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5.絆と仲間の想い

「別にたいした話しじゃない。ただな・・・諦めただけの話しなんだ」


 整備が完全ではない山道を進み、馬車の耐衝撃性が悪路の振動を大きく殺してくれている。そんな日も下がり始めた道中に、彼ら『不屈の魂(ドレッドノート)』の話しに俺達は耳を傾けている。カウムさんが言う諦めたという話しを。


「だいたい1年前の事だな。俺達のチームが『未踏破地帯』に着いたのは。知ってるよな、あそこは出てくるデミヒューマンやモンスターの強さが段違いで、俺達人間が住む領域から向こうへ渡るには許可証が必要になる。種類は色々あるが、冒険者なら聖銀(ミスリル)以上のクラスになる事が条件でそのギルドカードが許可証になってくれる」


 カウムさんが自身の緋金色に輝く登録証、オリハルコンクラスのギルドカードを取り出して見せてくれる。境界の向こうへ行くには許可がいるのは知らなかった。身分証明さえあれば行ける物とばかり思っていた。今の俺は既にアダマンタイトクラスになっているから心配いらないが、持ってなかったら無理矢理通っていた可能性もある。

 通行許可証にさえなる()()()()()をしてくれるそのカードを出しながら話しは続く。


「ミスリルまでいった時にさ、一回『未踏破地帯』に行く話しは出たんだけどよ。だけどもっと実力を上げてからって皆で話し合って決めたんだ。それで必死に依頼をこなして強力なモンスターとかも討伐して、やっとオリハルコンにまでなった。・・・だからかな、もっと先を夢見たんだよ」


「未踏破地帯で更に強くなれたら、私達も『英雄』になれるんじゃないかって」


「そこでぶち当たっちまったよ、現実って壁にさ。このクラスになった時に「俺達って才能ある」って思ったんだよ。だってさ、オリハルコンでも冒険者全体じゃ一握りなんだぜ。そりゃあ夢だってみるさ」


「私もエルフとして自身の魔法に誇りを持っていた」


「儂も皆もまだまだ伸び代はある。それは間違いなく事実だ。しかし・・・」


 彼らの顔は食事の時のような明るさがなりを潜め沈痛な面持ちをしている。


「どれだけ努力を積み重ねても()()()なれない」


 未踏破地帯で何かがあった。彼らの様子でそれは分かる。もしかしたらそれは


「・・・・・・『聖撃』とダークの戦いに関係が?」


 俺の質問にカウムさんは頷いた。その目は俺の首飾りに向いている、『アダマンタイト』の証に。


「英雄ってのは勇者に並ぶ存在だ。『碧い鋼の輝きは真の英雄を照らし出す』って物語にはよくある表現でな、だからこそギルドじゃアダマンタイトが最上級に置かれてる。合金ならもっと凄い金属があるのにだ。でもやっぱり冒険者になったんなら()()を目指すんだ、英雄を」


 勇者に並ぶ存在の英雄。勇者と併せ双翼と称されるメアリー・オーデアル。


「始まりから終わりまで、英雄級の戦いに俺達が入れる余地なんて一つも無かった。たった1人と1体の戦いにだ。初めて見た上位魔人の力は俺達の想像を絶していた」


「僕達ではどう足掻いても辿り着けない境地だと感じました」


 カードに刻まれた文様を指でなぞる。その目の奥にある感情は想像するしかないが、伸ばした手が空を切り望んだ物を掴めなかった者の空気を感じる。

 自身の無力さを何も持っていない手を見つめて自覚したあの時の俺を思い出した。


「だからたいした話しじゃない。俺達が夢から覚めただけの話しだよ」


「・・・・・・カウムはこれから?」


「まあ冒険者は続けるつもりだよ。英雄は無理でもよ、まだまだ強くはなれるからな。今回の機会に良い装備に巡り会えるかもしれねえし、バルムがいるしドワーフに嫌われる事もした事はないから入国には問題ないしな」


「・・・まあね。弱くなる気はないからね私達は」


「あそこへ行ったのは無駄じゃなかったよ。弓に使えそうな良い素材も手に入ったしね」


「次は一撃を叩き込んでやるわ!」


「精霊魔法は奥が深い。生きている限り精進するのみ」


 カウムさんは先程のまでの空気から一変して明るい笑顔を浮かべている。それはこっちまで元気を分けてもらえるような力のある笑顔だった。それを見たドレッドノートの皆も苦笑を浮かべてはいるが、彼らにも沈んだ様子は消えている。


「・・・良いチームです。カウムさんや皆さんのチームは」


「おう、そうだろ! 俺はこいつらの事が大好きだからな!」


「あなたったら男に浮気? やーよ、私そんな旦那なんて」


「わはははは! こりゃあリーダーの前にはもう立てねえな!」


「貴様、シャールとい人が居ながらさらに男まで・・・」


「止めろお前ら!! 俺は嫁さん一筋だ!!」


 皆が明るく笑い合っている。彼らの絆を感じさせる一幕、「諦めた」「夢から覚めた」とカウムは言ったが、それでもこの関係はきっと多くの困難を乗り越えてきたからこそ築き上げられた彼らの絆の『強さの証』であろう。


「仲が良くて何よりです」


「カイルお前いつの間に一歩分離れてやがる! 違うって言ってんだろ!? このハーレム野郎め!!」


「こっちだってハーレム違うわ!!」


 カウムさんめ、何て事を言うんだ!


「そう言わず。きっと後悔させない」

「まずは一つのベッドで寝る所から初めてみては?」


「お師匠様が望めば何でも」


「皆様、私が御者をしている間にとても興味深い話しをしていますね。前から失礼しますが混ぜてください」


「わかった。話しをややこしくしてるのは確信犯だな! だから俺にはクレアがいるって言っただろ!」


 俺の仲間の皆、さっきまで真剣に聞き入っていたと思ったら直ぐこれだ。流されないように釘を刺し続けなければいけない。隙あらばぐいぐい押してくるからな。


「クーちゃんも口説く。うん問題なし」

「カイル殿がここまで想いを寄せる女性。期待が膨らみます」


「お姉様は確か知っていましたよね?」


「一番最近の事では、6年前の一度だけお目に掛かりましたがとても綺麗な方でしたよ。今ならもっと美しい女性になっていると思います」


「これは口説くのが楽しみ」

「優しい人だと嬉しいです」


「そういえば、お師匠様はそのクレア様にもしも振られたらどうするのですか?」


 何だその質問は。答えなんて最初から決まっている。


「幸せにする」


 一気に静かになった。

 視線が俺に集まっている。そこまで変な事を言った覚えはない。


「俺が彼女を好きで大切で笑顔でいて欲しくて幸せになって欲しいのと、俺と夫婦になってくれるのかは別問題だろ?」


「・・・・・・お、おう」

「か、カイル殿・・・」


「何となくシルフィーは予想していました」


「これは御主人様もなかなか拗らせていますね」


「なーるほど。このチームの妙な感じはお前自身にも問題があったわけだ」


 微妙な空気が辺りに漂う。カウムが俺を引きつった笑い顔で見ている。・・・ちょっと待って欲しい、好きな相手の幸せを望む事はいたって普通の事の筈だ。


「御主人様。例えばクレア様に思い人がいたらどう思いますか?」


「悔しいし悲しい」


 当たり前だ。もしかしたら見えない場所で泣くかもしれない。でも、それでも。


「けどそれはクレアが前を向いている証だから、それで彼女が幸せになれるなら全力で協力する」


「では特定の相手が居なければ?」


「好きになってもらえる努力をする」


 助けた後に彼女が誰かを好きになる前に、俺の事を好きになってもらうように頑張る。これも当然の事だ。別れの時の返事も保留中であるしな。


「ではその答えが出るまでは誰にも靡かないと?」


「俺の答えは最初からそれだ」


 その俺の言葉にヤナギ、スターチス、シルフィーが御者席に居るコーラルの近くまで行って窓越しに小さな声で話し合いを始めた。ヤナギが加護まで発動させて声を拾えないようにしている。厳重な内緒話だ。


「じゃあカイルはその(なり)で童貞なのか? まさかな、そんな男っ振りでそれはないな」

「あなた。急に変な事を聞かないで」

「カウムは変なとこでデリカシーがない」

「まあ夜の店など、何処の街でもあるからな」

「貴様ら、そういう事は心に決めた相手とだけするものだろう」


「童貞って何だ?」


 一気に静かになった。

 再び馬車内に微妙な空気が満ちる。ヤナギ達も、こっちの声は聞こえていたらしく彼らと似た表情で俺を見ている。何だ? 俺以外は皆童貞を知ってるのか? そして知らないのはそんなに変なのか?


「か、カイル? 冗談だよな?」


 カウムさんが暑くないのに額に汗を浮かべて俺にそう聞いてきた。いや冗談ではないんだが。


「・・・・・・ほんとに? カー君?」

「いえ待ってください。アレを知っていないと決まった訳ではありません」


「お師匠様は就寝時は離れて寝るように言ってました。確かに結論は早いです」


「僭越ながら私が。・・・御主人様、ちなみに夫婦が子を儲ける時に行うことは知っていますか?」


 コーラルの質問に、ここに居る全員の視線が俺に集中する。なんだこの緊張感は? これは殺せば良かっただけのメディルと戦ったときよりも俺に圧力を与えてくる。


「・・・・・・裸で抱き合って一晩寝る」


「・・・・・・それで?」


「え?」


「え?」


 それでって何だ。まだ何かあるのか? 父さんと母さんはそう教えてくれたぞ。


「カイルマジかよ」「まさかの事態よ」「驚きです」「儂にもこれは見抜けん」「自然に生きていれば分かるものだろに」

「壁を越えるとまた壁があった」「考えようによっては可愛い答えですね」「王侯は幼少から学びますが一般の子は違うのでしょうか?」「・・・私が手取り足取り教えるという方法も」


「・・・あー、皆?」


 俺をそっちのけで全員が輪になって喧々囂々としている。どうも知っていて当然の知識を俺は持っていなかったらしい。

 ん? それじゃあ・・・


「一緒に寝るだけだったら子供が出来る心配はないのか?」


「皆様静粛に!」


 コーラルの一括で場は静かになった。彼女は前の窓を大きく開き中に入ってくる。行きはエメラに一任するようだ。

 何だろう。今の話しを聞く限り俺の発言は間違ってはいないはず。

 彼女は俺の方まで近づいてくる。その顔はさっきまでの戸惑いなどは消えてなくなり笑顔になっている。


「その通りです御主人様。一緒に就寝するだけではお子は出来ません」


「そうだったんだな」


「ですので私達と近くで寝ても大丈夫です」


「だい・・・じょうぶなのか?」


 あれ、これは如何なんだろう。駄目じゃないのか? でも子供は出来ないって言うし。それならやっぱり大丈夫なのか?


「カー君、大丈夫。一緒に寝るだけだった絶対に出来ない」「その通りです! 裸にならなければいいのです!」「・・・成る程。お師匠様、服さえ着ていれば抱き合っても大丈夫です。異性の親子だってそうやって眠る時もありますから心配ご無用です」


「み、皆?」


 どうしてそんなに食い入るように迫ってくる? 彼女達が言っている事は本当に真実なのか? 理由を求めるようにカウムさんに視線を向ける。それに気付いたカウムさんは口を開いて


「あ~、カイル? その―――ひっ!」


 俺の仲間の顔が全員カウムさんの方へと向く。一体彼は何を見たのか身を竦ませて言葉を詰まらせる。その後一回だけ咳払いしてから引きつった表情で再び口を開いた。


「カイル。俺からも保証する。大丈夫だ」


「どうですか御主人様、これで何も心配は要りません」「ボク達、嘘は言ってない」「健全です。とても健全です」「向こうに着いたら同室でも大丈夫ですね」


 ・・・・・・怪しい。怪しさが爆発している。子作りの方法は別に有るのは確かだが、俺がその方法を知らない事にかこつけて、都合の良い方向へ持って行こうとしている気がする。そしてそれ以上に


「・・・嫌だ」


「え? ご、御主人様?」


「なんか怖いから嫌だ」


 なんか怖い。戦いとは違う理由で身の危険を感じる。この感覚は2・3年振りだが、俺は直感を信じる事にする。


「寝る時はこれまで通り離れて寝る。変更はない」


「そ、そんな・・・」「・・・むねん」「勇み足過ぎました!」「策士策に溺れる、という事ですね」


「お前らやっぱり何か企んでたな」


 なんて油断のできない奴らだ。これはクレアと再会するまでは慎重に慎重を重ねるぐらいで行かなければ。


『キュルルゥウウ』


「・・・お~いカイル、あんたらの騎竜が目的地が見えたって教えてくれてんぞ~」


「着いたか」


 4人で肩を叩いて慰め合っている彼女達は無視して馬車の窓から顔出して前方を見る。


 雲を貫いて聳え立つ山。これが世界で2番目の高さを誇るコロニス山岳地帯の天山。そしてこの山にドワーフの国『鉱山国メーティオケー』がある。


「『聖剣祭』か・・・楽しみだ」


 ドゥーガさんが言っていたゴヴァノンさんにも会えるかもしれないしな。ああ、バルムさんに知ってるか聞いてみようか。


「バルムはゴヴァノンさんって知ってますか? 知り合いに紹介されたんですが」


「・・・娘っこは置いとくんだな。まあいいか、ゴヴァノンっていやあ毎回聖剣祭で武器を出していいとこまで行ってる奴だな」


「ドワーフの中でも凄い人なんですか?」


 最高峰の職人群団でもあるドワーフが言う()()()()()()とは普通に考えてかなり腕のいい人である筈だ。

 だがバルムさんの表情は難しい顔をしている。


「凄い事は凄いんだが・・・」


「何か問題があったりするんですか?」


「性能だけで見たら優秀な物を作る。そこだけ切り取ったら1番になれた祭りだってあったろう」


 かなり凄い人のようだ。しかし含みのある言い方である。


「まあ向こうに着いたら簡単に会えるだろう。あいつの工房を見たら直ぐに分かる」


「そうですか。着いた時の楽しみが増えました」


 気になる。同じドワーフであるバルムさんが言うほど特徴的な作品を作る人なのだろう。これは()()()()()が済み次第覗いてみよう。


 クソッたれが蔓延れると思うなよ。


「コーラル」


「はい御主人様」


 俺の意識が変わったのを察してくれたのか先程までの抜けた雰囲気はなくなり、仲間だけには彼女が真剣以上に鋭くなったのを感じ取れる。


「今日中に終わらせるか?」


「私とシルフィー様、それにヤナギ様とスターチス様がいれば何処に居ても分かります。安心してお任せください」


「頼りにしている」


 ドレッドノートの皆には何の事か分からないだろうが、教える必要もないだろう。直ぐに終わる案件だ。彼らには俺達が向こうへ着いてからの普通の予定、その話をしているだけにしか見えないだろう。

 流れる雲を切り裂き、夕日に照らされた天山は美しい陰影を作っている。

 さあ、俺達の仕事が始めようか。


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