8.山の中の国
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『鉱山国メーティオケー』はコロニスの天山内部に作られたドワーフの国であり、話しを聞く限りでは洞穴とい想像の域を出なかったが入ってみると驚いた。
コロニスの天山標高7千は軽く越えており、範囲もコロニス山岳地帯の5分の1を占める領域を持っており単純に10万㎢前後ある高く広大な山地である。
出入り口の様子は規模は大きい物の、坑道の範疇であった。しかしその人工の灯りに照らされた道を少しばかり進んだ後にはそれ表れた。山々の内部にあるドワーフの国はその全てを掘り起こしたのかと思わせる程の空間になっていた。
「凄いな。どうやって天井を支えているんだ?」
「過去にドワーフ達は、天井の支えを金属と土石と魔法によって作った『山の骨』を生物の血管のように張り巡らせたのです。だから崩落しないのです」
半球状に広がる天井の天辺には太陽のように輝く物がある。それがこの空間に灯りをもたらしていて、おそろしく高い位置にあるように見える。
「いやでも高すぎるだろ。一番高いところはどうなってるんだ?」
「ドワーフの王が住む場所はここからでも見えるあの建造物『王山』です」
「・・・・・・山の中に山があるんだが?」
「あれで高さは3千はあるので、一番高いあの天辺はおおよそ4千はあるのです」
「どうやって掘ったんだよ。山の中に比喩でも何でもなく国があるじゃないか」
なんか池や川みたいなのも見える。植物の緑もちらほら。
「貯水湖や水路、人工の太陽光などを活用して食物の栽培もしてるです」
高さ500mはある出入り口を出て、絶壁と表現できる『国境』沿いに作られた長く広い階段をメアリーと共に降りながら鉱山国メーティオケーの全容に目を巡らせる。
ここから遠く離れた中央部にはさっきメアリーに聞いたドワーフ王の住処、山のような偉容を誇る『王山』があり、そこから周囲に緩く下がっていくように建物が広がっていく。
完全に整地された場所から坑道や岩石をそのまま利用した通路や階段まで、壁や地下などお構いなく穴が掘られ、梯子を渡し、橋を架けて縦横無尽に行き来できるようにしている。
「そういえばメアリー、ここに入った時に階段脇に家ぐらい大きな箱型の何かがあったんだけど」
「あれは昇降機です。人や資材なんかを運ぶための物です」
家屋ほどの大きさの四角い物体。一辺全てが大きな扉になっていたそれが「ビー」と音を鳴らして下へ降りていく。下に降りたのを見届けると、それは上へ戻ってこずにドワーフの街の中に進んでいく。
「昇降機・・・・・・。でもあれ、上下だけじゃなくて地面にある何かを伝って何処かに行ってるんだけど」
「トロッコに使っていた軌条を改造して国中を走れるようにしてるです。あの昇降機は複数あって、定期的に駅に停まって利用できるようになってるのです」
次の目的地から次の目的地へと、動力不明の箱が国の中を馬車ぐらいの速度で走って行く。さっきの階段脇の壁をよく見ると、壁にも軌条のような物が取り付けられていた。それが下へ向かう物だけでなく横へと伸びている物もある。その軌条に視線を這わせて遠くを見ると、こっちへ向かってきている別の箱が見えた。どうやらあの箱は下だけじゃなくて横にも軌条を掴む部分があるのだろう。
「本当に凄い。ヒューマンの街とは全然違う。・・・ん? でもここ明るいままにしてるけど寝るときはどうしてるんだ?」
外は完全に日が落ちて夜になっているのにここは昼間のようだ。あの人工太陽は消せないのか?
「ドワーフは基本的に炉の火は絶やしません。そして炉の近くで寝るのが殆どなので暗くなくても眠れるのです。まあ採掘の時に真っ暗な中でも眠るのですが」
「普通の人が来た時は?」
「宿では黒い遮光カーテンを貸してくれます。完全に多種族用になっているです」
「時間の感覚がおかしくなりそうだ」
「日の出日の入り、正午を知らせる鐘があるのです。それでも慣れていない人はたまに身体を壊すです」
じゃああと何時か経ったら鐘が鳴るのか。
「ドワーフの物作り以外に、あまり関心を持たない種族性が感じられるな」
「彼らの作業に夜も昼もないですから」
こうしてみると本当に違う種族なのだと実感する。見た目だけではない文化や性質なんかが感じられる。
自分の背に背負いながら歩いているメアリーの姿を思い返す。
エルフのようだがエルフではない容姿をしている。髪はエルフの金髪ではなく白銀色で、軽く浮くような印象を受ける波打った長髪。瞳と肌は逆にエルフらしい色をしている。耳は少し小ぶりな気はする。顔立ちはまだまだ幼さが抜けきっていない10代半ばの雰囲気を感じる。背も高くない、150と少しといった所だ。
第一印象は非常に綺麗な冷たい雰囲気の女の子だったが、先のやり取りで冷たいといった印象は吹き飛んだが。かなり変わった娘だった。あれ? そういえば知り合った女性で普通だった娘っていたっけ?
まあ、いいか。自分だって普通とはほど遠いし。動きの少ないメアリーを背負い直して顔を傾けて横目で彼女を伺う。綺麗な顔が近くで揺れる。
「なあメアリー。身体は平気か?」
「痛みはないです。でも動くのが億劫です」
「魔人と戦ったしな」
「その後はカイルとも戦いました。それがとどめです」
「あれはお前が悪いだろ」
「まあ五分五分といった所です」
「こ、こいつ」
しれっと言いやがった。揺らして酔わしてやろうか?
・・・・・・でも何だろうな。
「楽しそうだな」
「ええ、楽しいです」
とりあえずあの後はメアリーの力が尽きるまで戦いに付き合った。始まり方は酷かったがやった事は手合わせのような物だった。
メアリーの攻撃を受けきり、隙があれば軽く反撃する。それを彼女はわざと防いで威力を殺す練習をする。そうして今度は隙が出来ないように彼女は攻撃を再開。その繰り返し。最後は俺の反撃の一撃を受けきれなくなり倒れ伏したわけだ。
そして今に至る。メアリーの案内の元、俺達はドワーフの国の街中を歩く。彼女は俺の背で完全に寛いでいる。その笑みを作った表情は自他共に認めるように機嫌が良いのを見て取れる。
「それは良かった。足だけ持って引きずってやろうか?」
「それなら私は泣き喚くです。ご近所の冷たい目に晒されるです」
「死なば諸共とか止めろ。お前それでも最上位冒険者で聖女なのか?」
「カイルは年上なんですから年下の甘えぐらい受け止めろです」
「可愛くて綺麗なのは見た目だけか」
「よく言われます。私は褒められ慣れてるです」
「多分そいつら褒めてない」
「まあ出来損ないの扱いなんてこんな物です。程度の低い者達の声なんて雑音です」
「その割に都合の良い部分は覚えてるんだな」
「その方が気分が良いです」
「お前強いわ」
メアリーが俺に対して渾身の得意顔を披露してくる。何だこれ、ウザいけど可愛い。
時間なんて気にせず騒がしくしているが、実は周りの方が騒がしい。騒がしいというか、鉄を打つ音や作業音が引っ切り無しに響いているのだ。
「なんか何処も彼処も作業してるな」
「『聖剣祭』があるので皆さん頑張ってるのです」
「明後日からだったな聖剣祭」
ドワーフの魂を込めた作品が一堂に会する聖剣祭。始まりの日から7日間掛けて分野ごとでの作品群から最も素晴らしい物を選出する祭り。街の様子から彼らがどれだけこの聖剣祭に熱を入れているのか感じられる。
ここに来た目的の一つは終わらせたから少し余裕が出来た。皆とゆっくり祭りを見て回るのも良いかもしれない。
「んー。こんだけ入り組んだ街だと迷うな」
「お仲間さんが取った宿を探してるんですよね?」
「そうだけど多分向こうが俺を見つける方が早いだろうな」
「確かワービーストの猫の女性と犬の女性、赤い髪の女の子に黒髪のお姉さんですね」
「いたな」
「いますです」
鍛冶の音が響く建物に挟まれた道の奥、そこから彼女達がこちらへ歩いてきたのを視界で捕らえる。向こうは大分早くから俺を見つけていたようだ。俺も気付いたのを感じ取ったのかヤナギとスターチスが走ってくる。そんなに急がなくてもいいのにな。
「カー君お疲れ」
「今回の相手はどれ程でしたか?」
「そうだなミルドレッドで戦ったのよりは強かったかな?」
「カー君自身もよく分かってない。いつも通り」
「自分達の物差しでは計れませんねカイル殿は」
普段と変わらない会話をしながら2人の視線は俺が背負っているメアリーに向いている。彼女もそんな2人を見ているのが気配で分かる。
「うんうん。なるほど」
何故かヤナギが何かに納得したように頷いている。
「・・・・・・なんだ?」
「流石はカイル殿です」
スターチスも似た反応だ。一体なんなんだ。
「さっそく可愛い子引っかけてきた」
「素晴らしい手腕です」
「お前らいい加減この手のやり取り飽きないか?」
どうしてもこの2人は俺に『群れ』を作って欲しいみたいだな。駄目なものは駄目だというのに。そんな2人に遅れるようにシルフィーも近くに辿り着いた。相変わらず表情が出ない娘だ。
「お師匠様、魔人はどんな風に殺しましたか?」
「シルフィー。そういうのは宿で話す事だ」
「すいませんでしたお師匠様。シルフィーは気になって仕方なかったのです。奴らが一体どんな無残で情けない姿を晒して朽ち果てたのか」
「・・・・・・普段は大人しいのにな~」
皆と話してる時も俺が訓練を付けている時も素直で良い子なのに、ダークが絡むとこれだ。良くはないがそれが訓練に対して熱を持って出来る理由の一つだから強くは言えない。俺自身も似た口だったからな。
まあシルフィーの場合は可能な限り相手に苦しんでもらいたいという気持ちが強すぎるのだろう。詳細は本人が喋らないので分からないが、メディルは相当残酷な事をしていたようだ。それをずっと見させられていた彼女はそれだけ憎悪を募らせているようだ。
「そういえばお師匠様、そちらの『凄まじい女性』は? 遠くからでも目立っていましたよ」
「この娘はさっき会ったメアリー。ちなみにどんな風に見えてたんだ?」
「メアリー様ですか、そうですね上位魔人が全力で力を解放したのと遜色ないぐらいは」
「それは凄いな」
コーラルでぎりぎり中位に手が届く程、ヤナギとスターチスは共に下位には届かないぐらい。やはりメアリーは桁が違うようだ。
「彼女の目には何が映っているのですか?」
メアリーが俺の背から降りて尋ねてくる。自分で立てるぐらいには回復したようだ。
「シルフィーは加護の力が目に見えるんだよ」
「ほう、興味深いですね。色々聞いてみたい気もしますが」
「皆様。夜も深まっていますし先に宿に参りませんか? 御主人様にメアリー様もお疲れでしょうし」
最後に来たコーラルが俺達にそう提案してくる。それもそうだ。やっぱりこうも明るいと時間を忘れる。
「カウムさんは違う所に泊まるんだよな?」
「はい。バルム様の伝手で知人の家に招かれたらしいです」
全員で取った宿に向かうために歩き出す。メアリーもそこに付いてきている。
「メアリーは宿はどうしてるんだ? 送っていくが?」
「私が部屋を借りた宿もこっちにあるのです」
「そうなのか」
「それよりも気になる事があるのです」
メアリーが俺達を見てそう口を開いた。気になる事?
「カイルの話しで聞いていましたが本当に女性ばかりのチームです。そちらのお姉さんはギルド職員さんですし」
「うん、それで?」
「・・・部屋割りは如何したのです?」
「・・・・・・コーラル? 勿論別けたよな?」
メアリーの疑問で嫌な予感をしてきた。そういえば俺はここに来る前に山頂に向かったから、宿を取るのは任せきりになってしまった。
「さあ皆様! あそこが部屋を取った宿になります!」
「コーラル!?」
無視したぞ!? 一緒か!? 一緒の部屋にしたのか!?
「カー君は離れて寝るって言った。でも―――」
「部屋を別にするとは聞いてません」
「さあお師匠様、シルフィー達が泊まるお部屋に行きましょうか」
「待て待て待て! おかしいぞ! これは絶対におかしい!」
俺言ってなかったけ!? あれ? 駄目だ思い出せない! それでも流石に街の中で一緒の部屋にするのは間違ってるだろ!?
「カイルは・・・っ・・・戦い以外では・・・ダメダメですね」
「うるさい!」
「うるさいとは何です。私は・・・ふふ・・・親切で言ったのに心外です」
「さっきからずっと笑ってるだろうお前!!」
「カイルが面白いせいです。つまりカイルが悪いです」
こいつは本当に・・・っ!
「では皆様。私はギルドで御用意してもらった宿がありますので」
そう言ってコーラルがこの場から立ち去ろうとする。え? 行くのか? こんな状態にしたのに行ってしまうのか!?
「あ、この宿私と同じです」
「ではメアリー様、冒険者の先達として皆様の事を御願いして宜しいでしょうか。私的に来ている所を悪いのですが」
「大丈夫です任せてください。この殿方が不埒な事をしないように見ているです」
「同じ御部屋で?」
「同じ部屋です」
「では願いします」
「とりあえず皆が寝るベッドに押し込めばいいのですね」
メアリーとコーラルが不穏なことを勝手に決めた。
「余計に状況を悪くするな!!」
「私の何が悪いというのです!!」
「全部だ馬鹿が!!」
「馬鹿とはなんです!? ハルには「メアリちゃんは天才ね! 我には負けるけど! 我の方がスゴいけど!!」って褒められた事もある天才ですよ私は!!」
「それは頭の良い奴の発言じゃねえよ!!」
勇者も結構変な奴って事しか分からないぞ。後半なんて自画自賛ばっかりだ。
「楽しい夜になる」
「彼女も可愛いです」
「お師匠様は本当に凄い」
「では皆様良き夜を」
「私に任せてくれていれば問題ないです!」
「・・・・・・皆はさぁ、メアリーに馴染み過ぎじゃないか? 今日会ったばかりだろ?」
メアリーと面識があるのはこの中ではコーラルだけだった。しかしそれも冒険者とギルド職員の関係でしかない。どうしてもう友達感覚なんだ。彼女は一応アダマンタイトクラスだぞ?
「じゃれながら来たカー君に言われても・・・」
「説得力が・・・」
「お師匠様とメアリー様が入ってこられた時から、ヤナギ姉様とスターチス姉様が会話を聞き取ってくださっていました」
「聞こえてたのか・・・・・・」
2人の超感覚の事を失念していた。いや覚えてはいたのだがまさか会話も聞き取れていたとは。
まあそれが皆がメアリーに会う前から慣れていた理由というわけか。それでも気安すぎる感じはするが。それよりもメアリーの方だ。
「メアリーも何でそんなに皆に友好的なんだ?」
「人を野生動物みたいに言わないでほしいです」
「あとでお菓子あげるから」
「答えてやるです」
何でだろう、楽しい。
「それは皆さんが私と普通に接してくれるからです」
「普通?」
馴れ馴れしいとか、ぞんざいとか、そんな感じだった気がする。殆ど俺がした事だが。
「では分かりやすく証明しましょう。・・・・・・私はハーフエルフです」
「そうみたいだな」
外見的にそうじゃないかと思っていたけど、それが何の証明になるんだろうか? エルフの血で普通の人よりは綺麗だなって印象だな。あとは他の皆の反応を見たら分かるのか?
「ハーフ・・・・・・響きがカッコいい」
「ワービーストにはハーフと言うのはないですよね。」
「とてもお美しいですね。美容に何か気を遣っていたり?」
俺と似たり寄ったり、といった感じだ。成る程そうですかって感想しかでない。
「皆さんがそういう感じですから私も気楽なんです」
メアリーの機嫌がまた良くなった気がした。どういう事だ?
・・・・・・もしかしてアレか? ここに入ったばかりの時に言っていた『出来損ない』と関係があるのか? 今まで見た誰よりも凄いのに出来損ないとは意味が分からないが。
「ちなみにカイルはママと似てるです」
いきなり話しを変えたな。俺がメアリーの母親に似ている? 男女で比べて似ているとはどういう事だ?
「どんな所がだ?」
「からかうと良い反応をするです」
「俺の周りの女の子はこんなのばっかりか」
これまでの巫山戯た言動は全部わざとか。俺の仲間達と同じで確信犯的な事ばかりする。
「周りの女の子・・・、つまり美人で可愛いという事です」
「何故そんな結論に・・・」
「カイルが囲ってる女の子を見た感想です。趣味がいいです!」
「囲ってるとか本当に止めろ。最後の結局自画自賛だよな?」
メアリーの話に出てた勇者と友達やってるのは似た者同士だからか?
「俺と最初に会った時はもっと聖女っぽかったろ?」
「あんなのは大聖国に言われて外面を作ってただけです!」
「本当に酷いなお前! 創造主様も嘆くぞ!」
「大丈夫です。創造主様の加護に多様性があるのは人のそういった面を許容してくださるからです。ですから我々はそんな思いを尊重し、世界の清浄なる循環を守り、歪みであるダークを討伐し、創世教の教えを無辜の民に説きながら好きに振る舞うのです」
「お前俺に詐欺師って言ったの覚えてる?」
「私は騙してないです! 言わないだけです!」
「詐欺師は皆そう言うんだよ!!」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいです!!」
「返せ! 俺の聖女の印象を返せ!」
「嫌です! もっと等身大の聖女を見てくださいです!」
「それなら結局残念な女の子じゃねえか!」
「お師匠様? そろそろ宿に入りませんか? 注目を集めています」
「「え?」」
無表情で俺達の言い合いを見ていたシルフィーに言われて周りを見る。
俺とメアリーを幾つかの建物からドワーフ達が覗き見ている。その目は完全に不審者を見る目だ。
「・・・・・・」
し、視線が痛い。
「「お、お騒がせしました」」
ご近所の冷たい目に晒された俺とメアリーは仲間に連れられてすごすごと宿の中に入って行く事になった。