと会えないですね、彼女も私の話しを聞いて会いたがっていたです」
「それは確かに残念だ。まあ機会なんてこの先いくらでもあるさ」
「目的は違えど目標は一緒です。別れてもいずれ出会う運命です」
片や魔王を救う。片や魔王を殺す。目的は違うがどちらも魔王を目指す事に変わりはない。また道は繋がる。
「メアリーとは運命じゃなくて腐れ縁の方が合ってないか?」
「カイル。女性との縁に腐ると形容するのは感心しません」
「いきなり聖女っぽく振る舞うのは止めろ」
ですです付ける口調に馴れてしまって時折出る普通の言葉に強い違和感を覚える。その時は決まって澄ました顔をしているのでわざとしているのは確定している。外見が外見なので様になっているのが悔しい。メアリーのくせに。
「おうおう兄ちゃん! 相変わらず女を侍らせてんな! 良いご身分だぜ!」
幼さを感じさせる陽気な声。ドワーフの少女、実は年上の女性のゴルディが人混みをかき分けてやって来た。工房の修理に忙しそうではあったが元気そうで何よりだ。
「ゴルディ。だから俺達は別にそんな関係じゃ無い」
「いやいや、それでその発言は無理がある」
それは自分自身が一番理解している。
「今回頑張ったボク達のご褒美」
「かなり山々を駆け回りましたからね」
「シルフィーもお力になれて役得を享受しています」
「見てるだけで面白いです。情けないカイルを見てるだけで御飯が美味しいです」
メアリー、本当にあとで覚えておけよ。
「色々あったのにいつも通りだな~、兄ちゃん達は」
楽しそうに笑っているゴルディを見て気付く。
「ゴルディは王様の所に行かなくていいのか? ここに飾られた作品の製作者達は呼ばれてるんだろ?」
素晴らしい作品を作り上げた栄誉を称える式典も兼ねた祭りの最終日。俺達がここにいるのは観光は勿論、世話になった彼女の晴れ舞台を見るという目的もあった。その主役達の1人であるゴルディは何故ここに?
「ん? そりゃここからの景色が見たかったんだよ」
そう言ってゴルディは視線を周りへと回す。飾られた数々の作品群。その中には彼女が打ったヴァジュラも飾られている。
「我が子の晴れ姿なんだ。見ておきたいだろ」
「それはいつもか?」
「あったり前だよ! てゆうか皆そうだぜ。あそこに居る奴も、あっちのもこっちのも、ここにある作品を作った奴はみ~んなここにいるぜ!」
・・・・・・いいのかそれで? 王様に呼ばれてるんだぞ。
「どうせ王様もあたし達がホイホイ集まるなんて考えてねえよ。今頃ここを眺められる部屋から酒でも飲んでじゃね? いや飲んでるな! 何故ならあたしも飲みたいから! 兄ちゃん酒だ酒! 酒持って来ーーい!!」
「流石にここで飲むのは如何なんだ・・・て、え?」
ゴルディの様子に呆れていたが周りを見れば集まっていたドワーフ達が各々の収納具から酒を取りだして飲み始めている。
瓶は当然、中には大きな樽を出す者も・・・いや多い、樽の人多いぞ。広場が酒樽で一杯になるぞ。
「城だけじゃない」
「ほぼ国中から酒精の空気が届いてきます」
「・・・これは」
「ドワーフ達が酒盛りを始めたのです」
「ふうううーーー!! 宴だぁああああああ!!」
「・・・・・・」
大変な事になってきた。右を見ても酒飲み。左を見ても酒飲み。前を見ても酒飲み。後ろを見ても酒飲み。ヤナギとスターチスが感覚で拾った情報を聞くと国中が似た状態になっているらしい。ゴルディなんて酒をまだ一口も飲んでいないのに気分が高まりすぎている。
右腕を引かれる、シルフィーだ。彼女が俺を見ていた。
「お師匠様。そういえばこの国を見て回っていた時、金属以外にも違和感があったのです」
何か気付いた事があったらしい。それはいったい?
「この国に来てからお酒を嗜んでいたドワーフの方をあまり見ていなかった気がします」
「・・・・・・そうだったか?」
記憶を遡るがいまいち覚えていない。お店などでは普通にお酒は売っていたので気にしていなかった。そういえば聖剣祭の露天では酒を出していた店は無かったか?
「そういえばカイル。私が前にゴヴァノンさんのお店で武具制作の依頼をした時は、工房にもお酒を置いていたと思うです」
お酒。こっちのゴルディの工房では見なかった。
「・・・・・・なあゴルディ。今まで酒は如何してたんだ?」
さっきから飲まずに、それでもはしゃいでいるゴルディに直接事情を聞くことにした。ドワーフの事ならドワーフだ。
「ひょーーう!・・・ん? 酒? そんなん今日まで断ってたに決まってんじゃん」
「酒・・・断ち?」
ドワーフが酒を我慢していた? あの水よりも酒、食べ物よりも酒を腹に詰める生粋の酒好きのドワーフが?
「聖剣祭の時はな兄ちゃん。皆自分の作品に全身全霊を叩き込むんだよ。そうやって今回の為の作品を作り上げる。そしてこうやって結果が出る最終日まで我慢してるってわけだ」
「最高の品を作るための酒断ちなのか」
成る程、ドワーフの本気が伺え――――――
「違えよ。そっちの方が酒が美味いし楽しいからに決まってんじゃん。途中で酒飲んだからってあたし達の腕が鈍る事なんてねえよ」
「・・・・・・・」
違うのか。それより仕事しながら酒を飲むのかドワーフは。酒好きが極まりすぎでは?
「それよりさ兄ちゃん! 酒! 早く酒頂戴よ! もしかして持ってないのか!?」
「いや、あるにはあるけど・・・・・・」
周りも皆飲んでるし良いのか? 傍目には少女に酒を飲ませる男になってないかこれ? いやゴルディは立派な女性なんだけど。ドワーフの女性の外見が大体こんな感じなのは知っていたけど、実際に目の前にすると反応が難しい。
まあ確かにドワーフに武具の製作頼むからと、ミルドレッドで買える質も量もあるお酒を大量に持ってきてはいる。代金以外の御礼としてだ。
「火酒なんて強い物じゃないけど、ミルドレッド買ってきた酒ならここに」
張り付いていた皆には離れてもらう。名残惜しそうにしている気がするが結構な時間あの状態だったので無視する。一応大型ではないがほどほどに大きい、内部を緋金によって加工を施された複合樽。そして黒褐色の木製樽。その2つを取り出してゴルディの前に置く。
ミルドレッド自慢の葡萄の風味豊かな醸造酒と、凝縮された酒精が芳醇な蒸留酒である。
「マジで!? 兄ちゃん分かってんじゃん! あたしそこの国の醸造酒が好きなんだよー! もちろん蒸留酒も好きだけど! これ貰って良いの!? 貰って良いの!?」
俺が頷くと彼女は目を輝かせながら、腰に下げてあった器を取り外す。どうやらあれは酒を飲むための物らしい。常に身に付けているのか・・・。
それを見ていると彼女は俺の方へ手を差し出す。
「ほら兄ちゃんも! 杯は!?」
「え、一応あるけど」
「出して出して!」
「・・・・・・はい」
「ほいきた!」
ゴルディに言われるがままに取り出した器を渡す。それを彼女は軽快な動作で受け取ると酒樽の封を開け始める。
「・・・やってるな傷の」
「ゴヴァノンさんも来てくれてたんですか」
丁度そんな時にゴヴァノンさんが俺達が固まっている場所に来た。彼からは酒精の香りがしない、つまりまだ飲んでいない。周りがこんな状態であるにも関わらず。
「あ、オヤジ! オヤジも杯!」
「良いか? 傷の」
娘に誘われたゴヴァノンさんが俺に許可を求めてくる。目の前の酒が元は俺が取り出した物だと分かっているようだ。
「どうぞ。それはもうゴルディに贈った物ですから。だから彼女が良いと言っていますし遠慮なくどうぞ」
「感謝する」
言うが早いかゴルディがゴヴァノンさんから杯をひったくると、蓋を外した樽にそれを差し込み酒を汲み上げる。深い紅玉色の果実酒が杯の中でなみなみと揺れる。
「ほら兄ちゃんにオヤジ! 受け取れ!」
突き出された酒の入った杯を受け取る。酒精と共に果実由来の酸味や甘味を感じさせる香りが舞い上がる。丁寧に丹精を込めて作られた酒のなんと芳しく美しい事。
そうして酒を感じているとゴルディは他の皆にも酒を渡そうとする。
「ちょっと待て! 皆は駄目だ!」
「ふえ? 何でだよ兄ちゃん。こんなめでたい日だぞ?」
「いや流石に未成年に酒は拙いだろ」
「なんで?」
いや、そんな本気で分からないって反応されても俺が困る。
「・・・ゴルディ。他の種族はおれ達のように幼子の時から酒は飲まん」
説明に困っていたらゴヴァノンさんが変わりに答えてくれる。ドワーフって幼子の時分から飲酒はありなのか・・・。聞いた事はあったが中々に衝撃的だ。
「え~~~! つまんない! 一緒に飲もうよ~~! 今日ぐらいいいじゃ~~ん!」
駄々を捏ねるゴルディ。
「ボクは飲んじゃ駄目? 本当は苦手だけど」
「自分達は確かに酒精の類いは苦手ですがちょっと気になります」
「シルフィーは一応国元では御茶で割って飲んだりはありましたよ」
「私も教会の神事で口にする事があるです」
シルフィーとメアリーは分かる。ミルドレッドは出来の良かった酒を王族に献上したりするので口にする機会は多いだろうしメアリーは聖女という大聖国の立場を考えれば理解できる。だけどヤナギとスターチスは駄目だ。流石に年端もいかない娘には飲ませられない。それに本人も苦手って言っている。
「・・・皆は果実水の方で我慢してくれ」
結論としては未成年組は酒以外を飲んでもらう事にした。ゴルディは最期まで抵抗したがゴヴァノンさんが拳骨を叩き落として静かにしてくれた。
ゴルディはそれで少し落ち着いたのか、未成年組が果実水になった事に関しては特に何も言わなくなった。そして自身の分の酒を汲み取る。
「あー・・・なんだ。気を取り直して。兄ちゃん今回はありがとうな」
赤銅色の肌、その頬をさらに少し赤くしてゴルディは礼を言ってくる。
「酒の事か?」
「違えよ。あの子の事だよ」
そう言ってゴルディが杯を掲げた先には彼女が俺の為に打った武器、ヴァジュラが輝いている。
「初めての専用武具で最高傑作が出来たんだ。面白い仕事だったよ」
杯を透かして見るようにしてヴァジュラを瞳に映すゴルディ。
「良い子が出来たよ。正直同じ物を作れって言われても出来るか分からないぐらいの代物っさ。きっと素材になった剣と兄ちゃん達がいなかったら出来て無かった物だよ。・・・・・・ほら、兄ちゃんにオヤジも。それに姉ちゃん達も付き合ってくれよ」
「傷の。杯をゴルディと一緒に掲げてやってくれ」
「こうですか?」
ゴルディとゴヴァノンさんの言葉を聞き、2人と同じように杯をヴァジュラに向けて掲げる。それに皆も付き合ってくれる。俺達全員が杯を掲げた。
「『天地を創りし創造主よ、炉を授けし火の精霊よ、鋼を授けし地の精霊よ、私はここに感謝を捧げる。火を燃べ鋼を打つ為の体、人と繋がる心を授けた全てに感謝を。この世界に産まれた新たな我が子我が鋼に祝福を』」
そして高く掲げられるゴルディとゴヴァノンさんの杯、俺と皆も合わせて杯を掲げる。そしてゴルディは杯の中身を飲み干す。ゴヴァノンさんは俺の目を、先を促すように見ている。俺も彼女に続いて杯の中で揺れる酒に口を付け一気に飲み干す。香りが口の中に広がり酒精が喉を通ればそこを熱くする。じんわりと広がる苦みと果実の風味が舌と喉に染み込む。
それを見たゴヴァノンさんは残りの皆と共にそれを飲み干していく。
「――――――ッカー! 染みるー! 夢に見た一杯だぜ!!」
とても良い笑顔で余韻を感じているゴルディ。俺はそんな彼女に一連のこの流れを尋ねる。
「ゴルディ、これは何かの決まり事だったのか?」
「おおう説明してなかったな。簡単に言えばそうだよ。さっきの言葉の中にもあったけど感謝の意味が強いかな」
「感謝・・・」
「武具を作れる体をくれた大地と親に、たった一つの専用武具を共に作った兄ちゃん達に。そうした武具を中心に巡り繋がる色んな物に感謝して、その全てを杯に映して飲み干すんだよ。あたし達は」
ゴルディは収納具から取り出した柄杓で酒を汲み取ると俺の空になった杯に注ぐ。
「ついでだ。これからの兄ちゃん達の旅路も祝福させてくれ。汝達の行く末に幸多からん事をってね。あははは、これは聖女の姉ちゃんの領分かな」
照れたように言うゴルディにメアリーは優しげに微笑み語りかける。
「いいえ。他者への想いから出る祝福は誰もが等しく贈る権利を持っています。それはとても大切な事で聖職者でもそうで無くとも心に抱く尊ぶべき気持ちです」
「ひひひ。そうか、ありがとう姉ちゃん。ほらじゃあ姉ちゃんも、他の姉ちゃん達も楽しもうぜ! せっかくの宴だ! 今日は倒れるまで飲むぞーーー!!」
メアリーの言葉に機嫌を良くしたのかゴルディは俺に注いだように時分やゴヴァノンさんの杯にも酒を汲み入れる。酒を飲めない他の皆には、わざわざ果実水の入った瓶を受け取り追加を注いで回る。それはとても楽しそうに笑いながら皆の間を行き来している。
「・・・まだ昼もそんなに過ぎて無いのにな」
「良いではないですか御主人様」
俺の隣にはコーラルが寄り添い、その手には注がれた酒の入った杯を持っている。彼女は静かに俺の近くに来るのは何か拘りがあってしているのだろうか?
「後始末も終わったのかコーラル」
彼女はギルドで今回コロニスで発生した休火山連続噴火についての調査と原因究明をしていた。もちろんそれは俺達が起こした事なので調査も原因究明もコーラルのでっち上げになるのだが。
「ええ滞りなく。あとはここで務めている方々がそれらしい原因を見つけるでしょう。大事に繋がらない偶然に偶然が重なった冗談のような原因を」
「そんなのも用意してあったのか?」
「ええ。何年も前から」
そう言った彼女の表情は穏やかだ。きっとその用意という物も、使う機会が来るかどうか分からなかった物だったのだろう。1人で先の見えない戦いを続けていた時の、そのまま使う事無く終わってしまったかもしれない仕込み。
俺達と出会わなければ。
「・・・・・・コーラルがいてくれて本当に良かったよ。ありがとう」
「・・・・・・有り難う御座います。御主人様」
目の前ではゴルディがゴヴァノンさんを引き摺り未成年組に絡みにいっている。聞こえてくるのは自分の父がいかに頑固で娘に手を上げる暴力オヤジであるか、といった愚痴である。しかし彼女の表情は陽気な笑顔だし連れられたゴヴァノンさんは怒るでもなく静かに酒を飲んでいる。あれも彼女なりに父親に甘えているのだろう。
親子の絆だろう。俺はもう両親との思い出は殆ど朧気な記憶になってしまった。唯一生きてくれているクレアの事を第一にしか考えてこなかったせいで記憶の片隅に押し込んでしまった親不孝な息子だ。
「・・・・・・御主人様」
「何だコーラル」
周囲の喧噪とは裏腹に穏やかな空気が流れている。
「私は御主人様との御子が欲しいです」
――――――――――――彼女の顔を見れば俺を見て微笑んでいる。冗談で言ったのでは無い事は彼女の目を見れば分かる。分かるがそれとこれとは話しは別だ。
「コーラル。それは俺の答えを知っていて言ってるんだよな?」
「勿論です御主人様。御主人様の意を汲むのも奉仕者である私の努めですから」
「じゃあ諦めて他に良い人を探せ。コーラルぐらい素敵な女性なら俺より大事にしてくれる人がいるさ」
俺の心の中心にはクレアがいる。それは皆と一緒に居て好意を向けられても揺るがず変わらない。変わらなかった。そんな振り向かない男よりも、愛してくれる男性の方が大事だろう。
「そうかもしれません」
しかしそれを伝えた彼女の瞳には揺らぎはない。消えない火のような物をその瞳から感じる。
「ですがそれは御主人様にも言える事ですよ?」
折れない曲がらない。傷付いても蘇る。
「御主人様も愛してくれるからクレア様を選んだわけでは無いですよね?」
「・・・・・・」
「覚悟していてください御主人様」
彼女の、彼女達の熱は消えないのかもしれない。
「私達の想いは御主人様の想いにも負けませんよ」
コーラルの目を見る。彼女は俺から前に視線を移す。俺も引っ張られるように視線を動かせばそこにはこの国で出会った人達と楽しそうに笑い合うヤナギとスターチスに、うっすらと微笑みを浮かべるシルフィーの姿。彼女達の心にも火があるのだろう。先へ先へと進むための熱が。
「そうかもしれないな」
何故か自然と口角が上がる。嫌な気はしない。
「だけど俺は絶対に折れないよ」
俺の答えを予想していたのだろう。彼女は直ぐに言葉を返す。
「御主人様は折れません」
それは同意。俺の意志を曲げる事は出来ないと知っているから。
「きっとその折れない想いを貫き通すでしょう。しかし私達もその折れない想いを手放す事はないでしょう」
それは俺に対しての宣戦布告にも似た言葉。
「私達はカイル様の幸せの先に自分達の幸せを掴みます」
それは俺がクレアに抱く気持ちに似た宣言。彼女達が何度と拒絶されても諦めない鉄の意志、その本質。
「私達の心に火を灯したのはカイル様なのですから」
知らず知らずに俺は彼女達の心を鍛えていたようだ。火に燃べた鉄を打つように。
「・・・・・・コーラル――――――
「どーーーーん」
「し、失礼します!」
「きゃあ!」
突撃された。来ていたのは分かっていたが避けるとシルフィーが怪我をしそうで一緒に来たヤナギとスターチス諸共受け止めた。何なんだいったい。
「・・・危ないだろ。いったい如何した」
「好き」
受け止めたヤナギがお腹にしがみつきながら俺を見上げて呟く。
「・・・スーもカイル殿が好きです」
俺の胸に縋り付いたスターチスが零すように言う。
「シルフィーの運命は貴方様です」
腰辺りへ顔を埋めるように抱きついたシルフィーが吐露する。
如何したのかなんて決まっている。ヤナギとスターチスがあの距離で俺達の会話を聞き漏らす筈がない。だから改めて、自分達の気持ちを俺にぶつけるために来たのだろう。コーラルだけに頼らないように。
「・・・・・・皆」
だが、それでも俺は――――――
「・・・うへへへ、カーくーん」
「は?」
「すんすん・・・はぁはぁ・・・すんすん」
「師匠・・・・・・体の奥が熱いです」
3人から漂う香り。これはまさか・・・・・・。
視線を前にいるゴルディに向ける。
「・・・・・・てへ!」
ババアこの野郎。それより保護者のゴヴァノンさんとメアリーは?
「ごくっごくつごくつ!」
「あははははははは! 愉快です! でーーーーす!!」
「えー・・・」
一心不乱に酒を煽るゴヴァノンさんに、空になった瓶を片手にふらふらしながら奇声を上げるメアリー。
何だこれ。本当に何だこれ。
少し目を放した隙にこの有様。酷すぎでは?
「はっ。そうだコーラル!」
ゴルディみたいななんちゃって大人では無い、本当の大人の女性であるコーラルの手を借りてこの惨状を――――――
「・・・・・・では御主人様。私は伝えるべき言葉は伝えましたので」
とりあえず捕まえる。
「ご、御主人様? 急に積極的になられてもコーラルは困ります」
「まあまあコーラル。奉仕者は主の意を汲む物だろ?」
「い、いけません御主人様。これはあの時の馬車での出来事と同じにおいがします」
なら尚更逃がすわけにはいかないな。そんな危険地帯に俺を置いていくな。
「そうです! エメラにも美味しい御飯を――――――っ!」
「わーい、コーちゃーん」
「こっちも良い匂い」
「あら~? ねえさまだ~」
そして埋もれるコーラル。好機か? いや駄目だしっかり俺の事を掴んだままだこいつら。ええいはなせ! ちい! 駄目だ一つ放してもその隙にまた別の手が掴みに来る! こいつら意識が朦朧としてる筈なのに諦めない!?
「そこは駄目です皆様! ひゃっ!?」
「ベルトを掴むな!!」
おそらく今は時刻的に日没。完全に夜になっただろう。しかし頭上で輝く太陽は沈まない。消える事無きそれはまるで彼女達の心の火のように俺達を照らし続ける。
・・・・・・別に現実逃避では無い筈、ただ直視に堪えないだけだ。きっとそうだ。