14.進化の申し子
「準備は良いな」
「あったりまえだよ! あたしを誰だと思ってんの?」
「おれの『火継ぎ』で、ゴルディでありゴヴァノンだ」
「そうだよ! だからこれもバッチリこなすよ!」
「・・・・・・活きた素材は如何だった」
「骸を引っ張ってくるより良かった。これならこの子達をもっと理解してあげられる」
「なら良し。さあやれ」
「合点承知! 見ててよあたしの炎を!」
みんなが狩ってくれた複数の高位竜の魔石のエネルギーを吸い上げて、火勢を上げる高炉の中で輝く炎を見つめる。炉内を充満する熱が石から形を奪い、神話の金属を生み出す炎熱へと育っていく。炉の口から輻射する熱が火に耐性の高いドワーフ赤銅の皮膚でさえ焦がす。
炉の上部に取り付けられた釜、その中では心を惹き付けてやまない物がドロドロと混ざり合って、自身の真の形を取り戻さんと蠢き、あたしの手で産声を上げるのを待っている。
ああ、みんな久しぶり。
大丈夫だよ。みんなみんな、あたしが掬い上げてあげる。だって見たいから、君たちが産まれて育って形を成して世界へ己が存在を示すのを。
君たちの製法が失われて永い時が経った。そうした時代の中で、初めてあたしが君たちに形を与えた。初めてあたしが君たちを理解してあげられた。初めてあたしが君たちの声を聞いた。
『光翼煉獄石』『天空心玉』『原初の大地』
あたしとは初めまして。世界へお久しぶり。精錬に必要な物はあたしが全部持ってるから。培ってきたから。だからもう一度世界へ飛び立とう。他の人はまだまだ君たちの理解が足りないから、私が手を引こう。
ドワーフの王様がオヤジにいろいろと話してたけど、あたしには知ったこっちゃない。あたしは作りたい物を作りたい場所で作るだけ。
釜の排出口から君たちが形になる為のマットがゆっくりと流れながら顕れたのを歓迎し、あたしは笑う。燃え盛る火を操り、高位竜の肉と骨と共に無駄な物を焼却する。重さを、粘性を、熱さを、輝きを、全てを感じて君たちを導く。君たちを待つ人が居る。
聖銀は溶ける。緋金は砕ける。碧鋼は散っていく。3種混合金属、大陸さえ砕けと生み出された最初の特殊合金『隕鉄』。無数に生まれた特殊合金の雛型。生成は容易なれど重い。堅く鋭く圧倒的に重い。扱うには怪なる筋力を要する不遇なる星の落とし物。
しかし頑強さは後継たる全ての特殊合金に劣る物ではない。それが折れて使命を果たせなくなっていた。武器の使命である所有者の敵を打ち砕くという使命を。己が弱さのせいで果たせない。
君の想いも乗せていこう。大丈夫、あたしには感じれる。沢山の持ち主がいたんだね? 多くの人の手を渡ったんだね? そうして闇の中へ消えていく筈だった君を掴んだ人がいたんだね? 空を巡る星々のように流れて流れて、流れ着いた果てに彼の手に堕ちたんだね? そして輝けたんだね。流星のように激しく燃えながら。・・・・・・でも砕けた。彼より弱かったから。持ち主より強くあらねばならない武具なのに。
「・・・・・・ゴルディ、お前それは―――」
君の想いも乗せていこう。儚く消える流れ星なんかじゃない。もう一度、あの人の手に堕ちるように。
「―――使うんだな。何が出来るか分からんが・・・お前なら大丈夫だろう」
目の前にある彼らが君の翼だよ。彼らと混ざり合って一つになる。そうして強くなる、何よりも、何者よりも。今度は絶対に壊れない星となろう。この世にあるどんな武具よりも、何物よりも『金剛』なる彼
を越えよう。この太陽よりも輝く熱で一度燃え尽きて、君は生まれ変わる。
「お前はゴルディ。『進化の申し子』だ」
天を引き裂き雷霆さえ貫け。雷光より疾き星となって大地を砕け。世界を震わせ時空を越えろ。
彼じゃない。君こそが『破壊者の隕星』と成れ。
◆◆◆
ゴヴァノンさんとゴルディが工房に籠もり3日経った。メーティオケーは今、『聖剣祭』の活気の真っ只中にある。昼夜問わず人工太陽に照らされた天山の中でドワーフ達は自分達の全霊の作品を披露している。それはけっして武器だけに留まらない。
「カー君、あれ見てあれ」
「ドワーフってドレスも作ってるのか」
「デザインはヒューマンらしいですお師匠様。とても素敵です」
「カイル殿カイル殿! 騎竜に装着させる鎧があります! きっとエメラに似合って可愛いですよ!」
「・・・鎧? 猫の着ぐるみの間違いじゃ・・・・・・・」
「カイル見てくださいです。ミスリル板に彫られたレリーフです。美しいです」
「ほんとだなー。見たことある人物が彫られてるなー」
「無論わたしです。横に断罪聖女と銘が打たれています。なんと美しいのです」
「知ってるよ! 3日連続で自慢するな面倒くさい!」
色々あるが俺達はこの祭りを満喫している。ドワーフ以外の種族も来訪しており、ミルドレッドまでとは言わないが多様な人々が道を行き交っている。食べ物の出店などもあり、食べ歩きをしている人も見受けられる。
「ヤナギ。はいあーん」
「あ~ん、むぎゅむぎゅ」
ここにもいた。ヤナギとスターチスが共に『鉱山蚯蚓』の蒲焼きを頬張っている。彼女達もこの3日間に祭りを楽しんでいる。由緒ある自前の刀剣があるからか彼女達はあまり武器に興味を示していない。それはゴヴァノンさん達に装備を頼んでいる俺やメアリー、それにシルフィーだって少しそんな感じではある。
メアリーは完全に観光状態で時折ウザ可愛い絡み方をしてくる。シルフィーは防具や服飾関係の作品には興味を示しているようで、軒下に並べているそれらに目を向けている。それだけでなく武器にも視線を走らせてはいるがその時間は短く感じる。ただの確認をしているだけに見える。何の確認かは本人が確証を持てていないだけにまだ教えてくれていない。
コーラルは最後の追い込みに入っているらしく、ギルドに赴いたときに男性の職員さんからドワーフの家々を訪問していると答えてくれた。もうすぐ彼女の調べ物も終わるだろうし、俺達も直ぐに行動に移せるようにしておかなくては。
「・・・・・・やはりおかしいですね」
シルフィーが突然呟く。
「如何した? 何か分かったのか?」
彼女はもう一度視界を一周するように見回してから俺に向き直る。
「お師匠様。アレがありません」
「アレ?」
「『光翼煉獄石』『天空心玉』『原初の大地』を使用していると思われる作品がありません」
「・・・・・・それは本当におかしいな」
ゴルディの話しでは途轍もない金属だと聞いている。それなのに誰も使っていないのか? 聖剣を目指すなら絶対に押さえておきたい代物の筈。
「その答えは簡単です御主人様」
「コーラル」
人混みの中からコーラルが姿を現す。どうやら仕事が終わったらしい。しかし簡単な答えとは一体?
「確かにドワーフの皆様は超高位金属の加工に至っています。それも実用基準に達した物を」
それも最近になって耳に入っている。それなのにまだ目にしていない。あるのはどれも普通の高位の金属である聖銀、緋金、碧鋼の3種にそれらの特殊合金ぐらいである。なぜ超高位金属を使わないのか?
「御主人様。ドワーフは生粋の職人です」
「そうだな。どの作品も凄い物ばかりだ。他の種族じゃこうはいかないな」
日の目に当てられたそのどれもが彼らの技術と情熱の粋を込めて作られた作品だと肌で感じる。極められた作品は武具であっても芸術に通じる美しさを持つと、この国に来て初めて知った。
「そんな彼らが実用基準、つまりは最低限で満足出来ると思いますか?」
「・・・それはつまり、望んだ物を作れるに至っていないと?」
コーラルは頷く。いつの間にかメアリーを含んだ俺達全員が彼女の言葉に耳を傾けている。
「折角の神話の金属。それなのに作り出した物はせいぜいが特殊合金並。超高位金属はその一つでも潜在的な力は特殊合金と比較にもならない筈なのに作り出せない。そんな作品を彼らはこの『聖剣祭』で披露する筈がないのです」
「その金属を使えるようになったから祭りを開催したんじゃなかったのか? ・・・・・・いや、違う。他の理由があった筈」
この国に来る前に聞いていた話しを思い出した。コーラルの顔を見れば微笑みを浮かべて頷いている。
「少し話しを変えましょうか御主人様。『不屈の魂』のバルム様の話しを覚えていますか? ゴヴァノン様についての」
確か性能は良い物を作るがそれ以外は問題があるような含みを持った説明をしてくれた。それも彼の工房を見れば分かるとも。
「ゴヴァノン様と彼の工房のイメージは繋がりましたか?」
「・・・・・・繋がらなかったな」
ゴヴァノンさんと出会った後に娘のゴルディと知り合って、ようやくあの工房の状態に納得がいったのだ。
「御主人様、ゴヴァノン様は普段はミルドレッドで店を構えています」
「知ってる。それでドゥーガさんを通じて縁が繋がったしな」
「実は彼は『聖剣祭』にいつも出ているわけではありません」
「え?」
それはおかしい。だってバルムさんの話しでは彼はいつも聖剣祭で作品を披露していたと言っていた。
「彼は既に自身の工房をミルドレッドに移しています。この国に戻ってくるのは何か大きな出来事がある時だけです」
大きな出来事、それは聖剣祭は含まれない? そういえばドゥーガさんがこの聖剣祭の説明の時にゴヴァノンさんの名前を出していなかったのは何でだ? その前の話しの時だってドワーフの国に行けば会えると断言はしていなかった。それはつまりここに来ても彼に確実に作ってもらえる保証が無いからだ。
メアリーを見る。彼女は確かここにゴヴァノンさんを訪ねに来ていた筈である。それがあったから更に彼が定期的にメーティオケーに居るという印象を持ってしまっていた。
「カイル。何か勘違いをさせていたようですが、私はこの国のゴ《・》ヴァノンさんの工房に来るのは初めてだったんですよ? 最初はミルドレッドに行きましたよ。そこでゴヴァノンさんの現在の所在と新しい6番目のアダマンタイトクラスである貴殿達の情報を詳しく知り得ていたんです。少し離れた国などではチームの詳細などはまだ届いていなかった筈です」
確かドレッドノートの人達に、俺達のチーム名と自己紹介をしたときも気付いていた様子はなかった。アダマンタイトクラスであると言ったのはカウムさんが察しただけで殆ど自己申告だ。首に下げた『破壊者』の称号に触れる。コーラルが話しを続ける。
「今まで聖剣祭の時にゴヴァノンさんの名義で披露された作品の一部は、血を吸わせて刃と成す鉤爪『狂刃血爪』。受けた物理衝撃を倍加させて周囲に拡散する球体『波動球』。装着者の胴体を異空間に移して攻撃によるダメージを完全に伝えない胴鎧『歪曲陽炎』。射貫いた敵の肉を喰らい矢と成す魔弓『餓肉鬼』。斬った者を錆で犯す太刀『毒錆刃刀』など、様々な物が評価されています」
今出てきた物を俺は知っている。シルフィーに目を向ければ黙って頷いている。工房内に行く前の店頭に並んでいた品の中にあった物だ。あれらを見てゴヴァノンさんの作品だとは思えなかった。だってあれは娘のゴルディの物だから。
「『火継ぎ』は聞きましたか御主人様」
「確か弟子や子息をそう呼ぶって聞いたな」
「ドワーフは炉の火を絶やさない話しは」
「メアリーが教えてくれた。だからドワーフはこういう明るい場所でも眠れると」
コーラルは俺からそれを聞くと言葉を続ける。火継ぎの意味を伝えるために。
「金属を意のままに操るドワーフにとって炉の炎は神聖視される物です。それはまさに自身の魂であると言えます。人前で晒すことはありませんが、自身の工房を持っている方は他国へ出向く際には炉の火種を絶やさないよう旅の供に運びます」
ゴヴァノンさんの工房でゴルディが炉の手入れをしていた理由、彼女は父親の火を炉に入れるために手入れをしていた?
「そんな彼らが言う『火継ぎ』とはまさに魂の継承と呼んで差し支えないです。愛も、願いも、想いも、歴史も、技術も、過去の栄光も、そして『名前』さえも時には引き継がせるドワーフもいるようです」
名を継ぐ、つまりはゴヴァノンを名乗るという事だ。大聖国の聖女であり最上級冒険者であるメアリーさえ武具を求める腕を持った職人の名前を。
「そして彼女は王の目に留まります。50年の間、誰も成し遂げなかった偉業成したからです。それは超高位金属の完全なる精錬。その瞬間に彼女は全ての特殊合金を過去の物にしました。彼女の過去の業績は全てがこの金属の為に行われてきた『試作』。技術を手に入れ、経験を積み、金属に最も愛された彼女が最後に求めたのが『使い手』です」
あの時初めて会った光景を思い出す。
――――――
ゴルディの意識が俺に向く。その目は爛爛とし、口元には笑みが浮かんでいる。
「あたしはゴルディ! どうだい! 栄えあるあたしの専用武具制作第一号にならないか!」
――――――
「彼女は鉱石の声を聞けるようです。近い将来に『使い手』と出会えると金属との触れ合いの中で予感したのでしょう。だから彼女は掛け合ったのです。『聖剣を越える武具を作る』と、産まれた時から『火継ぎ』であると定められ自身の名前が無かった彼女に名前を授けたドワーフの王に。それが今年、聖剣祭が開催された理由です」
出会う前から彼女は俺の武器を作ることを決めていた? 鉱石の声を聞けたからといって何故そうなるのかが全く見えてこない。
「彼女は言っていたようです。『進化にはは必ず条件が存在する』と。様々な人や物の才能や可能性という名の原石を昇華させてきた彼女は最後に己と自身の作品の進化を感じたのでしょう。それはつまり条件が整うという事に他なりません」
鉱石の声を聞き、才能を感じ取れる彼女が待っていたのは、俺という名の条件?
「ドワーフ王がそんな彼女に送った名は『進化の申し子』。彼女という存在でドワーフという種族全体は新たな進化を遂げるだろうと感じたが故に付けた称号です」
ドワーフの国が揺れる。
突然来た途轍もない衝撃で、ドワーフの岩を削り出した建築物が揺れと共に砂埃を撒き散らす。
倒れそうになるシルフィーを支えてコーラルを見る。
「・・・・・・御主人様。作戦開始の狼煙が上がりました」
「いいのかコーラル」
メアリーが居ているのにも関わらず、コーラルが話そうとしている。
「問題ありません。このまま聞いてもらいましょう」
つまりメアリーも巻き込み、協力させてしまおうと。
「何かよく分かりませんが、非常事態のようです。私の力が役に立てるなら使ってくださいです」
「手伝ってくれるのか?」
話しが早くて助かるが。
「カイル。私は魔王の存在は断固として認めませんが、貴殿の望む平穏な世界まで否定した覚えはありません」
揺れる世界の中で俺達は一切の身じろぎをせずに見つめ合う。それは初めて出会った夜を彷彿とさせた。
「さあ世界を救いましょうカイル。『断罪聖女』メアリー・オーデアルが愛に生きる貴殿の為に全力でもって応えましょう」
白銀に輝く彼女はその瞬間、確かに人類の守護者であり、『双翼』の片割れであった。
「・・・・・・分かった。俺に、俺達に力を貸してくれメアリー」
「勿論ですカイル。私は貴殿のその正直な所がとても好きですよ」
とても良い笑顔でメアリーは言った。俺もきっと良い笑顔になっているだろう。
「じゃあ好きのついでにクレアの事も見逃してくれないか?」
「断固拒否の姿勢です。私は絆されません」
「それは残念だ」
「クレアさんから私へ乗り換えると言うなら考えない事もないですよ?」
「考えるだけだろ?」
「ばれましたです」
「「ははははははは」」
ここに強力な助っ人を得た。メーティオケーを襲う揺れが収まっていく。
俺はコーラルに視線を戻した。彼女も良い笑顔をしている。いや彼女だけではない。表情に出さないシルフィー以外はみんな良い笑顔をしている。シルフィーに関しても機嫌が良さそうである。
「御主人様。では始めましょう」
俺を含めた全員の機嫌も良くなるさ。何故なら―――
「ああ、行こうか」
―――ダークの企みの全てを壊してやれるんだから。