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11.ドワーフの少女

 


 ◆◆◆



「ここがゴヴァノンさんの工房・・・」


 目の前にそびえ立つ異様な建物。俺達はそれに圧倒されている。


「如何したですか? 早く入りましょう」


 メアリーが工房の入り口、様々なモンスターの骨で組み上げられた趣味の悪い扉・・・・・・前衛的な扉の前で俺達が呆気にとられているのを不思議そうに見ている。


「いや、本当にここが?」


 扉だけではない。軒からは歪んだ剣や槍、時折震える鎧に調理器具。分野を問わない禍々しい創作物が大量に吊られているし、謎の走り書きが壁を埋め尽くすように書かれ、煙突からは異臭と共に黒い煙を噴き出し、建物の隣には様々なモンスター由来の素材が無造作に山と積まれている。腐らないのかこれ変な匂いもするぞ? それよりもここはドワーフの工房っていうより邪教徒の家では? 


「・・・個性的?」

「鼻が麻痺しそうです」


「かなり独特な感性を持った方のようですね。ゴヴァノン様は」


「近くに建物がないのは他のドワーフの人達が避けて逃げたから、とかじゃないよな?」


 ここに来るまでも様々な工房が目に入ったが、ここまで常識を疑うような建物はなかった。他の追随を許さぬ個性である。


「まあいいです。・・・ゴヴァノンさん、メアリーです。新しい装備の件でご相談が」


 メアリーは来訪を知らせる叩き金(ノッカー)、小さな猿型モンスターの頭骨の形状をとったそれを打ち鳴らす。低く鈍い音が建物内に響いていく。

 彼女がここにいるのは、あの手甲と脛当てがここに住むゴヴァノンさんの作った物であったかららしい。一番肌に合う装備を作ってくれる人を探していたら彼に行き着いたと言っていた。


「では入りましょう皆さん」


「え? 返事が無いぞメアリー」


「いいのです。本人が不在でも弟子の誰かは居るでしょう」


「勝手すぎないか?」


「事前に許可はありますです」


 そう言ってメアリーは骨の扉を開いて中へと入っていく。その動きに一切の迷い無し。


「カー君。中に人がいるよ」

「2人います。片方の男性がゴヴァノン殿でしょうか?」


「お師匠様。流石のシルフィーでも躊躇します」


「いや、それが普通だ」


 メアリーに続きヤナギとスターチスも入って行く。外に取り残されたのは俺とシルフィーだけだ。俺達以外はなんでもないように行くせいで自分達がおかしいのかと思ってしまう。


「・・・・・・立ってても仕方ない。行こうシルフィー」


「はい、お師匠様。シルフィーは何処までもお供します」


 謎の決意を胸に、俺達はどう考えても趣味の悪い建物内へと足を踏み込んでいく。

 内部も中々に酷い。工房兼簡易店舗になっており、最初に目に入った場所は小さな販売所になっている。それなら普通だが、品揃えが当然ながら普通では無い。


 手甲内側に謎の針が密集している鉤爪手甲。柄が三節棍になっている槍。木で出来た竜の頭のかぶり物。腕くらいの長さの楕円形で中央に穴がありそこに持ち手が付いた刃。赤子ほどあるただの金属球。全てが何かの生物の骨で作られた斧。腰部分が片手で握れるほど細い胴鎧。完全に錆付いている刀。目玉が付いた杖。生肉のような質感の弓。焦げ臭い皮の靴。獅子の頭を模した盾。

 実用性があるのか疑わしい武具の数々。そもそもこれは売り物なのか? 観賞用の飾りの可能性もある。


「お師匠様。値札が付いています」


「買う人はいるのか?」


 何だこの手甲、手を入れたら傷だらけになるぞ。この弓とか単純に気持ち悪い、触ったら生暖かくて弾力がある。観察していた俺の顔をシルフィーが見ている。


「・・・・・・ここで買うのですか?」


「俺も不安になってきた」


 出来ればシルフィー専用の武器も求めていたが、ここで買うのに抵抗が出てきた。いや、でもメアリーの武具はまともだったよな?

 この場に先に入った皆はいない。どうも店の奥にそのまま進んでいったらしい。追いかけようか。


「先に進もうかシルフィー」


「本当に大丈夫でしょうか」


「まあ実際に作ってもらえるか分からないしな」


 少なくとも陳列していた武具は使うつもりは無い。シルフィーもあれらを使うのは避けたそうにしている。癖のある武器という物ではないしな、あそこにあるのは。

 店の奥にある扉を潜る。


「もっと強い手甲と脛当てが欲しいのです」


「半年持たずに使い潰すか。()()()


「私が強くなったので全力に耐えられなくなったのです」


「これで駄目なら難しいぞ」


「これ以上の性能は厳しいのですか?」


「そっちの意味じゃ・・・」


 奥はかなり広く空間をとった場所になっていた。入って直ぐに受付台が置かれており、それを挟んだ向こう側は鍛冶場と加工や作業を行う場所になっている。正直、内装を見て意外に感じている。


 そこに先に入っていたシルフィーが受付台を挟み、1人の薄着で逞しい上体を出しているドワーフの男性と話していた。ヤナギとスターチスがシルフィーの後ろで会話に参加せずに工房の中を見回しているのは俺と同じ理由なのか。さっきの奇々怪々な店頭と比べてこの工房は奇抜な様子は一切無い、質実剛健さを感じる造りになっているのである。店構えとこの工房はあまりに雰囲気が繋がらない。それは別々の人が対応している気を感じさせる。


 メアリーが言葉を交わしている彼がおそらくゴヴァノンさんであろう。外見は正直バルムさんと見分けが殆どつかない。ドワーフの男性は基本的に似通った容姿をしている。彼らは精霊の血が流れている種族らしく、外見以外での個人判別をしている。そのせいで髪型や髭が同じ形になっていても気にしない。ヒューマンにとっては困る種族である。

 唯一特徴的なのは額にある大きな両目一体型の、厚めの作りをしたゴーグルの存在ぐらいか。そのゴーグルと青みがかった土色の口髭の間から覗く黒目がちな瞳はシルフィー達から今入った俺達に向く。


「・・・『傷の男(スカーフェイス)』、あれが今の断罪のの連れか?」


「少し違います。彼は私の後ろの2人ともう1人の女の子のチームリーダーです」


「そうか。()()、おれがゴヴァノンだ。」


 彼の、ゴヴァノンさんの名乗りに俺とシルフィーは歩み寄ってから自分達も名乗る。


「俺は冒険者チーム『シエスタ』のリーダーでカイルだ。初めましてゴヴァノンさん」


「シルフィーです。この方の弟子になります」


「傷のに()()()だな。そしてそこの()()()()()()()も含めたチームと」


 ゴヴァノンさんは俺達に変わった呼称を使っている。メアリーの事も断罪のと呼んでいる。自分達の名を覚えてくれているのか分からない呼び方だ。


「被服屋のボウズから話しは聞いている。装備が欲しいと」


「ボウズ? あ、もしかしてドゥーガさんですか?」


 黙って頷くゴヴァノンさん。独特の呼び方のせいで誰のことか一瞬分からなかった。しかし俺が名前を出して肯定してくれたのは、きちんとした名前も覚えてくれている事になる。単純に彼の好みの呼び方をしているだけのようだ。


「で、何が欲しい? 防具か? 剣か槍か棍か?」


 どうもゴヴァノンさんは端的に話しを進めるのも好みらしく、必要な情報を聞き出そうとしてくる。だが先に話していたのはメアリーだ。


「ゴヴァノンさん。先に話していたのはメアリーなので彼女から先に」


「素材が無い」


「え?」


 即答である。素材? メアリーが俺の隣に移動して彼に話しかける。


「表の物は使えないのですか? 多種多様な物がありますが」


 それを受けたゴヴァノンさんは眉をしかめる。


「・・・・・・アレはおれの『火継ぎ』が集めた物だ。使えないわけではないが、使える物が出来るわけでもない」


「火継ぎ?」


「私達で言う弟子の事です。あとは直系の子息だったりですね」


 俺の疑問にメアリーが答えてくれる。弟子、つまり俺にとってのシルフィーのような人が表にあるアレの張本人らしい。どおりで彼の雰囲気からは考えられない店構えをしていると思った。

 しかしメアリーの武具が作れないとなると、俺の武器も難しそうな気がする。最低限俺が使ってダークを5・6体始末しても駄目にならない強度の物が欲しい。

 俺は背負い袋からアレを取り出す。魔人との戦いの後で折れてしまった大剣。


「これよりも丈夫な武器が欲しい」


「・・・隕鉄の大剣? 派手に壊したな。何と戦った?」


 ゴヴァノンさんが身を乗り出すように俺が取り出した大剣を見る。俺は台の上に折れた大剣とその剣先を共に置く。それを彼は腰のベルトに吊り下げられた幾つもの道具の中から片眼鏡と金槌を取り出して検分を始める。折れた断面を見たり、叩いた時の音を聞いたりして詳しい状態を確認しているようだ。


「ダークを殺したあとに折れた」


「・・・・・・ん」


 大剣に集中していたゴヴァノンさんが俺に目を向ける。


「傷のは被服屋のボウズから伝えられた通り常識外れらしいな。そこの断罪のと同類か」


 彼は手を止めてゴーグルを目に装着し、そのゴーグルの縁を太い指でなぞる。


「傷のの武器も素材が必要になる。時間はあるな?」


「・・・あるけど、どうすれば?」


 素手で大剣を撫でる。長年鍛冶仕事に携わってきた者の、まるで皮の手袋のような分厚く太い手指をしている。


「金属と生体素材がない。()()()()()。用意すれば作ろう、壊れない武器を」


「そう言われても知識が無い」


 俺に鉱石や素材の知識はない。物語で取り上げられたり、村人が聞きかじれる程度の物しか知らない。様々な物を見通せるコーラルを頼る事は出来ない。彼女は今ここのギルドで表向きの仕事をこなしながら本命を進めているので手が放せない。皆に視線を向けても俺と同意見らしく、ここにいる者で必要な素材を探す事が出来ない。


「俺の火継ぎを付ける。見る目は確かだ」


「待ってました!」


 奥にある高炉と金床の間にある死角から人が飛び出す。先程からずっとそれらの手入れをしていた()()()ヤナギやスターチスが屋外で捕捉していたもう1人で、ゴヴァノンさんが言っている火継ぎだろう。


「ねえねえ! あたしにも一杯掲げさせてよオヤジ! 見る目だけじゃないって教えてあげるからさ!」


 (せわ)しなくシルフィーよりは1つ2つ年嵩に見える少女がゴヴァノンさんに走り寄る。

 ドワーフの女性は、男性ほどヒューマンからはかけ離れた容姿はしていない。低い背に赤銅色の肌、黒目がちな瞳に青みがかった土色の頭髪。それらのドワーフの種族の特徴以外は殆どヒューマンである。背と体格のせいで幼く見られがちらしいが。


 彼女は短めの髪にまるでカチューシャでも当てるように、ゴヴァノンさんよりも小振りなゴーグルを付けて額を露わにしている。彼女の活発さを示すように太めの眉が大きな目の上で主張している。

 そして黒い煤か炭かの汚れが目立つ、無理矢理着込んだようなぶかぶかの厚手の作業着を着込んでいる。その服に着られたような小さな体の手足を精一杯使ってゴヴァノンさんに言い寄っている。


「良いでしょ~オヤジ~。もう試作ばっかり飽きたよ~! あたしもオーダーメードしたい~!」


「・・・喚くな!」


「ぬわっ!」


 ゴヴァノンさんのハンマーのような拳が彼女の頭に打ち落とされる。鈍い音を立ててそれを受けた彼女は頭を両手で押さえて蹲る。上げた顔の眦には痛みでか涙が浮かんでいる。


「いった~い! オヤジのアホ! 娘の頭は金床じゃねえんだぞ!」


「もしそうなら粗悪品しか出来んな。お前の仕事は別だ」


 蹲ったままの彼女をゴヴァノンさんは首根っこ持ち上げて俺達に突き出してくる。その間も彼女は手足を振り回して彼への悪態を言い続けている。どうも彼女はゴヴァノンさんの弟子であると同時に弟子でもあるようだ。

 ゴヴァノンさんがそのまま俺をじっと見て口を開く。


「こいつは『ゴルディ』。加護『原石を昇華する者』を持つ」


「あ! 勝手に人の加護を言うなよ変態!」


「・・・ゴルディさんを素材調達に同行させて良いんですか?」


 元気なのは良いけど、娘をいきなり会ったばかりの男に預けるの大丈夫なのか。危険は俺達で確実に排除できるとしても親としての心配はあると思うが・・・・・・。さっきからゴルディはヤケクソ気味に父親の顔を小さな手で殴りまくっている。ゴヴァノンさんは全く動じていない。


「構わん。外で活きた素材を見る機会だ」


 ゴヴァノンさんが壁を見つめる。方向的に壁の向こう側、外にはあの素材の山がある場所だ。


「死骸を引き摺ってくるよりは自身の糧になるだろう」


 あの山はゴルディが集めた素材の山らしい。1人であれだけ集めたのならたいした物だ。・・・後先を考えてくれていたらもっと良いのだが。あれちょっと腐ってきてるよな? それにあの異臭のする煙は彼女が俺達が来るまで試作をしていたからか? それで後始末の掃除を兼ねた手入れをしていたと考えるのが自然だ。あと試作ってあの店頭に並べていた不可思議な武具群の事かもしれない。

 ・・・・・・不安な要素が増えた気がする。彼女を連れて行って本当に大丈夫なのだろうか。


「おい! あんたがあたしを連れてってくれる人か!」


 暴れていたゴルディの意識が俺に向く。その目は爛爛(らんらん)とし、口元には笑みが浮かんでいる。


「あたしはゴルディ! どうだい! 栄えあるあたしの専用武具(オーダーメード)制作第一号にならないか!」


「調子に乗るな」


「ひぎぃ!?」


 ゴヴァノンさんが空いている手でゴルディの頭を鷲掴みにして圧力を掛けていく。鳥を絞めたような声を上げて再び暴れ出す。いや藻掻き出す。かなり痛そうである。


「元気いっぱい」

「シルフィーより少し年長ですかね」


「彼女・・・なかなかの加護を持っています」


「ゴヴァノンさんのお子さんは初めてお目に掛かりましたね」


 想像はしていたがやはり皆は受け入れる態勢のようだ。まあシルフィーが「なかなか」と言うからには相当な加護なのだろうゴルディの所持している物は。

 まあ素材は武具を作るには必要だろう。それに生体素材とはモンスターやデミヒューマンの素材だ。そろそろ実践の経験も弟子としてとったシルフィーに積ませようと考えていたし丁度良いのかもしれない。


「・・・分かった。彼女を連れて素材を持ってきます」


「その分の代価は負ける。頼んだ」


 そう言ってゴヴァノンさんはゴルディを受付台の上を通るように放り投げた。

 地面に落とすのも可哀想と感じて両脇に手を入れて受け止めて、足を付けてやる。彼女は圧迫されていた頭を押さえてうーうーと呻いている。


「・・・・・・大丈夫か」


「う~~、頑張るぞあたしは~。戦士の相棒であるオーダーメードを作るその日まで~!」


 大丈夫そうだな。

 こうして俺達はドワーフの少女ゴルディを随伴させての素材調達をする事が決まった。

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