12.歩き続ける
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鉱山国メーティオケーを外へ出て天山から東へ向かう。天山には劣るがそこにも高い山々が聳え立っている。目的地はその中の一つ、特定のドワーフの許可が無ければ入山出来ない特殊鉱山である。
転がっている石や岩、自生している樹木の地表に剥き出しになった太い根が歩行を邪魔する。木々以外の緑は殆ど見当たらない。植物は小さな群生地が寂しげに点在しているのみとなっている。他の山はまだ天山を含めて緑は多かったが、この山は枯れているとは言わないが外観は物寂しいと感じる。
ヤナギやスターチスの感覚で周辺情報を拾ってもらったら、生き物自体はなかなかの数が存在しているらしいが一部の大型種以外は生息している様子では無いという。通り道にしていたり、他の山からたまたま迷い込んでいるだけの生物達が大多数だと言う。どうやらここは大型種の縄張りのようだ。
意気揚々と先導してくれているドワーフの少女ゴルディが教えてくれたが、この特殊鉱山である『クローム鉱山』はミスリルやオリハルコンを始めとした高位の金属鉱石を採掘できる場所であるらしく、それらが含まれる岩石を喰らう中位竜ロックドラゴンや、高位竜メタルドラゴンが住処とする危険地帯であるらしい。その割に本人はそれに脅えた様子はなく陽気な雰囲気を振りまいている。まあそれは俺達も人の事は言えないが。
「あたしの夢は沢山のオーダーメードを作り、ゆくゆくはあの『聖剣』を越える超すげえ武具を創造することだ!」
「神剣では駄目なのですか? 確かドワーフは精霊の血が流れる種族、対話可能で実際に何振りものドワーフ製の神剣が世に出ていたとシルフィーは記憶しています」
「『精霊武具』の事か? 確かにアレなら強い武具は出来るよ。でも宿る精霊で性能も安定性もバラつきが激しいんだよ、性格だって力の多寡だって個々によって違うんだし。ほら、そこのワービーストの姉ちゃん達の精霊武具もさ、本人に適性があるのに全然真価を発揮できてないだろ?」
「見て分かるのですか?」
「そんなん精霊の顔見たら一発だよ」
「ボク達ってちゃんと適正あるの?」
「コーラル殿には精霊は自分達が対話できる事を待っていると言っていましたが」
ドワーフが『神剣』の事を『精霊武具』と呼ぶのは彼らの種族としての性質による。
ドワーフやエルフなどの精霊との親和が元来高い種族は、ヒューマンやワービーストなどの親和の低いのが普通である種族と違い、精霊という存在が身近である。それは家族や同種に抱く親近感という表現が最も適している。
彼らには魔法行使をしていない不活性状態の精霊を視認できる。精霊魔法に適性を持ったヒューマンでもそれは一部を除き不可能である。可能なのは気配で大まかに存在を感じるか、魔力を与えて活性化させて現出した精霊との対話ぐらいである。どんな状態でも視認できるのはその身に精霊が流れるドワーフやエルフの特権であると言える。
それにより彼らは実際に精霊と触れ合い、対話して、日常から戦闘に至る全ての生活を共にしている。そんな彼らにとって精霊はあくまで精霊である。見て触れられないヒューマン達にとっては精霊は人を超越する『神の力の行使者』であっても、彼らにとっては同胞に近い存在である。故に『精霊武具』であっても『神剣』ではない。
「適性はバッチリだと思うよ。あ、別に姉ちゃん達が精霊魔法に適正あるって意味じゃねえから。それはさっぱりだよ。加護だって持って無えだろ多分。あたしが言ったのはそれらに宿ってる精霊が姉ちゃん達の事が好きってだけだから」
道無き道を歩きながら彼女達の会話は途切れない。シルフィーは少し披露で顔色は悪いがそれは単純に鍛錬不足である。メアリーは俺と並んで全員を視界に入れられる位置で歩いている。そういえば彼女もエルフの血が流れていたな。つまりゴルディと一緒でその目には精霊が映っている筈である。
「・・・何です? 私の横顔に見惚れてたのですか? まあ私はママ譲りの超美少女ですので致し方ありません。存分に見るが良いです」
「あ、そこは全然意識してなかった」
「何でですか! ママが美人じゃないって言うんですか!」
「お前とママは別人だろ」
こいつ本当に面倒くさい。普通にしてれば綺麗で可愛いのに自分から台無しにするのは何なのか。わざとか? もしくは会話の中でチラッしか出てないのに存在感のあった勇者の影響か?
俺とメアリーが後ろでそんな無駄な会話をしていると、ゴルディは自身の話に熱が入っていく。
「あたしはそんな不確かな精霊武具よりもな、完全無欠な物を作りたいんだよ。工房の内外に置いてた試作もそれの足掛かりだよ。そして何より! 聖剣よりスゴい物を生み出すのは―――」
振り返って後ろ向きに歩きながら、彼女は小さな体の腕を大きく広げて不敵な笑みを浮かべる。
「―――ロマンがある!!」
「浪漫・・・ですか?」
シルフィーは表情のない顔を傾げる。その横ではヤナギとスターチスがゴルディの言ったロマンという物に共感したように頷いている。
「ロマン。それは大事。ボクとスーちゃんも分かる」
「自分達は最も『偉大な王』になるつもりですしね」
彼女達の『王』になるという目標もロマンに入るのか? 偉大なと付けたという事は厳密には普通の王とは違うのかもしれない。ワービーストの細かな歴史は知らないから詳しい事は分からないが。
しかし目的の物が取れる場所にはまだ着かないのか。ゴヴァノンさんから投げ渡すように弟子であるゴルディを預かったが、娘でもあるしあまり帰りが遅くなるの考え物である。
「お、着いたぞ兄ちゃんに姉ちゃん達! あそこの坑道から入ったらいいんだよ」
ようやく辿り着いたようだ。岩肌にひっそりと空いた穴、坑道が俺の目に映る。あそこに入り、指定された鉱石を採掘する事になっている。しかしここに来るまでモンスターと遭遇できなかった。会えればシルフィーの訓練に使おうと思ったが当てが外れた。まあ主な物が竜種のようだし、もう少し小さなモンスターから始める方が良いか。
「掘るとこはあたしが指示するからじゃんじゃん採っちゃってよ。あ、そういえば今日は山が静かだったな。兄ちゃんのお陰かな?」
「俺?」
急に話しを振られた。道中にモンスターなどに遭遇しなかった理由が俺にあると?
「うん。なーんか兄ちゃんが居ると精霊も静かなんだよ。この国に来るまでになんかしたの? 特に竜種が警戒してるってこの子らも教えてくれてる」
俺達の目には見えない、おそらく精霊と戯れながらゴルディが言う。メーティオケーに入るまでにした竜種と関係のある行動はロックドラゴンを仕留めたぐらいだ。たった1体俺が殺したぐらいでそんなに影響があるのか?
「・・・カイル。おそらく高位の竜の一部は天山での戦闘を感知しています」
「・・・ああ、アレか」
メアリーが俺に耳打ちするようにそう言った。そういえば彼女とあの魔人との戦いはかなり派手な様相を呈していた。それで竜の関心を買ったのだろう。彼らは野生に生きる物、穏便に済むなら生死のかかる戦いは可能なら避けるのだろう。しかしゴルディの言い方の気になる事が解消されたわけではない。
「なあゴルディさん、どうして俺だけなんだ? ここで派手にやったのはメアリーもそうだぞ」
どうして彼女は俺だけを指したのか、何故精霊は彼女にそう伝えたのか。
「・・・ん~~、カンってやつ? あたしの感覚じゃあ兄ちゃんって皆と違うんだよな~。それを精霊が感じ取ってんじゃね?」
迷いなく坑道に入って行くゴルディを追いながら俺達も入って行く。暗いと予想していた中は想像していた物とは違い、壁自体が淡く赤に黄、桃色や青色など様々に発光している。これは鉱物の何かが光を発しているのだろうか? 色とりどりのそれは美しかった。
そんな綺麗な坑道を進み、先導しながら彼女は説明を続ける。
「何て言うか・・・進化の余地が見当たらないって言えばいいのかな~」
「進化?」
「あれ? これも違う気がする、・・・ん~~あたしが感じ取れてないだけかなやっぱり?」
「どういう意味なんだ?」
「ん。あたしってさ、鉱石とか鱗とか皮とか骨とかの素材を見てるとそれがどれだけ性能を引き出せるか何となく感じるんだよ。そんでそれは物に限らず人とか見てるとな、その人がスゴい人なのかそうじゃないのか、本人に何の適性があるかも感じるんだよ」
その感覚は彼女が持つ加護、ゴヴァノンさんが言っていた『原石を昇華する者』と関係があるのだろうか? シルフィーの瞳に似た物のように感じるが違うのだろうか。
「ゴルディ様。それはまさか他者の『才能』が分かるのですか?」
シルフィーがゴルディの隣に駆け寄り、まるで詰め寄るように尋ねる。シルフィーの無表情がゴルディの至近距離まで近づき、彼女は逃げるように仰け反る。
「な、何だよいきなり! 近ぇよ離れろ!」
「シルフィーのも見えているのですか?」
「はあ? ・・・・・・まあ感じるかな」
目を細めてシルフィーを上から下まで観ながらゴルディはそう答える。それを聞いたシルフィーはさらに詳細が聞きたいのか足を踏み出そうとする。しかしそれはゴルディの続く一言で止まる。
「な~んか戦い向きじゃ無いなあんた。大層な装備してるけどそっちには伸び無いんじゃねえかな。あ、護身用かそれ? じゃあ良いか」
「――――――」
シルフィーが完全に静止する。さっきまでの威勢が消えた彼女をゴルディは訝しむように見たが、興味を失ったのか俺に再び気を向ける。
「んで兄ちゃんはさ、はっきり言ってわっかんないんだよね~。まるで深い穴を覗いてるみたいで、底に何があるのか確認できない、みたいな? 他の姉ちゃん達がスゴいのは分かるんだけど」
「誰を見てもゴルディさんは確実に分かるのか」
「当たり前だよ兄ちゃん。分かんないのは兄ちゃんが初めてだよ。『勇者』やドワーフ王に会った時だって分かったのに。・・・・・・てゆうか兄ちゃんのさん付け、背中がぞわぞわするから止めて欲しいんだけど。呼び捨てで良いよ呼び捨てで」
「・・・分かったゴルディ。これで良いか?」
「おう! じゃあ話しも済んだし奥まで行って掘ろうぜ」
どうも俺という者の何かを掴み切れていないからこその、異質だからこそ俺に原因があると彼女は考えたらしい。
コーラルやシルフィーにゴルディが見て感じ取り、それに俺自身が自覚している加護が壊れている状態は俺自身が考えていたより前例が無いらしい。それは精霊から俺を見ても同じなのかもしれない。
追いついたシルフィーの肩を叩いて歩くことを促す。ヤナギとスターチスは俺に任せたようで少し離れた位置で彼女を見守っている。メアリーも少し後ろで静かに俺達を見ている。
肩を叩かれたシルフィーは俺に顔を向ける。やはり無表情ではある、それでも何処か足下を見失った雰囲気を感じる。ゴルディの言葉に衝撃を受けたのか。触れた肩がいつもより小さく感じる。
「・・・お師匠様。シルフィーは・・・・・・」
「俺は最初から変わらない。今も」
シルフィーの心からの声を、誓いを聞いたあの日、俺はこの娘を強くする事を決めた。ならあとは彼女自身の問題である。
シルフィーは黙って俺を見つめている。その目が映している物を俺は真に理解することは出来ないが、彼女はそれを見て感じて心を落ち着かせている。触れた彼女から感じた小ささが消える。
「・・・・・・すいませんでしたお師匠様。シルフィーは情けない所を見せてばかりです」
俺へ頭を下げる彼女は普段の彼女だ。あの日この娘は強くなると感じ取ったいつものシルフィーだ。もう心配はいらない。いや、そもそも最初から必要なかったのかもしれない。俺と同じように自身で立ち直って歩き出せる、それだけの想いを胸に抱えた娘だ。
「気にするな。行くぞシルフィー」
「はいお師匠様」
先程まで疲労の色がでていたシルフィーは、それを振り切るように再び前を歩き出す。それを見たヤナギやスターチスは嬉しそうに彼女の両脇に詰め寄って頭や体を撫で始める。本当にシルフィーを可愛がっているなあの2人は。
「カイルは本気で彼女を強くするんですね」
メアリーが再び皆を見送っていた俺の隣に立つ。その目はシルフィーに向いている。
「少し違う。俺に付いて、シルフィーが強くなるんだ」
俺が出来る範囲で限界まで鍛錬を施すことは出来る。しかしシルフィーが強くなるかは彼女自身の問題だ。彼女が立ち止まらない限り、その先に道がある。
壁があるなら壊せ、邪魔する物は壊せ、道が無いなら壊せ。自身が望まない現実なんて壊してしまえ。俺はそうして進んできた。
「・・・・・・訓練所の時にも思いましたが、カイルは優しい人ですが誰よりも厳しいですね。本人に諦める気が無いなら死ぬまで歩かせるつもりですか?」
死ぬまで? 何を言ってるんだメアリーは。
「自分が死ぬ現実なんて物も、踏み壊して進めばいいだけだろ」
「・・・・・・本当に厳しい人ですね」
俺達はそれで話しを終わらせて、ゴルディの後を追って足を動かしていく。
前を歩く、火のような髪を持つ少女の背を見ながら。