6.無様を晒せ
長くなったので途中で切りました
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「作戦は順調と言える。全く楽な作業だ」
天山山頂付近で雲の切れ間の下から覗く月光で淡く照らされたコロニスを一望する。
胸が躍る気分だ、もうすぐこの地帯に広がる空は祝福され近い日に昇る赤い月への祝福を強める。魔王による邪神様の復活を確かな物にするだろう。
「メディルはへまをしたが私はそうはいかん。『黄金雲』への瘴気による浄化も最終段階に入る。愚物共が異変に気付いた所で手遅れになるだろう」
邪神様への祈りにより賜れた翅を羽ばたかせる。そこから瘴気を散布して辺りを居心地の良い空気にする。やはり神種の汚染などより邪神様の祝福の方がこの世界にとって良い結果をもたらすだろう。
ダークエルフめ。猪口才にも我らダークの世界浄化を邪魔するとは。これでは作戦以外で愚物共に我らの救済を与える事が出来ないではないか。
「テンタクルに届けられた宝珠、これを使えば盤石だというのにメディルは情けないものだ。城に引き籠もってばかりいるから人間などに遅れをとるのだ」
宝珠から豊潤な力が溢れ、私の身体を万能感と満足感で包み込む。
ああ、素晴らしい。まるで初めて邪神様の祝福をこの身に宿した時のような幸福感。上位魔人、魔将に列せられるこの『鱗翅のアルター』が更なる高みへ至るのを感じる。今ならあの忌まわしき勇者と聖女も容易く屠れるだろう。前回のような辛酸を舐める事はもう有り得ない。次はあんな幕引きなどではなく確実に殺す。
「忌々しい、何が聖女だ。時間さえあれば殺せたものを―――」
「ではやってみますか?」
「 ! 」
闇を裂くような白い光弾が首元を狙って飛来! 上体を傾ける事でそれを回避。目標を外した光弾はそのまま飛んでいき岩肌に着弾すると小規模の爆発を引き起こし、内に込められた火の魔力が辺りに炎を撒き散らし白く照らしていく。
予想される発射地点に目を向ければ、いた! 忌々しい、忘れもしない女!
「メアリーッ! 『超越者』め! 何故ここに居る!?」
白銀の髪に魔力を帯びて淡く輝く青い瞳、緩く尖った耳。エルフであってエルフではない、半森林種の女。
「個人的な用事でここに来ただけ。貴様と会ったのは偶然です」
大聖国の法衣に身を包み、魔法媒体でもある碧鋼と緋金の合金で作られた両手甲に脛当てを装着した姿は月夜の下で更に輝きを増しているような気にさせる。
メアリーの手甲に包まれた拳が白く輝き燃え上がる。奴はその身に流れるエルフの血により高い魔法適性を持ち、さらにヒューマンの血も流れているからか身体能力も高い。そして厄介な『近接格闘』と『聖炎』の加護。一体どれだけの上位の怪人や魔人が殺されたか。あんな成人にも達していない年端もいかない女が末恐ろしいものよ。
しかしこの時に出会えたのは逆に運が良かった。
「・・・フハハハ!! そうだなお前がここに居る理由などどうでも良かったな」
既に私はあの時の、魔国領で奴と戦った私ではない!!
「ここでお前を殺して生皮を剥いだ身体を大聖国に捨ててやろう!」
「こちらの台詞です。貴様のような存在はここで燃え尽きろ」
奴が地を蹴り向かってくる。拳に込められた聖炎は更に輝きを増し、質量さえ持ち始める。あれを真面に喰らえば強化された今の私でも傷を負うだろう。
しかし私も自身を魔力と瘴気で強化すれば話しは別だ。
「しっ!」
「甘い!」
繰り出された奴の拳を自身の拳で迎え打つ。衝突し威力が腕に伝わる。互いを弾き飛ばさんと力が中心で渦巻く。白い光と黒い力がせめぎ合い、そして決着が付く。
「フハハハ!! 軽いぞ聖女ぉおおお!!」
「っ・・・重くなってる」
力負けした奴が吹き飛ばされる。しかしその程度でどうにかなる相手ではない、直ぐに着地して体勢を立て直している。だが問題ない。前は業腹だが私の方が力負けしていたのだから。
勝敗は決していると考えていい。私は強くなり、奴は以前と大きく変わってはいない。それにもう一つ、私の勝利が至る揺るがない理由がある。
戦闘は続く。奴が両手から光弾を射出すれば翅で防ぎ、こちらが魔法を使えば奴は炎を壁にして防ぐ。
「はっ!」
「無駄だあああ!!」
拳と蹴りの応酬、それを全て翅から放つ瘴気の波動で弾き返す。次はこちらから攻めよう。
両腕に先程から空間に散布していた鱗粉と瘴気を収束して魔力で固定、槍と成す。
「そうら! 避けるなり防ぐなりしてみろ!!」
「っ!」
高速で突き出される槍の連撃に奴は防戦一方に陥る。炎の壁を突き破り、纏う法衣を切り裂いていく。実に気分が良い。あの生意気な聖女が私の力に為す術もなく傷を負っていく。
しかし攻め切れていない。
「―――ふんっ!!」
「ぐう!!」
翅から前へ飛び出す推進力を生み出して槍を突き出す。奴はそれを受けて吹き飛ぶ。片膝を着き、見上げるように私を睨む。
「どうしたこんなものか? 聖女の名が泣くぞ」
「・・・・・・」
「仲間でも待っているのか?」
「・・・なんの事です?」
とぼけても無駄だ。
「ここにお前以外の人間が向かって来ているのは補足済みだ。強化された私の力は、散布した鱗粉が広がる空間の認識力を上げる。それだけではない、お前は聖炎の力で防いでいるがこれは瘴気と毒を含んでいるのは知っているな。勿論これも前回までのそれとは桁が違うぞ。お前の仲間程度では直ぐに心身に異常をきたす。その内そこらで死の淵を彷徨う事になるだろう」
腕力や魔力は言わずもがな、邪神様より授かった美しき翅の力も絶大な力を得ている。なんと素晴らしい。前は奴の仲間も同時に相手をしていたがこれで邪魔な雑魚は無様に死を待つだけになるだろう。それにさっきから補足していた者の動きが止まった。死ぬのも時間の問題だろう。せいぜい苦痛に喘ぎながら死んでいくがいい。
それに一対一ならこの戦い、今の私に万の一つの敗北も無い。先の攻防で一切の傷を負っていないのがその証拠。
「そして前回とは違いお前は私の身体はおろか翅にさえ傷を付けれていない。私は忘れていないぞ、お前に翅を捥ぎ取られた痛みも屈辱も」
「知らないです。それにさっきの事も身に覚えはないですが、もし本当に誰か近くにいるなら貴様には直ちに死んでもらい、救出に行くです」
「ほざけ、今のお前に一体何が出来る」
再び立ち上がった奴から白い輝きが消える。何だ? 聖炎を解除しただと? 今この空間には先に言った通り私の毒の鱗粉が漂っている。防がなければ身体が蝕まれ死んでいくだけだというのに。
しかし奴の身に異常が発生しているようには見えない。何をしている? 何をするつもりだ?
「強くなったのが貴様だけだと思ったら大間違いです」
その瞬間、奴の周囲にあった私の鱗粉が消え去る。それと同時に全身から湧き上がる炎の輝き、いやあれは最早『太陽』の如き輝き。
闇夜に白銀の太陽が顕れた。
「それがお前の奥の手か!」
炎と同化したかの如く白銀の髪をなびかせ青い目の輝きも己の状態に呼応するかの如く強めている。
「『フレア』。ハルと共に鍛えて編み出した私の炎。咎人を浄化する太陽の輝きです」
奴が歩みを進める度に周囲の鱗粉が消えていく。先程まで拮抗していた筈の私の力が押されている。
・・・成る程、そう来なくては面白くない。
「なら今のお前を完膚なきまでに殺せばより強く、人間共に絶望を与えれるというわけだな。これは興が乗るというものよ」
「アルター。人に徒なす哀れな生命よ、これまでの生で積み重ねた悪行を炎熱として焼かれるがいい」
「抜かせ! エルフの出来損ない風情が!!」
「・・・・・・死ね、です」
出し惜しみは無しだ、ここで完全に雌雄を決して奴の骸を晒してやろう! 背から更に2対の翅が生え、6枚の翅が私の背に広がる。舞う鱗粉の濃度が加速度的に上昇し、その影響は生物に留まらず岩やそれに含まれる鉱物にさえ影響を及ぼす。
「どうだ!! 邪神様の祝福を受けるがいい!!」
大地が祝福で満たされていく。いずれここはデミヒューマンが生まれる良き土壌となるだろう、奴さえいなければ。
奴の白銀の輝きが私が行使する祝福を消し去っていく。大地は元の状態に還っていく。
「・・・真の祝福は『創造主様』が我らに加護として与え、人の行く道を助けてくれる物だけです。邪神の穢れを浴びた者よ、その歪んだ加護と共に浄化され世界の流れに還るがいい」
奴が閃光となり拳を構え向かって来る、私もそれに拳を合わせる。先の光景の焼き回し、しかし互いに込められた力の量がまるで違う。それはつまり結果さえ変わってくる。
白銀と漆黒が喰らい合うように鬩ぎ合う。余波で崩壊する大地。地形さえ変わる想像を絶する力と力の衝突。そして睨み合いの状態になる。
!? ここまで強化され、上位魔人の器さえ超えた私の力と互角に渡り合うか!! これで勇者では無いとは恐れ入る。
「だが勝つのは私だぁああああああ!!」
「っ、負けないです!」
私と奴、互いに戦況を変えるために更に攻撃を加える。
蹴りが交差し、炎が消し飛ぶ。白銀が奔り、漆黒が呑まれる。手刀が迫れば肘で打つ。翅で切り裂こうとすれば炎が翼となりぶつかり合う。
距離を取り、組んでいた魔法を発動させる。
「蝕み息絶えろ『死する大地の抱擁』!!」
九位階魔法、生命非生命問わず質量さえ持った毒と瘴気によって何もかもを破壊していく絶死の力。これに更に私の翅の力を上乗せする!
「息絶えろ!」
「『炎帝』! 『拳嵐』!!」
奴の両の拳に更なる光が集い、腕が光となり迸る。白銀の閃光が豪雨の如き密度で炎と共に打ち出される。
一撃一撃が致死性の連打。下位魔人なら為す術無く消え去る程の熱と圧力! しかし耐える! この程度押し返してくれる!
「収束せよ! 貫け『血毒に濡れた槍』!」
魔法とこれまで空間に満たした私の力を右腕に凝縮した猛毒の激槍である。これが今の私が出せる最大の攻撃!
白銀の雨を槍で突き進む!
「ぬううぉぉおおおお!!」
「『断罪・・・極光』っ!!」
奴も私に対抗して全身全霊の攻撃を放ってくる。幾度と繰り返した激突でお互いに傷だらけになっている。ならばこそこれが最後の攻撃。
私の力で貴様もこの大地も邪神様の祝福の糧にしてやろう!
「フハハハ!! これで終わりだぁあああああ!!」
「くっ! ・・・・・・力が・・・足りない」
ぶつかり合った瞬間から私が押している。互いの力が衝突し、硝子の欠片のように舞い散る余波が奴の身体を引き裂き血濡れにしていく。押し込まれ、遂には膝まで着いた奴の身体を押し潰すように更に力を加えていく。
「さあ、良い声で鳴くがいいメアリー・オーデアル! 貴様の最後だ!」
「な・・・らば、・・・命を・・・燃やしてでも・・・です!!」
ほほう、ここにきて無駄な足掻きとは可愛い者よ。勝敗はもう決まっているのだ! この時点でも宝玉から流れる力で私の傷は癒え魔力は回復している。この差は今更命を燃やした所で縮まる物ではない! 現に奴の火力が上がっても私を押し返すことが出来ていない。
避けられぬ死を自覚したのか奴の顔には怒りと悔しさが浮かび、涙さえ流している。ああ!! 何と素晴らしい光景!! これこそ私が待ち望んだ光景!!
「・・・ハ・・・ル・・・ごめん・・・なさい・・・です」
「さあさあ! さあ! 絶望しろぉおおおおお!!」
白銀が消えていく。私の勝利だ!!
「―――壊れろ―――」
槍と共に私の右腕が砕け散った。
「え? は? な、何が?」
な、何だ? 何が起こった? なぜ私の腕が? 目の前のこの男は誰だ!? 一体こいつは私に何をしたのだ!?
「・・・あんたの力で倒せるならそれで良いと思っていた」
「き、貴殿は・・・何・・・者です?」
謎の男に支えられたメアリーもこの闖入者が誰かは知らないらしい。黒髪に黒目、そして傷だらけの顔。
・・・待て。知っているぞこの男。確か報告で聞いた男、メディルを殺したとされるヒューマンの男!!
「お前がカイル・ルーガンか!!」
「すまなかった。君の実力が見たくて今の今まで手を出さずにいた」
「・・カ・・イル? ・・・確か・・・新しい・・・・・・」
無視だと!? この私を目の前にして無視だと!? なんと不敵で生意気な男だ!! 不意打ちで腕を壊していい気になっているようだな!! その傲慢を後悔させてやる!!
身体に満ちる力で腕を再生・・・・・・しないっ!? 何故だ!?
「何故私の腕が再生しない!?」
「お前はもういい」
「かひっ」
なんだ? なにが? 声が出せない。いやそれよりも、アレは私の身体?
首のない私の身体が目の前にある。
先程まで自身で立っていたそのままの状態の私の身体。なら今の私は? この頭を掴まれている感覚はまさか!?
「じゃあ傷の治療をしたいから待っててくれ」
「・・・え? ・・・嘘? ・・・・・・一瞬で?」
「・・・・・・ぴぎっ!」
視界が揺れ、私が私の身体に叩き付けられる。いや投げ付けられたのだ、私の首だけを! 私の首が私の胴体にめり込む。そのあまりの衝撃で後方へ身体ごと私が吹き飛ぶ!
そして男が追従して迫ってくる。
ま、待って! 待ってくれ!! 死ぬのか!? 死ぬのか私は!? こんな何が起こったのかも理解できないまま無様に!? そ、そんな愚物共のような死に方なんて嫌だ!!
「存在ごと消えて無くなれ」
拳が振り上げられる。何の魔力も加護の力も感じない。分からない、理解できない、今から私は殴られるのか? 力を何も感じないのに、何故私はあの拳を聖女の拳より恐れているのだ!?
「―――壊れろ―――」
こいつは一体何者なんだ!? 何故邪神様の祝福で更なる力を手にした私が!? 勇者ですらない人間が何故!? 動けない、抵抗できない、死が迫る、こわいこわいこわい拳が迫るこわいこわいこわい目の前まで来るこわいこわいこわい拳が鼻先に触れるこわいこわいこわい骨が砕けていくこわいこわいこわい中身が潰れていくこわいこわいこわい意識が黒くこわいこわいこわ・・・・・・――――――