7.白熱
次話でカイル視点でメアリーの容姿の詳細が入る予定です
◆◆◆
今まで私より能力のある人はハル以外いなかった。創世教の本部に引き取られた時から同年代で私に勝てる子なんていなかった。歳が上の人達も私が強くなればなる程に勝てない人がいなくなっていった。それだけの力があったからヒューマンでない私が『聖女』として列せられる事になった。
そして誰も私に勝てなくなった。ハルを除いて。
大聖国で付けられた仲間だって本当に私に着いてこられる人はいない。私は誰よりも強い、だから陰で何を言われても平気だった。だってそれは私に何の影響も及ぼさない雑音だったから。
教主様が言った『創造主様の祝福』の教えと大聖国の教義を胸に自身を磨き上げてきた。いつの日かママの墓前で胸を張って私の事を話せるように。
ハルと出会えたのは幸運だった。彼女という友人が、私よりも強い友人が出来たお陰でより高みへと上れるようになったから。最初は強くなる為だけの感情しかハルに対して持っていなかったけど、直ぐに彼女の物怖じしない迫り方で私達は『普通の友達』になれた。私を出来損ない扱いしない初めての他人で、初めて出来た心からの友人だった。
今では2人で『双翼』とまで呼ばれるようになった。少し照れくさかったけど、でもそれ以上に嬉しくて、2人で喜びを分かち合った。
強くなる。それ以外で最も大事だと、ママ以外で感じた唯一の女の子。
ハルは強い。強すぎるが故に孤独になる女の子。
私はハルに救われた。だから今度は私が彼女の救いになれるように力を高めていった。いつの間にか強くなる理由が彼女の為になっていた。彼女を孤独にしないようにと。一人で戦わせないようにと。だって彼女は私の太陽なんだから。
・・・・・・それなのに勝てなかった。世界の歪み、災厄を振りまくダークを滅ぼす事が私の使命で、全人類の宿願なのに。まだ新たに生まれた魔王にさえ出会えていない、倒せていないのに。更に鍛錬を積んで強くなったのに。上位魔人を1人でも殺せるようにと強くなったのに。
全てがこれからで、ハルと一緒に平穏な世界を作ろうと約束したのに。
そんな死力を尽くした抗いも効果を見せず、一矢報いる事なく死を待つだけだった私。そんな私を救った、救ってくれたこの男性は何者なんでしょう?
迫る漆黒の槍が私の目の前でアルターの腕ごと砕け散り、倒れ込みそうになった私を大きな手で支えてくれた。アルターが彼の名、『カイル・ルーガン』であると言った事で、新しいアダマンタイトクラスの存在を思い出した。
そしてその直後に全てが終わる。
強大な存在だったアルターは気付けば首をねじ切り取られ、頭を失った身体ごと、纏めて拳の一撃で粉砕された。魔石さえ残らぬ破壊だった筈なのに、毒と瘴気を撒き散らしていた翅も肉眼では捉えられないほど散り散りになったのに、周囲への汚染が一切無かった。それだけではない。破壊の衝撃が拡散するにしたがって戦闘の余波により瘴気と毒で穢れた大地さえも、その穢れを失った。
毒も瘴気も、そして魔人さえ跡形も無く消え去った。・・・・・・いや違う。残っている、消えたんじゃない、形を変えた? これは浄化? あの憎悪と怨嗟に染まり、邪神の手により堕ちた加護の力さえ『世界の流れ』に還っている。それは『聖なる加護』でしか為し得ない現象。あんな聖なる力の欠片さえ込められていない拳では絶対に起こすことの出来ない創造主様が人に授けた神の御業の筈なのに。
「終わったし帰ろうか」
「え? きゃっ」
背中と膝裏に手を添えられ抱き上げられる。多くの古傷が残る彼の顔が近づく。先程まで人と思えないような戦いを、いえ蹂躙をしていた人と同一人物だとは信じられない程に、私の顔を見る彼の黒い瞳は優しさと贖罪に満ちている。贖罪は多分私を直ぐに助けなかったから。彼が出ていれば一瞬で片が付いた戦いだったからだろう。
お腹の上にいつの間にか中身の入った瓶が置かれている。手に取り確かめる。これは中位の魔法薬?
「悪いんだけど俺が持ち合わせてる一番効果のあるのがそれなんだ。間に合わせだけど使ってほしい。あ、自分で飲められないか? そうだったら適当な場所で腰掛けてから・・・」
「・・・いえ、飲めます」
「そう? じゃあこのままメーティオケーに入るから。他に誰か、仲間は国の中?」
頂いた魔法薬を飲み干す。口の中に独特の風味が広がりお腹の中から身体全体に効果が巡ってくる。
「私1人で・・・あ」
そうだアルターが言っていた。誰かここに向かって来ていた人。息があるならきっと今も苦しんでいる、助けなければ。
「人が、この場所に向かっていた誰かが」
「人? 頂上で戦っていたあんた達以外だと俺だけだよ」
・・・・・・つまりあれはこの人だったという事。身体が瘴気に汚染されているようには見えない。何か瘴気に抵抗する為の魔法具でも持っていたのか。彼なら自力で抵抗していても不思議ではないかもしれない。ならば行動を止めていたのは私とアルターの戦いを観察するため。
「・・・本当に見ていたんですね」
「ああ。魔王に最も近い『双翼』の片割れに興味があったからな」
「・・・実際に見て落胆したですよね? 魔人1人滅ぼせないなんて」
無様な所を見られてしまっていた。勝てない私は、価値を証明し続けなければいけない私は、負けてしまえばハルの隣に立つ資格さえ失う出来損ないなのに。人類の希望であり続けなければならないのに。今の自分の顔を彼に見られたくなくて俯くようにして隠す。
きっと彼の目には期待外れの私に対しての失望の色が浮かんでいる筈。そうだ私なんかより戦場では彼の方がハルの隣に相応しいかもしれない。人類の希望に負けは許されないのだから。
「いや別に。弱いならまた強くなればいいだけの話しだ」
何気なく言われた。彼がどんな目で私を見ているのか気になって顔を上げる。見上げた顔には私を責めるような色は何一つ見えない。
「それにダークは俺だって仲間と一緒に滅ぼすつもりだからな」
ああ、分かった。この人はきっと―――
「あとは勇者がどれだけ戦える人なのかだけどな。メアリーさん、でいいかな? 実際の所勇者の実力ってどれくらいかな?」
―――私に興味はあったが期待なんてしていなかったんだ。だから今もハルの話題を出しているがその目に『勇者』が映っていない。私やハル越しに別の『何か』を見ている。
「勇者は、ハルは強いです。私なんかより、ずっと」
「そうか。俺が見た中ならメアリーさんが一番強い人だったけどな。凄かったよ」
彼の戦いを見た上で聞けばその賞賛は嫌みにしか聞こえない。でも彼にそんな気は一切無いのだろう。だから「強くなればいい」と何気なく言えるのだ。彼の前では私やアルターの強さの違いはきっと無いに等しいだろう、それはもしかしたら勇者であるハルでさえ同じかもしれない。
何故? 如何すればそこまでの力を? 彼のその傷だらけの面は一体どんな日々を歩んできた証なのか。
「魔王は歴代で一番強いみたいだから、もし勇者に会ったら無理しないように言っておいてよ。ダークにも自身を強化する道具が出回ってるみたいだし」
彼が勇者の隣に相応しいと、そう思ったが違った。全く違う。いないのだ、彼に相応しい人がこの世にいない。仲間と口にしたがきっと彼には必要ない。今いるであろう仲間達もきっといなかったとしても彼自身は何も変わらないと思わせる。
孤独ではない。私やハルさえ霞む、真なる孤高。
「・・・どうして?」
過程や手段なんて問題では無い。
「ん?」
「どうしてそこまで強くなったんです?」
何をそこまで彼を駆り立てたのだろう。服越しにさえ感じる多くの古傷の存在と彼の堅い肉体、まるで全てを拒絶し破壊するかと思わせる鍛え上げられた身体。『傷だらけの破壊者』。そんな彼の目指す先とは?
「救いたい人がいるから」
「・・・・・・」
それだけの力があれば誰だって救える。
「その為に鍛えた力だ」
じゃあ何故?
「・・・なら、どうして私の力を計る必要が?」
既に勇者さえ超えた力を持っているのに、何故?
「さっきも言ったけどメアリーさんと勇者が一番魔王と戦うのが早いと思ってね」
「それは・・・・・・私達が力不足であると?」
魔王と戦う前に止めに来たという事だろうか? しかし今日の出会いは偶然だ、大聖国にさえ伝えていない完全なる私事。私や勇者に会いたいなら真っ先に『パリサティス大聖国』で動向を調べればいい。武器だって素手で敵を殺せる彼には必要なんてないから、ここにいる主な理由は武器を求めてでもない筈。では最初からここにいた者。私ではなく、魔人に用があった? 駄目だ、規格外過ぎる彼の思惑が読めない。
「・・・言っても問題ないかな」
彼は少し考え込んでから理由を教えてくれる事を決めてくれた。
「救いたい人ってさ、今『魔王』をやってるんだよ。だから出来る限り傷付く可能性を減らしたかった」
「・・・・・・何ですって?」
今、魔王と? 救いたい人、その人が魔王? まさか人類の敵である魔王に味方すると言ったのですか彼は?
手甲に聖炎の力が宿る。最悪の未来が脳裏を過ぎる。彼のような存在が魔王に与すれば私達に勝利はない。今も私を抱えている彼が途端に化け物に変貌した気にさせる。
理由によっては敵わないまでも一矢報いなければ―――
「それでね、魔王なんか止めさせて普通の女の子に戻ってもらいたいんだよ。その為に強くなった」
―――そう言った彼の瞳に何の迷いも無く、唯々透き通るような優しさだけがある。その瞳を私は知っている。
「助けた後もさ、やっぱり綺麗で平和な世界の方が彼女も嬉しいし、幸せを見つけやすいと思うんだ。俺だってその方が良いしね」
大切な人の事を純粋に想う、幼少の頃に私に向けられたあの瞳。
「俺ははっきり言って戦って壊す事しか出来ない。だからそんな幸せを目指すなら皆の力が必要になってくるんだ」
生前のママが私に向けていた淡く輝く青い目、優しく見守ってくれていた母の愛。
「皆俺に出来ないことが出来る凄い娘達だよ。時間があるなら紹介するけど?」
「愛です」
「え?」
「貴殿は魔王を愛しているのです」
「え、あ、うん。・・・そ、そうだけど」
「しかし魔王は生きているだけで他者を害する存在です」
「・・・・・・うん、知ってるよ」
ダークなどとは比べ物にならない力を持つ破壊と絶望の化身。その身に瘴気を纏い、ただ立っているだけで普通の人では生存が不可になるほどの汚染を撒き散らす世界の歪み。正真正銘の人類の敵、生きていたければ確実に滅ぼさなくてはいけない存在。
「もし貴殿の想う女性が未だに人の心を持っていたとしても、その先には地獄しかありません」
彼の愛が本物でも覆せない現実がある。歴代の魔王は例外なく死んでいる。それも人類に大きな被害を出してからの討伐という形で。魔王には人の心が無いのが歴史に裏打ちされた定説である。
もし今までの魔王達も人の心を持ったままあのような所業を起こしていたというなら、望まぬままに憎悪と怨嗟を撒き散らしていたというなら、まさに生き地獄としか言えないだろう。
「私はやはり魔王は殺して世界の流れに還すのが正しいと思うのです」
今代の魔王。彼の言う女性を真に想い解放を望むなら、そうする事が私は正しいと思う。それがどれだけ困難な事でも成し遂げなければならない。
しかし彼の様子は目を疑う物だった。
「・・・・・・どうして笑っているのです?」
それは無情な現実を伝えられた者とは思えない穏やかな微笑み。それは私を決して馬鹿にしたものではなく、やはりその瞳に『何か』だけをしっかりと映して浮かべた微笑みなのだろう。
「・・・そうだ。その通りだ。だけど俺は今までの事なんか知らない。俺が望むのはクレアが笑って過ごせる幸せな日々だけだ」
触れた彼の手から熱が伝わる。それは冷める事のない彼の想い。
「クレアを苦しめ悲しませる現実なんて砕いて壊すだけだ」
きっとそれは彼が自身に言い聞かせ続けた誓いなのだろう。ずっとそれだけを考えていたのだろう。その一念だけで力を高めて研ぎ澄ませてきたのだろう。傷だらけになりながら。
なら私はどうする?
「メアリーさん?」
私は彼の腕の中から抜け出し自分の足で地に立つ。先程頂いた薬のお陰で歩くのに支障はない。不意にモンスターに襲撃されても撃退できるだけの余力も出来た。
私は立ち止まった彼と向かい合うようにして立ち、目を合わせる。話しを聞いた後でも私のする事は変わらない。
「カイルさん。貴殿のやり方は確実性が見えません。そんなものに世界の命運は託せません」
「・・・・・・それで?」
カイルさんは静かに私の言葉の続きを促す。その目に優しさ以外の色が表れる。
「私は『聖女』です。世界の為に戦う者です。それはハル、勇者も一緒です」
「・・・・・・」
「私はこれからも魔王を倒す為に戦い続けます。魔王は生きているだけで罪です。罪を重ね続けていきます。だから私達が倒す。燃やす。魔王を、殺します」
彼の主張とは相容れない。どれだけ彼が優しくて、愛が深いのだとしても、任せる事など出来はしない。それが例え魔王とカイルさんの両方を相手取る結果になるのだとしても。勝ち目なんて無かったとしても譲ってはいけない物もある。
今ここで彼がその拳を振るえば私なんて簡単に殺せるだろう。だけどきっと彼はそんな事はしない、そんな確信がある。
だって今も彼は―――
「じゃあ競争か。俺とあんた達どっちが目的を達成できるか」
―――私のママと同じ優しい目をしている。
不思議。全然似ていないのに、彼を見ていると、彼に見られているとママを思い出す。懐かしい気持ちになる。イタズラな笑顔を浮かべて私の頭を撫でたり頬を指で突いていたママの姿が瞼の裏に浮かぶ。
「悪いが負ける気が一切しない。あんた達は俺がクレアを幸せにする所を見ているといい」
彼もそんな笑顔を浮かべている。何故だろう、きっと私も今、笑顔になっている。
「貴殿がどれだけ凄い人かはもう知っています。だけど負けないです」
「メアリーさんは勝ち目は見えてるのか?」
「こっちの台詞です。カイルさんこそ、強くなればいいと言ったのは貴殿です。勝ち目なんてこれから強くなって作ればいいです」
「さんはいらない。俺だってやってみなくちゃ分からないぞ? メアリーさん」
「こっちもさんはいらないです。言いましたねカイル。拳を振るえば解決出来るものではないですよ?」
「いくらでも言うさメアリー。俺は今までも無理を通してきた。それはこれからもだ」
「なら私も無理を通すです! 私もハルと歩むために強くなってきたのです!」
「俺もクレアと幸せになる為に強くなった!」
私達は一体何の話しをしているのだろう? でも言葉が口から付いて出る。心の奥から湧いて溢れる私の気持ち。何故か可笑しい気持ちも湧いてくる。
「ハルが幸せになるには魔王は邪魔なのです! 世界を脅かす者を放置はできないです!」
「クレアは俺がどうにかする! だからそっちはそっちで幸せになっていろ!」
「カイルの言うどうにかが信用できないと言っているです!」
「メアリーに出来なかった事を出来た俺を信じろ!」
「今日出会ったばかりのカイルの何を信じろと言うのです! 戦闘力以外の信用がないです!」
「信じてれば幸せになれる!」
「胡散臭いです! 貴殿みたいな言いようの人がいるから一部の人に宗教は胡散臭いと思われる要因になるのです!」
信徒の人が嘆いていたです! そのやり口で無辜の民から金銭を巻き上げる不届き者が後を絶たないと! これはダークを滅ぼした暁には根絶やしにしてやるです!
「何でだ!? 嘘は言っていないぞ!」
「詐欺師は皆そう言うのです!」
「騙す気なんか無い! 人聞きの悪い事を言うな!」
「返してください! 創世教の大事な信用を返してくださいです!」
「奪ってねえよ!? というか何の話しだ!? 何でこんな話しになってる!?」
「話しをそらさないでくださいです!」
「そらしたのはお前だったと思うけど!?」
「言いがかりです! やっぱり信用ならないです! この瞬間にも泣いている人がいるのです!」
「こいつなすりつけやがった! それよりデスデスうるせえ!!」
「何ですって!? ママが使ってた最高に洒落た言葉じゃないですか!」
「お前のママなんて知らねえよ!? 親子揃ってデスデス言ってたのか!?」
この人ママを馬鹿にしやがったです!
「待て待て待て! 炎! 炎が漏れてる!」
「ちょっと一発殴らせろです!」
「意味が分からん!? こっちも殴り返すぞ!?」
「やってみろです!!」
コロニスの天山山頂で私の白銀が再び閃光を発した。
メアリー・オーデアル14歳