15.空を貫く
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おかしい。どうなってる?
浮遊大陸『黄金郷』中央部、そこにある巨大遺跡に封じられた『黄金雲』の心臓部。石造りの大部屋の中心には台座の上で浮遊する一抱えほどある金色の光球、『黄金雲の核』を目の前に、この遙か真下で起こった事態に疑問を覚える。
予定通りコロニス上空まで黄金雲が転移したのは良かった。しかし何故オレが行動を起こす前に火山が活性化した? まだ黄金雲は活動していないのに。
台座の側に蹲るように機能停止しているこのエルドラドの守護者、正体不明素材で構築された悪趣味な自動人形を足蹴にしながら黄金雲の核に触れる。そこから現在発生している周辺地域の詳細を確認する。脳裏に写し出されるコロニス鉱山地帯の風景、そして噴火したのか噴煙をを上げる幾つかの休火山だった物。
「・・・・・・全部か? アルターが仕込んでいた全てが噴火している?」
・・・・・・だがおかしい。あまりにも温和しすぎる。噴火したなら噴火したでこのまま黄金雲を汚染すれば計画に何の問題もない、筈だった。
長年蓄えられた火山の力が解放されればそれは山の形を変形、ないしは崩壊させる程の爆裂的な噴火が起きるはずだった。大地は激しく震え、巨大な噴石が飛び散りそれと共に溶岩が周囲を焼き尽くし、黒く染まった噴煙が空気を毒で満たして空を陰らせる筈だった。
しかし脳裏に写るコロニスの休火山だった物から上がるのは白い煙ばかり。山は砕けず火も噴かず、ただただ山頂からか細いガス混じりの蒸気を噴くばかり。
何だあの有様は。あんなのは噴火じゃない、あんなの物はガス抜きだ。
「・・・まさか抜かれたのか?」
何者かが仕込みに気付いて事前に、休火山に蓄えられた力を逃がしたのか? 瘴気と毒による汚染も消えている? それはつまり計画の失敗だ。
「糞がっ!!」
オートマタを蹴り飛ばす。頑強なそれは破損する事無く、しかし活動を停止させていたそれは受け身はおろか体の各部を一切動かすこと無く人形という名前の通りに力なく転がっていく。オレの周囲には俺自身が噴出した煙が充満していく。苛立ちが募る。
考えろっ、ここから事態を好転させるための手を! 失敗が確定してしまったら動きにくくなる!
『赤い月』の儀式と過去から継続されている戦線以外での派手な動きは制限されている。それを無視したらダークエルフと本気の殺し合いをする事になる。それは面倒だ。契約期間があと数年も無いからと楽観していた矢先にこれだ!
「ヤって勝てないわけじゃねえ。他の魔将も動員させれば殺し尽くせる・・・だが」
ダークエルフは実質的に邪神様の直轄で便利な指として重宝されていた。もしお目覚めになられた時に全滅していたらどのような判断を下されるかは未知数。下手をすれば現存するダークの一掃さえ可能性としては存在している。それはマズい。
「それに傷つけ合う事が出来ねえからって『魔王』もどう動くか分からねえ・・・」
あの引き籠もり、『真の魔王』としての覚醒がまだ済んでいないとはいえ未だ完全な自意識を残している面倒な存在。しかも歴代で最も強大であるというオマケ付き。過去に真の魔王になった存在よりも、現時点で遙かに高い力を持つ冗談のような存在。
「化け物めっ! 最初から魔王の衝動に呑まれていたらこんな面倒が続く事は無かったってのに!」
『魔王の加護』は通常の加護とは比較にもならない程の欲求と衝動を持ち主に叩き付け、力の奴隷とする筈だった。それをあの女は抗い続けている。完全にソレを押さえ込んでいる。あれを化け物と呼ばずに何を化け物と呼ぶ。
「・・・・・・こうなったら黄金雲、それ自体を利用して無に帰するか」
ここまで計画が破綻したのなら、手中に収められなかった『神種』は百害あって一利無し。儀式遂行にも邪神様がお目覚めになった世界にも邪魔な存在となる。
既に核は掌握している。ならあとは自壊させればいいだけ。それでこの世界の調停者の一つを消し去れる。『地虫』のように出来なかったのは悔やまれるが仕方が無い。
「黄金雲が霧散すればエルドラドも堕ちる。それが起こす破壊を置き土産代わりに些細ではあるが絶望と怨嗟を生み出す」
計画は破綻したがまだ終わっていない。最後の悪あがきをさせてもらう。
手で触れた核へ命令を下す。コロニス上空で黄金雲を消失させる為の命令を―――
『排除します』
「なあっ!?」
視界を埋め尽くす豪腕が迫る。咄嗟に回避!
砕ける台座、破壊されて消える黄金雲の核。目の前に立つオートマタ。
大きさはヒューマンの成人ほど、外見は各部が青く発光する皮膚が無い人体を彷彿とさせる、人工筋肉と人工骨格で動く機械仕掛けのゴーレム擬き。その両腕は異空間から召喚した本体よりも二回りは大きい金属光沢を持つ巨大な両腕型武装が装着されている。
髑髏のような頭部にある硝子を焼き付けたようなエナメル質の目が黄色く輝きオレを見ている。
「なぜ動いている!? 機能は停止させていたはず! いやそれよりもっ!」
こいつっ! 黄金雲の核を守る守護者なのに自身で核を破壊した!?
剥き出しの白い歯が並んだオートマタの口が動き耳障りな性別を感じさせない声を発する。
『黄金雲へ自壊を命じる者が現れた場合。非常時のみ黄金雲存続の為、命令系統を破壊する権限を【自動人形コッペリア】は所持しています』
命令系統だと? 周囲に展開していた煙を遺跡の外まで動かす。それで外の様子を探る。そこから拾えた情報は核が破壊された前後で何の変化も無い。
「どういう事だ!?」
『黄金雲へ自壊を命じる者が現れた場合。非常時のみ黄金雲存続の為、命令系統を破壊する権限を【自動人形コッペリア】は所持しています』
さっきと同じ返答を繰り返したオートマタがひどく不快に感じる。
「ガラクタがっ!!」
つまりあの核は黄金雲へ命令を出せるが、それが命というわけではなかったという事か!? つまり今の黄金雲は完全に誰の命令も受け付けない存在になった。それは目の前で臨戦態勢に入ったオートマタも同様だ。
『コッペリアは楽園、主が望んだ【理想郷】を守護する為に存在します』
腕型の外武装が変形していく。肩から魔力弾を発射する騎乗槍のような砲身が飛び出しオレに砲口を向ける。肘からは高速移動用のジェット機関が展開されて空気の供給が始まる。人をそのまま握り潰せる巨大な手は激しい帯電現象を起こし始める。
「・・・・・・前時代の遺物が。オレに勝てる気でいやがるのか?」
戦いの余波で黄金雲の核が破壊されては作戦が遂行できないという理由で、守護者であるオートマタと戦闘に入らないよう隠れながら慎重に核に干渉し続けてようやく機能停止の命令を下せていたのだ。回りくどい事をしていたのはそれだけの理由だ。
どいつもこいつもオレを舐めやがって。ここで戦わない理由も隠れている理由も無くなった。エルドラドに来る前に受け取っていた『宝珠』を取り出して、内に込められている漆黒の邪神様の祝福を吸収していく。全身を満たす多幸感に酔い痴れる。隠しきれなくなった力が内から溢れ出す。
黄金雲は手に入らない。周辺を汚染する事も叶わない。目の前にはオレを苛立たせるガラクタ。ならやる事は決まっている。
「作戦変更だ、ガラクタごとこの大地を破壊し尽くしてやる」
強化された全力を揮っても、デウスを殺し尽くす事は不可能。だが傷は残せる。
「オレの憂さ晴らしだ。恨むんなら邪神様に徒なすお前ら自身を恨め」
『直近の命令を全て破棄。対象を敵性と判断。理想郷に害なす存在を排除します』
肘から炎と空気を噴き出して高速で接近してくるオートマタ。拳から迸る雷が尾を引く。
「ぬるいんだよ!」
背中と腰から突き出た口から圧縮した煙を噴き出してオレも奴に向かっていく。突き出された雷撃を、煙を纏った拳で殴り返す。強化された肉体は奴の馬力を上回り、相手の拳が後方へ弾かれる。雷がぶつかり合った拳を伝ってオレの肌を奔る、しかし煙によって減衰されたそれはオレに何の痛痒も与えない。オートマタも無傷ではあるが問題ない、奴の腕にはオレの煙が纏わり付いている。
この煙はオレの体内で生成された特殊な混合気体でもある。瘴気や魔力を原料に、オレの意志一つでこの煙は―――
「『弾けろ!』」
―――爆発する。
煙が収束し、次の瞬間に赤い閃光に変わった。それは爆音を立てて奴の腕を包み込む。大きく体勢が崩れる中で、それでも今度は肩の砲口をオレに向ける。2本の砲身が唸りを上げる、砲口の奥が青白く輝く。
『【貫く愛の炎】、発射』
撃ち出される青白い魔力弾が帯電現象を起こしながら飛んでくる。だが無意味だ。オレは空間に漂う煙が魔力弾と接触する端から起爆していく。赤い閃光に呑まれながら青い光が消え去る。
『【踊り子の手を】、停止。【白鳥の湖】、起動』
烈火と煙を引き裂きながら奴が飛び出してくる。先程まで腕型武装だった物がその形態を違う物としている。背後に移動した腕は鋼鉄の翼へと変化する。再び露わになった元の腕が左右別々に羽を掴み引き抜く。手に持ったそれは刃であった。残りの羽も全て翼から射出されて奴の周囲に浮遊する。それは左右合わせて12枚の刃であった。
刃が迫る、敵対者を微塵に切り刻むために。
「しゃらくせえっ!」
オレは全身に纏った煙を凝縮し硬質化させて鎧とする。奴の刃がオレの身体に接触するが、しかしその刃がオレを傷付ける事はない。感じる圧力は上位魔人に容易く傷を刻める威力を想像させるが、今のオレはそれ以上の存在になっている。負ける気が一切しない。
防ぎながらオレは煙の噴出を続ける。辺りに充満する煙が加速度的にその濃度を高めていく。場がオレに有利な状況へと変わっていく。これ全てがオレの盾であり剣である。
「さあ煙爆に包まれて消え去れ!!」
強化されたオレの力が猛威を揮う。煙が震え輝き始め、この場所が赤く染め上げられていく。
『【虚像の英雄】起動』
「今更何をしようが無駄だああ!!」
視界が閃光で埋め尽くされて、爆裂が遺跡内部で荒れ狂う。
◆◆◆
「皆には少し無理をさせたかな」
「私は『双翼』です。このぐらいわけないです」
「・・・ボク・・・頑張った」
「自分も・・・やってやりました」
「シルフィーもお役に立てて良かったです」
昼過ぎ、メーティオケーから外に出て黄金が広がる空を見上げている俺達。コーラルが引き起こした最初の地震から1日経った。敵はようやくこっちに到着したようだ。
この国についておよそ5日。最後の仕上げが今朝方に終わったのだ。
やった事は簡単である。コーラルが休火山の分布やドワーフが異変を感じた休火山の情報を基に、アルターが汚染した休火山を特定。その内人里に影響の無い一つを自分が行ったと漏れないよう秘密裏で実験代わりに彼女はガス抜きした。あの地震はその影響である。発生した瘴気と毒は、それらに耐性のあるダークエルフの特性を活かして収集して回収したらしい。そうして得た知識と経験を基に、残りの休火山の対処は俺達全員が力業で解消した。
コーラルは見落としが発生しないように、運良く能力が変化していたシルフィーの力も借りて情報の確度を最大限まで高めた。その後に安全にガス抜き可能な穴を空ける地点を、コーラルが行った最初の山を参考にヤナギとスターチスに超感覚で決めてもらい印を刻む。それを汚染されている全ての休火山にしてもらった。短時間で済ませるためにかなり走ってもらった。
最後は俺とメアリーが仕上げをする。共にその印を刻まれた地点からマグマまでのガスの通り道を打ち抜いたのである。汚染と毒は勿論メアリーは浄化し、俺は破壊した。まるで2人で競争するように処理していった火山の数は合わせて30を超えたが無事に終わった。全てを終わらせて皆で噴き出す噴煙を見上げていると、待ちに待った物がやっと来たのである。
『神種』が1柱、『黄金雲』
思い出の中で見たそれと変わらない美しい姿。空を生きる存在にとってはあの内部は楽園になっていると聞く。世界を浄化する調停者の一つ。
「すっごーく綺麗」
「里で居ていた時は遠目からでしたが・・・本当に綺麗です」
「まるで空に黄金の海が広がったようです」
「私も各国を巡る過程で2度ほど。しかし何度見ても素晴らしいです」
皆があの空の黄金に見惚れている。太陽の光を柔らかく受け止めて、黄金の光が大地を照らす。いつまでも見ていたくなる光景だがそうもいかない。
決着を。あの色褪せない、クレアと共に見上げた夢の黄金を邪悪で染めようとしたダークに引導を渡す。あの場所で行った事も、今まで画策していた事も、他者を踏みにじり続けたその生涯も全て―――
「―――終わらせてくる」
既に皆と話し合って決めていた。歴史にさえ載る偉大な先人が測定した地表からの高度は推定1万5千m以上。高空に適応した種族であるか肉体を鍛えていなければあの高度は通常なら過酷な死の環境である。あの宙に浮かぶ黄金の粒子が魔力の伝達を阻害する関係上、転移などであの中には行けない。自力で到達するしか無い。
俺は背負った新たな相棒に手を添えて歩き出す。
「無理しないでね・・・は余計かな?」
「カイル殿がどうにかなるなど想像も出来ません」
「お師匠様はどうにかする方ですね」
「・・・・・・否定は出来ないな」
皆の激励? を背に受けながら空に狙いを定める。
「一緒に行きたかったのです」
「それは皆そうだったぞメアリー」
行きたい理由は様々だ。許せないから、強くなりたいから、世界を守りたいからと。しかし全員ここで待機してもらう。地表で万が一、異常事態が起きた場合の大事な戦力である。
空にある、黄金に包まれて存在する大陸『黄金郷』、その場所へ辿り着く為に全身の力を高めていく。
「留守を預かるのは、ボク達」
「良いお嫁さんの条件ですね」
「なんと。それはシルフィーも頑張ります」
「それに関しては私は先日振られましたので、適当に下で仕事をするです」
「・・・・・・」
どんな時でも自分の空気を大事にする娘達だな。呆れ半分、感心もする。それでこそ彼女達であると言える。だからこそこの頼もしい仲間に地表の事を任せられる。
「全力で走る。気を付けろ」
今まで本気で戦っていた。だがそれは俺が全力を出していたわけでは無い。
過去に全力を出した時、それよって引き起こされた被害は無視をする事が出来ない規模になってしまった。もし街や人が利用している場所でそんな事をしたらと考えると、おいそれと全力を出すわけにはいかなかった。
だが走るだけなら比較的にましであろう。
皆は見送る為にこの場に居る。シルフィー以外の3人は初速によって起こる衝撃に耐える事が出来ると思うので心配はいらない。だからその3人でシルフィーを庇ってもらう手筈になっている。本当は全員ここに居ない方が安全なんだがな。まあ気持ちは嬉しいので受け入れる事にした。
「大丈夫」「お気を付けて」「頑張ってください」「さっさと終わらせるです」
全員が衝撃に耐える姿勢になった事を確認して、俺は駆ける!
踏み込んだ足下から衝撃が奔り、後方から始まり周囲に広がっていく。地は揺れて、砕ける。そんな一歩を繰り返していく。足下が爆発しているような音と衝撃が連続で発生する。目の前にそびえ立つ天山に一瞬で辿り着き、そのまま斜面を駆け上がっていく。
目には見えない魔力や様々な物が浮遊している空気の壁を引き裂く。その残滓が粘性を持って身体に纏わり付くがそれも一瞬の事、それさえも振り切りながらさらに加速。周囲に見える生き物や空を飛ぶ鳥などの動体が静止するかの如く、その動きが遅くなっていく。
自身と周囲の速度差が開きすぎると起きる現象を尻目に疾走を続ければ数秒もせずに頂上が顕れる。山頂付近に積もる雪も氷も砕いて吹き飛ばしながら速度を限界まで上げる。
そして頂点から上空へ飛び出す。頭上にある黄金の空へ向けて俺の肉体が撃ち出される。
そこで終わらずに脚を下へ蹴り出す。高速で踏まれた空間がたわみ、俺の足を受け止める。それを足場にしてさらに加速。それを続けて地上で走っていた時よりも遙かに速くなる。
山を駆け上がった時よりも短い時間で黄金が目の前に迫る。
「さあ、ダーク。ここで壊れていけ」
背から相棒を引き抜き構えて、俺は黄金を貫いた。