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9.夜話

 


 ◆◆◆



 かなり広い宿の一室、その借りた部屋にあるテーブルには様々な軽食やお菓子に果実水が置かれている。この国はお酒以外の飲料の種類が少ないからミルドレッド王国で買っていた物を取り出している。食べ物は色々と気になる物があったので購入した。昼夜を気にしないドワーフの国なのでお店も開いていたり閉まっていたりと自由な営業形態をしている。そんな中で開いていたお店を利用してから宿に再び戻ってきたのだ。

 今は皆でそのテーブルを囲んで席に着いている。


「皆さんは本当にクレアさんを助けようと?」


 店で買った『坑道茸(こうどうきのこ)』と呼ばれる物を絞って乾燥させたお菓子を囓りながらメアリーは皆に尋ねる。ドワーフはこれを酒の原料の一つにしているようで独特の風味がある。酒精は殆ど無いらしいが癖があるのに変わりはない。甘い味付けにしたり辛い味付けにしたりと、ドワーフはこのキノコを色んな方法で食べている。


「ん、でないとカー君が『群れ』を作ってくれない」

「それと自分達はクレア殿がどのような御仁か気になってます」


 同じく店で買った子豚ほどの大きさの『鉄甲モグラの姿焼き』の亀の甲羅のような甲殻を剥がしながらヤナギは答える。金属質の甲殻を鉄板さながらに熱してじっくりと火を通し、毛皮の内部で蒸し焼きにした肉の香りが剥がしたと同時に広がる。湾曲して皿のような甲殻の裏側に付け合わせのソースを垂らす。ソースが加熱されさらに香りが重なる。


 続いて答えたスターチスはその間に小刀でモグラを解体して皮や骨から切り取った肉をその甲殻の中に放り込んでいく。適当にソースを絡めると肉串で刺し取ってヤナギの口に運んでいく。ヤナギはそれを遠慮なく食べていく。


「シルフィーはダークのやり方が気に入りません。それに巻き込まれたクレア様を助けるのは至極当然です」


 根菜類を主に使い、調味酢に壺で浸して坑道の奥で熟成させるドワーフ国名物『坑道漬け』、その比較的に漬けた期間の短い浅漬けを摘まみながらシルフィーは自身の考えを伝える。浅くても味が濃かったのか宿で買った乳粥に手を伸ばして匙で食べ始める。隣からヤナギが口元に肉を差し出しそれにも齧り付く。お返しのつもりか匙で掬った乳粥をヤナギに差し出して食べてもらっている。


「つまりカイルがそう望んだから手を貸すのであって、貴殿らにはクレアさん自身に対しての思い入れはないと?」


 皆の返答にそう返したメアリーはスターチスに差し出された肉を口に頬張り、瓶に入った赤い果実水を手に取り口の中の脂を洗い流すように飲み干す。そして豆を焙煎してから取り出した褐色の油脂に砂糖とバターを混ぜて冷やし固めた黒い菓子を食べる。肉とお菓子を交互に食べるのはどうなんだ? でもそのお菓子は美味しそうだ。確か『チョコ』だったな。コロニスで自生していた植物をヒューマンが加工した食べ物らしい。子供に人気のあるお菓子だ。


「でも良い人って聞いてる」

「カイル殿に想いを寄せているとか」


「きっと一途で素敵な女性だとシルフィーは思います」


 肉が減ってきた辺りで今度はシルフィーが甲殻の中に乾燥キノコと乳粥と沢山のチーズを加えてメアリーが白炎で加熱、それをスターチスに軽く炒めてもらう。キノコから出汁が出て、溶けたチーズのこくも足された即席のリゾットが出来る。


「魔王という存在はあまりに凶悪、それは歴史を紐解けば出てくる厳然とした事実。世界の平穏を望むのであれば討伐しかありえません」


 シルフィーが器にリゾットをよそい皆に配っていく。メアリーは勿論、俺も受け取り食べる。うん、美味しい。コーラルが作ってくれる手の込んだ料理とは毛色の違う美味しさだ。合わせて坑道漬けも口にする、酸味と辛みが口の中を刺激する。そしてまろやかなリゾットを食べる。うまい。

 皆と会ってから自分が今まで1人で食べていた物が料理では無かったと実感する毎日だ。以前はとりあえず焼いて食う。焼いて不味かったら煮て食う。それでも駄目だったらたまに生で食う日々だった。

 ・・・酷いな、酷すぎる。


「その辺りはカー君がいるから気にしてなかった」

「魔人も瘴気も一切合切、吹っ飛ばしていましたね」


「それにシルフィーも微力ながら身にある能力でお手伝いする所存です」


 空になった甲殻を脇に追いやりテーブルに空いた場所を作る。メアリーは油断なく次にどんな食べ物が出てくるか青い目を二重の意味で光らせている。

 ヤナギが次に取り出した物は道中で仕留めたロックドラゴン、その骨の一部である。おそらく前脚の骨のどれか1本だと思うがよく分からない。大きい獲物だったのでその分骨も太く長い。子供の胴体ぐらいはありそうだ。


「これを焼けば良いのです?」


「うん。さっきぐらいの火力で」

「表面が焦げ付くまで御願いします」


 メアリーは受け取った骨を見る。俺も見てみると骨の両端に一度小さな穴を空けた形跡がある。何かを流し込んだらしい。それを確認したメアリーは素手で持ったまま白炎で骨を包み込む。その炎の周囲をヤナギが風で覆って、さっきとは比較にならない煙や焼ける音を閉じ込める。


「・・・・・・成る程、分かりました。貴殿らの考えも私とは相容れないようですね。しかしだからこそ重ねて言いましょう。人1人の命と世界は天秤に掛けて釣り合う物ではありません。その一つの命が世界を汚染するものなら尚更です。だから私は清浄な世界の為に魔王を討伐する戦いを続けます。その過程で貴殿らと敵対することになっても」


 白炎に包まれる骨を片手にメアリーは俺の仲間達にも宣言する。その目に迷いはない。信念のような物を感じる。骨の穴から小さな泡がふつふつと沸き出す。それが周りの骨が焦げるにしたがって激しくなる。


「まだです?」


「もうちょっと・・・・・・ん、いいよ」

「敷く物を用意したのでこの上へ」


「分かりましたです」


 骨の表面が黒くなったそれをテーブルに広げた敷物の上に置き、スターチスが小刀に『切断』の力を乗せて縦に切断、割開く。中から湯気と共に香気が立ち上り、香辛料を利かせた調味液が染み込んだ(ずい)が顔を出す。まるで煮込み料理が冷めた時に出来る煮こごりのような柔らかい弾力を持ったそれをシルフィーが用意してくれた器にスターチスが取り分けていく。


「カイルも心に刻んでいてください。私は今よりもっと強くなり人類の悲願である魔王を討伐を成し遂げる。これは『聖女』である私の使命なのだから」


「・・・・・・メアリー」


 彼女は渡された髄の骨焼きを食感を楽しむように食べながら俺に鋭い視線を投げかける。白銀の炎よりも更に熱い志を胸に彼女はこれからも戦い続ける。そう思わせる熱意を心で感じる。


 ・・・・・・でもさっきから気になってる事がある。


「大事な話しなのは分かるが、今じゃないと駄目だったのか?」


 真面目な話しなのに締まらない。ここにいるメアリーを含めた全員がかなりの量を食べているので、話しの最中も常に何かを頬張っている状況だ。今もメアリーは焼いた髄を炙ったパンに乗せて頬張りながら俺を見ている。白く艶のある頬が口に入った物で膨らんでいる。彼女だけではない、皆そんな感じだ。


「皆さんがどんどん食べ物を持ってくるので仕方ないのです」


 メアリーは他の皆にも炙ったパンを配る、溶かしたチーズのおまけ付きだ。俺にも配られたそれを受け取り髄を乗せて囓る。濃厚な髄とチーズの風味が炙ったパンの香ばしさで食欲を更に駆り立ててゆく。

 夜食にしては大量の食料を堪能しながらこの話し合いは始まり今に至る。


「人のせいにするのか。それよりメアリー、お前普通に喋れるんだな」


 いつもそうなら聖女らしいのに。


「この職に就いたときに教育の一環で矯正させられました。疲れますがこちらの方が聖職者らしいという事で」


「うん、それで口の中に物が無かったら完璧だったな」


「戦いの消耗は食べなければ回復しませんから」


 それは分かるが、今更格好を付けられても困る。どうして今までそれを維持してくれなかったのか。今は乾燥果実とバターとチョコを軽く溶かしてパンに挟んだ物を頬張っている。同じ物を俺にも一つ手渡してきたので受け取る。美味しそうだったので素直にありがたい。


「・・・・・・俺達との立ち位置の違いは分かった。心に留めておく」


 皆もメアリーの話は食べながらでもきちんと聞いていたようで俺に同意している。


「はい、御願いします」


「それでメアリーはこの国へは何の用で? やっぱり武器か?」


「そうです。新しいガントレットとグリーブが必要になったのです」


「今持ってるのは?」


「そろそろ耐えられなくなりそうなので」


 そう言ってメアリーが収納具から取り出した手甲と脛当てはよく見れば一部の装甲が溶解している。使用者の能力についてこれていなかったらしい。こんな装備では全力で戦っても効果が下がるだろう。


「もっと自分に合った武器だったら勝ててたんじゃ?」


「素手で簡単に勝った人が何を言ってるです。あれは単純に私の力不足です」


 高まる戦意に呼応して青い瞳と白銀の髪が光を放つ。


「次はどんな敵が立ち塞がろうとも燃やし尽くすです」


 あの蛾のような翅を持ったダークに敗北したのは彼女の心に深い怒りを植え付けたらしい。しかし彼女はその激しい感情を直ぐに内に沈め込んだ。瞳と髪の輝きが失われる。


「・・・・・・では皆さんそろそろ夜も遅いです。この辺りで眠るのはどうです?」


 外を見ても人工太陽の光のせいで時間の感覚は捉えにくい。メアリーは『時計』という手の平ほどの魔法具で時間を確認している。夜食で思うよりも時間を取ったらしい。


「そうか。じゃあメアリーも自分の部屋に・・・」


「ちなみに私の荷物はここにあります」


 メアリーが背負い袋の魔法具を見せてくる。・・・・・・成る程。


「自分の部屋へ帰れ」


「さーて皆様! 私もここに泊まるですよ!」


 無視か。こいつ無視した。


「いらっしゃ~い」

「ちゃんとメアリー殿の分の寝具もありますよ」

「姉様方、このお部屋にはお風呂が付いています」


 歓迎が過ぎる。皆、さっきの話しの流れでよく一緒の部屋で泊まれるな。敵対も辞さないって感じだったのに。ここにいる面子は他者を受け入れるのが早すぎる。


 ・・・どうやって抜け出そうか。馬車移動の時は仕方がなかったと自分に言い聞かせたが、付き合ってもいない男女が一つの部屋は駄目だ。しかしメアリーは皆の事を気に入ってるにしても何故こんなに乗り気なのか。ここには男もいるんだぞ。


「なあメアリー、男女が同じ部屋は拙いと―――」


 カチャっと部屋の扉に鍵が落ちる音がする。シルフィーの仕業である。こっちに背中を向けているしいつも表情はないのに何故か今は彼女が笑っている気がする。


「シルフィー?」


 向こうに気を回している内に他の場所でも事態は侵攻していく。


「片付け終わった」

「ベッドは3と3で別れてます」


「全部繋げるです」


「ヤナギ? スターチス? メアリー?」


 邪魔になりそうな物を片付け、部屋の左右に3つずつに別けて設けられていたベッドを持ち上げて1つの大きなベッドになるように寄せていく3人。流れるような無駄のない無駄な作業。だから何故メアリーもここに泊まるのが決定してるんだ。


「では御覚悟をお師匠様」


 何をだ、シルフィー。


「夜はこれから」

「ここは防音が利いていますね」


 不穏なことを言うな。


「さあ良い夢を見させてやるです!」


 お前は何を言ってるんだ。


「・・・俺は絶対に1人で寝るぞ!」


 負けられない戦いがある。俺はそれに勝ち続ける。好きな娘のために!



 ◆◆◆



「アルターからの反応がない。何があった?」


 この黄金に囲まれた空間で待機していたが、このまま計画を進めてもいいのか?

 空に浮かんだ広大な大地、広さではアークス大陸の半分にまで迫る空飛ぶ大陸、それは黄金の粒子によって支えられて空を漂う。周囲はこの大地を覆い隠すように同じく膨大な黄金の粒子が存在している。


 黄金雲(こがねぐも)内部にある大地『黄金郷(エルドラド)


 その黄金郷にある山の一つに今まで息を潜めていたが、面倒な事態になっている気がひしひしとしやがる。懐から通信用の魔法具を取り出して起動する。


「ああ、くそっ。やっぱりこの中じゃあ使いづれえな」


 起動したものの、連絡を取ろうとした『テンタクル』にまで魔力を辿ってくれない。黄金郷周辺に漂う粒子が魔力の伝達を著しく阻害している。さっきはアルターと連絡を取ろうとしたが、届いたはずなのに反応がなかった。


「進路は確定してる。あとは機を合わせるだけだってのに」


 問題なく計画を進めていた矢先にこれだ。ここに居るだけで浄化の影響で苦しいってのに、余計な不安要素を出して来やがって。メディルも殺されて、事実上ミルドレッド王国での仕込みは失敗。次にここの仕込みも失敗すれば儀式の確実性が下がると聞いている。


「魔将がこれじゃあ情けないったらねえぜ。それに『イーグル』の野郎も巫山戯た事をしやがって」


 メディルが死に、イーグルが他の魔将を2人殺して失踪。裏切り者のイーグルを抜いた残る魔将はオレを含めて9人、いや待てよアルターがもし死んでいるなら8人という事になる。まだ想像でしかないが、その可能性も考えないといけない。

 歴代最強の魔王が目覚めるっていうのに、上位魔人がこうも消えていくのは幸先が悪いと言わざるをえない。今代の勇者もここ最近調子に乗っている、良くない傾向だ。


「まあいい、ここが成功すればお釣りが来る」


 黄金郷中央部にある遺跡、この黄金雲の心臓とも呼べる部分に『守護者』の目を掻い潜りながら長い時間を掛けて仕込みを施した。あとはこの黄金雲がコロニスの天山に渡れば作戦は成功と言っていい。

 その時に黄金雲の魔力の浄化の活動を狂わせてコロニスにある休火山を全てに干渉させ活性化、アルターが事前に火口を瘴気で侵した事により噴火と同時に瘴気と毒の煙を噴出。それを全て黄金雲に取り込ませて黒く染め上げ心臓部に直接オレがとどめを刺す。そうすればここも『地虫』のように邪神様の手に堕ちる。

 あとに出来上がるは世界に汚染を振りまく闇の雲だ。


「このオレ、『煙爆のストルグ』が邪神様の寵愛を最も受ける。その為には作戦成功が必須だ」


 しくじってなるものかよ。人間ごときがオレに勝てると思うなよ。

 オレの気の高揚で肩や背中、腰にある噴出口から煙が漏れ出る。おっと興奮しすぎたか。まあいいもうすぐこの仕事も終わり、それでグランメナスへ凱旋できる。

 誰かにオレの存在を気付かれる事なく、作戦は最終段階に入る。



 ◆◆◆



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